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古着屋に妖怪現る
7話
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冷ましが足りなくて、やっぱり傷にしみる。
「ね。お茶とお菓子がぴったりだろう?」
それでも悠耶が満足そうなので、惣一郎は文句を言うのをやめた。
むず痒いだけで、ちっとも嫌ではない。
誰かに見られでもしたら恥ずかしいが、この部屋には二人以外には誰もいない。
……いや、ひょっとして見えていないだけなのか?
「そういや蕨乃は、どうしてる? 俺には見えねえんだが、まさか、ここにいたりするのか? お前には、いつでも見えるのか?」
惣一郎は、先ほど厠へ行った時までは気にかけていた。
なのに、今や完全に失念していた失態を悔やみながら部屋を見回した。
もし、この部屋のどこかにいて、一連のやり取りを見られていたとしたら、恥ずかしくていたたまれない。
「ううん、いないよ? おいらも、いつでも誰でも見える訳じゃないけど……皆んなが隠れちゃえばおいらにはどうしようもないしね。でも大体はわかるかな。惣一郎は蕨乃と仲良くなったんだっけ」
「仲良くというほどじゃないと思うがね。誰でもってことは、蕨乃だけじゃなく他にもいるのか? 妖怪が」
悠耶は、きょとんとした顔で頷いた。
「いるよ。三河屋にも沢山いるだろう。惣一郎は、蕨乃の他には見たことがないの?」
家に沢山いると聞いて、惣一郎は気が遠くなった。
蕨乃という存在を見てからは、薄々感づいていた。けれど覚らずで考える行為をを避けていた。
気づかないだけで妖怪に囲まれて生活していたなんて。
「残念ながら、見たのは蕨乃が初めてなんだよ。うちに沢山いるなんて、気づきもしなかった」
知らぬうちに、見知らぬ妖怪に囲まれている……知らぬが仏とは、この情態だ。
絵草紙で見たような、首の長い化物や、不気味に地を這い回る複数足のある巨大な虫なんかの隣を、気づかず素通りしていたのか。
蕨乃に気づかず通り過ぎる人々のように。
急に寒気がして、惣一郎は体を震わせた。
「そんなに怖がる必要はないよ。妖怪は普通に暮らしているだけだし、話してみれば優しい、気のいい奴ばかりだよ。三河屋はいい人ばかりが働いているから、似たような妖怪が集まってるんだ」
「蕨乃は……確かに、いい奴だったな。あいつがいてくれたから、お悠耶の居所も分かったんだ」
「蕨乃が謝ってたよ。一昨日の晩、置いて行っちゃって、すまなかったって。家の人がすぐ出て来たから、おいらを待てなかったんだって」
「そんなところだと思ったよ。俺も蕨乃には礼が言いたいな。どこに行けば会えるんだ?」
それから、溜まっていた質問を、惣一郎は次から次へ投げ掛けた。
どこにどんな妖怪がいるのか、悠耶には、いつから見えているのか。
あの状態で拐かしの犯人からどうやって逃れたのか。
今まで悠耶の興味を引くため長屋を度々訪れてはたわいのない話をしていた。
だが、こんなに親密に会話をした機会は初めてだった。
信じ切れる事例ばかりではない。
だが、蕨乃という妖怪を目にした以上、悠耶の話を信じないわけにはいかない。
「お父っつあんでも、妖怪の話はおいらの作り話だと思ってるんだ。惣一郎と話ができて嬉しいよ」
悠耶は三年ほど前に講武稲荷神社で眠っているところを風介に拾われた。
それは以前に聞いて知っていた。
だが、逆に三年より前のことは記憶にないのだと言う。
悠耶にはその時から妖怪が見えていた。だから見えるほうが普通だと思っていた。
しかし風介に妖怪の話をしても、まともに受け合ってもらえない。
近所の者や友人に話しても絵空事を語る空想好きと扱われた。
生来が面倒くさがりなので、そのうちに説明する努力もやめてしまった。
一つ話すごとにまた知りたい疑問が増えた。話は尽きない。
だが、寛太が部屋へ戻ってきて、大きく日が傾いていると気がついた。
「ね。お茶とお菓子がぴったりだろう?」
それでも悠耶が満足そうなので、惣一郎は文句を言うのをやめた。
むず痒いだけで、ちっとも嫌ではない。
誰かに見られでもしたら恥ずかしいが、この部屋には二人以外には誰もいない。
……いや、ひょっとして見えていないだけなのか?
「そういや蕨乃は、どうしてる? 俺には見えねえんだが、まさか、ここにいたりするのか? お前には、いつでも見えるのか?」
惣一郎は、先ほど厠へ行った時までは気にかけていた。
なのに、今や完全に失念していた失態を悔やみながら部屋を見回した。
もし、この部屋のどこかにいて、一連のやり取りを見られていたとしたら、恥ずかしくていたたまれない。
「ううん、いないよ? おいらも、いつでも誰でも見える訳じゃないけど……皆んなが隠れちゃえばおいらにはどうしようもないしね。でも大体はわかるかな。惣一郎は蕨乃と仲良くなったんだっけ」
「仲良くというほどじゃないと思うがね。誰でもってことは、蕨乃だけじゃなく他にもいるのか? 妖怪が」
悠耶は、きょとんとした顔で頷いた。
「いるよ。三河屋にも沢山いるだろう。惣一郎は、蕨乃の他には見たことがないの?」
家に沢山いると聞いて、惣一郎は気が遠くなった。
蕨乃という存在を見てからは、薄々感づいていた。けれど覚らずで考える行為をを避けていた。
気づかないだけで妖怪に囲まれて生活していたなんて。
「残念ながら、見たのは蕨乃が初めてなんだよ。うちに沢山いるなんて、気づきもしなかった」
知らぬうちに、見知らぬ妖怪に囲まれている……知らぬが仏とは、この情態だ。
絵草紙で見たような、首の長い化物や、不気味に地を這い回る複数足のある巨大な虫なんかの隣を、気づかず素通りしていたのか。
蕨乃に気づかず通り過ぎる人々のように。
急に寒気がして、惣一郎は体を震わせた。
「そんなに怖がる必要はないよ。妖怪は普通に暮らしているだけだし、話してみれば優しい、気のいい奴ばかりだよ。三河屋はいい人ばかりが働いているから、似たような妖怪が集まってるんだ」
「蕨乃は……確かに、いい奴だったな。あいつがいてくれたから、お悠耶の居所も分かったんだ」
「蕨乃が謝ってたよ。一昨日の晩、置いて行っちゃって、すまなかったって。家の人がすぐ出て来たから、おいらを待てなかったんだって」
「そんなところだと思ったよ。俺も蕨乃には礼が言いたいな。どこに行けば会えるんだ?」
それから、溜まっていた質問を、惣一郎は次から次へ投げ掛けた。
どこにどんな妖怪がいるのか、悠耶には、いつから見えているのか。
あの状態で拐かしの犯人からどうやって逃れたのか。
今まで悠耶の興味を引くため長屋を度々訪れてはたわいのない話をしていた。
だが、こんなに親密に会話をした機会は初めてだった。
信じ切れる事例ばかりではない。
だが、蕨乃という妖怪を目にした以上、悠耶の話を信じないわけにはいかない。
「お父っつあんでも、妖怪の話はおいらの作り話だと思ってるんだ。惣一郎と話ができて嬉しいよ」
悠耶は三年ほど前に講武稲荷神社で眠っているところを風介に拾われた。
それは以前に聞いて知っていた。
だが、逆に三年より前のことは記憶にないのだと言う。
悠耶にはその時から妖怪が見えていた。だから見えるほうが普通だと思っていた。
しかし風介に妖怪の話をしても、まともに受け合ってもらえない。
近所の者や友人に話しても絵空事を語る空想好きと扱われた。
生来が面倒くさがりなので、そのうちに説明する努力もやめてしまった。
一つ話すごとにまた知りたい疑問が増えた。話は尽きない。
だが、寛太が部屋へ戻ってきて、大きく日が傾いていると気がついた。
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