夏姫の忍

きぬがやあきら

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姫と忍

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 荒っぽい気配は、手練れの者ではない。

「真似る必要はありませぬ。お夏様はそのままが相応しい。男子であったなら私はがっかりです」

 安芸が防備なさげに振り向いて、世間話を続けた。

 だが如才なく、ぐるりと一面を見回している。

「ねえ、花月もそう思うでしょ?」

 最後に目が合う。

「そうでしょうな。お夏様は女子のままが良い」

 相槌は適当に、花月は領承りょうしょうの意を示して顔を伏せた。

 隠れているのは、夏姫を狙うような上等な刺客ではなく、単なる野伏だろう。

 安芸が夏の気を惹いているうちに、さっさと片付けるが得策だ。

「む、誰じゃ。何者かおるぞ」

 しかし花月が気配を絶つための、一息を吐き切る前に前方で小枝が音を立てた。

 あろうことか、城奥で大事に育てられた夏に気づかれる。

 元々野伏と忍では、仕事の精妙さに雲泥懸隔うんじょうけんかくがある。

 奴らは正面を切った不意打ちをして、最後に掠奪すれば良いだけだ。

 だから作業自体は簡明だ。

 だが、気配が駄々洩れで、足元にも気が回らないとは、どれだけ意識が低いのか。

 お陰で余計な手間が増える。

「左様でございますか? 気のせいではないですか。ねえ花月、何もないよねえ」

 安芸がそらとぼけた口調で、即座に諦めた花月を追い立てた。

 〝早く、やって来い〟と言わんばかりの目だ。

 だがもうごまかせないだろう。と、花月は思う。

 夏の目はしっかりならず者の潜んだ木立を見据えている。潜んでいるならず者より、よほど勘が鋭い。

「いや、安芸止まるのじゃ。それ、その木の陰に、何者か潜んでおるぞ。怪しい奴! 姿を見せよ!」

「お夏様、気のせいですって。幻影です。幻です」

 夏は安芸の着物を引いて制止した上で、ならず者の一人が潜んだ木立を的確に指さした。

 安芸は往生際悪く、否定を続ける。

 だが、最早、手遅れだった。

「へへへ、お嬢様のほうがよほど察しが良いな。間抜けな従者たちだぜ」

 安芸が気づかぬ振りをしていたのを、心地よく感じていたのだろう。

 木陰から満を持した風体の男が、姿を現した。

 顔はもじゃもじゃの無精髭に覆われ、頭髪は一括りにされている。

 落ち武者の類ではなさそうだ。色黒と形容するより、赤黒く燻んだ肌。漁師崩れか。

 布地の元の色が判別できないほど燻んだ襤褸に身を包んでいる。

 気配が駄々洩れであったのも、この有様なら納得だ。

 他所に潜んだ一味も、同様に違いない。

「お主、何者じゃ。そのような場所に潜んで、何を企んでおる」

「あんたがたのような旅人を待っていたんだよ。品の良いお嬢様だ。金を持っていそうだな」

 安芸はやむを得ず、背後に夏を庇う素振りを見せた。

 花月は恐れた振りをして、夏との間合いを詰める。

「儂は金は持っておらぬ。……そなたらは、いかほど持ち合わせておる?」

 夏は怯えた様子を微塵も表さず、駆け寄った花月に尋ねた。
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