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美坊主の悪あがき

1話

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 深如が昼食を振舞ってくれる手筈になったので、惣一郎たちは本願寺へ戻って来た。
  
 浅草へやってきた目的は、思いの外、早く達せられた。

 食事の前に、悠耶が着物を着替えさせてもらいに別の塔頭たっちゅうへ寄った。

 で、惣一郎は一人、畳の上で待っていた。

 手持ち無沙汰なので、意味もなく室内を見回す。
  
 寺へは幾度もお参りしているが、塔頭へ入るのは初めてだった。

 室内は簡素な書院造りだが、僧侶の住居なだけあって綺麗に手入れがされている。

「お待たせしております。もうじき食事をお持ちしますので、まずはお茶だけでも」

 襖が開き、わざわざ深如本人が茶碗を二つ持って入ってきた。

 きちんとした所作で、盆を傍らへ置いて座し、盆を惣一郎の前へ進める。

 立場は客だが、深如からかように丁寧な対応を受けると、逆に居心が悪い。

 とっとと帰れと嫌味の一つも言われると思っていたのに。

「お悠耶は、まだなのかい?」

「お悠耶はまだ着替えの最中でしょう。苦労して女性の着物を探したのですがね。嫌がったもので、時が掛かってしまいました。恵妙様にお世話になっております。なにせ男ばかりの場所ですからね」

 深如は丁寧な言葉遣いに、ふふふ、と上品ぶった笑い声を漏らす。

 口ぶりからは不思議と、今までのような棘が消えていた。

 嫌味を言ってくれないと、それはそれで、対応に困る。嫌味には嫌味で応じていたので、会話が続かない。

「そりゃあ、寺院だからな……」

 この男と二人では間が持たない。惣一郎が黙ると、気まずい静けさが訪れた。

 早く悠耶に戻って来て欲しい。

「そのように強直しないでください。こちらは拙僧の部屋ですので、どうぞ、くつろいでお茶でも」

 優しい口調に当惑しながらも、喉が渇いていたので、茶を一息に飲み干した。

「随分変わった味のする茶ぁだな」

「召し上がった体験はありませぬか?  唐渡りの漢方茶ですよ。お口に合いましたかな」

「漢方かい。初めて飲んだよ。体にさぞ良いんだろうな」

 茶にしては苦すぎる。と感想を抱いた。

 だが、好意で出してくれたのなら、と貶すのは気が引ける。

「ところで、単刀直入にお伺いします。惣一郎殿は何故、お悠耶を嫁に欲しいとお考えなのです。どこが気に入ったのですか?  聞けば惣一郎殿は女人に興味がおありにならないとか。すると男子のような見目がお好みなのでしょうか」
  
 想像外の質問のつぶてを急に浴びせられて、惣一郎は尻込んだ。

〝見目は好みだが、それだけじゃねえ〟

 取り敢えず首を振った。

 だが、恥ずかしさも相まって、声が出てこない。

 惣一郎が三河屋の若旦那で、男好きだとの事実を、深如はたった一日で調べ上げた。

 その行動力は、悔しいながらも認めよう。

 だが惣一郎が悠耶を嫁にと望む仔細を知ったところで、何になるのか。

 深如は唐突に、畳に両手を突いた。

「どうかお願いです。お悠耶を諦めてください、私の嫁は悠耶でなくてはならないのです」

 実にきっぱりとした、潔い態度だ。

 今までの神妙さは、これの伏線だったのか。

 だが、それを言うなら、俺だって一緒だ。

 深如の熱い思いは受け止めるが、惣一郎だってお悠耶以外の女は未だにどうでもいい。

 嫁が欲しいのとも違う。

 自覚したのは深如が現れたからで、その点では気が引ける。

 けれど深如が良い奴だろうが嫌な奴だろうが、結局お悠耶は譲れない。

 ……俺もお前も、相手にされていないけど。

 床に伏せた深如の頭を見つめ、惣一郎はふと現実を見た。

 同じ女を争っているが、当のお悠耶には男としての頭数にも入っていない。

 お互い苦労するなぁ、と思わず声を掛けてやりたくなった。

 深如が顔を上げ、懇願の眼差しが目に映る。けれど諦めるとは承服できない。

「駄目でしょうか?  拙僧がどれほどお願いしても……」

 悪いが、と前置きしようとして、惣一郎は違和を感じ取った。
  
 今度は正真正銘、声が出ない。

「……残念です。これは最後の手段と心得ておりました」
  
 深如は再び俯き、何事かを呟いた。
  
 惣一郎が異常を悟ったのは、すぐ後だ。
  
 ぐらり、と体が傾ぐ。力が入らず、惣一郎はその場に転がった。

「邪魔者には、しばし眠っていて頂きましょう。ご安心下さい、風邪など召されぬよう掛け物を持って参りますゆえ」
  
 畳に横たわった惣一郎を見届けて、深如が立ち上がる。

 眼界が失われる最後の刹那、仏のごとき極上の笑みが、天井の元で惣一郎を見下ろしていた。
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