12 / 150
可愛い悪戯
4
しおりを挟む
食堂は大理石の床に落ち着いた色味の絨毯が敷かれ、長方形のテーブルには白いクロスと銀食器が整然と並んでいた。
煌びやかさはないが、どことなくクラウディオの人柄を感じさせる慎ましさが感じられた。
案内された席に腰を下ろすと、静かに料理が運ばれてきた。
だが――その光景に、レオノールは思わず眉を上げた。
テーブルに並べられたのは、黒パンと乾燥ハーブのスープ、それに硬そうなヤギのチーズと果物がひと切れ。
育ちが云々より、これで成人男性の腹が膨れるとは到底思えないボリュームだ。
「クラウディオ様は……?」
問いかけると、配膳の手を止めた侍女が、あからさまに視線を逸らした。
「本日は公務にて、すでにお出ましでございます」
つまり、これはレオノール専用の朝食との意味か。
「クラウディオ様も同じものを? これじゃあお腹が膨れないのでは?」
そう尋ねると、侍女の返答を遮るように、後方から涼やかな声が響いた。
「王太子殿下は、妃殿下とは異なり、食事量の加減を心得ておいでです」
声に振り返ると、そこに立っていたのはシャヘルだった。
ずっと控えていたんだろうけれど、食事に注意を惹かれ過ぎてすっかり存在を忘れていた。
呼吸も元通りに落ち着いた笑みの奥に、鋭利な棘が隠されている。
「王都では近年、“中庸こそが美”との考えが定着してまいりまして。お妃様のように、やや恵まれたお身体の方には、控えめな食事が望ましいのです」
「それ、本当? 他の人は? 見たの? 殿下の食事を」
念を入れて周囲を見回す。
壁際に2人の侍女と、給仕の男性が1人。合計3人しかいないが、言質は取っておきたい。
給仕はサッと目を逸らし、曖昧に濁した態度でそそくさと退室した。
残りの侍女2人はシャヘルに同調して頷く。
盆を抱えているほうの子は、ニヤニヤと笑いを浮かべて感じが悪い。
隠す気もない確信犯だ。
「へー、健康のためってこと。でも尚更心配だわぁ。これじゃあオオトカゲ一匹倒せないでしょうに」
嫌味や身なりに関することならほとんど気にならなかったが、食事にまで手を回されたと知ると、途端に腹立たしくなる。
レオノールは手を合わせて感謝の祈りを捧げると、用意された全てを、たちまちに平らげた。
どれもこれも一口サイズだ。
が、口にしてみればスープもパンもチーズも、見事に調理されていて滋味深い味がした。
(コックの腕は文句ない。だからこそ、腹立たしいわね。嫌がらせするには惜しいくらいの味なのに)
「ご馳走様でした! 料理長に、美味しかったと伝えておいて」
用意してもらった身で傲慢かもしれないが、これではちっとも腹が満たされない。
やや乱暴に席を立つと、ピリッと一瞬だけ場の空気が凍る。
煌びやかさはないが、どことなくクラウディオの人柄を感じさせる慎ましさが感じられた。
案内された席に腰を下ろすと、静かに料理が運ばれてきた。
だが――その光景に、レオノールは思わず眉を上げた。
テーブルに並べられたのは、黒パンと乾燥ハーブのスープ、それに硬そうなヤギのチーズと果物がひと切れ。
育ちが云々より、これで成人男性の腹が膨れるとは到底思えないボリュームだ。
「クラウディオ様は……?」
問いかけると、配膳の手を止めた侍女が、あからさまに視線を逸らした。
「本日は公務にて、すでにお出ましでございます」
つまり、これはレオノール専用の朝食との意味か。
「クラウディオ様も同じものを? これじゃあお腹が膨れないのでは?」
そう尋ねると、侍女の返答を遮るように、後方から涼やかな声が響いた。
「王太子殿下は、妃殿下とは異なり、食事量の加減を心得ておいでです」
声に振り返ると、そこに立っていたのはシャヘルだった。
ずっと控えていたんだろうけれど、食事に注意を惹かれ過ぎてすっかり存在を忘れていた。
呼吸も元通りに落ち着いた笑みの奥に、鋭利な棘が隠されている。
「王都では近年、“中庸こそが美”との考えが定着してまいりまして。お妃様のように、やや恵まれたお身体の方には、控えめな食事が望ましいのです」
「それ、本当? 他の人は? 見たの? 殿下の食事を」
念を入れて周囲を見回す。
壁際に2人の侍女と、給仕の男性が1人。合計3人しかいないが、言質は取っておきたい。
給仕はサッと目を逸らし、曖昧に濁した態度でそそくさと退室した。
残りの侍女2人はシャヘルに同調して頷く。
盆を抱えているほうの子は、ニヤニヤと笑いを浮かべて感じが悪い。
隠す気もない確信犯だ。
「へー、健康のためってこと。でも尚更心配だわぁ。これじゃあオオトカゲ一匹倒せないでしょうに」
嫌味や身なりに関することならほとんど気にならなかったが、食事にまで手を回されたと知ると、途端に腹立たしくなる。
レオノールは手を合わせて感謝の祈りを捧げると、用意された全てを、たちまちに平らげた。
どれもこれも一口サイズだ。
が、口にしてみればスープもパンもチーズも、見事に調理されていて滋味深い味がした。
(コックの腕は文句ない。だからこそ、腹立たしいわね。嫌がらせするには惜しいくらいの味なのに)
「ご馳走様でした! 料理長に、美味しかったと伝えておいて」
用意してもらった身で傲慢かもしれないが、これではちっとも腹が満たされない。
やや乱暴に席を立つと、ピリッと一瞬だけ場の空気が凍る。
98
あなたにおすすめの小説
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。
すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。
だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。
イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。
変わり果てた現実を前に、
夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。
深い後悔と悲しみに苛まれながら、
失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。
しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。
贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。
そして、母の心を知っていく子供たち。
イネスが求める愛とは、
そして、幸せとは――。
王子、おひとり様で残りの人生をお楽しみください!
ちゃっぴー
恋愛
「ラーニャ、貴様との婚約を破棄する!」
卒業パーティーの真っ最中、ナルシストな第一王子ウィルフレッドに身に覚えのない罪で断罪された公爵令嬢ラーニャ。しかし、彼女はショックを受けるどころか、優雅に微笑んで拍手を送った。
なぜなら、ラーニャはとっくに王子の無能さに愛想を尽かし、この日のために完璧な「撤退準備」を進めていたからだ。
乙女ゲームは始まらない
みかん桜
恋愛
異世界転生した公爵令嬢のオリヴィア。
婚約者である王太子殿下の周囲に、乙女ゲームのヒロインを自称する女が現れた。
だが現実的なオリヴィアは慌てない。
現実の貴族社会は、物語のように優しくはないのだから。
これは、乙女ゲームが始まらなかった世界の話。
※恋愛要素は背景程度です。
『外見しか見なかったあなたへ。私はもう、選ぶ側です』
鷹 綾
恋愛
「お前のようなガキは嫌いだ」
幼く見える容姿を理由に、婚約者ライオネルから一方的に婚約を破棄された
公爵令嬢シルフィーネ・エルフィンベルク。
その夜、嫉妬に狂った伯爵令嬢に突き落とされ、
彼女は一年もの間、意識不明の重体に陥る――。
目を覚ました彼女は、大人びた美貌を手に入れていた。
だが、中身は何ひとつ変わっていない。
にもかかわらず、
かつて彼女を「幼すぎる」と切り捨てた元婚約者は態度を一変させ、
「やり直したい」とすり寄ってくる。
「見かけが変わっても、中身は同じです。
それでもあなたは、私の外見しか見ていなかったのですね?」
静かにそう告げ、シルフィーネは過去を見限る。
やがて彼女に興味を示したのは、
隣国ノルディアの王太子エドワルド。
彼が見ていたのは、美貌ではなく――
対話し、考え、異論を述べる彼女の“在り方”だった。
これは、
外見で価値を決められた令嬢が、
「選ばれる人生」をやめ、
自分の意思で未来を選び直す物語。
静かなざまぁと、
対等な関係から始まる大人の恋。
そして――
自分の人生を、自分の言葉で生きるための物語。
---
腹違いの妹にすべてを奪われた薄幸の令嬢が、義理の母に殴られた瞬間、前世のインテリヤクザなおっさんがぶちギレた場合。
灯乃
ファンタジー
十二歳のときに母が病で亡くなった途端、父は後妻と一歳年下の妹を新たな『家族』として迎え入れた。
彼らの築く『家族』の輪から弾き出されたアニエスは、ある日義母の私室に呼び出され――。
タイトル通りのおっさんコメディーです。
身代わりで呪いの公爵に嫁ぎましたが、聖女の力で浄化したら離縁どころか国一番の溺愛妻になりました〜実家が泣きついてももう遅い〜
しょくぱん
恋愛
「お前のような無能は、死神の生贄にでもなっていろ」
魔力なしの無能と蔑まれ、家族に虐げられてきた伯爵令嬢レティシア。 彼女に命じられたのは、近づく者すべてを病ませるという『呪いの公爵』アレクシスへの身代わり結婚だった。
鉄格子の馬車で運ばれ、たどり着いたのは瘴気に満ちた死の城。 恐ろしい怪物のような男に殺される――。 そう覚悟していたレティシアだったが、目の前の光景に絶望よりも先に別の感情が湧き上がる。
(な、何これ……汚すぎるわ! 雑巾とブラシはどこ!?)
実は、彼女が「無能」と言われていたのは、その力が『洗浄』と『浄化』に特化した特殊な聖女の魔力だったから。
レティシアが掃除をすれば、呪いの瘴気は消え去り、枯れた大地には花が咲き、不気味だった公爵城はまたたく間にピカピカの聖域に塗り替えられていく。 さらには、呪いで苦しんでいたアレクシスの素顔は、見惚れるほどの美青年で――。
「レティシア、君は一体何者なんだ……? 体が、こんなに軽いのは初めてだ」
冷酷だったはずの公爵様から、まさかの執着と溺愛。 さらには、呪いが解けたことで領地は国一番の豊かさを取り戻していく。
一方で、レティシアを捨てた実家は、彼女の『浄化』を失ったことで災厄に見舞われ、今さら「戻ってきてくれ」と泣きついてくるが……。
「私は今、お城の掃除と旦那様のお世話で忙しいんです。お引き取りくださいませ」
これは、掃除を愛する薄幸令嬢が、その愛と魔力で死神公爵を救い、最高に幸せな居場所を手に入れるまでのお話。
兄の婚約解消による支払うべき代償
美麗
恋愛
アスターテ皇国
皇帝 ヨハン=シュトラウス=アスターテ
アスターテ皇国は周辺国との関係も良く、落ち着いた治世が続いていた。貴族も平民も良く働き、平和で豊かな暮らしをおくっている。
皇帝ヨハンには
皇妃に男の子が一人
妾妃に女の子が一人
二人の子どもがある。
皇妃の産んだ男の子が皇太子となり
妾妃の産んだ女の子は降嫁することが決まっている。
その皇女様の降嫁先だった侯爵家の
とばっちりを受けた妹のお話。
始まります。
よろしくお願いします。
煤かぶり姫は光の貴公子の溺愛が罰ゲームだと知っている。
朝霧心惺
恋愛
「ベルティア・ローレル。僕の恋人になってくれないかい?」
煌めく猫っ毛の金髪に太陽の瞳、光の貴公子の名を欲しいがままにするエドワード・ルードバーグ公爵令息の告白。
普通の令嬢ならば、嬉しさのあまり失神してしまうかもしれない状況に、告白された令嬢、ベルティア・ローレルは無表情のままぴくりとも頬を動かさない。
何故なら———、
(罰ゲームで告白なんて、最低の極みね)
黄金の髪こそが美しいという貴族の価値観の中で、煤を被ったような漆黒の髪を持つベルティアには、『煤かぶり姫』という蔑称がある。
そして、それは罰ゲーム結果の恋人に選ばれるほどに、貴族にとっては酷い見た目であるらしい。
3年間にも及ぶ学園生活も終盤に迫ったこの日告白されたベルティア、実家は伯爵家といえども辺境であり、長年の凶作続きにより没落寸前。
もちろん、実家は公爵家に反抗できるほどの力など持ち合わせていない。
目立つ事が大嫌いでありながらも渋々受け入れた恋人生活、けれど、彼の罰ゲームはただ付き合うだけでは終わらず、加速していく溺愛、溺愛、溺愛………!!
甘すぎる苦しみが、ベルティアを苦しめる。
「どうして僕の愛を疑うんだっ!!」
(疑うも何も、そもそもこの恋人ごっこはあなたへの罰ゲームでしょ!?)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる