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aquarium~現実主義者は見る夢を~_002
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第二章
1.神奈川県警察 情報システム部 02:48p.m.
「大塚さん…、今まで何やっていたんですか?」
撮影所での石屋の反応に対しちょっとした手応えを感じながら、上機嫌で出勤し自分の席に着くと、近くの席で座っている太田が、コンピュータ雑誌から目線を外さないままそう呟いた。
お前の方こそ雑誌読んで何をさぼっているんだ…、と、吉川と捜査で午前中出掛けている建前で、この時間に出勤した大塚は、怠け者を見るような目で太田を見た。
すると太田のPCは、何か作業をしていて、どうやらそのせいで空き時間が出来て、雑誌を読んでいたらしかった。
「そーいや、朝から何度も吉川警部が来たんすよ」
「よっしーが?」
「そうっす。何でも大塚さんに用があるって何度も足運んでくれたんすよ…。きちんと連絡して下さいね、大塚さんいつも吉川警部に迷惑掛けてばっかりいるんだから…」
吉川に迷惑って…。
いつも迷惑を掛けられているのはこっちだ、と渋い顔をしている大塚には、吉川にどの辺に魅力があるのか判らなかったが、彼の大ファンである太田の言葉に"へいへい"と、そうめんどくさそうに返事をする。
そして、また面倒な事に自分を巻き込みそうな吉川に、大塚はげっそりとしながら、大きく溜息を付く。
「じゃま、一課云って来ま…」
そう呟き大塚は太田に軽く手を振り部屋を出て、諦めて捜査一課へ向かった。
人が羨む程エリートで、国家一種を簡単にパスして入署し、最短で警部まで昇進した吉川だったが、職務に就くと、人道指揮をさせるには心許なく、捜査をさせるには経験もなく、勉強をする以外は全て不器用だった。
現実問題、捜査一課ではかなり彼を持て余していて、実際に仕事をさせないわけにも、何処か閑職に回す事も出来ないために、課の方で無理矢理仕事を作って、それをさせているようなそんな感があった。
そんな吉川は捜査一課ではお荷物ではあったが、不思議な事に太田だけではなく、県警内男女問わず、捜査一課から手伝いに行かされている所轄各部署でも彼は人気者だった。
確かに腕の中にはすっぽり入る170cmのあのサイズや、触り心地は気に入っていたが、死ぬほど勉強が出来て、エリートなのに熱血で、必死過ぎて周りが見えない向こう見ずさも可愛いには、可愛いと思えた。
そう、吉川にはアイドルって形容詞が似合っていた。
弾けんばかりの元気さ、歌は上手くないけど必死に笑顔で歌ってます!そんなTVのアイドルの様に、明るくてはつらつとして力がみなぎっていて、逮捕は出来ないけど必死に捜査してます!そんな雰囲気だった。
まぁ、けれど俺の好みじゃないがな…、大塚はそう独り言ちた。
大塚は昔から可愛いタイプよりも、どっちかって云うと、きりりとしていてプライドの高いお姫様タイプを落として、ベッドの中であんあん云わせて征服する方が好きだった。
お姫様と云っても当然男性だが、あのドラマの脚本家さん…、石屋智史や古城の美姫であるスイのような、気が強くて落としがいが有りそうな美人が好みだった。
まあよっしーも悪くは無いが、やっぱり今はあの脚本家さんだよな…、そんな風に自分で納得しながら大塚は捜査一課のドアをくぐった。
「すみません、情シスの大塚ですが、吉川警部いらっしゃいますか?」
大塚は使い慣れない言葉でそう叫んだ。
室内はいつも何処かに出掛けている者が多いせいもあって閑散としていたが、ドア近くのブロックの上座に座席のある吉川が、大塚の声を聞き嬉しそうに立ち上がった。
部外者を極端に嫌うこの課は、仕事を頼む時とそうで無い時の態度が両極端に違う。
そこへ来たいつも呑気な仕事をしている風に見られる大塚は、その部に残っている者のきつい目線を浴び、それから逃れるように笑顔で来るのを待っている吉川に小さく手を振った。
すると犬がしっぽを振るような笑顔で、それを周りの視線を頓着せずに吉川は迎えた。
一応捜査権を吉川は持っている警部の為に、お誕生会席に座って係長の肩書きもあるのにも関わらず、どうやら先輩警察官から押しつけられたらしき書類が、机の上で散乱していた。
「また押しつけられたの?報告書…」
「え、ああ、まあこれも勉強になりますから…」
吉川は呑気そうに笑って、書類を処理する手を止め、立ち上がった。
「あの、相談したい事が有るんですが…、ここじゃ、その…何なので、よかったら情報システム部の方でどうですか?」
目線を浮かせ、考えながら話す吉川の姿を見て、大塚は何事かと思いながら眉をひそめる。
「ああ、構わないが…」
「じゃ、行きましょう!」
そう吉川には珍しく鬼気迫るようにそう云うと、自分のノートパソコンとステープルで止められた書類を二部持つと、表情をいつものお花が散るような柔らかいものに変えた。
そして周りにその呑気にも見える微笑みのまま、"ちょっと情シスに行ってきます"と、部屋をずんずん歩いて出て行った。
そのちょっとした吉川の変化に嬉しそうににやりとしながら、大塚も周りに軽く会釈をする、と部屋を退出した。
振り向きも隣にも来ずに吉川に先導される形で無言のまま情報システム部に戻ると、やっと今まで硬く閉ざしていた口が開かれた。
「あのー、話の前にちょっと見て貰いたいものが有るんです…」
「俺の席で良いのか…」
笑顔でそう云われ、反対に緊張感を覚えた大塚は眉をひそめながらそう訊ねると、吉川を見付けて嬉しそうに手を振っている太田が目に入った。
吉川はそれにいつもの微笑みを浮かべながら会釈すると、ちらっと大塚を見て呟く。
「出来れば…、他の人がいないところの方が嬉しいんですが…」
「判った、サーバルームに行こう…」
いつもの笑顔のはずだったが、何となく不思議な緊張感が今の吉川には感じられた大塚は、いつにないまじめな顔をした。
そしてベンダーでコーヒーを二杯取ると、こっちを見て仕事をしていない太田を一睨みすると、吉川を伴ってサーバ室に入って行った。
「で、よっしーはそんなまじめな顔してどうしたのかな?」
その言葉に嬉しそうに吉川がにっこり笑うと持ってきたノートPCを開き起動した。
「あの…、これを見てほしいんですが…」
そう云われ大塚がこちらに向けているPCのモニター部分を覗き込むと、そこにはエディターが開かれ、何かのプログラムが書かれていた。
大塚は苦笑を浮かべながら眉間に皺を寄せて、モニターを指さした。
「何?これ…」
「あの…、ちょっと自分でこの事件を整理するのに書いてみたんですが…。えーと、その…、プログラムです」
たどたどしい口振りで、天井を見上げながら、”それ”が何なのかはっきりと云うのには気恥ずかしかったのか、必死に言葉を考えているように吉川はそう云った。
「まさか…、La vie en Rose(ラビアンローゼ)?」
「ええ、ああ、まあ…」
湯気が出るくらいの真っ赤な顔をしてそう応える吉川と、この何を考えているの判らない行動力に大塚は呆れてしまった。
「で、何がしたいのかな?よっしーは…」
そう大塚に訊ねられ吉川は益々顔をタコのように赤くして、蚊の鳴くような自信なげな小さな声で口ごもりながら応える。
「あ、いや、その…、あの実は…、仮想環境で、このウィルスが、事件と同じように動くかを確認したかったんですが…」
「それはまた…、面白い事して遊んでるね~」
あまりに突飛な事を考えている吉川の行動に、ついつい嬉しくなり大塚は笑ってしまった。
しかし、その事すら真剣に考えて、ウィルスを書いた吉川は口を尖らせる。
「遊んでなんかいないです!ただ、もしかして…」
「もしかして、何?」
「いえ、あの…、笑わないって、約束出来ますか?」
背筋を猫背にし上目がちで、目の前の人物の様子を伺うように訊ねてくる吉川に、大塚はにっと笑ったまま応える。
「うん、うん。約束する」
しばし口を尖らせ考えた吉川は、その大塚の言葉を信用したのか、大きく一回息を吐き、自分を落ち着かせてから口を開いた。
「じゃ、云いますけど…。あの、まずですね、足がつかないネットを使って、有名BBSサイトにこっちが本物だよって情報を流すんです」
「それで?」
「で、そしたらですね、もしかしたら、犯人が…、あの…、少し自己主張して来るんじゃ無いか、と思って…。ほらそれで運良くコンタクト取れたら、今度はそのサイトを使ってダミー企業のクラックを依頼したりして、それで捕まえられたりしたらいいなぁって…」
それじゃ、ほとんどドラマと一緒じゃねーか…。
あまりに普通の捜査官は考えないような突飛な考えに、大塚はつい苦笑してしまった。
しかし、約束したのにも関わらず笑われ、目の前で顔をしかめている吉川に、大塚は軽く詫びるように手を振って話題を変えた。
「で、これ、自分で書いたの?」
「ええ…、他のプログラムの見よう見まねですが…」
まだ頬を紅潮させながらそんな事をけろっと云い切った吉川に、大塚はもう一度驚かされた。
確かに地道な一課では、全く考えないような捜査方法を考えてくる吉川に、思わず呆れて苦笑してしまった。
しかし、それよりも何よりも、法学部出身で技術畑を知らない吉川が、これだけのウィルスプログラムを書いてきた事の方が、大塚には信じられなかったが、今までの彼の経歴からしたら、そのくらいの事をやってのけても当然なのかも知れない、と納得も出来た。
あまりな普通では考えないような突飛過ぎる吉川の云っている中味にも興味があった。
しかし、いつも何でも必死でやろうとするそんな吉川を知っている大塚は、自分で出来る事だったら少しくらい協力してもいいと感じ、目の前のプログラムを、カーソルキーを移動させながら少しずつ見ていく。
「ふーん…。ま、アイデアとしては面白いから、一口乗りたいのは山々なんだけどね…」
歯切れの悪い言葉に、吉川は上目づかいに大塚を不安そうに見つめる。
「協力…、お願い出来ませんか?」
フムフム、とプログラムを読みながら大塚は所々渋い顔をする。
「うーん、でもさ…」
「あの…、何か問題がありますか?」
「そうだね、問題だな。こりゃ」
「大塚さん?」
「だってさ、このプログラムのここ、間違ってるよ!」
いくつか気になった所を指摘する大塚の言葉を聞きながら、技術者並の理解力で吉川はその間違いをメモを取りながら直していく。
ざっとだったが、大塚が見た限りでもプログラムの書き間違えがいくつか見つかり、直ぐには吉川が云うようには出来ないだろうと感じた。
これはスイの方が早そうだな…。
そう思いながらも、それでも吉川なりに必死に何とかしたい、と云う思いが大塚には伝わってきて、ついつい手伝う約束をしてしまった。
「ま、暇つぶしくらいにはなるか…」
大塚が独り言ちると、吉川は頬を膨らませ、口を尖らせた。
「ま、手伝ってやるよ。でも、その変わりさ…」
「はい?」
「明日…、午後から撮影所行くの、付き合ってくれるか?」
一瞬の間と、そして大塚にこの事件解決の何か秘策があるのか、と感じたのか吉川はにっこりと微笑み目を輝かせる。
「いいですよ。何か考えが有るんですね?」
「あぁ、まぁ…」
邪な考えを頭に浮かべていた大塚には、この期待に満ちた視線が痛く感じられ、若干の後ろめたさに口ごもりながら頷き、プログラムに目線を戻した。
若干の良心の呵責に…。
けれど…、暇つぶしのつもりで受けた吉川の発案は、その日完成を見なかった。
理由は単純なもので、吉川に別の仕事が入って来て、直ぐに一課から"早く戻って来い"と云うお叱りの電話が、情報システム部にかかってきたからだった…。
「やっぱり、よっしーは、よっしーだった…」
どんな行動をするか一課の連中に見透かされている吉川に、大塚は苦笑せざるを得なかった。
2.横浜市内 ゲームセンター 10:14p.m.
吉川が泣く泣く去った後、大塚は小さく溜息を付いてから、ゆっくりプログラムを見ると、確かに"勉強だけが得意"と自負するだけあってか、予想以上にきちんと、そして丁寧にプログラムは書かれていて驚いた。
しかし頼まれた時は手伝うと約束はしたが、大塚にはこれ以上協力するための時間を割くつもりはなかった。
今の大塚には、世の中で起こっている事件解決よりも、もっと大切なプライベートな問題の方が優先順位は上だった。
もっと大切な事件…。
そう今一番大切な問題は、アミューズメントセンターで出逢い、事情聴取の手伝いで行った撮影所で偶然の再会を果たし、そして今朝確実に手応えを感じた、石屋とどうやって口説いて、ベッドに誘うか…、だった。
被害に合った会社で懐かしい写真に出逢い、麗しの魔法の森の美姫スイに逢いに行く口実でCDRを手に入れたとはいえ…、大塚的にも多少ネットワーク犯罪と云うお題目には興味があった。
確かにあんな風にスイに宿題を頼んだ事は、頼んだが…、それでも今の大塚には必要以上に出きるか解らない吉川の協力をしてまで事件に関わるつもりもなかった。
それどころか、そんな時間があったら、今自分の抱えてる仕事をさっさと終わらせて、早く帰りたかった。
大塚の予定では、今晩石屋と必然の再々再会を果たして、そのまま一晩をベッドで共過ごす。
そして、石屋は俺の腕の中で二人で過ごした初めての朝を迎え、午後から吉川に付き合ってもらい撮影所へ行って、捜査のまねごとをして帰る…。
当然、部内の白板には明日の予定は終日捜査課協力と書き、いつも吉川の世話係をさせられているんだから、大塚がそのくらいの事をやっても文句は来ないと踏んでいた。
そんな自分勝手な妄想に耽りながら大塚は次から次へと仕事を片づけていったが、一昨日石屋と出逢ったゲームセンターに、たどり着いたのはかなり遅くなってからだった。
昼間の石屋との会話。
『きっと石屋はあそこに来ている…。俺に逢う為に…』
眠らない街のアミューズメントセンター。
様々なプライズの用意されているクレーンゲームコーナーを抜けて、鼻歌混じりに螺旋階段を上ると、二階の踊り場にある自動販売機で缶コーヒーをニ個買う。
フロアに入ると、目に飛び込んでくる痛いほどの華やかな電飾と、耳にうるさいほど様々な音達が不協和音を奏でている。
そこは様々な人物の溜まり場。
何人も固まっている学生達や、デートに来るカップル、行き場のないサラリーマン、職業不定な年輩の男性…、と色々な人種が集っている場所。
いつものお気に入りゲーム機をわくわくした気分で見ると、一昨日のボーっとした雰囲気とは打って変わって、何となく落ち着かずに、そわそわした気持ちでコインを投入している人物…、石屋を見つけた。
大塚は余裕の笑みを浮かべながら両替機に千円を一枚入れると、機械からカップが落ち、その中に勢いよくコインが落ちていく。
もう一度ゲームを見ると、逢いたかった石屋の右隣は運良く空席。
いや…、もしかしたら自分が来るのを待って、取っておいてくれたのかも知れない…、とまた勝手に想像を膨らませながら、その早る気持ちを抑え何事もないように席に腰掛ける。
そしてさっき買った冷たい缶コーヒーを隣に、ポンと置く。
このゲーム機は、座席は十席、カップル用に二人座りになっていて、コインを左右に七つずつ開いた穴に入れると三列有るルーレットが回りだす。
十二種の絵柄が三つ揃えばワンステップとなり二十枚のコインが受け皿に落ち、そこからこぼれる無数のコインは機械の下の部分のコイン受けに落ちて手に入れられる。
ルーレットに入らなくても、ワンステップ用の下に、もう一つ受け皿があり、そこに溜まる機械に押し出されて手に入れる事が出来るが、なかなか思うようには落ちないけれど…。
ステップが七つ上がるとジャックポットとなり、受け皿に溜まったコインが全て排出され、自分の手に入る。
そして前回石屋が当てまくっていたスーパージャックポットとは、十席全員がルーレットを回すたびにカウンターが数が上がってい。
そしてルーレットでスーパージャックポットの目が揃えば、その上がったカウンター分のコインが手に入る。
しかし、言葉で云うほど簡単な確率ではなく、何日も通い詰めて運良く当たる…、そのくらいの低い確率だった。
もちろんついてる時は、何度でも出て驚かす事もあるが…。
「やあ、智史」
大塚は、隣を意識してゲーム機にコインを投入する手を止めながらも、わざと目を合わせないようにそっぽを向いている石屋に手を振った。
その声に一瞬大塚の方と缶コーヒーを見るが、石屋は眉間に皺を寄せると、プイッとまたそっぽを向き、排出されたコインを取って、何もなかったようにゲームを再開した。
別にあんたに逢いに来たわけではない…、とでも云うように。
照明で顔色ははっきりとは判り難いが、それでもその様子で自分の複雑な感情をどう表して良いのか戸惑っているように見える石屋に、そんな可愛らしい姿を見せられ大塚は楽しくなり、ついついクスリと笑ってしまった。
その笑い声が届いたのか石屋は、慌てて隣を見て睨みつけると、今度はつんとすました顔で大塚を疎むように溜息を付く。
「何か、ご用ですか?」
「もちろんあるさ、その前に、ま、飲めよ、智史」
買ってきた物を石屋にそう進めながら、緊張感を解すように微笑むと、大塚は自分の分の缶コーヒーを開けてクッと飲み、目線をゲーム機に移すと、コインを投入していく。
「まさか…、あんたが俺を付けて回っているストーカーなのか?」
「はぁ?」
予想もしてなかった言葉が石屋の口から出、眉間に皺を寄せ驚いた声を出して隣を見た。
親の敵にでも逢ったように睨んでいる様子から、嘘とは思えずに大塚は始めたばかりのゲームをする手を止めた。
「ストーカーって…、まさか誰かに、付けられてるとか?」
自分の云った事に驚いている大塚の表情を見て、石屋は一瞬"仕舞った"と云う顔をする。
けれど、墓穴を掘った事に気づき拗ねたようにそっぽを向くと、今の会話をなかった事にするかのように、コインを機械に、一気に何枚か勢いよく流し込んでゲームを再開する。
そして、大塚と目を合わさないように逆の方向を見て、石屋は悔しそうに"何でもない…"と小さく呟く。
あまりの素直なに示すその反応に、大塚は今すぐ押し倒したいくらいに嬉しくなり、クスリと笑うが、隣で拗ねている人物を気遣い、直ぐに目線をゲームに戻して、数枚ずつコインを投入しながら口を開く。
「智史は美人だから…、眼鏡で隠していても変な男が寄って来るんじゃないか?」
”えっ”と驚いたように石屋は大塚を見た。
「あ、あんたみたいな?変態お巡りが?」
いささかやけのようにも聞こえる云い方で、石屋の声が聞こえてくるが、大塚はふざけるように拗ねてみる。
「ひどーい。俺、傷ついちゃう…」
「甘えたってダメですよ」
間髪入れずにそう云う石屋を、大塚はゆっくり振り向いてから見つめる。
「じゃ、智史、慰めて…」
「はぁ?ふざけんな!」
石屋の表情が益々険しさを増すが、そんな顔すら魅力的に感じる大塚は微笑む。
「ふざけてないよ。大勢で遊ぶゲームも好きだけど…、俺、智史と二人きりで遊びたいな…。ベッドの中でさ…」
「あんた!!」
真っ赤になって、あまりの怒りに立ち上がり、石屋は大声でそう叫んだ。
その声にそのゲームをやっていた人々は一瞬静まる。
派手な音楽とゲームのBGMが耳に痛いくらいに鳴り渡っている店内でも、はっきりと判るくらい石屋の声は響き渡り、周りの客や店の店員が何事か驚いたようにそちらに注目する。
意外と初(うぶ)なのかも知れない…、とその石屋のその行動は大塚を喜ばせる。
けれど周りの自分たちを見つめる冷たい視線を感じ、愛想良く"すみません、すみません"手を振り、立ち上がってる石屋の手を引っ張り、そしてひそひそ話でもするように囁く。
「ほら、周りが見てるじゃん、座わんなよ」
怒られた子供のように顔をしかめ、忌々しそうな視線で上目づかいに睨みながら見つめる石屋が席に座るのを確認すると、大塚はポケットから煙草を取り出し、一服始める。
どんな時でもマイペースに動く大塚に、石屋は一回溜息を付くと、ゲーム機の方を向き、慎重に何度か二枚ずつコインを入れる。
大塚も煙草を銜えながらゲームを再開し、二人はゲーム機に顔を向けたまま、不思議な体制で会話をしていく。
気になる隣を盗み見ながら…。
「あんたが…、変な事、云うから…」
「いや、俺は智史に真剣に惚れてるんだけどね…」
「惚れてるって、男だよ?俺」
声でおそらく怪訝な顔をしてるだろうとは思えた。
紫煙を吐き出し、短くなった煙草を灰皿に押しつけると大塚は、表情を変えずにサラッと応える。
「知ってるよ…。てゆっかー、男で別嬪な智史だから惚れたんだよ」
「そ、それって…、今流行のホモとか、ゲイってやつですか?」
内心はどうか判らなかったが、そう云っても驚いた素振りも見せずに、石屋はこの前と違ってどんどんコインが飲み込まれていくゲームを、凄く良い表情をして楽しんでいる。
大塚の方は小さな当たりが地味に出るので、コインは極端に減らなかったが、それでも隣が気になりなかなかゲームに集中出来ず手を休め、気分を変えようと緩くなり始めたコーヒーを一口飲んだ。
「まあ、そんな所かな。女もいけるけどさ、やっぱ俺は男の方が好きだな。智史みたいなクールな美人が…」
「それこそ警察官が良いんですか、そんな事して。ただでさえ、今って不祥事だので世の中の話題をさらいまくっている神奈川県警でしょう?」
「ま、それはさ、云わざるべき所では云う必要はないでしょ?ほら、プライベートなんて…」
「いい加減ですね…」
下のコイン受けを確認し、どうやらコインが無くなってしまったらしく、石屋は小さく溜息を付いて立ち上がると、前回の預けてあった物を降ろして、また席に戻ってくる。
そしてポケットから財布を取り出すとコーヒー代を大塚の目の前に置いてから、"頂きます"と呟くとそれで咽を潤した。
「全く、あんたって、警察官なのに警官っぽくないし、ゲイで変態だし。"惚れてる"ってきっと誰にでも云ってるんでしょ」
渋い顔をしているには違いなかったが、石屋は撮影所の角張った様子と打って変わって、自分に興味を持ち、うち解けている様子が大塚には嬉しくなり笑みがこぼれた。
「そんな事ないな。そうだな、今は智史だけに夢中なんだ」
「また、そんな事云って」
呆れているような口調だったが、そう不満の言葉を漏らしながらも、石屋は初めて大塚の目の前で笑った。
「昼間、あんなに俺の事嫌ってたのに、逢いに来てくれたんだろ?」
「そ、それは…」
実際昼間の口調で、何か隠している事があり、それを誰かに相談したい…、石屋の雰囲気からそんな風に大塚には伝わってきた。
だからこそ、今晩ここに来れば石屋に逢える、そんな自信が大塚にはあった。
少し話しをし気分が柔らかくなった所為もあって石屋は、大塚の言葉を聞いて、昼間あれだけ毛嫌いしていたせいもあり、口ごもって言葉を飲み込んでしまった。
そんな様子を大塚はクスリと笑うと、多分脚本家をしているのに口下手な彼の性格上、本題になかなか入れずにいる石屋の手助けをするように訊ねる。
「なあ、あの脚本って、どうやって浮かんだの?」
「どうやって…?」
また少し表情を緊張させて手を止め、大塚の方を見て石屋は小首を傾げた。
大塚はそんな表情が変化しているのを素知らぬ振りをしながら、落ちたコインの受け皿からコインを取り出す。
そして、両替した時にコインが入っていたカップにそれを入れて、いつもの大塚らしからぬまじめな顔をしてゲームを再開する。
「確かに"特捜刑事"って、プロファイルの天才みたいな主役いるからか、ネットワーク犯罪とかの題材を使った話も多いけどさ、智史は何でああ云うウィルスを使った事件の脚本を作ったのかって…。いや…、ちょっと疑問に思ったんだ…」
"ふーん"とその言葉が今一納得出来ないように口を石屋は尖らせてから、小さく溜息を付きゲームの方を向き直るとコインを少しずつ入れる。
すると、ゲームのルーレットが回転し、直ぐに小さな当たりが立て続けに何度かあった。
しばし、二人だけのような錯覚を感じさせる、無言の時間。
会話はしばらく途絶え、二人とも無言でゲームに没頭していると、何気なくぼそっと石屋が呟く。
「あんた…、大塚さん…は、俺の過去の経歴って知ってますか?」」
「え、あ、理工の大学出て技術屋やってたんだよな?でもって、大学の先輩の夏目に誘われて脚本始めたんだっけ?」
ゲームの画面を必死に見つめ、コインを少しずつ投入しながら石屋は微かに微笑んだ。
「凄い、その辺はちゃんと知ってるんだ…。やっぱり警察官なだけはあるんですね」
「まあ、捜査会議でその辺の資料は見たしな…」
昼来た時も、目的は捜査ではなく、ナンパしに来た、と云い張っていた大塚から出たゲームに言葉が、あまりの意外な発言に感じられた、石屋は一瞬ゲームの手を止めてゲームに没頭している大塚を見た。
そして、ゲームを楽しそうにやっている姿を見て、小さく"まあいいや…"と呟いてから、またコインを慎重に数枚落とす。
「夏目さんからの口説き文句に惹かれたんです…」
「え?口説き文句って…」
今度は大塚が、ホモだのゲイだの云って、あれだけ自分を毛嫌いしていた石屋の口から出たその言葉が、あまりの意外な言葉に感じられゲームをする手を止めて、石屋の方を向いた。
それを待っていましたと云うように、石屋もゲームを休んで大塚の唖然としているその姿を見ると、勝ち誇ったような表情を見せる。
「驚きました?」
「まあ…」
引きつった表情のまま、いつまでも自分を見ている大塚に、ニコッと微笑むと、石屋は目線を戻しゲームを再開する。
「脚本家として誘われた時に…、"お前の会社での知識を役立てたい"って云われたんですよ。それで、これなら俺にも出来るかなって…、そう思ったんです。大塚さんとは違いますよ、悪いけど…」
自分の緊張を解すように大塚は、驚きに止めていた息をゆっくり吐き出し、ゲームを再開する。
そしてゲーム機のガラス越しに石屋の様子を盗み見ながら、大塚は訊ねる。
「智史は夏目をどう思ってるんだ?」
「どう?」
ゲーム越しに石屋が小首を傾げているのを見て大塚は、ぼそりと言葉を繋げる。
「好きとか…、嫌いとか…」
「そ、それって大塚さんみたいな…、そのゲイとかって意味ですか?」
さっきまで驚いていないのか、それともこの雰囲気に慣れてきたのか石屋は手を休めずにゲームをしながら、そう訊ねた。
「夏目をそう見てんなら、それでも良いけど…」
「まさか…」
首だけを大塚の方に向け、そう云う目では一度も夏目を見たことが無く、反対にそう云う目でも見たくないと云う意志がようにそう云いながら、石屋は首をゲームに戻すと横に何度も振った。
「じゃあ、どう思ってるんだ?」
ゲームの画面を見続け何を考えているのか、口調からも表情からも伺えない大塚をちらちら気にしながら、石屋はしばし”うーん”と整った顎にすらっと長い左手の人差し指を添えて考えて応える。
「そうですね、尊敬している先輩かな?」
「それだけ?」
そう念を押され、一瞬ドキッとしながらも石屋は、口を尖らせて微笑んだ。
「そうですよ…、それ以外に何が有るんですか?あ、まさか…、夏目との関係がそう云う風に見えるんですか?」
フッと鼻の息を抜くように笑い大塚は、相手の考えている事が伺えずに眉根を寄せている石屋の方を向くと、相手を安心させるようににっこり微笑んだ。
「いや、智史がそう云うんならそうなんだろう…、それなら俺が口説いてもいいよな?智史を」
「え…」
驚きに言葉を飲み込んだ石屋を見て、大塚はクスリと笑い話題を変えた。
「なぁ、智史は、今回の事件…どう思う?」
「どう…、ですか」
今まで優しく感じられた空気にキンっと冷たい物が混ざり、大塚の質問がどんどん確信に迫っていくのを感じた。
隣からは、狭いコイン挿入口に入れようとしているコインが上手く入らないようだった。
挿入口に使われている金属部分と、金属で出来たコインがぶつかり合い、カチカチと云う音が石屋から聞こえてくる。
その音から大塚にははっきりと、ゲームをしているはずの手が震えていて上手く入らずに、石屋がその質問に必要以上に動揺している事が伝わってくる。
大塚は石屋をそれ以上動揺させないように、緩やかな表情をしたまま、隣に気づかれないように横を覗きながら、コインをゲーム機にパラパラと入れていく。
「変な事件だよな…」
「何が…、ですか?」
「事件はドラマとほとんど一緒だし…。智史は、変なやつに付けられているわけだしな…」
そこまで大塚が云うと、石屋の顔は、ゲーム画面を見ているように感じるが、手を止めたまま何も出来ずに、言葉を見付けられずにいるのが判った。
石屋はしばし目を閉じて、ゆっくり深呼吸をするように、大きく息を吸って、肺に溜まった何かを吐き出すように静かに空気を出すと、覚悟を決めて口を開く。
「大塚さんって、変な人ですね。本当に…」
「そうか?俺はマジに智史に興味があったからな…。もっと知りたいと思うし、他人の知らない裸の智史を…」
声は聞こえてこなかったが、コインが何枚も下に落ちた音が聞こえ、その音で石屋が何かされるのではないかと云う我が身への危機感に、動揺している事が判り、大塚はそんな可愛い姿につい吹き出してしまった。
石屋は無言のままだったが、また揶揄れたと感じたらしく眉間に深く皺を刻み、不快な顔をしているのを感じた大塚はすっと笑いを止めた。
「だったら、いいんだけどな…。智史との昨日の再会は事件がもたらした偶然だ。今回はウィルスとかコンピュータの知識がいるからな、一課から捜査の参加要請を受けたんだ」
そして大塚は"がっかりした?"と茶化すように確認すると、石屋は振り向かずに"いいえ"とはっきり云いきり、呟くように言葉を添えた。
「でも今朝、撮影所で話しをした大塚さんは…、ただの嫌な変態だと思ったのに…」
「思ったのに?」
大塚がわざと鸚鵡返しで答えると、横から小さく深呼吸をする音が聞こえる。
「大塚さんが云うように、確かに今晩は大塚さんに逢いに来たんです…」
「俺に?嬉しいね」
「あ、変な意味に取らないで下さい」
間髪入れずにそう言葉を付け足すと、大塚は何も答えずにただ優しい思いで目を細め、石屋はきちんと自分の話を聞いてくれるのを確認し、言葉を続ける。
「昼間の大塚さんの様子で、大塚さんならこの事件との関わりを全て判ってるんだろうな、って感じて…。昼に来た時に、一昨日ここにいたって云ってたから、ここに来れば逢える…、そんな気がして、来たんです」
それは自分がし向けたのだと、あえて云わず大塚は、素知らぬ振りをして、いつものようにふてぶてしい笑いをする。
「嬉しいね~」
「茶化さないで下さい!」
大塚の言葉が揶揄するように聞こえたらしく、真剣な声音で荒立てる石屋の手は、既にゲームどころでは無いのを感じた。
小さな声で大塚は告白に対して感じた複雑な心理を隠すように、わざと目線を合わさないようにゲームの画面を見ながら、"すまん..."と詫びると、石屋は嘆息し、覚悟を決めたように一番話したかった事を云う。
「あの…、ウィルスには元ネタは有るんです…」
「え?」
「俺が作ったウィルスが有るんです…。それで…、もしかしたらその件で誰かに付けられているのかもって…、被害妄想ですよね…」
確かに何となく予想していた石屋の告白だったが、を実際に隣で云われると、大塚はどう対応したらいいのか、思案を巡らしながらも上手い言葉を出せなかった。
言葉を失った様子の大塚に、不安げに石屋は自分を誤魔化すように、息を吐きながら頭を横に何度か振る。
「あ、いえ、何となくそう思っただけなんですけどね。変ですよね…」
"いや…"と大塚は隣を振り向かずに頭を振り、そして下に溜まっていた残り少ないコインを取った。
「でもさ、もし智史を付けているやつがいるんなら…、事件の話もそうだけど、これ以上具体的な事、ここでするべきじゃないかな…」
最後の方は呟くように大塚は石屋に耳打ちすると、最後一枚になったコインを投入した。
丁度コインが無くなった大塚は、徐に立ち上がると、笑顔で"さ、行こう"と横に右手を差しのべ、戸惑いに動けない石屋の残ったコインを持ってずんずんカウンターに向かった。
そしてそれを預け終わると、若干緊張しているようにも見える石屋の肩をそっと抱き、店の外へ向かった。
『世の中上手く行くもんだ』
その時大塚はほくそ笑んでいた。
3.横浜市内 ブティックホテル 01:36a.m.
「あ…、ぁっ。いい…、もっと…」
「ああ…、いいだろ…。お前の中も…、熱くて最高だ…」
真っ暗な中で響く、熱い吐息と喘ぎ声。
躯同士が激しくぶつかり合う音と、ぐちゅぐちゅりと云うねばついた水気が押しつぶされて響く艶めかしい音。
そして、どちらのものか判らない"うっ…"と云う呻き声の次に部屋に響くのは、激しい呼吸の音だけだった。
しばらくするとその音も少しずつ静まりを見せ始めると、今まで全て部屋を覆い尽くしていた闇の中に小さな炎が生まれ、それが何かに点くと、ぱちぱちと引火する音がし、誰かが煙草を吸い始めたのだと判る。
周りの様子を浮き出していく。
そして薄らぼんやりともう一つの塊が動き、煙草の先端をスッと、先に吸っていた煙草の先に押しつけ燃え移ると紫煙を吐き出し、片方が手を伸ばしゆっくりと部屋の間接照明が点く。
あまり明るくないオレンジ色の光は、殺風景な部屋と、小さな机とラブチェアーには脱ぎ捨てた衣服が散乱している様子を浮かび上がらせる。
場末のラブホテルの一室…。
キングサイズのベッドの背もたれに縁に上半身を預け、うっすらと汗をかいた裸のまま、無言で煙草を味わう二人の男。
先程の激しく熱く感じられた時間が嘘のように静まり返った部屋。
その沈黙をうち破ったのは先に煙草に火を点けた男の笑い声だった…。
「あーあ、痛そう…。こんなになっちゃって…。近頃の子猫は爪だけじゃなくて、張り手をくらわせるのね。男前が台無しじゃない、朗(ろう)さんってば…」
男は笑いながら煙草を灰皿に押しつけると、相手の男の赤くなって少しだけ腫れている頬を軽く撫でる。
しかし相手の男は煩わしそうに、無言のままその手を払いのけた。
「ひどーい!あたしは朗さんの事心配してるのよ?聞いてる?ね、大塚 朗巡査部長殿!!」
「その呼び方は止めろ。だいたい俺は"ろう"じゃなくて"あきら"って読むって、有楽(うらく)、お前知っててわざと云ってるんだろう?」
今にも食いつきそうな勢いで矢継ぎ早に叫ぶ有楽に、うるさそうに眉間を寄せて大塚はイライラしながら煙草の灰を落とし、そう応えた。
そしてその苛つく思いをぶつけるようにもう一回紫煙を吸込むと、今の気持ちを表すかのように煙草を灰皿に力一杯吸い殻を押しつける。
そんな直情的で子供のような態度を見ながら、有楽はクスリと笑って汗で額に張り付いた大塚の前髪をいじる。
「あら、何度も云ったけどあたしは、"あきら"って呼ぶよりも"ろう"の方が好きなんだもの、いいじゃないお互い長いつきあいなんだから…」
「何度も云うなら俺も同じだぞ。十何年お前に云ってるが、俺をそう呼ぶのと、そのかま言葉!何とかなんねえのか?」
当然の権利のように"ろう"と親しげに呼び、"かま言葉"を使う有楽に、無駄な抵抗だと、長いつきあいで判っていても、ついつい大塚は言葉に出さずにはいられなかった。
もちろん、そんな有楽の態度を本気で嫌っている訳じゃないのを、思いっきり見透かされているから、いつもの事だと笑って話しを流される。
「そんなのいいじゃない。どうせ、あたしが朗(ろう)さんのそのおっきいのを受けて上げてるんだから」
多少の事を云ってもいつも余裕の笑みを浮かべる有楽に、大塚は半ば呆れつつ、さっきの余韻を残しつんと立ち上がったままの乳首をふざけて爪で弾く。
「それ挿れられて、ひいひい喜んでいるのは誰だ?この淫乱が…」
「はーい、あたしでーす。朗さんのって大きいから奥まで届いて気持ちいいんだもん。だからこんなけだものとつきあえるのよね…」
"あぁ~ん"と身悶えながら有楽は、大塚の上に寝そべり足を絡めると、精を吐き出し小さくなっているものを"いないないばー"と云いながら指先でおもちゃにする。
元々有楽とは、大塚がまだ大学生だった頃に、大学同志の女性も来るコンパで知りあった。
その時は同じ性癖の持ち主だと知らずに、お互いにコンピュータを扱った研究をしていて、マニアックでオタクなところで話が合い、友達になって、電気街を一緒練り歩いたり、飯を食ったり、飲みに行ったりしていた。
ところが偶然とは世にも恐ろしいもので、たまたまその手の趣味の人間を集めたパーティに行った時に、二人は逢ってしまい、ベッドも共にし、気が付いたら十年以上が過ぎてしまった。
しかし十年以上付き合っているが、年を追う毎に有楽に対して謎は増えるばかりだった。
確かに今でも、一緒に飲みに行ったり、互いにその気になればこうやってベッドを共にしたりもする。
しかし、有楽は大塚が予想出来ないほど情報を持ち、"アルバイトして上げる"と笑っては、求む情報を有る程度の金額で調べてくれたりもした。
有楽…、様々な情報を持っていて、大学時代からそう呼ばれて、身長は176cmの中肉中背、髪は長く、顔は美人では有るが、お姫様と呼ぶよりは王子様的で、いつも仕立ての良い服を着ている。
それ以外は、十年以上付き合っていても、実際の年齢も、何処に住んでいて、何者なのかも、何も聞いていなかった。
もちろん大塚もそれ聞いたりもしなかったが…。
「ほら、子猫との事なんて忘れましょうよ」
クスリと笑い声が聞こえたかと思うと、有楽は今までの経験上でよく知っている、大塚の良い所にリップノイズをわざと立てながら唇を落としていく。
それこそ、胸に、脇腹に、内股に…。
「有楽、お前な…。今日は仕事の依頼って云っただろう?」
そう云いながらもホテルで話しをしようと最初に云ったのは大塚の方だった。
しかし、一緒に快感を楽しむ事が出来る有楽は、それに対して何の異論もなかったし、ましてここでそう云われたとしてもそれに対して反論するつもりもなかった。
有楽は拗ねている様に感じるを軽くあしらうように云う。
「はいはい、感謝してるわよ。で、NETにはそのなんだっけ…、なんちゃらローゼは…」
「La vie en Rose(ラビアンローゼ)」
「そう、La vie en Rose(ラビアンローゼ)のウィルス情報はその手のサイトに全然上がってないんでしょ?それを使っているやつを探せ、って云われてもね…」
めんどくさそうに顔を上げて有楽は、大塚の胸を悪戯しながら依頼内容を復唱し終えると、もう一度不敵な笑みを浮かべてから、足の方にずずっと下がっていく。
そしてさっきからしている悪戯で形を帯び始めた大塚自身を、舌で何度も愛おしそうに舐めてから、ゆっくりと口に含んでいくと自然に大塚の言葉に熱い吐息が混ざる。
「ああ…、結構…、有名なBBSサイトを回っては見たが、ニュースがニュースだから多少の話題にはなっているが、実体は影もなかった…」
有楽にもたらされた快感に呼吸を乱しながら、大塚は自分で確認した内容を告げると、上に覆い被さってる躯を剥がそうとする。
しかしそんな無駄な抵抗を無視して、足を絡めながら有楽は、猛り始めたお互いを擦り合わせ、熱い吐息混じりに答える。
「確かに…、ウィルスの無料配布サイトも、オリジナルは全く聞かないのよね…。ああ云うのって…。うっ…、普通はさー、どっかの隠れサイトに置いたりするもんなんだけどね…」
大きく甘い息を吐き、手の中でしっかりと力を持った大塚自身に新しいスキンを付け、有楽は"あっ…、ぁあ…"と云う喘ぎ声と一緒に息を吐き、さっきから疼いている一回目で溶けて受け入れやすくなった場所に、ゆっくりと収めていく。
そして熱く締め付けながら上手く絡まる場所に大塚も収まると、一回大きく息を吐いてから鼻で"フフン"息を吐くように不敵に笑った。
余裕の笑みを浮かべながらも、依頼した内容の難解さを訴える有楽に、大塚は温度がかなり上がった溜息を付く。
「お前…、それでもお前、情報屋か?」
「無茶云わないで!これって内容が内容だからかなりめんどくさいのよ。リンク貼ってなかったり、その手のサイトに置かれてなきゃ、探すのは砂漠に落とした米粒探すようなものよ!」
腰を自らぐるぐる回しながら、いささか不満がちに有楽が訴えると、身悶えながらもその大変さを知っている大塚も云ってる事を理解し、溜息を付く。
「確かに…、地下に潜っているなら探すのは大変だな…」
「そうでしょ!それにドラマの脚本だって、かなりずさんな管理みたいだから、どこから漏れたって不思議無いみたいだし…、ああっ…」
拗ねている有楽に、大塚はわざと揶揄するように一回腰を淫猥に回すと、食いついて離れない熱い粘膜がめくれ上がる。
押し寄せる快感に話が途中だった有楽の口から喘ぎ声が漏れ、それ以上云いたい言葉を遮ると、大塚は身悶える姿がかわいいと感じながら笑みを浮かべる。
「それで?」
余裕を持ってどんどんと下から腰を付きだしてくる様子に、そっちがその気なら…、と有楽は、反撃をするように前回の潤滑剤でかなり溶けてスムーズに動けるのを良いことに、大塚の花芯を根本まで捕まえた蕾に力を入れ、ゆっくりを焦らすように抜き差しをする。
「まぁコピーしちゃえば…、はぁ…、いくらでも外に出ちゃうしね…」
大塚の両腕が自分の上で揺らめく腰を捕らえ、有楽の更に深い繋がりを求めるように、艶めかしい動きを支える。
「じゃ…、ウィルスを自慢する…、愉快犯か?」
質問に答えずに有楽から"朗さんのって大きくて…、奥まで来るから良い…"と熱に浮かれた喘ぎ声が漏れと、大塚はわざと焦らすように、腰を支える手を止める。
有楽の口から"やめないで…"と抗議の言葉が出るが、意地悪くニヤニヤしている大塚に大げさに溜息を付く。
そして今度はわざと、加えている部分をぎゅっと力を加え締め上げると、中に収まっていたものがその締め付けでぎゅんと大きくなったのを感じる。
下の男の腰が揺らめいているのを感じニヤリと笑った有楽が、ぬけるのではないかと思うギリギリまで尻を持ち上げて、"あ、そう云えば…"と思い出したように口を開く。
「朗さんが事件の事、余分なお金出してまで調べるなんて、どうしちゃったの?」
あまり答えたくない質問なのか、それともわざと焦らしているのかは判らないが、大塚は拗ねたように質問に答えない。
確かに有楽に情報を頼めば知りあいとはいえ、曲がりなりにも情報を売って稼いでいる情報屋だ…、有る程度のお金が掛かる。
それでも、もう一押しのと手応えが感じられた石屋を口説き落としす為には…、と出せない金額では無いと思った。
それに本音を云うと…、石屋の為にと云うよりも、コンピュータを扱うものとして、この事件を聞いて最初に感じた、手口やウィルスに対して好奇心の方が先に立っているような、そんな気がした。
折角良い事をしている最中なのに、躯の動きも止めて物思いに耽っている姿を見て、普段には見せない純情を感じた。
有楽は、にやにや笑いながら、力を失い始めたものをはっきりと形に戻るまで手で擦り、そしてゆっくりと自分の腰を大塚の上に降ろして、質問を変える。
「美人の…、脚本家さんはどうなの?」
そう云うと有楽は、またわざと焦らすようにギリギリまで腰を上げる。
大塚はそれに苛立ち、"どうって?"と反対に質問で返すが、有楽はゆっくりと何かを焦らすように抽挿を繰り返しながら、汗ばんで額に張り付いてきた大塚の髪を払うと、覗き込みクスリと笑う。
「ほら…、白か、黒か…。それが気になって、私に頼んできたんじゃないの?」
いささか煩わしいように髪を弄るその手を払いのけると、腰にあった手をはずして、今度は有楽の両肩を鷲掴み、熱い息を吐きながら呟く。
「さあな…。ただ…」
「ただ?」
「…」
口付けるのではないかと思うくらいの距離で、有楽は小首を傾げ、答えようとしない大塚の耳に息を吹き込んで歯を立てる。
背筋に電流が走ったように、ぞくっと大塚は身震いをさせると、今度はふてぶてしい笑いを浮かべ、今までの仕返しをするかのように、繋がっている部分が抜けないように注意しながら、有楽をベッドに押さえつけ上下を反転させる。
「何よ!!」
あまりの乱暴な大塚の所作に、抗議する有楽の肩を乱暴に押さえたまま、楔を思いっきり何度か打ち付ける。
そしてそれだけで熱い吐息を吐きながら、"あぁ…、ん…"と喘ぎ声が漏れ始める有楽に、わざと意地悪く質問の答えを云う。
「いいや…、白とか黒より、明日のベッド相手…、かな」
「何よ!!それ…、この絶倫男!!」
大塚は”ふふン”と笑いながら一回根本まで自身を押し込み、自分の言葉に不平を漏らす人物の両足を自分の肩に乗せる。
そしてもっと深い所を大塚の大きいもでえぐるように打ち付けると、元々躯の相性の良い有楽の中は、しっかりとそれに反応して締め付けてくる。
「だが…」
「”だが”、何よ!!」
「俺のこれは、今はお前だけのためだ…」
思わず鳥肌が立つのでは無いかと思われる感じる台詞を耳に舐るように畳みかけ、片手で有楽自信の亀頭に爪を立てたり、その裏を擦ってやると、熱く滾った筒がきゅっと締まり、機嫌が直ったのを大塚に感じさせる。
「もう、朗さんってば…。いいわ、明日までに情報揃えて…、上げるわ。あんたが、明日枕を濡らしながら独り寝しないように…」
甘い吐息と"もっと、奥…"と欲されながら、有楽は大塚にそう告げると自分でも更なる高みを目指そうと、腰を回し始める。
「ああ…」
喘ぎ声とも取れるような返事をかろうじてし、そろそろ限界を感じ始めた大塚も、有楽を穿つ間隔を速め、歯を食いしばると、頂きに向かって全力で走っていった。
「明日…ね。朗さんが無事に動けたらだけど…」
そんな有楽に呟きすら耳に届かないままに…。
4.横浜市内 某マンション 09:20a.m.
姑息な技だと判っていても、吉川と外出…、と部署の白板に書いておいて良かった…。
大塚は腰を叩きながら、家に帰って来てひしひしと感じた。
会議の予定が入っている吉川に合わせて、待ち合わせは十二時に直接撮影所、と部内の白板には終日外出としてした。
そんな事を考えながら、いつもと別の色に見える太陽を見上げ、使い過ぎてちょっとだけ年を感じる腰を叩きながら、重い足取りでマンションに戻ってきた。
部屋に入るとジャケットとネクタイをベッドに放り、ぼんやりした頭をはっきりさせようと、濃い目にコーヒーをドリップし、それを持って風呂に向かった。
有楽とはベッドで二度楽しんだ後、風呂に移動し、お互いの躯を休めながらも戯れている内に一回、そしてベッドに戻ってもう一回し、シャワーで汚れを落とすと、泥のように目覚ましの鳴った八時まで休んだ。
精力を全て吸い取られたような疲労を感じながら安いホテルのベッドから起き上がると、隣にいたはずの有楽の姿は既にもう無かった。
そしてテーブルに"ここの払い宜しく。今日中にメールで一報します。代金の振り込み宜しくね(はあと)"と嫌みに感じるメッセージが残されていた。
大塚はその有楽から宛てられたラブレターを見て苦笑しながら、昨日励みすぎて重たい腰を上げると、通勤で賑やう駅を横目にタクシーに乗って家に戻った。
ゆっくり湯に浸かり、朝の柔らかな日差しに包まれながら淹れたコーヒーを飲んで、しばし、くつろぎ昨夜の疲れを癒す。
そして何とかはっきりし出した頭で風呂から上がると、もう一杯コーヒーを淹れ、それを飲みながらPCを立ち上げて、メールのチェックをする…、と律儀なスイからメールが届いていた。
メールは簡単の大塚への餞のようなメッセージと、そして…、暗号化し圧縮されたファイルが三個添付されていた。
圧縮を解凍すると、スイから以前貰った暗号を解読プログラムに掛ける。
その戻す待ち時間に、昨夜ゲームセンターを出た後に、石屋の部屋で貰ったウィルスのプログラムを開いて中を確認しながら、その時の事を思い出した。
横浜市内 石屋自室 11:10p.m.
石屋の部屋は、駅からはかなり離れていて交通の便は良くなかったが、ここ十数年ですっかり様変わりした山下埠頭と、そして大きな観覧車"コスモクロック"が見える高台にあって、恋人達が語り合うには最高のロケーションだった。
中に入るとさすがに男の一人暮らしを彷彿させるように、家財道具は至ってシンプルだったが、ベッドの横に机があって、そこに置かれているモニター二台に、何台ものPCや様々な機材が繋がっていた。
「すみません、汚いところで…」
恥ずかしそうに石屋が云うと、大塚は"どこも似たようなものだ"と笑った。
大塚の部屋もここと対して変わらずに、PCの配線が散乱していたり、オーディオの機材が部屋を占めているが、それ以外は頓着しないそんな部屋だった。
『だからこそ親近感がよけいに沸いてきた…』
そんな下心見え見えの感情を抱えながら、どうやって今晩ベッドに誘おうか、はやる気持ちをあぐねいていた。
「あの、適当にそこら辺に腰掛けて下さい。お茶しかないんでいいですか?」
そう云いながら石屋はベッドに座る大塚を横目で見、引出の奥からFDが何枚も入っているケースを取り出した。
そして、その中から『La vie en Rose(ラビアンローゼ)』と書かれたFDを探し出すと、大塚に"これです"と渡した。
「ちょっと待って下さい…」
そう呟くとキッチンに向かい、冷蔵庫から出したお茶のペットボトルを、コップに入れて持ってきて、大塚に渡す。
「誰かをここに呼んだこと無いんで、お客が来ると戸惑いますね…」
落ち着かなさそうにそう答え石屋は、端に避けてあった古い樹で作った丸いテーブルを大塚の前に置き、そしてそれと合わせて作られたらしき椅子を持ってきて座った。
「もしかして、智史はお茶派?」
渡された緑茶を一口、口に含んだ後に大塚は訊ねた。
「え?ああ、コーヒーとか缶はなんとか飲める様になったんですけど、普通はお茶ですね。それも緑茶が好きです」
自分の事を語ろうとすると口調が硬くなるのを感じながら大塚は、それが苦手らしい石屋がそう云いながら恥ずかしそうに頬を染めている姿に、落ち着かない表情で訊ねる。
「じゃ、さっき…」
数時間前にアミューズメントセンターで渡しされたコーヒーを、大塚が思い出して戸惑っている風に感じられた石屋は、"あっ"と思い出したように口を開きクスリと笑う。
「缶は平気ですよ、あんまり苦くないから…。だから気にしないで下さい」
「ならいいが…」
そう呟きながら大塚は、どんどん距離の縮まっていく石屋の姿に目を細めて見つめた。
「ええ。あの時、実は、凄く咽が乾いていたから…、助かりました…。あの、ちょっと緊張していたみたいで…」
「俺を待っていたから?」
ニヤリと笑いながら大塚がそう訊ねると、その言葉が石屋の図星を付いたのか、一瞬驚いたように"えっ"と口を開き、カップを持つ手を止めて、息を詰めて口を引き結ぶ。
そして悔しそうに息を静かに吐く。
「認めるの悔しいけど、そうです。誰にも相談出来なくて…」
「智史…」
「…に俺の作ったウィルスの件で相談したら、あいつは"誰にも云わない方が良い、その方がお前の為だ…"としか云わなくて…」
名前の部分が上手く聞き取れずに大塚は"誰に?"と確認するように質問すると、石屋は背筋に緊張を高めて唾を飲み込み"夏目…です"と云い難そうに呟く。
「なあ、もしかして…智史は、夏目が…犯人かなんて疑ってるとか?」
「まさか…」
自分を否定するように首を何度か横に振って、そう云いながら笑う。
それでもその可能性が頭の中から消えないらしく、笑いは直ぐに引きつったものに変わり、そんな石屋の様子から大塚は気持ちを察して口を開く。
「これはさ、俺が勝手に想像して作った話だから、怒らないで聞いてくれるか?」
「え?はい…」
頷いた石屋の表情から緊張感が伝わってくる。
その空気を感じながら、大塚は昨日の夏目や石屋の様子から想像していた事を、目の前で戸惑っている人物の代弁をするように云う。
「そうだな…、あの問題の脚本を書いた時にドラマに信憑性を持たせようと、試しに、現実でもその事件の状況で使える様なちょっとしたウィルスを作ってみた…」
「ええ…」
大塚の話を慎重聞きながら、もう一度頷くと、手のひらに冷やりと感じる汗に、石屋は自分自身を落ち着かせようと、静かに目を閉じた。
「そんでもって、それを知っているのは自分の知る限りは、夏目だけのはずだったが…」
「…」
何の声も発さなかったが、だんだん真実に迫っているのが判るようにはっきりと目を開き、音がするのでは無いかと思えるくらいに、石屋は大きく唾を飲み込んだ。
狼狽えているのが伝わるように肩を震わせ、次の大塚の言葉を待った。
「そしてまだ放映されていもいないのに、脚本と全く同じ手口で事件は起こった…。ウィルス名は自分が作った物と同じ名前のままに…」
大塚はそこまで云うと大きく深呼吸をし、目の前で震えている人物の様子を一旦伺った。
何かを思い詰めているように震えているがそれ以上身動き出来ずに、何も答えない石屋の様子を真っ直ぐ見ながら、もう一度口を開く。
「時同じくして、気のせいかも知れないが、誰かの気味の悪い視線を感じるようになった…。そして撮影所に行くと、夏目と視線が必要以上に感じられる…。もしやストーカーは夏目で、ウィルスも知っているのは夏目と自分以外知らないはずなのに…」
大塚はそう話すと深呼吸した。
その話を無言で聞いていた石屋がゆっくりと目を開き、今まで止めていたのはないかと思うくらいに大きく息を吐き"夏目さんは…"と呟く。
「夏目さんはいい人で…、大学時代から困った時にいつも助けてくれました。この仕事も夏目さんのお陰で始められたんです」
「いい人か俺は知らないが、仕事はそう云っていたな…。俺さこの事件最初から可笑しいと思ってたんだよ、うちとこの刑事が智史を追求したように、これってまるで智史が犯人ですって、云ってるよ
うなかんじじゃん」
「でも…」
夏目にこだわっているように口を開く石屋に、事件とは別の意味で大塚はムッとする。
「確かに智史にとって夏目は恋愛対象じゃないにしても、絶対だろ?」
「それは…」
「だから気になったんだよな?智史は」
どんどん石屋を追いつめた云い方になるのを自覚しながら、腹立たしい思いを伝えようと、大塚はそう云った。
しかし石屋にはそんな大塚の嫉妬心は伝わらず、今までずっと親友だと思っていた人間を疑わなくてはいけない思いの方が強い様だった。
「こんな事で…、疑ったりしたらいけないのは、判るんです。でも…」
意地悪く感じられる態度で、大塚は石屋の気持ちを代弁する。
「もしかしたら…って考えたら怖くなって、俺に相談を持ちかけんだろ?」
「まあ、そんなところです…。夏目には悪いと思うんですが、でも…」
友人がストーカー行為をし、そして自分が作ったウィルスと悪用されているのでは無いかと云う不安で押しつぶされそうに、石屋は胸を掴むように、自分のシャツを掴んだ。
その所作からどうしたらいいか判らない、と云う思いが、はっきりと伝わってきた大塚は、”しょうがない…”、と云うように小さく溜息を付く。
そして、自分の言葉に追いつめられ萎縮している石屋の心を解すように、大塚は微笑む。、
「判ったよ。俺は管轄が違うから、勝手に動いても問題にはならないから、丁度良いだろ…」
「有り難う」
礼を云った石屋は、緊張が一気に溶けたのか、落ち着いたと云う気持ちがはっきりと伝わってくるほど優しい表情をした。
そして石屋は大きく息を吐くと、机の上で汗をかいていたコップを取り、少し緩くなったお茶でからからに乾いた口を潤した。
大塚の言葉を借りてはいるが、自分の一人の中で蟠っていた思いが、やっと誰かに相談出来たと云う安心感が溢れていると云う石屋の表情を見ながら、大塚はいささか意地悪い質問をする。
「なあ、夏目が…、智史に惚れてるってのは?」
「え!まさか、夏目は良い先輩で、良い友人ですよ」
「そうか?」
「そうですよ。それこそ、大塚さんじゃあるまいし…」
そんな想像が石屋には全然出来なかったらしく驚いていると、大塚はクスリと笑う。
「じゃあさ、そのオオカミを部屋に呼んでくれたって事は…、ちょっとは脈有りって取ってもいいんだよな?」
「え?」
お茶を飲む手が止まり、先程とは違う緊張感が石屋の背に走る。
目の前で固まって動けない手からスッとコップを取り、テーブルに置くと、大塚は石屋の腕を優しく掴みベッドに引き寄せると、抱きしめた。
腕の中でその手を払わないのを確認して、左腕を離すと石屋の顎に手を添えて、形の淡い色をした肉厚の薄い唇に自分の唇を押しつけた。
二度目の口付け。
一度目の強引に奪うのではなく、お互いを感じるように奇麗に整った白い歯列を舐め上げると、何かの魔法にでもかかって誘われるように口が開かれていく。
少しずつ奥に導かれるように口腔に舌を差入れると、甘く触れるだけで溶けてしまいそうな石屋のものと絡まり、大塚の躯は更に温度を上昇させ、唾液が混ざり合っていくだけでお互い繋がりを感じる。
大塚はそっと糸を引く唇を離し漏れた唾液を指で優しく拭うと、その口付けに翻弄されている石屋の眼鏡をテーブルに置くと、ゆっくりベッドに横たわらせる。
そして電気を消すと薄闇で静かに覆い被さると、石屋の羞恥心を煽らないように何気なさを装いズボンのボタンを外し、ファスナーを下げ、下着の中でまだ萎縮しているものを優しく握ってやる。
「!!」
「え…? うっ!!」
いきなり石屋が動いたと思った時にはもう、大塚は官能が全て飛び散るくらいの衝撃に、息すら出来なくなった。
次ぎには頬に激しい痛みが走り、大塚は踞る。
しばらくし、何が起こったか確認しようと、ゆっくりと大きく深呼吸をすると、頬がじんじんする。
すると目の前で横たわっていた石屋が、気が付くと何故かキッチンにいる事とを理解した。
どうやら、石屋は初めてされるその感覚に戸惑いを感じたらしく、大塚から慌てて逃れるように抱きしめる腕を手で払った…。
だがしかし、ほんの少し避けるだけの全く意味を持たないはずの石屋のその手は、運悪く大塚の頬にヒットしてしまった。
見事に肘鉄された頬…。
頬を押さえベッドの上で踞る大塚を後目に、自分の予想外の手応えに更に混乱し、石屋はベッドから立ち上がると、脱兎のようにな勢いで逃げ、キッチンまで行った。
肩で呼吸をしながら、石屋は大塚を心配そうに見つめながらも、だらしなく足下にまとわりついているズボンを慌てて直した。
「あ、あの…、大丈夫ですか…」
「ああ…」
ゆっくり呼吸を整えながら大塚がかろうじてそう答えるのを確認すると石屋は、安堵の息を吐くと"ちょっと待って下さい"と叫びながら多分風呂場だとおぼしき場所へ消えていく。
間もなくすると、濡らしたタオルを片手に頬を押さえている大塚に無言ですっと差し出す。
それを受け取ると大塚が頬に当てたのを見て、俯きながら石屋は呟く。
「あの、すみませんでした…」
「いや…、俺もちょっと焦り過ぎたかもな…」
脅えている石屋に、痛みを押さえ笑顔を作りながら大塚は詫びた。
「ちょっと混乱しちゃって…。こんな風に流されるようにその…」
「俺とキスしたこと後悔してる?」
「え…、あ、判りません…」
俯いたままだった石屋の詫びている表情は伺えなかったが、本当に流されるまま大塚との関係を持って良いのか、不安に感じている事だけはその口調から伝わってきた。
大塚は鈍痛のする頬を濡れたタオルで冷やしながら、引きつった表情のまま笑う。
「正直だな…」
「すみません…」
謝っていると云うよりは、どうして良いのか判らずに混乱しているように見える石屋に、大塚は立ち上がってタオルを返すと、腕時計を見る。
「それよりも、そろそろ帰らないと…」
「あぁ、そうですね。そろそろ…、終電の時間だ…」
部屋の時計を確認し、タオルを風呂場に片づけに行く石屋に、冗談めいた言葉を叫んだ。
「ここに泊まらせて貰ってもいいけど…」
「えっ…」
風呂場から慌てて顔を出した石屋の顔色は、驚きと戸惑いに青ざめていて、大塚はそんな素直な表情を楽しんだ。
「うそだよ、う・そ。さぁ、帰るから送ってくれるよな?」
石屋から預かったFDをポケットに仕舞うと、手早く乱れた衣服を整えて、大塚はくしゃくしゃにしてしまったベッドをメイキングする。
そして扉へ向かうと、石屋も手早く出掛ける準備をし鍵を持ってそれを慌てて追い掛けた。
名残惜しそうに大塚が部屋の外に出ると、ここに来た時に感じた人の気配がまた感じられてくる。
大塚はその気配の感じられる方向をちらっと見てから、苦笑した。
事件の事で脅えている石屋には云わなかったが、大塚はこの部屋に向かう道で何度か、石屋が云っていたストーカーの存在を感じていた。
今もその存在が感じられる、あの人影は確かにあいつだった…。
「大塚さん早くしないと終電に間に合わなくなりますよ」
部屋の回りをきょろきょろしている大塚に、後から部屋を出てドアに鍵を閉めると、石屋はそう声をかけて足早に歩き始めた。
誰の所為だ…、と苦笑しながらも愛しい相手を慌てて大塚は追い掛け、横に立つとすっと石屋の肩を抱きしめて自分に引き寄せ、そっと甘く感じるように耳元に呟く。
「緊張しないで、このまま少しこうやって歩こう…」
「大塚さん…、あの…」
さっきの自分のしたことに対しての衝撃がまだ強いのか、石屋の早くなった鼓動を腕の中で感じながら、そのまま優しく抱きながら歩き出した。
「大丈夫、無理に何もしないから…」
「すみません…」
「謝るなって…。でもさ、この事件が落ち着いてからでいいから、智史は俺と付き合う事、考えてくれると嬉しいな…」
大きく息を吐き、薄暗く何も見えない地面を見ながら、石屋は必死に落ち着こうとする。
「こんな風に口説かれたの初めてで…。まして男性の大塚さんと、そのああいう風に…」
「いや?」
大塚がそう訊ねると石屋は左右に何回か首を振る。
「嫌、とかじゃないと思うんです…。ただ自分でもどうしたいか判らないんです。だって午前中まではその…」
「ただの胡散臭いおやじだって思っていた?」
石屋はちらっと大塚を見て、申し訳なさそうに頷いた。
「だから…、何が何だか判らなくなっちゃって…。あの…、そうだ…、頬、大丈夫ですか?まだ赤いですよね…」
石屋がすまなそうに手を伸ばし、頬にそっと触れようとした瞬間、大塚は踞り赤くなっているそれを痛そうに押さえた。
何かまずい事でもしたのかと、感じた石屋が慌てて中腰になり、踞っている姿を覗き込む。
そると、力強い大塚の手が伸び、石屋の頭を掴むと自分の方に強引に引き寄せ、唇を奪った。
地面に屈み込むようにしてする、口付け。
微かに唇が触れるだけのバードキスを何度か繰り替えすと、いつ誰かに見られるか判らない公衆の面前での口付けは羞恥心を感じさせ、石屋は顔を背けようと必死にもがく。
しかし、石屋の腕を自分の方に更に引き寄せお互いの距離が無くなるくらいに抱きしめると、その抗いは静っていった。
そして、気が付くと、石屋の細い腕が大塚の腰に回って行くのを感じると、口付けはもっと深いものになっていく。
多分今の石屋は口付けに応えてはいるが、それは愛情というものではないだろうし、大塚自身も子供じみた告白までして、欲する気持ちが自分でも判らなかった。
それでも、いつ別れてもいいような今までの男達とのつきあいとは違い、目の前のキスだけで恥じらう男が愛おしいと石屋を知れば知るほど何度も感じた、頬が感じた痛みよりも多く…。
無理矢理深いものにする口づけは、お互いの唾液が混ざり合い、舌と舌が絡まり合い、今にも欲望に歯止めがきかなくなりそうなほど激しい口付けだった。
まだ芽生えていない愛情よりも先に欲望を感じ、膝が砕けそうになった石屋を支えると、そっと唇を離す。
「好きだよ、智史」
「大塚さん…」
大塚の真っ直ぐ自分を見つめる視線を感じながら、石屋は瞼を震わせながら瞳を閉じると息を小さく吐いてから、目を開く。
「大塚さん、今は、そう云ってくれるあなたに、どう云う言葉を返していいのか判りません…。好きって言葉に応えられるかも…」
真っ直ぐ見つめる視線に偽りは感じられなかった。
だからこそ急がずにゆっくと手に入れればいい、そんな風に大塚は感じ、石屋の頭を数回何撫でると、優しい笑顔で云う。
「いいさ、それよりも明日、智史に相談された件で、午後からこの前一緒にいた吉川警部と、一緒に撮影所に行くから、智史も来てくれるか?」
「明日…ですね。ごめんなさい…」
小首を傾げながら了解してくれる石屋が可愛く感じられた。
「智史、こう云う時はごめんなさいじゃなくて、有り難うって云って欲しいな…」
「判りました、あ、有り難う…。大塚さん」
忘れられないほどの笑顔を石屋に見せられ、大塚はその眩しさに目を細めた。
「さ、遅くなっちゃったな、帰ろう」
「はい…」
二人は少しだけ距離を開けて、ゆっくりと駅に向かった。
その時大塚は石屋の部屋に入る前に感じた視線をまた感じた。
横浜市内 某マンション 10:20a.m.
スイからのメールを一つずつ見ながら、大塚は形を表し始める事件と云うパズルのピースを順番に並べてみた。
1.石屋が作ったウィルスとそれを知っている夏目。
2.そのウィルスを使って企業のサーバにクラックを掛け、データを奪い、サーバの履歴を消し去る、そんな犯罪。
3.不気味に石屋を付け狙う影の正体。
4.そして、夏目…。
昼には石屋と撮影所で逢う約束をしている。
全ての事件が解決とは云えないが、少なくともこれだけの材料が揃えば、石屋が不安に感じている夏目の件だけは何とかなる…。
夏目か…。
その存在を考えると、大塚の口から自然に溜息が漏れてくる。
引っかかる唯一つの事柄を心の奥に封印して、大塚は自分自身に、これで無事に事件が片づけば、そうすれば石屋は腕の中で艶やかな華に変わってくれるさ。
そう云い聞かせると、自然に笑みが浮かんでくる。
大塚は冷めた珈琲で咽を潤しながら、忘れることの出来ない昨夜の石屋との事を思い出しながら、自分の頬に手を当てた。
確かに直ぐに足を開く娼夫のような男にも燃えるが、石屋の様に初めての夜に脅えるのを少しずつ手なずけていくのもいい。
肘鉄された時の頬の腫れも痛みも今はもう治まったが、あの晩抱きしめた華奢な躯はどんな事があっても忘れられないと思った。
手に入らない物を強引に手に入れたいと云うのではなく、もしかしたら石屋への思いは本気なのかも知れない…、そう思うと大塚は苦笑せざるを得なかった。
ガキじゃ有るまいし…、そう呟きながら小さく溜息を付くと、カップにわずかに残っていたコーヒーを一気に飲み干した。
そしてスイが送ってきたウィルスのプログラムと、石屋に貰ったものと二つを見比べながら、今度は大きく溜息を付く。
目の前に開かれているプログラムは、多少の書き方の癖に違いは有るにしても、あまりにそっくりだった。
こう云う時のスイに間違いは、絶対に無い…。
スイから送られてきた事件を予測した表を見つめながら、大塚は石屋の書いたプログラムがこの事件に使われている事を確信した。
そして、これをどうしたものか、そんな風に思案しながら二つのプログラムを印刷し、PCを閉じようとした時、有楽からメールが到着する。
慌ててそれを読むと内容は大塚が予想通りのものだった。
手に入れた守護札の様な三つのカード。
石屋の書いたウィルスプログラム、スイの予測した事件時履歴、そして有楽の情報。
それを見つめ、大塚はニヤリと笑うと文面を印刷し撮影所に向かった。
5.市内撮影所 01:28p.m.
「よう!」
昨日と石屋が案内してくれた会議室に大塚が通されると、そこにはまるで審判の時を待っている不安そうな面もちで部屋の窓の外を一人で立っている人物がいた。
「智史。逢いたかったよ」
「大塚さん…」
石屋は笑顔で部屋に入ってきた大塚を見ると、安心したのか、それとも、昨夜の記憶が蘇っているのか、奥ゆかしく頬を染めて笑顔で迎えてくれた。
「そんな表情されると、このまま押し倒したくなるじゃねえか…」
そう云いながら大塚は、誰もいないのをいい事に、離れていた数時間を惜しむように、石屋の腰に手を回して、お互いがピッタリとくっつくくらいに抱きしめる。
「ぁ…、ちょっと…」
手が空かずにちょっと遅れる、と云っていた夏目が、いつ入ってくるか判らない撮影所の会議室で、抱きしめられ石屋は顔を真っ赤にして、その腕をから必死に逃れようとする。
しかし大塚は離すまいと腕に力を入れ、石屋の耳に唇を寄せる。
「お、大塚さん、撮影所ですよ…、ここ。離して下さい…」
「でも、今は二人きりだろう?」
「それは…」
言葉を詰まらせ戸惑っている様子ではあったが、拒絶する手が止まったのを確認して、腰に回していた腕を解き、石屋の両腕を掴み大塚は口付けをしようとする。
しかしそれに脅えたように息を詰めて、力一杯目を閉じる石屋の姿を見て、大塚はプッと吹き出す。
「ほんと可愛いね、智史は…」
いきなりの笑い声に恐々と目を開ける石屋の姿を見て、すかさず唇を盗むと、唖然として動けずにいる姿に大塚は微笑みながら髪を撫でる。
照れが混ざった怒りに震えながら、石屋は耳まで真っ赤にし"大塚さん!!"と叫ぶ。
そして自分の腕を掴んでいるその手を思いっきり払おうとするが、今度はその感情を宥めるように大塚は怒りに震えている肩を優しく腕で包む。
「いい加減にして下さい!!」
「すまないな、智史を見ているとつい揶揄いたくなる」
強い口調で拒絶したものの、また大塚の優しい態度で謝られ、また石屋は戸惑う。
「全く、大塚さんは優しいんだか、意地悪何だか全然判らない」
「そりゃあ、智史が好きだから虐めたくなるし、反対に嫌われたくないから優しくも出来る。それが恋愛だろ?」
「そうかも知れないけど…」
「俺だって好きな相手が心配になればストーカーだってするさ」
「大塚さん?」
不安な面もちで大塚を見上げた瞬間、大塚は石屋を抱きしめ、唇を奪う。
最初は必死に暴れて逃れようと石屋はするが、少しずつ大塚の舌がもたらす快感に、抵抗する手を止め、そして応えていった。
二人だけの時間、二人だけの空間。
部屋には、いきなり大きな音を立ててドアが開き、それを邪魔する叫び声が響き渡った。
「何やってるんだ!!石屋!!」
物凄い勢いで会議室の扉が開いたと思った瞬間、鬼のような形相で夏目はそう叫んだ。
その音に驚き、石屋は大塚の腕が弛んだ瞬間慌ててそこから逃れた。
「夏目…」
そう呟きながら動かない人形の様に立ちつくす石屋を見て、表情を睨み付けるきついものから、寂しそうにも見えるものに夏目は変える。
後から入ってきて立ちつくしている夏目の姿を見て、大塚は余裕たっぷりの表情で挨拶をする。
「おや、夏目ディレクター、今日和」
にやにやと勝ち誇っているようにも、不敵にも見える笑みを浮かべている大塚を、石屋から視線を外し、忌むべき相手を見つめるような視線で夏目はもう一度睨み付ける。
「こ、今日和じゃない。お前、昨夜から智史につきまとって、いい加減にしろよ!!智史はお前を嫌っているんだ!!」
物凄い眼光で見つめる夏目を見下すような、そんな視線を向ける。
そして、わざと夏目を挑発して二人の仲を見せつけるように、大塚は石屋の肩を自分の方へ引き寄せる。
「昨夜?昨日の昼間のドアの件と云い、また智史を付け回していたんですか?まるで、ストーカーみたいに…」
「そんな事は…」
そう云いながらもはっきりと否定出来ない夏目は、物云いたげな大塚の視線から逃れるように、石屋に救いを求めるように見つめながら、口ごもってしまった。
そんな夏目を大塚の腕に抱かれながらも、戸惑いながら不安を隠せない表情で言葉を発せずにいる石屋は、ただ見つめるだけだった。
しばしの無言で見つめ合う時間と、その沈黙を破り、二人の複雑な思いに、大塚ははっきりとメスを入れるように追い込んでいく。
「してないって云い切れるのか?」
「本当なのか?!夏目…」
"夏目が何か良からぬ事をしているのではないか…"そんな不安から、大塚に相談したものの、そでもで本当は違うときっぱりと云って欲しかった。
しかし当の夏目の、大塚の質問に対して口ごもり答えない姿を見つめ、石屋は混乱し、どうしていいのか判らなくなり、躯がその緊張からか震えながらも必死の思いで夏目に訊ねる。
「夏目…、もしかして君が、ウィルスも…」
「それは…、でも違うんだ…、信じてくれ!!」
じりじりと一歩ずつ近寄り、縋り付こうとする夏目の手が石屋の腕を捕らえる。
何が何だか判らない恐怖に脅え石屋は、心の奥深くから溢れ出す消化しきれない感情に震えながら、夏目のその手を払らおうとした。
その瞬間、ドアが大きな音を立てて開き、吉川が飛び込んで来た。
そして石屋の手を乱暴に掴もうとした夏目の腕を掴みんだ。
「やめてください!!」
吉川はそう叫ぶと夏目の腕を押さえる。
信じていた友人に裏切られ、絶望感に襲われた石屋は涙をこらえるように唇を噛みしめながら、大塚に助けを借りてやっと立っている。
「夏目…、君を信じていたのに…」
「ち、違うんだ…、石屋。確かに君を付けたのは事実だけれど、それには理由が有るんだ…。石屋、聞いてくれ…」
夏目を信じたい気持ちと、現在の状況に苛まれ、それ以上言葉が出て来ずに、震えながら大塚にもたれて立っている石屋。
大塚と石屋を交互にぷかぷか浮いた視線で見つめながらも、協力して貰え無さそうな様子に、諦めて警察へ連行しようと夏目の肩をポンと叩く。
「夏目ディレクター、署で聞きます…」
そう云った瞬間、吉川の胸からこの場の雰囲気を破壊するように、ベートーヴェン作曲"乙女の祈り"の電子音が、けたたましい音を立てて鳴り響いた。
その音に石屋と夏目の動きが止まり、途方に暮れた吉川は助けを求めるように大塚を見る。
いつまで経っても鳴りやまない"乙女の祈り"に、嘆息すると大塚は頭を抱えながら"早く出ろ"と促される。口を尖らせながら吉川は小さく頭を下げ、部屋の端に寄って電話に出る。
目を合わそうとしない石屋と、必死な面もちで見つめる夏目。
その様子を見て大塚はクスリと笑うと、夏目はその不謹慎な態度に、腹を立て唇を噛み締めながら思いっきり睨む。
しかしにやにやと笑うのを止めずに、自分を睨んでいる夏目の神経を逆撫でる様に、石屋の肩を抱く腕を強め、耳元に唇を近づけると舐るように囁く。
「なぁ、智史…、夏目の云い分も聞いてやらないか?ストーカーなんて気味悪いが、何でそんな変態行為したか気になるじゃないか…」
「大塚さん…」
大塚のあまりに直接的な言葉にいささか驚きながら石屋は見つめる。そして、その視線すら腹が立った夏目は今まで押さえていたものを爆発させるように叫ぶ。
「ふ、ふざけるな!!てめーみたいな変態から、俺は石屋を…、智史を守るために後を付けていただけだ!!智史に危険が及ばないように…」
「云い訳か?素直に認めたらどうだ!!」
夏目は耐えられない悔しさを表すように、自分の唇を出血するんじゃないか、と思えるほど噛み締めると、口惜しそうに言葉を吐き捨てる。
「あれは俺の手違いで…、あのウィルスが…、他の人間の手に渡ってしまったんだ。その後事件が起こり、そして匿名で変なメールが来たんだ」
「嘘じゃないのか?」
気持ちをわざと逆撫でるようにも聞こえる口調に、夏目を見下ろすような煽った表情で大塚は、そう訊ねる。
自分の知っている姿とは異なる怖くも感じられる大塚を見て、石屋の不安は更に高まっていく。
助けを求めるかのように石屋は、部屋の隅で手帳を出し必死にメモを取って、こちらに戻って来なさそうな吉川と、自分に云えない事を山程抱えていてる夏目を交互に見る。
そしてどうしたものか自分で判断の出来ない石屋は、ただ無言で大塚と夏目、二人のやり取りを聞くしかなかった。
しかし夏目には、大塚の云う事だけを信じ、自分を冷ややかに見下しているように感じる石屋の視線に、必死になって言葉を重ねる。
「嘘じゃない!!メールにはウィルスの事を公言したら、ただで済むと思うな…って、そいつはあのウィルスを作ったのが、智史だって知っていたみたいで…」
「だから何だって云うんだ?お前だって智史が作ったって知っていたんだ。他人にリークする事だって出来るだろう?」
「リークって…、何でそんな事をしなくちゃいけないんだ!!俺は智史が心配だったんだ。そうしたら、あんたみたいな変なやつが近寄って来て…」
「俺の所為だって云うのか?」
「お前が…、智史に近づいて…、変な事しなきゃ…」
「変な事しなきゃ?変な事ってどう云う事かな?」
「強引に智史に…」
「強引に、智史に?キスしたから」
そう云うと大塚は笑みを浮かべながら、石屋の顎を掴み口付けようとする。それは、まるで石屋が自分の所有物だと夏目に告示するように…。
「大塚さん!!」
そんな吉川の叫び声が聞こえきて、大塚の手が止まる。
「何やってるんですか!!」
自分を咎める吉川の声に、真っ赤になった顔をプイッと背けた石屋の顎から、手を引きながら何も無かったかのように大塚は微笑む。
「よっしーは、電話終わったの?」
「はぁ、まあ…」
腕を組んでそっぽを向いている石屋と、それを見つめている夏目を落ち着かない思いで目線を浮かせ、きょろきょろしている吉川に、大塚は電話の内容を尋ねる。
「何だって?」
吉川は思いだしたように、電話の内容を大塚に報告していく。
「あ…、夏目ディレクター、石屋さん、ウィルスをばらまいていた犯人が捕まりました」
"え?"と驚いたように夏目は顔を上げ、石屋は恐る恐る吉川に尋ねる。
「どう云う事…、ですか?」
ちらっと大塚の"いいから云え"と云う表情を見てから、吉川は続きを語り始める。
「こちらのアシスタントディレクター井田が、ウィルスのクラッキング犯罪を得意とするグループに売った、と自供しました」
「井田さんが?」
「はい…」
石屋の問いに吉川は小さく頷いた。
「そいつが、夏目あんたがウィルスを渡した相手か?」
しかし大塚は、黙って吉川を見つめている夏目に確認すると、目を閉じて息を吐きながらゆっくり語り始める。
「ああ…、問題の話の打ち合わせをしている時に、つい口が滑ってあいつに云っちまったんだ…。そしたらウィルスを集めてるからくれって、せがまれて…」
"まさかこんな事になるとは思わなかった…"と言葉を夏目は添えると、また煽るように大塚は不敵な笑みを浮かべ訊ねる。
「それでウィルスを売ったのか?」
「大塚さん?」
夏目が片棒を担いでいると云わんばかりの大塚に、石屋は不安そうな瞳で見つめる。
「智史が作ったウィルスを売って、それで足がつきそうになったから、智史を守る為なんて云って、本当は、智史が変な行動をしないように見張って、最後に俺が荷担した事で足がつきそうになったから、脅迫なんて云い出したんじゃないのか?」
「違う!!俺はずっと…」
「俺はずっと?」
「…、いや。智史が心配だったんだ…」
「自分でウィルスを売った責任を、智史に押しつけようとしてるだけ何じゃないのか?ストーカーまでしてたんだからな…」
石屋の夏目を見つめる真っ直ぐな視線。夏目はそこまで大塚に云われ、ぎゅっと唇を噛み締めると、覚悟を決める。
「違う!確かに付けた事は事実だ、それにウィルスを智史に黙って渡した事も…。だがウィルスを売って利益を得ようとか、智史をどうこうするために付けていたわけじゃない!!智史、君の事を考えなくて悪かったが…、信じてくれ…」
「夏目…」
「智史…、俺はお前が好きなんだ…、大学時代から…。だから、今更お前なんかに…、いくら警官だからって…」
「…」
今まで良い先輩であり、友人だった夏目の告白は、あまりに予想外で、大塚を見つめながら、石屋はどうして良いか判らなくなり、言葉を無くした。
「犯罪者が何を云っても信じないね。それに悪いが、智史は俺のものだから…」
「大塚さん!!」
あまりに夏目が傷つくように思える物云いに、石屋は大塚を窘めるように叫んだ。
けれど大塚は、そんな気持ちに構わずにもう一度石屋の肩を抱き、口付けようと顎を掴む。
その人目を全く気にせずに傍若無人な振る舞いをする大塚に、腹を立てて石屋はその口付けを拒むように思い切り、頬をひっぱたく。
「いい加減にして下さい!俺はあんたの物になんかなってない」
「智史…」
痛そうに頬を撫でながら大塚は殴った相手を見ると、石屋の瞳は今までの不安に囚われたものではなく、何かをきっぱりと決めたそんなものに変わっていた。
「大塚さん、悪いが、夏目の云った事を信じる…。だから、あんたもこの件から手を引いてくれ」
「智史は、俺より夏目を選ぶのか?」
「えっ…」
恋愛の対象と考えていなかった夏目の告白。
石屋は戸惑うように口を開き、大塚の質問に答えられない。
「それでいいのか?智史。俺は智史を心から愛してる。それでも、夏目を選ぶのか?」
「はい…」
「それは気の迷いじゃないな?」
「ええ」
さっきの云い淀んだ"はい…"とは異なり、今度ははっきりと真っ直ぐ大塚を見つめ、石屋は答える。
その答えを聞いて大塚は鼻でふふんと笑いながら石屋から離れ、ドアに向かって歩き出す。
「そうか、じゃ、しょうがないな…。よっしー帰るぞ」
「でも事件が…」
思い出したように大塚は、何枚かの書類をポンと机の上に放る。
「智史、夏目が犯人じゃない事は判っていたんだ。たださ、智史が実際に事件で使われたウィルスを作り、夏目がそれを犯人グループに売ったやつに卸したってだけで複雑だろ?」
「まぁ…」
「ま、それ見てくれりゃ判るんだけどね…」
書類は有楽から来たメールと、スイの報告書の抜粋したものだった。
出がけに来た有楽のメールには、犯人グループが石屋のウィルスを入手した経緯と、それが夏目の手から漏れた詳細が書かれていた。
夏目が云っていた事は嘘ではなかったのは知っていた。
ただ、大塚は夏目の気持ちと、そして石屋がそれをどう思っているか、本当の所が知りたかった為に、わざと二人を挑発したり、追いつめたりした。
それで石屋が夏目と大塚のどちらを選ぶかを知りたかった…。
「その所為で犯人から脅迫も受けたり、智史に事がおよぶのを恐れて、君を守ろうとして付けまわしたり、なんて…ややっこしい事してくれたしね…。そうだろ夏目」
「ああ…、それは反省している…」
夏目は目を閉じうつむき頷いたのを確認し、大塚は事件をまとめるように言葉を続ける。
「まして…、その理由が、智史を思う気持ちから来てる、そして俺にやきもちまで妬いたと来たから、更にやっかいだ」
「…」
「でもって自分が犯罪にかかわって、それがばれれば智史も巻き込むだろうから、簡単に云ってもゲロしないだろうしなぁ、夏目…。だからさ、ちょっとよっしーに協力して貰って、夏目が犯人だと追い込めば多少口も柔らかくなるだろうと踏んだ訳よ…」
「あんた…」
「もちろん途中で井田逮捕とか、予想以外の話しも入って来ちゃったけどね。俺としては事件の解決ってより、智史が本気で俺に付いてきてくれるかの方が気になったんだけどね…、何となく智史は夏目が好きかなって感じてたし…」
大塚は仲むつまじく見える夏目と石屋ににっこり笑った。
「だってほら、俺、情報システム部で、捜査と関係ないから…」
「大塚さん…、俺…」
立ち去ろうとする大塚へ詫びるように何か云おうとするが、石屋は言葉が出なかった。
大塚は背中越しに石屋に手を振ると、部屋を出ていく。
「智史、夏目と上手くやんな、じゃあな。行くぞ、よっしー」
「はい。あ、ウィルスを作成及びその情報提供と云う事で、同行をお願いすると思いますがその時はご協力お願い致します」
吉川は頭を下げ、先に部屋を出た大塚を追った。
車中 04:52p.m.
「大塚さんってやっぱり凄いですよね!!俺、感心しました」
「はぁ?」
「だって、大塚さんは自分がホモの振りまでして、事件を解決して、石屋さんと夏目さんの仲まで取り持って、普通出来ませんよ!やっぱり神奈川県警の鏡ですよね。大塚さんは!!」
撮影所で修羅場を切り抜け、胸に微かに残る失恋の痛みを抱えながら、重い足取りで職場に戻る車の中で、吉川はいつもの倍以上お花が飛び散る笑顔でそう云った。
別に感心されても嬉しくもね…。
大塚には、最初から夏目が石屋に思いを寄せている事も、愛情と云う無いようだったが逆も予想が付いていた。
だから、なかなか思いのたけを相手に伝えられない夏目を挑発し、お互いの本心を云わせた。
別に大塚自身がピエロになるつもりはなかったが、ああ云う好みのタイプのノンケを攻略するのもいいが、自分にはやっぱり遊びで気楽に寝られるタイプの方が合ってると、その車の中で感じでいた。
しかし、何処まで行っても楽天的な吉川に反論する気も起きず、寝たふりをしながら大塚は、無言で車窓を見つめた。
空は、かつて流行った青春ドラマのエンディングを思わせるような橙色に染まっていた。
大塚は心の中で"ばかやろー"と叫んでみた。
おまけ 横浜市内 ブティックホテル 01:36a.m.
「あ…、ぁっ。いい…、もっと…」
「ああ…、いいだろ…。お前の中も…、熱くて最高だ…」
真っ暗な中で響く、熱い吐息と喘ぎ声。
躯同士が激しくぶつかり合う音と、ぐちゅぐちゅりと云うねばついた水気が押しつぶされて響く艶めかしい音。
「結局…、今晩の相手も…、あたしなのね…。朗さん…。うぅ~ん、いいわ」
足を肩に乗せるように高く抱えられ、大塚自身を何度も激しく穿たれながら有楽は揶揄するようにそう云った。
全身に汗と熱い息を吐きながら大塚は有楽の肩に抱えていた足を持ち、間接技でも掛けるように更に開かせる。
「うるせー…、お前だって楽しんでるだろ…。大股おっぴろげて…」
そう云いながら大塚は有楽が痛く感じるくらいに足を開かせる。
有楽はそれから逃れるように足と腰をばたつかせるが、それは結果的に繋がった部分がもっと深くなり中が燃えるように滾り、艶めかしい喘ぎ声を口から漏らす。
「ぁあ~ん。もう…朗さん下品…」
「悪かったな、下品で、どうせ俺はけだものだ…」
「拗ねない、拗ねない」
動きを止め大塚は顔を背けると、今度は有楽が積極的に足をその躯に絡め、優しく子供を宥めるように頭に腕を回し髪をすく。
「折角…、お金まで出して情報を買ったのにね…」
ピキっと大塚は動きを一瞬止め、眉間に深く皺を刻みながら、それ以上しゃべらせないように自分自身を思いっきり突き上げる。
有楽は身悶え、熱い息をゆっくり吐き喘ぎながら、負けてたまるかと大塚自身を回すように腰を振り、快感を全身に味わいながら続きを云う。
「ん…、ぁあ…。もう…、全く…そんなだから、これからって時に振られるのよ…。そんなけだものだから…」
大塚は有楽に熱く包まれているものを粘膜が捲れ上がるのではないかと思えるほど抜き、そしてそれをまた勢いよく押し込む。
「お前だって …、今晩の相手いない独り寝が寂しいって、愚痴りながら泣いてたから可哀相だと思うからこうやって相手してやってるんだろう!」
「それは、朗さんだって一緒でしょ!あぁ、だめ達っちゃう!!」
そうお互いにじゃれ合いながら、大塚も有楽も最後の瞬間に向かって、頂きに向かってピッチを早めていった。
今晩も大塚の相手は有楽だった。
『また何処かで美人を見つかるさ…』
そんな楽天的な事を大塚は考えながら、今は有楽とひとときを楽しんでいた。
Fine…
1.神奈川県警察 情報システム部 02:48p.m.
「大塚さん…、今まで何やっていたんですか?」
撮影所での石屋の反応に対しちょっとした手応えを感じながら、上機嫌で出勤し自分の席に着くと、近くの席で座っている太田が、コンピュータ雑誌から目線を外さないままそう呟いた。
お前の方こそ雑誌読んで何をさぼっているんだ…、と、吉川と捜査で午前中出掛けている建前で、この時間に出勤した大塚は、怠け者を見るような目で太田を見た。
すると太田のPCは、何か作業をしていて、どうやらそのせいで空き時間が出来て、雑誌を読んでいたらしかった。
「そーいや、朝から何度も吉川警部が来たんすよ」
「よっしーが?」
「そうっす。何でも大塚さんに用があるって何度も足運んでくれたんすよ…。きちんと連絡して下さいね、大塚さんいつも吉川警部に迷惑掛けてばっかりいるんだから…」
吉川に迷惑って…。
いつも迷惑を掛けられているのはこっちだ、と渋い顔をしている大塚には、吉川にどの辺に魅力があるのか判らなかったが、彼の大ファンである太田の言葉に"へいへい"と、そうめんどくさそうに返事をする。
そして、また面倒な事に自分を巻き込みそうな吉川に、大塚はげっそりとしながら、大きく溜息を付く。
「じゃま、一課云って来ま…」
そう呟き大塚は太田に軽く手を振り部屋を出て、諦めて捜査一課へ向かった。
人が羨む程エリートで、国家一種を簡単にパスして入署し、最短で警部まで昇進した吉川だったが、職務に就くと、人道指揮をさせるには心許なく、捜査をさせるには経験もなく、勉強をする以外は全て不器用だった。
現実問題、捜査一課ではかなり彼を持て余していて、実際に仕事をさせないわけにも、何処か閑職に回す事も出来ないために、課の方で無理矢理仕事を作って、それをさせているようなそんな感があった。
そんな吉川は捜査一課ではお荷物ではあったが、不思議な事に太田だけではなく、県警内男女問わず、捜査一課から手伝いに行かされている所轄各部署でも彼は人気者だった。
確かに腕の中にはすっぽり入る170cmのあのサイズや、触り心地は気に入っていたが、死ぬほど勉強が出来て、エリートなのに熱血で、必死過ぎて周りが見えない向こう見ずさも可愛いには、可愛いと思えた。
そう、吉川にはアイドルって形容詞が似合っていた。
弾けんばかりの元気さ、歌は上手くないけど必死に笑顔で歌ってます!そんなTVのアイドルの様に、明るくてはつらつとして力がみなぎっていて、逮捕は出来ないけど必死に捜査してます!そんな雰囲気だった。
まぁ、けれど俺の好みじゃないがな…、大塚はそう独り言ちた。
大塚は昔から可愛いタイプよりも、どっちかって云うと、きりりとしていてプライドの高いお姫様タイプを落として、ベッドの中であんあん云わせて征服する方が好きだった。
お姫様と云っても当然男性だが、あのドラマの脚本家さん…、石屋智史や古城の美姫であるスイのような、気が強くて落としがいが有りそうな美人が好みだった。
まあよっしーも悪くは無いが、やっぱり今はあの脚本家さんだよな…、そんな風に自分で納得しながら大塚は捜査一課のドアをくぐった。
「すみません、情シスの大塚ですが、吉川警部いらっしゃいますか?」
大塚は使い慣れない言葉でそう叫んだ。
室内はいつも何処かに出掛けている者が多いせいもあって閑散としていたが、ドア近くのブロックの上座に座席のある吉川が、大塚の声を聞き嬉しそうに立ち上がった。
部外者を極端に嫌うこの課は、仕事を頼む時とそうで無い時の態度が両極端に違う。
そこへ来たいつも呑気な仕事をしている風に見られる大塚は、その部に残っている者のきつい目線を浴び、それから逃れるように笑顔で来るのを待っている吉川に小さく手を振った。
すると犬がしっぽを振るような笑顔で、それを周りの視線を頓着せずに吉川は迎えた。
一応捜査権を吉川は持っている警部の為に、お誕生会席に座って係長の肩書きもあるのにも関わらず、どうやら先輩警察官から押しつけられたらしき書類が、机の上で散乱していた。
「また押しつけられたの?報告書…」
「え、ああ、まあこれも勉強になりますから…」
吉川は呑気そうに笑って、書類を処理する手を止め、立ち上がった。
「あの、相談したい事が有るんですが…、ここじゃ、その…何なので、よかったら情報システム部の方でどうですか?」
目線を浮かせ、考えながら話す吉川の姿を見て、大塚は何事かと思いながら眉をひそめる。
「ああ、構わないが…」
「じゃ、行きましょう!」
そう吉川には珍しく鬼気迫るようにそう云うと、自分のノートパソコンとステープルで止められた書類を二部持つと、表情をいつものお花が散るような柔らかいものに変えた。
そして周りにその呑気にも見える微笑みのまま、"ちょっと情シスに行ってきます"と、部屋をずんずん歩いて出て行った。
そのちょっとした吉川の変化に嬉しそうににやりとしながら、大塚も周りに軽く会釈をする、と部屋を退出した。
振り向きも隣にも来ずに吉川に先導される形で無言のまま情報システム部に戻ると、やっと今まで硬く閉ざしていた口が開かれた。
「あのー、話の前にちょっと見て貰いたいものが有るんです…」
「俺の席で良いのか…」
笑顔でそう云われ、反対に緊張感を覚えた大塚は眉をひそめながらそう訊ねると、吉川を見付けて嬉しそうに手を振っている太田が目に入った。
吉川はそれにいつもの微笑みを浮かべながら会釈すると、ちらっと大塚を見て呟く。
「出来れば…、他の人がいないところの方が嬉しいんですが…」
「判った、サーバルームに行こう…」
いつもの笑顔のはずだったが、何となく不思議な緊張感が今の吉川には感じられた大塚は、いつにないまじめな顔をした。
そしてベンダーでコーヒーを二杯取ると、こっちを見て仕事をしていない太田を一睨みすると、吉川を伴ってサーバ室に入って行った。
「で、よっしーはそんなまじめな顔してどうしたのかな?」
その言葉に嬉しそうに吉川がにっこり笑うと持ってきたノートPCを開き起動した。
「あの…、これを見てほしいんですが…」
そう云われ大塚がこちらに向けているPCのモニター部分を覗き込むと、そこにはエディターが開かれ、何かのプログラムが書かれていた。
大塚は苦笑を浮かべながら眉間に皺を寄せて、モニターを指さした。
「何?これ…」
「あの…、ちょっと自分でこの事件を整理するのに書いてみたんですが…。えーと、その…、プログラムです」
たどたどしい口振りで、天井を見上げながら、”それ”が何なのかはっきりと云うのには気恥ずかしかったのか、必死に言葉を考えているように吉川はそう云った。
「まさか…、La vie en Rose(ラビアンローゼ)?」
「ええ、ああ、まあ…」
湯気が出るくらいの真っ赤な顔をしてそう応える吉川と、この何を考えているの判らない行動力に大塚は呆れてしまった。
「で、何がしたいのかな?よっしーは…」
そう大塚に訊ねられ吉川は益々顔をタコのように赤くして、蚊の鳴くような自信なげな小さな声で口ごもりながら応える。
「あ、いや、その…、あの実は…、仮想環境で、このウィルスが、事件と同じように動くかを確認したかったんですが…」
「それはまた…、面白い事して遊んでるね~」
あまりに突飛な事を考えている吉川の行動に、ついつい嬉しくなり大塚は笑ってしまった。
しかし、その事すら真剣に考えて、ウィルスを書いた吉川は口を尖らせる。
「遊んでなんかいないです!ただ、もしかして…」
「もしかして、何?」
「いえ、あの…、笑わないって、約束出来ますか?」
背筋を猫背にし上目がちで、目の前の人物の様子を伺うように訊ねてくる吉川に、大塚はにっと笑ったまま応える。
「うん、うん。約束する」
しばし口を尖らせ考えた吉川は、その大塚の言葉を信用したのか、大きく一回息を吐き、自分を落ち着かせてから口を開いた。
「じゃ、云いますけど…。あの、まずですね、足がつかないネットを使って、有名BBSサイトにこっちが本物だよって情報を流すんです」
「それで?」
「で、そしたらですね、もしかしたら、犯人が…、あの…、少し自己主張して来るんじゃ無いか、と思って…。ほらそれで運良くコンタクト取れたら、今度はそのサイトを使ってダミー企業のクラックを依頼したりして、それで捕まえられたりしたらいいなぁって…」
それじゃ、ほとんどドラマと一緒じゃねーか…。
あまりに普通の捜査官は考えないような突飛な考えに、大塚はつい苦笑してしまった。
しかし、約束したのにも関わらず笑われ、目の前で顔をしかめている吉川に、大塚は軽く詫びるように手を振って話題を変えた。
「で、これ、自分で書いたの?」
「ええ…、他のプログラムの見よう見まねですが…」
まだ頬を紅潮させながらそんな事をけろっと云い切った吉川に、大塚はもう一度驚かされた。
確かに地道な一課では、全く考えないような捜査方法を考えてくる吉川に、思わず呆れて苦笑してしまった。
しかし、それよりも何よりも、法学部出身で技術畑を知らない吉川が、これだけのウィルスプログラムを書いてきた事の方が、大塚には信じられなかったが、今までの彼の経歴からしたら、そのくらいの事をやってのけても当然なのかも知れない、と納得も出来た。
あまりな普通では考えないような突飛過ぎる吉川の云っている中味にも興味があった。
しかし、いつも何でも必死でやろうとするそんな吉川を知っている大塚は、自分で出来る事だったら少しくらい協力してもいいと感じ、目の前のプログラムを、カーソルキーを移動させながら少しずつ見ていく。
「ふーん…。ま、アイデアとしては面白いから、一口乗りたいのは山々なんだけどね…」
歯切れの悪い言葉に、吉川は上目づかいに大塚を不安そうに見つめる。
「協力…、お願い出来ませんか?」
フムフム、とプログラムを読みながら大塚は所々渋い顔をする。
「うーん、でもさ…」
「あの…、何か問題がありますか?」
「そうだね、問題だな。こりゃ」
「大塚さん?」
「だってさ、このプログラムのここ、間違ってるよ!」
いくつか気になった所を指摘する大塚の言葉を聞きながら、技術者並の理解力で吉川はその間違いをメモを取りながら直していく。
ざっとだったが、大塚が見た限りでもプログラムの書き間違えがいくつか見つかり、直ぐには吉川が云うようには出来ないだろうと感じた。
これはスイの方が早そうだな…。
そう思いながらも、それでも吉川なりに必死に何とかしたい、と云う思いが大塚には伝わってきて、ついつい手伝う約束をしてしまった。
「ま、暇つぶしくらいにはなるか…」
大塚が独り言ちると、吉川は頬を膨らませ、口を尖らせた。
「ま、手伝ってやるよ。でも、その変わりさ…」
「はい?」
「明日…、午後から撮影所行くの、付き合ってくれるか?」
一瞬の間と、そして大塚にこの事件解決の何か秘策があるのか、と感じたのか吉川はにっこりと微笑み目を輝かせる。
「いいですよ。何か考えが有るんですね?」
「あぁ、まぁ…」
邪な考えを頭に浮かべていた大塚には、この期待に満ちた視線が痛く感じられ、若干の後ろめたさに口ごもりながら頷き、プログラムに目線を戻した。
若干の良心の呵責に…。
けれど…、暇つぶしのつもりで受けた吉川の発案は、その日完成を見なかった。
理由は単純なもので、吉川に別の仕事が入って来て、直ぐに一課から"早く戻って来い"と云うお叱りの電話が、情報システム部にかかってきたからだった…。
「やっぱり、よっしーは、よっしーだった…」
どんな行動をするか一課の連中に見透かされている吉川に、大塚は苦笑せざるを得なかった。
2.横浜市内 ゲームセンター 10:14p.m.
吉川が泣く泣く去った後、大塚は小さく溜息を付いてから、ゆっくりプログラムを見ると、確かに"勉強だけが得意"と自負するだけあってか、予想以上にきちんと、そして丁寧にプログラムは書かれていて驚いた。
しかし頼まれた時は手伝うと約束はしたが、大塚にはこれ以上協力するための時間を割くつもりはなかった。
今の大塚には、世の中で起こっている事件解決よりも、もっと大切なプライベートな問題の方が優先順位は上だった。
もっと大切な事件…。
そう今一番大切な問題は、アミューズメントセンターで出逢い、事情聴取の手伝いで行った撮影所で偶然の再会を果たし、そして今朝確実に手応えを感じた、石屋とどうやって口説いて、ベッドに誘うか…、だった。
被害に合った会社で懐かしい写真に出逢い、麗しの魔法の森の美姫スイに逢いに行く口実でCDRを手に入れたとはいえ…、大塚的にも多少ネットワーク犯罪と云うお題目には興味があった。
確かにあんな風にスイに宿題を頼んだ事は、頼んだが…、それでも今の大塚には必要以上に出きるか解らない吉川の協力をしてまで事件に関わるつもりもなかった。
それどころか、そんな時間があったら、今自分の抱えてる仕事をさっさと終わらせて、早く帰りたかった。
大塚の予定では、今晩石屋と必然の再々再会を果たして、そのまま一晩をベッドで共過ごす。
そして、石屋は俺の腕の中で二人で過ごした初めての朝を迎え、午後から吉川に付き合ってもらい撮影所へ行って、捜査のまねごとをして帰る…。
当然、部内の白板には明日の予定は終日捜査課協力と書き、いつも吉川の世話係をさせられているんだから、大塚がそのくらいの事をやっても文句は来ないと踏んでいた。
そんな自分勝手な妄想に耽りながら大塚は次から次へと仕事を片づけていったが、一昨日石屋と出逢ったゲームセンターに、たどり着いたのはかなり遅くなってからだった。
昼間の石屋との会話。
『きっと石屋はあそこに来ている…。俺に逢う為に…』
眠らない街のアミューズメントセンター。
様々なプライズの用意されているクレーンゲームコーナーを抜けて、鼻歌混じりに螺旋階段を上ると、二階の踊り場にある自動販売機で缶コーヒーをニ個買う。
フロアに入ると、目に飛び込んでくる痛いほどの華やかな電飾と、耳にうるさいほど様々な音達が不協和音を奏でている。
そこは様々な人物の溜まり場。
何人も固まっている学生達や、デートに来るカップル、行き場のないサラリーマン、職業不定な年輩の男性…、と色々な人種が集っている場所。
いつものお気に入りゲーム機をわくわくした気分で見ると、一昨日のボーっとした雰囲気とは打って変わって、何となく落ち着かずに、そわそわした気持ちでコインを投入している人物…、石屋を見つけた。
大塚は余裕の笑みを浮かべながら両替機に千円を一枚入れると、機械からカップが落ち、その中に勢いよくコインが落ちていく。
もう一度ゲームを見ると、逢いたかった石屋の右隣は運良く空席。
いや…、もしかしたら自分が来るのを待って、取っておいてくれたのかも知れない…、とまた勝手に想像を膨らませながら、その早る気持ちを抑え何事もないように席に腰掛ける。
そしてさっき買った冷たい缶コーヒーを隣に、ポンと置く。
このゲーム機は、座席は十席、カップル用に二人座りになっていて、コインを左右に七つずつ開いた穴に入れると三列有るルーレットが回りだす。
十二種の絵柄が三つ揃えばワンステップとなり二十枚のコインが受け皿に落ち、そこからこぼれる無数のコインは機械の下の部分のコイン受けに落ちて手に入れられる。
ルーレットに入らなくても、ワンステップ用の下に、もう一つ受け皿があり、そこに溜まる機械に押し出されて手に入れる事が出来るが、なかなか思うようには落ちないけれど…。
ステップが七つ上がるとジャックポットとなり、受け皿に溜まったコインが全て排出され、自分の手に入る。
そして前回石屋が当てまくっていたスーパージャックポットとは、十席全員がルーレットを回すたびにカウンターが数が上がってい。
そしてルーレットでスーパージャックポットの目が揃えば、その上がったカウンター分のコインが手に入る。
しかし、言葉で云うほど簡単な確率ではなく、何日も通い詰めて運良く当たる…、そのくらいの低い確率だった。
もちろんついてる時は、何度でも出て驚かす事もあるが…。
「やあ、智史」
大塚は、隣を意識してゲーム機にコインを投入する手を止めながらも、わざと目を合わせないようにそっぽを向いている石屋に手を振った。
その声に一瞬大塚の方と缶コーヒーを見るが、石屋は眉間に皺を寄せると、プイッとまたそっぽを向き、排出されたコインを取って、何もなかったようにゲームを再開した。
別にあんたに逢いに来たわけではない…、とでも云うように。
照明で顔色ははっきりとは判り難いが、それでもその様子で自分の複雑な感情をどう表して良いのか戸惑っているように見える石屋に、そんな可愛らしい姿を見せられ大塚は楽しくなり、ついついクスリと笑ってしまった。
その笑い声が届いたのか石屋は、慌てて隣を見て睨みつけると、今度はつんとすました顔で大塚を疎むように溜息を付く。
「何か、ご用ですか?」
「もちろんあるさ、その前に、ま、飲めよ、智史」
買ってきた物を石屋にそう進めながら、緊張感を解すように微笑むと、大塚は自分の分の缶コーヒーを開けてクッと飲み、目線をゲーム機に移すと、コインを投入していく。
「まさか…、あんたが俺を付けて回っているストーカーなのか?」
「はぁ?」
予想もしてなかった言葉が石屋の口から出、眉間に皺を寄せ驚いた声を出して隣を見た。
親の敵にでも逢ったように睨んでいる様子から、嘘とは思えずに大塚は始めたばかりのゲームをする手を止めた。
「ストーカーって…、まさか誰かに、付けられてるとか?」
自分の云った事に驚いている大塚の表情を見て、石屋は一瞬"仕舞った"と云う顔をする。
けれど、墓穴を掘った事に気づき拗ねたようにそっぽを向くと、今の会話をなかった事にするかのように、コインを機械に、一気に何枚か勢いよく流し込んでゲームを再開する。
そして、大塚と目を合わさないように逆の方向を見て、石屋は悔しそうに"何でもない…"と小さく呟く。
あまりの素直なに示すその反応に、大塚は今すぐ押し倒したいくらいに嬉しくなり、クスリと笑うが、隣で拗ねている人物を気遣い、直ぐに目線をゲームに戻して、数枚ずつコインを投入しながら口を開く。
「智史は美人だから…、眼鏡で隠していても変な男が寄って来るんじゃないか?」
”えっ”と驚いたように石屋は大塚を見た。
「あ、あんたみたいな?変態お巡りが?」
いささかやけのようにも聞こえる云い方で、石屋の声が聞こえてくるが、大塚はふざけるように拗ねてみる。
「ひどーい。俺、傷ついちゃう…」
「甘えたってダメですよ」
間髪入れずにそう云う石屋を、大塚はゆっくり振り向いてから見つめる。
「じゃ、智史、慰めて…」
「はぁ?ふざけんな!」
石屋の表情が益々険しさを増すが、そんな顔すら魅力的に感じる大塚は微笑む。
「ふざけてないよ。大勢で遊ぶゲームも好きだけど…、俺、智史と二人きりで遊びたいな…。ベッドの中でさ…」
「あんた!!」
真っ赤になって、あまりの怒りに立ち上がり、石屋は大声でそう叫んだ。
その声にそのゲームをやっていた人々は一瞬静まる。
派手な音楽とゲームのBGMが耳に痛いくらいに鳴り渡っている店内でも、はっきりと判るくらい石屋の声は響き渡り、周りの客や店の店員が何事か驚いたようにそちらに注目する。
意外と初(うぶ)なのかも知れない…、とその石屋のその行動は大塚を喜ばせる。
けれど周りの自分たちを見つめる冷たい視線を感じ、愛想良く"すみません、すみません"手を振り、立ち上がってる石屋の手を引っ張り、そしてひそひそ話でもするように囁く。
「ほら、周りが見てるじゃん、座わんなよ」
怒られた子供のように顔をしかめ、忌々しそうな視線で上目づかいに睨みながら見つめる石屋が席に座るのを確認すると、大塚はポケットから煙草を取り出し、一服始める。
どんな時でもマイペースに動く大塚に、石屋は一回溜息を付くと、ゲーム機の方を向き、慎重に何度か二枚ずつコインを入れる。
大塚も煙草を銜えながらゲームを再開し、二人はゲーム機に顔を向けたまま、不思議な体制で会話をしていく。
気になる隣を盗み見ながら…。
「あんたが…、変な事、云うから…」
「いや、俺は智史に真剣に惚れてるんだけどね…」
「惚れてるって、男だよ?俺」
声でおそらく怪訝な顔をしてるだろうとは思えた。
紫煙を吐き出し、短くなった煙草を灰皿に押しつけると大塚は、表情を変えずにサラッと応える。
「知ってるよ…。てゆっかー、男で別嬪な智史だから惚れたんだよ」
「そ、それって…、今流行のホモとか、ゲイってやつですか?」
内心はどうか判らなかったが、そう云っても驚いた素振りも見せずに、石屋はこの前と違ってどんどんコインが飲み込まれていくゲームを、凄く良い表情をして楽しんでいる。
大塚の方は小さな当たりが地味に出るので、コインは極端に減らなかったが、それでも隣が気になりなかなかゲームに集中出来ず手を休め、気分を変えようと緩くなり始めたコーヒーを一口飲んだ。
「まあ、そんな所かな。女もいけるけどさ、やっぱ俺は男の方が好きだな。智史みたいなクールな美人が…」
「それこそ警察官が良いんですか、そんな事して。ただでさえ、今って不祥事だので世の中の話題をさらいまくっている神奈川県警でしょう?」
「ま、それはさ、云わざるべき所では云う必要はないでしょ?ほら、プライベートなんて…」
「いい加減ですね…」
下のコイン受けを確認し、どうやらコインが無くなってしまったらしく、石屋は小さく溜息を付いて立ち上がると、前回の預けてあった物を降ろして、また席に戻ってくる。
そしてポケットから財布を取り出すとコーヒー代を大塚の目の前に置いてから、"頂きます"と呟くとそれで咽を潤した。
「全く、あんたって、警察官なのに警官っぽくないし、ゲイで変態だし。"惚れてる"ってきっと誰にでも云ってるんでしょ」
渋い顔をしているには違いなかったが、石屋は撮影所の角張った様子と打って変わって、自分に興味を持ち、うち解けている様子が大塚には嬉しくなり笑みがこぼれた。
「そんな事ないな。そうだな、今は智史だけに夢中なんだ」
「また、そんな事云って」
呆れているような口調だったが、そう不満の言葉を漏らしながらも、石屋は初めて大塚の目の前で笑った。
「昼間、あんなに俺の事嫌ってたのに、逢いに来てくれたんだろ?」
「そ、それは…」
実際昼間の口調で、何か隠している事があり、それを誰かに相談したい…、石屋の雰囲気からそんな風に大塚には伝わってきた。
だからこそ、今晩ここに来れば石屋に逢える、そんな自信が大塚にはあった。
少し話しをし気分が柔らかくなった所為もあって石屋は、大塚の言葉を聞いて、昼間あれだけ毛嫌いしていたせいもあり、口ごもって言葉を飲み込んでしまった。
そんな様子を大塚はクスリと笑うと、多分脚本家をしているのに口下手な彼の性格上、本題になかなか入れずにいる石屋の手助けをするように訊ねる。
「なあ、あの脚本って、どうやって浮かんだの?」
「どうやって…?」
また少し表情を緊張させて手を止め、大塚の方を見て石屋は小首を傾げた。
大塚はそんな表情が変化しているのを素知らぬ振りをしながら、落ちたコインの受け皿からコインを取り出す。
そして、両替した時にコインが入っていたカップにそれを入れて、いつもの大塚らしからぬまじめな顔をしてゲームを再開する。
「確かに"特捜刑事"って、プロファイルの天才みたいな主役いるからか、ネットワーク犯罪とかの題材を使った話も多いけどさ、智史は何でああ云うウィルスを使った事件の脚本を作ったのかって…。いや…、ちょっと疑問に思ったんだ…」
"ふーん"とその言葉が今一納得出来ないように口を石屋は尖らせてから、小さく溜息を付きゲームの方を向き直るとコインを少しずつ入れる。
すると、ゲームのルーレットが回転し、直ぐに小さな当たりが立て続けに何度かあった。
しばし、二人だけのような錯覚を感じさせる、無言の時間。
会話はしばらく途絶え、二人とも無言でゲームに没頭していると、何気なくぼそっと石屋が呟く。
「あんた…、大塚さん…は、俺の過去の経歴って知ってますか?」」
「え、あ、理工の大学出て技術屋やってたんだよな?でもって、大学の先輩の夏目に誘われて脚本始めたんだっけ?」
ゲームの画面を必死に見つめ、コインを少しずつ投入しながら石屋は微かに微笑んだ。
「凄い、その辺はちゃんと知ってるんだ…。やっぱり警察官なだけはあるんですね」
「まあ、捜査会議でその辺の資料は見たしな…」
昼来た時も、目的は捜査ではなく、ナンパしに来た、と云い張っていた大塚から出たゲームに言葉が、あまりの意外な発言に感じられた、石屋は一瞬ゲームの手を止めてゲームに没頭している大塚を見た。
そして、ゲームを楽しそうにやっている姿を見て、小さく"まあいいや…"と呟いてから、またコインを慎重に数枚落とす。
「夏目さんからの口説き文句に惹かれたんです…」
「え?口説き文句って…」
今度は大塚が、ホモだのゲイだの云って、あれだけ自分を毛嫌いしていた石屋の口から出たその言葉が、あまりの意外な言葉に感じられゲームをする手を止めて、石屋の方を向いた。
それを待っていましたと云うように、石屋もゲームを休んで大塚の唖然としているその姿を見ると、勝ち誇ったような表情を見せる。
「驚きました?」
「まあ…」
引きつった表情のまま、いつまでも自分を見ている大塚に、ニコッと微笑むと、石屋は目線を戻しゲームを再開する。
「脚本家として誘われた時に…、"お前の会社での知識を役立てたい"って云われたんですよ。それで、これなら俺にも出来るかなって…、そう思ったんです。大塚さんとは違いますよ、悪いけど…」
自分の緊張を解すように大塚は、驚きに止めていた息をゆっくり吐き出し、ゲームを再開する。
そしてゲーム機のガラス越しに石屋の様子を盗み見ながら、大塚は訊ねる。
「智史は夏目をどう思ってるんだ?」
「どう?」
ゲーム越しに石屋が小首を傾げているのを見て大塚は、ぼそりと言葉を繋げる。
「好きとか…、嫌いとか…」
「そ、それって大塚さんみたいな…、そのゲイとかって意味ですか?」
さっきまで驚いていないのか、それともこの雰囲気に慣れてきたのか石屋は手を休めずにゲームをしながら、そう訊ねた。
「夏目をそう見てんなら、それでも良いけど…」
「まさか…」
首だけを大塚の方に向け、そう云う目では一度も夏目を見たことが無く、反対にそう云う目でも見たくないと云う意志がようにそう云いながら、石屋は首をゲームに戻すと横に何度も振った。
「じゃあ、どう思ってるんだ?」
ゲームの画面を見続け何を考えているのか、口調からも表情からも伺えない大塚をちらちら気にしながら、石屋はしばし”うーん”と整った顎にすらっと長い左手の人差し指を添えて考えて応える。
「そうですね、尊敬している先輩かな?」
「それだけ?」
そう念を押され、一瞬ドキッとしながらも石屋は、口を尖らせて微笑んだ。
「そうですよ…、それ以外に何が有るんですか?あ、まさか…、夏目との関係がそう云う風に見えるんですか?」
フッと鼻の息を抜くように笑い大塚は、相手の考えている事が伺えずに眉根を寄せている石屋の方を向くと、相手を安心させるようににっこり微笑んだ。
「いや、智史がそう云うんならそうなんだろう…、それなら俺が口説いてもいいよな?智史を」
「え…」
驚きに言葉を飲み込んだ石屋を見て、大塚はクスリと笑い話題を変えた。
「なぁ、智史は、今回の事件…どう思う?」
「どう…、ですか」
今まで優しく感じられた空気にキンっと冷たい物が混ざり、大塚の質問がどんどん確信に迫っていくのを感じた。
隣からは、狭いコイン挿入口に入れようとしているコインが上手く入らないようだった。
挿入口に使われている金属部分と、金属で出来たコインがぶつかり合い、カチカチと云う音が石屋から聞こえてくる。
その音から大塚にははっきりと、ゲームをしているはずの手が震えていて上手く入らずに、石屋がその質問に必要以上に動揺している事が伝わってくる。
大塚は石屋をそれ以上動揺させないように、緩やかな表情をしたまま、隣に気づかれないように横を覗きながら、コインをゲーム機にパラパラと入れていく。
「変な事件だよな…」
「何が…、ですか?」
「事件はドラマとほとんど一緒だし…。智史は、変なやつに付けられているわけだしな…」
そこまで大塚が云うと、石屋の顔は、ゲーム画面を見ているように感じるが、手を止めたまま何も出来ずに、言葉を見付けられずにいるのが判った。
石屋はしばし目を閉じて、ゆっくり深呼吸をするように、大きく息を吸って、肺に溜まった何かを吐き出すように静かに空気を出すと、覚悟を決めて口を開く。
「大塚さんって、変な人ですね。本当に…」
「そうか?俺はマジに智史に興味があったからな…。もっと知りたいと思うし、他人の知らない裸の智史を…」
声は聞こえてこなかったが、コインが何枚も下に落ちた音が聞こえ、その音で石屋が何かされるのではないかと云う我が身への危機感に、動揺している事が判り、大塚はそんな可愛い姿につい吹き出してしまった。
石屋は無言のままだったが、また揶揄れたと感じたらしく眉間に深く皺を刻み、不快な顔をしているのを感じた大塚はすっと笑いを止めた。
「だったら、いいんだけどな…。智史との昨日の再会は事件がもたらした偶然だ。今回はウィルスとかコンピュータの知識がいるからな、一課から捜査の参加要請を受けたんだ」
そして大塚は"がっかりした?"と茶化すように確認すると、石屋は振り向かずに"いいえ"とはっきり云いきり、呟くように言葉を添えた。
「でも今朝、撮影所で話しをした大塚さんは…、ただの嫌な変態だと思ったのに…」
「思ったのに?」
大塚がわざと鸚鵡返しで答えると、横から小さく深呼吸をする音が聞こえる。
「大塚さんが云うように、確かに今晩は大塚さんに逢いに来たんです…」
「俺に?嬉しいね」
「あ、変な意味に取らないで下さい」
間髪入れずにそう言葉を付け足すと、大塚は何も答えずにただ優しい思いで目を細め、石屋はきちんと自分の話を聞いてくれるのを確認し、言葉を続ける。
「昼間の大塚さんの様子で、大塚さんならこの事件との関わりを全て判ってるんだろうな、って感じて…。昼に来た時に、一昨日ここにいたって云ってたから、ここに来れば逢える…、そんな気がして、来たんです」
それは自分がし向けたのだと、あえて云わず大塚は、素知らぬ振りをして、いつものようにふてぶてしい笑いをする。
「嬉しいね~」
「茶化さないで下さい!」
大塚の言葉が揶揄するように聞こえたらしく、真剣な声音で荒立てる石屋の手は、既にゲームどころでは無いのを感じた。
小さな声で大塚は告白に対して感じた複雑な心理を隠すように、わざと目線を合わさないようにゲームの画面を見ながら、"すまん..."と詫びると、石屋は嘆息し、覚悟を決めたように一番話したかった事を云う。
「あの…、ウィルスには元ネタは有るんです…」
「え?」
「俺が作ったウィルスが有るんです…。それで…、もしかしたらその件で誰かに付けられているのかもって…、被害妄想ですよね…」
確かに何となく予想していた石屋の告白だったが、を実際に隣で云われると、大塚はどう対応したらいいのか、思案を巡らしながらも上手い言葉を出せなかった。
言葉を失った様子の大塚に、不安げに石屋は自分を誤魔化すように、息を吐きながら頭を横に何度か振る。
「あ、いえ、何となくそう思っただけなんですけどね。変ですよね…」
"いや…"と大塚は隣を振り向かずに頭を振り、そして下に溜まっていた残り少ないコインを取った。
「でもさ、もし智史を付けているやつがいるんなら…、事件の話もそうだけど、これ以上具体的な事、ここでするべきじゃないかな…」
最後の方は呟くように大塚は石屋に耳打ちすると、最後一枚になったコインを投入した。
丁度コインが無くなった大塚は、徐に立ち上がると、笑顔で"さ、行こう"と横に右手を差しのべ、戸惑いに動けない石屋の残ったコインを持ってずんずんカウンターに向かった。
そしてそれを預け終わると、若干緊張しているようにも見える石屋の肩をそっと抱き、店の外へ向かった。
『世の中上手く行くもんだ』
その時大塚はほくそ笑んでいた。
3.横浜市内 ブティックホテル 01:36a.m.
「あ…、ぁっ。いい…、もっと…」
「ああ…、いいだろ…。お前の中も…、熱くて最高だ…」
真っ暗な中で響く、熱い吐息と喘ぎ声。
躯同士が激しくぶつかり合う音と、ぐちゅぐちゅりと云うねばついた水気が押しつぶされて響く艶めかしい音。
そして、どちらのものか判らない"うっ…"と云う呻き声の次に部屋に響くのは、激しい呼吸の音だけだった。
しばらくするとその音も少しずつ静まりを見せ始めると、今まで全て部屋を覆い尽くしていた闇の中に小さな炎が生まれ、それが何かに点くと、ぱちぱちと引火する音がし、誰かが煙草を吸い始めたのだと判る。
周りの様子を浮き出していく。
そして薄らぼんやりともう一つの塊が動き、煙草の先端をスッと、先に吸っていた煙草の先に押しつけ燃え移ると紫煙を吐き出し、片方が手を伸ばしゆっくりと部屋の間接照明が点く。
あまり明るくないオレンジ色の光は、殺風景な部屋と、小さな机とラブチェアーには脱ぎ捨てた衣服が散乱している様子を浮かび上がらせる。
場末のラブホテルの一室…。
キングサイズのベッドの背もたれに縁に上半身を預け、うっすらと汗をかいた裸のまま、無言で煙草を味わう二人の男。
先程の激しく熱く感じられた時間が嘘のように静まり返った部屋。
その沈黙をうち破ったのは先に煙草に火を点けた男の笑い声だった…。
「あーあ、痛そう…。こんなになっちゃって…。近頃の子猫は爪だけじゃなくて、張り手をくらわせるのね。男前が台無しじゃない、朗(ろう)さんってば…」
男は笑いながら煙草を灰皿に押しつけると、相手の男の赤くなって少しだけ腫れている頬を軽く撫でる。
しかし相手の男は煩わしそうに、無言のままその手を払いのけた。
「ひどーい!あたしは朗さんの事心配してるのよ?聞いてる?ね、大塚 朗巡査部長殿!!」
「その呼び方は止めろ。だいたい俺は"ろう"じゃなくて"あきら"って読むって、有楽(うらく)、お前知っててわざと云ってるんだろう?」
今にも食いつきそうな勢いで矢継ぎ早に叫ぶ有楽に、うるさそうに眉間を寄せて大塚はイライラしながら煙草の灰を落とし、そう応えた。
そしてその苛つく思いをぶつけるようにもう一回紫煙を吸込むと、今の気持ちを表すかのように煙草を灰皿に力一杯吸い殻を押しつける。
そんな直情的で子供のような態度を見ながら、有楽はクスリと笑って汗で額に張り付いた大塚の前髪をいじる。
「あら、何度も云ったけどあたしは、"あきら"って呼ぶよりも"ろう"の方が好きなんだもの、いいじゃないお互い長いつきあいなんだから…」
「何度も云うなら俺も同じだぞ。十何年お前に云ってるが、俺をそう呼ぶのと、そのかま言葉!何とかなんねえのか?」
当然の権利のように"ろう"と親しげに呼び、"かま言葉"を使う有楽に、無駄な抵抗だと、長いつきあいで判っていても、ついつい大塚は言葉に出さずにはいられなかった。
もちろん、そんな有楽の態度を本気で嫌っている訳じゃないのを、思いっきり見透かされているから、いつもの事だと笑って話しを流される。
「そんなのいいじゃない。どうせ、あたしが朗(ろう)さんのそのおっきいのを受けて上げてるんだから」
多少の事を云ってもいつも余裕の笑みを浮かべる有楽に、大塚は半ば呆れつつ、さっきの余韻を残しつんと立ち上がったままの乳首をふざけて爪で弾く。
「それ挿れられて、ひいひい喜んでいるのは誰だ?この淫乱が…」
「はーい、あたしでーす。朗さんのって大きいから奥まで届いて気持ちいいんだもん。だからこんなけだものとつきあえるのよね…」
"あぁ~ん"と身悶えながら有楽は、大塚の上に寝そべり足を絡めると、精を吐き出し小さくなっているものを"いないないばー"と云いながら指先でおもちゃにする。
元々有楽とは、大塚がまだ大学生だった頃に、大学同志の女性も来るコンパで知りあった。
その時は同じ性癖の持ち主だと知らずに、お互いにコンピュータを扱った研究をしていて、マニアックでオタクなところで話が合い、友達になって、電気街を一緒練り歩いたり、飯を食ったり、飲みに行ったりしていた。
ところが偶然とは世にも恐ろしいもので、たまたまその手の趣味の人間を集めたパーティに行った時に、二人は逢ってしまい、ベッドも共にし、気が付いたら十年以上が過ぎてしまった。
しかし十年以上付き合っているが、年を追う毎に有楽に対して謎は増えるばかりだった。
確かに今でも、一緒に飲みに行ったり、互いにその気になればこうやってベッドを共にしたりもする。
しかし、有楽は大塚が予想出来ないほど情報を持ち、"アルバイトして上げる"と笑っては、求む情報を有る程度の金額で調べてくれたりもした。
有楽…、様々な情報を持っていて、大学時代からそう呼ばれて、身長は176cmの中肉中背、髪は長く、顔は美人では有るが、お姫様と呼ぶよりは王子様的で、いつも仕立ての良い服を着ている。
それ以外は、十年以上付き合っていても、実際の年齢も、何処に住んでいて、何者なのかも、何も聞いていなかった。
もちろん大塚もそれ聞いたりもしなかったが…。
「ほら、子猫との事なんて忘れましょうよ」
クスリと笑い声が聞こえたかと思うと、有楽は今までの経験上でよく知っている、大塚の良い所にリップノイズをわざと立てながら唇を落としていく。
それこそ、胸に、脇腹に、内股に…。
「有楽、お前な…。今日は仕事の依頼って云っただろう?」
そう云いながらもホテルで話しをしようと最初に云ったのは大塚の方だった。
しかし、一緒に快感を楽しむ事が出来る有楽は、それに対して何の異論もなかったし、ましてここでそう云われたとしてもそれに対して反論するつもりもなかった。
有楽は拗ねている様に感じるを軽くあしらうように云う。
「はいはい、感謝してるわよ。で、NETにはそのなんだっけ…、なんちゃらローゼは…」
「La vie en Rose(ラビアンローゼ)」
「そう、La vie en Rose(ラビアンローゼ)のウィルス情報はその手のサイトに全然上がってないんでしょ?それを使っているやつを探せ、って云われてもね…」
めんどくさそうに顔を上げて有楽は、大塚の胸を悪戯しながら依頼内容を復唱し終えると、もう一度不敵な笑みを浮かべてから、足の方にずずっと下がっていく。
そしてさっきからしている悪戯で形を帯び始めた大塚自身を、舌で何度も愛おしそうに舐めてから、ゆっくりと口に含んでいくと自然に大塚の言葉に熱い吐息が混ざる。
「ああ…、結構…、有名なBBSサイトを回っては見たが、ニュースがニュースだから多少の話題にはなっているが、実体は影もなかった…」
有楽にもたらされた快感に呼吸を乱しながら、大塚は自分で確認した内容を告げると、上に覆い被さってる躯を剥がそうとする。
しかしそんな無駄な抵抗を無視して、足を絡めながら有楽は、猛り始めたお互いを擦り合わせ、熱い吐息混じりに答える。
「確かに…、ウィルスの無料配布サイトも、オリジナルは全く聞かないのよね…。ああ云うのって…。うっ…、普通はさー、どっかの隠れサイトに置いたりするもんなんだけどね…」
大きく甘い息を吐き、手の中でしっかりと力を持った大塚自身に新しいスキンを付け、有楽は"あっ…、ぁあ…"と云う喘ぎ声と一緒に息を吐き、さっきから疼いている一回目で溶けて受け入れやすくなった場所に、ゆっくりと収めていく。
そして熱く締め付けながら上手く絡まる場所に大塚も収まると、一回大きく息を吐いてから鼻で"フフン"息を吐くように不敵に笑った。
余裕の笑みを浮かべながらも、依頼した内容の難解さを訴える有楽に、大塚は温度がかなり上がった溜息を付く。
「お前…、それでもお前、情報屋か?」
「無茶云わないで!これって内容が内容だからかなりめんどくさいのよ。リンク貼ってなかったり、その手のサイトに置かれてなきゃ、探すのは砂漠に落とした米粒探すようなものよ!」
腰を自らぐるぐる回しながら、いささか不満がちに有楽が訴えると、身悶えながらもその大変さを知っている大塚も云ってる事を理解し、溜息を付く。
「確かに…、地下に潜っているなら探すのは大変だな…」
「そうでしょ!それにドラマの脚本だって、かなりずさんな管理みたいだから、どこから漏れたって不思議無いみたいだし…、ああっ…」
拗ねている有楽に、大塚はわざと揶揄するように一回腰を淫猥に回すと、食いついて離れない熱い粘膜がめくれ上がる。
押し寄せる快感に話が途中だった有楽の口から喘ぎ声が漏れ、それ以上云いたい言葉を遮ると、大塚は身悶える姿がかわいいと感じながら笑みを浮かべる。
「それで?」
余裕を持ってどんどんと下から腰を付きだしてくる様子に、そっちがその気なら…、と有楽は、反撃をするように前回の潤滑剤でかなり溶けてスムーズに動けるのを良いことに、大塚の花芯を根本まで捕まえた蕾に力を入れ、ゆっくりを焦らすように抜き差しをする。
「まぁコピーしちゃえば…、はぁ…、いくらでも外に出ちゃうしね…」
大塚の両腕が自分の上で揺らめく腰を捕らえ、有楽の更に深い繋がりを求めるように、艶めかしい動きを支える。
「じゃ…、ウィルスを自慢する…、愉快犯か?」
質問に答えずに有楽から"朗さんのって大きくて…、奥まで来るから良い…"と熱に浮かれた喘ぎ声が漏れと、大塚はわざと焦らすように、腰を支える手を止める。
有楽の口から"やめないで…"と抗議の言葉が出るが、意地悪くニヤニヤしている大塚に大げさに溜息を付く。
そして今度はわざと、加えている部分をぎゅっと力を加え締め上げると、中に収まっていたものがその締め付けでぎゅんと大きくなったのを感じる。
下の男の腰が揺らめいているのを感じニヤリと笑った有楽が、ぬけるのではないかと思うギリギリまで尻を持ち上げて、"あ、そう云えば…"と思い出したように口を開く。
「朗さんが事件の事、余分なお金出してまで調べるなんて、どうしちゃったの?」
あまり答えたくない質問なのか、それともわざと焦らしているのかは判らないが、大塚は拗ねたように質問に答えない。
確かに有楽に情報を頼めば知りあいとはいえ、曲がりなりにも情報を売って稼いでいる情報屋だ…、有る程度のお金が掛かる。
それでも、もう一押しのと手応えが感じられた石屋を口説き落としす為には…、と出せない金額では無いと思った。
それに本音を云うと…、石屋の為にと云うよりも、コンピュータを扱うものとして、この事件を聞いて最初に感じた、手口やウィルスに対して好奇心の方が先に立っているような、そんな気がした。
折角良い事をしている最中なのに、躯の動きも止めて物思いに耽っている姿を見て、普段には見せない純情を感じた。
有楽は、にやにや笑いながら、力を失い始めたものをはっきりと形に戻るまで手で擦り、そしてゆっくりと自分の腰を大塚の上に降ろして、質問を変える。
「美人の…、脚本家さんはどうなの?」
そう云うと有楽は、またわざと焦らすようにギリギリまで腰を上げる。
大塚はそれに苛立ち、"どうって?"と反対に質問で返すが、有楽はゆっくりと何かを焦らすように抽挿を繰り返しながら、汗ばんで額に張り付いてきた大塚の髪を払うと、覗き込みクスリと笑う。
「ほら…、白か、黒か…。それが気になって、私に頼んできたんじゃないの?」
いささか煩わしいように髪を弄るその手を払いのけると、腰にあった手をはずして、今度は有楽の両肩を鷲掴み、熱い息を吐きながら呟く。
「さあな…。ただ…」
「ただ?」
「…」
口付けるのではないかと思うくらいの距離で、有楽は小首を傾げ、答えようとしない大塚の耳に息を吹き込んで歯を立てる。
背筋に電流が走ったように、ぞくっと大塚は身震いをさせると、今度はふてぶてしい笑いを浮かべ、今までの仕返しをするかのように、繋がっている部分が抜けないように注意しながら、有楽をベッドに押さえつけ上下を反転させる。
「何よ!!」
あまりの乱暴な大塚の所作に、抗議する有楽の肩を乱暴に押さえたまま、楔を思いっきり何度か打ち付ける。
そしてそれだけで熱い吐息を吐きながら、"あぁ…、ん…"と喘ぎ声が漏れ始める有楽に、わざと意地悪く質問の答えを云う。
「いいや…、白とか黒より、明日のベッド相手…、かな」
「何よ!!それ…、この絶倫男!!」
大塚は”ふふン”と笑いながら一回根本まで自身を押し込み、自分の言葉に不平を漏らす人物の両足を自分の肩に乗せる。
そしてもっと深い所を大塚の大きいもでえぐるように打ち付けると、元々躯の相性の良い有楽の中は、しっかりとそれに反応して締め付けてくる。
「だが…」
「”だが”、何よ!!」
「俺のこれは、今はお前だけのためだ…」
思わず鳥肌が立つのでは無いかと思われる感じる台詞を耳に舐るように畳みかけ、片手で有楽自信の亀頭に爪を立てたり、その裏を擦ってやると、熱く滾った筒がきゅっと締まり、機嫌が直ったのを大塚に感じさせる。
「もう、朗さんってば…。いいわ、明日までに情報揃えて…、上げるわ。あんたが、明日枕を濡らしながら独り寝しないように…」
甘い吐息と"もっと、奥…"と欲されながら、有楽は大塚にそう告げると自分でも更なる高みを目指そうと、腰を回し始める。
「ああ…」
喘ぎ声とも取れるような返事をかろうじてし、そろそろ限界を感じ始めた大塚も、有楽を穿つ間隔を速め、歯を食いしばると、頂きに向かって全力で走っていった。
「明日…ね。朗さんが無事に動けたらだけど…」
そんな有楽に呟きすら耳に届かないままに…。
4.横浜市内 某マンション 09:20a.m.
姑息な技だと判っていても、吉川と外出…、と部署の白板に書いておいて良かった…。
大塚は腰を叩きながら、家に帰って来てひしひしと感じた。
会議の予定が入っている吉川に合わせて、待ち合わせは十二時に直接撮影所、と部内の白板には終日外出としてした。
そんな事を考えながら、いつもと別の色に見える太陽を見上げ、使い過ぎてちょっとだけ年を感じる腰を叩きながら、重い足取りでマンションに戻ってきた。
部屋に入るとジャケットとネクタイをベッドに放り、ぼんやりした頭をはっきりさせようと、濃い目にコーヒーをドリップし、それを持って風呂に向かった。
有楽とはベッドで二度楽しんだ後、風呂に移動し、お互いの躯を休めながらも戯れている内に一回、そしてベッドに戻ってもう一回し、シャワーで汚れを落とすと、泥のように目覚ましの鳴った八時まで休んだ。
精力を全て吸い取られたような疲労を感じながら安いホテルのベッドから起き上がると、隣にいたはずの有楽の姿は既にもう無かった。
そしてテーブルに"ここの払い宜しく。今日中にメールで一報します。代金の振り込み宜しくね(はあと)"と嫌みに感じるメッセージが残されていた。
大塚はその有楽から宛てられたラブレターを見て苦笑しながら、昨日励みすぎて重たい腰を上げると、通勤で賑やう駅を横目にタクシーに乗って家に戻った。
ゆっくり湯に浸かり、朝の柔らかな日差しに包まれながら淹れたコーヒーを飲んで、しばし、くつろぎ昨夜の疲れを癒す。
そして何とかはっきりし出した頭で風呂から上がると、もう一杯コーヒーを淹れ、それを飲みながらPCを立ち上げて、メールのチェックをする…、と律儀なスイからメールが届いていた。
メールは簡単の大塚への餞のようなメッセージと、そして…、暗号化し圧縮されたファイルが三個添付されていた。
圧縮を解凍すると、スイから以前貰った暗号を解読プログラムに掛ける。
その戻す待ち時間に、昨夜ゲームセンターを出た後に、石屋の部屋で貰ったウィルスのプログラムを開いて中を確認しながら、その時の事を思い出した。
横浜市内 石屋自室 11:10p.m.
石屋の部屋は、駅からはかなり離れていて交通の便は良くなかったが、ここ十数年ですっかり様変わりした山下埠頭と、そして大きな観覧車"コスモクロック"が見える高台にあって、恋人達が語り合うには最高のロケーションだった。
中に入るとさすがに男の一人暮らしを彷彿させるように、家財道具は至ってシンプルだったが、ベッドの横に机があって、そこに置かれているモニター二台に、何台ものPCや様々な機材が繋がっていた。
「すみません、汚いところで…」
恥ずかしそうに石屋が云うと、大塚は"どこも似たようなものだ"と笑った。
大塚の部屋もここと対して変わらずに、PCの配線が散乱していたり、オーディオの機材が部屋を占めているが、それ以外は頓着しないそんな部屋だった。
『だからこそ親近感がよけいに沸いてきた…』
そんな下心見え見えの感情を抱えながら、どうやって今晩ベッドに誘おうか、はやる気持ちをあぐねいていた。
「あの、適当にそこら辺に腰掛けて下さい。お茶しかないんでいいですか?」
そう云いながら石屋はベッドに座る大塚を横目で見、引出の奥からFDが何枚も入っているケースを取り出した。
そして、その中から『La vie en Rose(ラビアンローゼ)』と書かれたFDを探し出すと、大塚に"これです"と渡した。
「ちょっと待って下さい…」
そう呟くとキッチンに向かい、冷蔵庫から出したお茶のペットボトルを、コップに入れて持ってきて、大塚に渡す。
「誰かをここに呼んだこと無いんで、お客が来ると戸惑いますね…」
落ち着かなさそうにそう答え石屋は、端に避けてあった古い樹で作った丸いテーブルを大塚の前に置き、そしてそれと合わせて作られたらしき椅子を持ってきて座った。
「もしかして、智史はお茶派?」
渡された緑茶を一口、口に含んだ後に大塚は訊ねた。
「え?ああ、コーヒーとか缶はなんとか飲める様になったんですけど、普通はお茶ですね。それも緑茶が好きです」
自分の事を語ろうとすると口調が硬くなるのを感じながら大塚は、それが苦手らしい石屋がそう云いながら恥ずかしそうに頬を染めている姿に、落ち着かない表情で訊ねる。
「じゃ、さっき…」
数時間前にアミューズメントセンターで渡しされたコーヒーを、大塚が思い出して戸惑っている風に感じられた石屋は、"あっ"と思い出したように口を開きクスリと笑う。
「缶は平気ですよ、あんまり苦くないから…。だから気にしないで下さい」
「ならいいが…」
そう呟きながら大塚は、どんどん距離の縮まっていく石屋の姿に目を細めて見つめた。
「ええ。あの時、実は、凄く咽が乾いていたから…、助かりました…。あの、ちょっと緊張していたみたいで…」
「俺を待っていたから?」
ニヤリと笑いながら大塚がそう訊ねると、その言葉が石屋の図星を付いたのか、一瞬驚いたように"えっ"と口を開き、カップを持つ手を止めて、息を詰めて口を引き結ぶ。
そして悔しそうに息を静かに吐く。
「認めるの悔しいけど、そうです。誰にも相談出来なくて…」
「智史…」
「…に俺の作ったウィルスの件で相談したら、あいつは"誰にも云わない方が良い、その方がお前の為だ…"としか云わなくて…」
名前の部分が上手く聞き取れずに大塚は"誰に?"と確認するように質問すると、石屋は背筋に緊張を高めて唾を飲み込み"夏目…です"と云い難そうに呟く。
「なあ、もしかして…智史は、夏目が…犯人かなんて疑ってるとか?」
「まさか…」
自分を否定するように首を何度か横に振って、そう云いながら笑う。
それでもその可能性が頭の中から消えないらしく、笑いは直ぐに引きつったものに変わり、そんな石屋の様子から大塚は気持ちを察して口を開く。
「これはさ、俺が勝手に想像して作った話だから、怒らないで聞いてくれるか?」
「え?はい…」
頷いた石屋の表情から緊張感が伝わってくる。
その空気を感じながら、大塚は昨日の夏目や石屋の様子から想像していた事を、目の前で戸惑っている人物の代弁をするように云う。
「そうだな…、あの問題の脚本を書いた時にドラマに信憑性を持たせようと、試しに、現実でもその事件の状況で使える様なちょっとしたウィルスを作ってみた…」
「ええ…」
大塚の話を慎重聞きながら、もう一度頷くと、手のひらに冷やりと感じる汗に、石屋は自分自身を落ち着かせようと、静かに目を閉じた。
「そんでもって、それを知っているのは自分の知る限りは、夏目だけのはずだったが…」
「…」
何の声も発さなかったが、だんだん真実に迫っているのが判るようにはっきりと目を開き、音がするのでは無いかと思えるくらいに、石屋は大きく唾を飲み込んだ。
狼狽えているのが伝わるように肩を震わせ、次の大塚の言葉を待った。
「そしてまだ放映されていもいないのに、脚本と全く同じ手口で事件は起こった…。ウィルス名は自分が作った物と同じ名前のままに…」
大塚はそこまで云うと大きく深呼吸をし、目の前で震えている人物の様子を一旦伺った。
何かを思い詰めているように震えているがそれ以上身動き出来ずに、何も答えない石屋の様子を真っ直ぐ見ながら、もう一度口を開く。
「時同じくして、気のせいかも知れないが、誰かの気味の悪い視線を感じるようになった…。そして撮影所に行くと、夏目と視線が必要以上に感じられる…。もしやストーカーは夏目で、ウィルスも知っているのは夏目と自分以外知らないはずなのに…」
大塚はそう話すと深呼吸した。
その話を無言で聞いていた石屋がゆっくりと目を開き、今まで止めていたのはないかと思うくらいに大きく息を吐き"夏目さんは…"と呟く。
「夏目さんはいい人で…、大学時代から困った時にいつも助けてくれました。この仕事も夏目さんのお陰で始められたんです」
「いい人か俺は知らないが、仕事はそう云っていたな…。俺さこの事件最初から可笑しいと思ってたんだよ、うちとこの刑事が智史を追求したように、これってまるで智史が犯人ですって、云ってるよ
うなかんじじゃん」
「でも…」
夏目にこだわっているように口を開く石屋に、事件とは別の意味で大塚はムッとする。
「確かに智史にとって夏目は恋愛対象じゃないにしても、絶対だろ?」
「それは…」
「だから気になったんだよな?智史は」
どんどん石屋を追いつめた云い方になるのを自覚しながら、腹立たしい思いを伝えようと、大塚はそう云った。
しかし石屋にはそんな大塚の嫉妬心は伝わらず、今までずっと親友だと思っていた人間を疑わなくてはいけない思いの方が強い様だった。
「こんな事で…、疑ったりしたらいけないのは、判るんです。でも…」
意地悪く感じられる態度で、大塚は石屋の気持ちを代弁する。
「もしかしたら…って考えたら怖くなって、俺に相談を持ちかけんだろ?」
「まあ、そんなところです…。夏目には悪いと思うんですが、でも…」
友人がストーカー行為をし、そして自分が作ったウィルスと悪用されているのでは無いかと云う不安で押しつぶされそうに、石屋は胸を掴むように、自分のシャツを掴んだ。
その所作からどうしたらいいか判らない、と云う思いが、はっきりと伝わってきた大塚は、”しょうがない…”、と云うように小さく溜息を付く。
そして、自分の言葉に追いつめられ萎縮している石屋の心を解すように、大塚は微笑む。、
「判ったよ。俺は管轄が違うから、勝手に動いても問題にはならないから、丁度良いだろ…」
「有り難う」
礼を云った石屋は、緊張が一気に溶けたのか、落ち着いたと云う気持ちがはっきりと伝わってくるほど優しい表情をした。
そして石屋は大きく息を吐くと、机の上で汗をかいていたコップを取り、少し緩くなったお茶でからからに乾いた口を潤した。
大塚の言葉を借りてはいるが、自分の一人の中で蟠っていた思いが、やっと誰かに相談出来たと云う安心感が溢れていると云う石屋の表情を見ながら、大塚はいささか意地悪い質問をする。
「なあ、夏目が…、智史に惚れてるってのは?」
「え!まさか、夏目は良い先輩で、良い友人ですよ」
「そうか?」
「そうですよ。それこそ、大塚さんじゃあるまいし…」
そんな想像が石屋には全然出来なかったらしく驚いていると、大塚はクスリと笑う。
「じゃあさ、そのオオカミを部屋に呼んでくれたって事は…、ちょっとは脈有りって取ってもいいんだよな?」
「え?」
お茶を飲む手が止まり、先程とは違う緊張感が石屋の背に走る。
目の前で固まって動けない手からスッとコップを取り、テーブルに置くと、大塚は石屋の腕を優しく掴みベッドに引き寄せると、抱きしめた。
腕の中でその手を払わないのを確認して、左腕を離すと石屋の顎に手を添えて、形の淡い色をした肉厚の薄い唇に自分の唇を押しつけた。
二度目の口付け。
一度目の強引に奪うのではなく、お互いを感じるように奇麗に整った白い歯列を舐め上げると、何かの魔法にでもかかって誘われるように口が開かれていく。
少しずつ奥に導かれるように口腔に舌を差入れると、甘く触れるだけで溶けてしまいそうな石屋のものと絡まり、大塚の躯は更に温度を上昇させ、唾液が混ざり合っていくだけでお互い繋がりを感じる。
大塚はそっと糸を引く唇を離し漏れた唾液を指で優しく拭うと、その口付けに翻弄されている石屋の眼鏡をテーブルに置くと、ゆっくりベッドに横たわらせる。
そして電気を消すと薄闇で静かに覆い被さると、石屋の羞恥心を煽らないように何気なさを装いズボンのボタンを外し、ファスナーを下げ、下着の中でまだ萎縮しているものを優しく握ってやる。
「!!」
「え…? うっ!!」
いきなり石屋が動いたと思った時にはもう、大塚は官能が全て飛び散るくらいの衝撃に、息すら出来なくなった。
次ぎには頬に激しい痛みが走り、大塚は踞る。
しばらくし、何が起こったか確認しようと、ゆっくりと大きく深呼吸をすると、頬がじんじんする。
すると目の前で横たわっていた石屋が、気が付くと何故かキッチンにいる事とを理解した。
どうやら、石屋は初めてされるその感覚に戸惑いを感じたらしく、大塚から慌てて逃れるように抱きしめる腕を手で払った…。
だがしかし、ほんの少し避けるだけの全く意味を持たないはずの石屋のその手は、運悪く大塚の頬にヒットしてしまった。
見事に肘鉄された頬…。
頬を押さえベッドの上で踞る大塚を後目に、自分の予想外の手応えに更に混乱し、石屋はベッドから立ち上がると、脱兎のようにな勢いで逃げ、キッチンまで行った。
肩で呼吸をしながら、石屋は大塚を心配そうに見つめながらも、だらしなく足下にまとわりついているズボンを慌てて直した。
「あ、あの…、大丈夫ですか…」
「ああ…」
ゆっくり呼吸を整えながら大塚がかろうじてそう答えるのを確認すると石屋は、安堵の息を吐くと"ちょっと待って下さい"と叫びながら多分風呂場だとおぼしき場所へ消えていく。
間もなくすると、濡らしたタオルを片手に頬を押さえている大塚に無言ですっと差し出す。
それを受け取ると大塚が頬に当てたのを見て、俯きながら石屋は呟く。
「あの、すみませんでした…」
「いや…、俺もちょっと焦り過ぎたかもな…」
脅えている石屋に、痛みを押さえ笑顔を作りながら大塚は詫びた。
「ちょっと混乱しちゃって…。こんな風に流されるようにその…」
「俺とキスしたこと後悔してる?」
「え…、あ、判りません…」
俯いたままだった石屋の詫びている表情は伺えなかったが、本当に流されるまま大塚との関係を持って良いのか、不安に感じている事だけはその口調から伝わってきた。
大塚は鈍痛のする頬を濡れたタオルで冷やしながら、引きつった表情のまま笑う。
「正直だな…」
「すみません…」
謝っていると云うよりは、どうして良いのか判らずに混乱しているように見える石屋に、大塚は立ち上がってタオルを返すと、腕時計を見る。
「それよりも、そろそろ帰らないと…」
「あぁ、そうですね。そろそろ…、終電の時間だ…」
部屋の時計を確認し、タオルを風呂場に片づけに行く石屋に、冗談めいた言葉を叫んだ。
「ここに泊まらせて貰ってもいいけど…」
「えっ…」
風呂場から慌てて顔を出した石屋の顔色は、驚きと戸惑いに青ざめていて、大塚はそんな素直な表情を楽しんだ。
「うそだよ、う・そ。さぁ、帰るから送ってくれるよな?」
石屋から預かったFDをポケットに仕舞うと、手早く乱れた衣服を整えて、大塚はくしゃくしゃにしてしまったベッドをメイキングする。
そして扉へ向かうと、石屋も手早く出掛ける準備をし鍵を持ってそれを慌てて追い掛けた。
名残惜しそうに大塚が部屋の外に出ると、ここに来た時に感じた人の気配がまた感じられてくる。
大塚はその気配の感じられる方向をちらっと見てから、苦笑した。
事件の事で脅えている石屋には云わなかったが、大塚はこの部屋に向かう道で何度か、石屋が云っていたストーカーの存在を感じていた。
今もその存在が感じられる、あの人影は確かにあいつだった…。
「大塚さん早くしないと終電に間に合わなくなりますよ」
部屋の回りをきょろきょろしている大塚に、後から部屋を出てドアに鍵を閉めると、石屋はそう声をかけて足早に歩き始めた。
誰の所為だ…、と苦笑しながらも愛しい相手を慌てて大塚は追い掛け、横に立つとすっと石屋の肩を抱きしめて自分に引き寄せ、そっと甘く感じるように耳元に呟く。
「緊張しないで、このまま少しこうやって歩こう…」
「大塚さん…、あの…」
さっきの自分のしたことに対しての衝撃がまだ強いのか、石屋の早くなった鼓動を腕の中で感じながら、そのまま優しく抱きながら歩き出した。
「大丈夫、無理に何もしないから…」
「すみません…」
「謝るなって…。でもさ、この事件が落ち着いてからでいいから、智史は俺と付き合う事、考えてくれると嬉しいな…」
大きく息を吐き、薄暗く何も見えない地面を見ながら、石屋は必死に落ち着こうとする。
「こんな風に口説かれたの初めてで…。まして男性の大塚さんと、そのああいう風に…」
「いや?」
大塚がそう訊ねると石屋は左右に何回か首を振る。
「嫌、とかじゃないと思うんです…。ただ自分でもどうしたいか判らないんです。だって午前中まではその…」
「ただの胡散臭いおやじだって思っていた?」
石屋はちらっと大塚を見て、申し訳なさそうに頷いた。
「だから…、何が何だか判らなくなっちゃって…。あの…、そうだ…、頬、大丈夫ですか?まだ赤いですよね…」
石屋がすまなそうに手を伸ばし、頬にそっと触れようとした瞬間、大塚は踞り赤くなっているそれを痛そうに押さえた。
何かまずい事でもしたのかと、感じた石屋が慌てて中腰になり、踞っている姿を覗き込む。
そると、力強い大塚の手が伸び、石屋の頭を掴むと自分の方に強引に引き寄せ、唇を奪った。
地面に屈み込むようにしてする、口付け。
微かに唇が触れるだけのバードキスを何度か繰り替えすと、いつ誰かに見られるか判らない公衆の面前での口付けは羞恥心を感じさせ、石屋は顔を背けようと必死にもがく。
しかし、石屋の腕を自分の方に更に引き寄せお互いの距離が無くなるくらいに抱きしめると、その抗いは静っていった。
そして、気が付くと、石屋の細い腕が大塚の腰に回って行くのを感じると、口付けはもっと深いものになっていく。
多分今の石屋は口付けに応えてはいるが、それは愛情というものではないだろうし、大塚自身も子供じみた告白までして、欲する気持ちが自分でも判らなかった。
それでも、いつ別れてもいいような今までの男達とのつきあいとは違い、目の前のキスだけで恥じらう男が愛おしいと石屋を知れば知るほど何度も感じた、頬が感じた痛みよりも多く…。
無理矢理深いものにする口づけは、お互いの唾液が混ざり合い、舌と舌が絡まり合い、今にも欲望に歯止めがきかなくなりそうなほど激しい口付けだった。
まだ芽生えていない愛情よりも先に欲望を感じ、膝が砕けそうになった石屋を支えると、そっと唇を離す。
「好きだよ、智史」
「大塚さん…」
大塚の真っ直ぐ自分を見つめる視線を感じながら、石屋は瞼を震わせながら瞳を閉じると息を小さく吐いてから、目を開く。
「大塚さん、今は、そう云ってくれるあなたに、どう云う言葉を返していいのか判りません…。好きって言葉に応えられるかも…」
真っ直ぐ見つめる視線に偽りは感じられなかった。
だからこそ急がずにゆっくと手に入れればいい、そんな風に大塚は感じ、石屋の頭を数回何撫でると、優しい笑顔で云う。
「いいさ、それよりも明日、智史に相談された件で、午後からこの前一緒にいた吉川警部と、一緒に撮影所に行くから、智史も来てくれるか?」
「明日…ですね。ごめんなさい…」
小首を傾げながら了解してくれる石屋が可愛く感じられた。
「智史、こう云う時はごめんなさいじゃなくて、有り難うって云って欲しいな…」
「判りました、あ、有り難う…。大塚さん」
忘れられないほどの笑顔を石屋に見せられ、大塚はその眩しさに目を細めた。
「さ、遅くなっちゃったな、帰ろう」
「はい…」
二人は少しだけ距離を開けて、ゆっくりと駅に向かった。
その時大塚は石屋の部屋に入る前に感じた視線をまた感じた。
横浜市内 某マンション 10:20a.m.
スイからのメールを一つずつ見ながら、大塚は形を表し始める事件と云うパズルのピースを順番に並べてみた。
1.石屋が作ったウィルスとそれを知っている夏目。
2.そのウィルスを使って企業のサーバにクラックを掛け、データを奪い、サーバの履歴を消し去る、そんな犯罪。
3.不気味に石屋を付け狙う影の正体。
4.そして、夏目…。
昼には石屋と撮影所で逢う約束をしている。
全ての事件が解決とは云えないが、少なくともこれだけの材料が揃えば、石屋が不安に感じている夏目の件だけは何とかなる…。
夏目か…。
その存在を考えると、大塚の口から自然に溜息が漏れてくる。
引っかかる唯一つの事柄を心の奥に封印して、大塚は自分自身に、これで無事に事件が片づけば、そうすれば石屋は腕の中で艶やかな華に変わってくれるさ。
そう云い聞かせると、自然に笑みが浮かんでくる。
大塚は冷めた珈琲で咽を潤しながら、忘れることの出来ない昨夜の石屋との事を思い出しながら、自分の頬に手を当てた。
確かに直ぐに足を開く娼夫のような男にも燃えるが、石屋の様に初めての夜に脅えるのを少しずつ手なずけていくのもいい。
肘鉄された時の頬の腫れも痛みも今はもう治まったが、あの晩抱きしめた華奢な躯はどんな事があっても忘れられないと思った。
手に入らない物を強引に手に入れたいと云うのではなく、もしかしたら石屋への思いは本気なのかも知れない…、そう思うと大塚は苦笑せざるを得なかった。
ガキじゃ有るまいし…、そう呟きながら小さく溜息を付くと、カップにわずかに残っていたコーヒーを一気に飲み干した。
そしてスイが送ってきたウィルスのプログラムと、石屋に貰ったものと二つを見比べながら、今度は大きく溜息を付く。
目の前に開かれているプログラムは、多少の書き方の癖に違いは有るにしても、あまりにそっくりだった。
こう云う時のスイに間違いは、絶対に無い…。
スイから送られてきた事件を予測した表を見つめながら、大塚は石屋の書いたプログラムがこの事件に使われている事を確信した。
そして、これをどうしたものか、そんな風に思案しながら二つのプログラムを印刷し、PCを閉じようとした時、有楽からメールが到着する。
慌ててそれを読むと内容は大塚が予想通りのものだった。
手に入れた守護札の様な三つのカード。
石屋の書いたウィルスプログラム、スイの予測した事件時履歴、そして有楽の情報。
それを見つめ、大塚はニヤリと笑うと文面を印刷し撮影所に向かった。
5.市内撮影所 01:28p.m.
「よう!」
昨日と石屋が案内してくれた会議室に大塚が通されると、そこにはまるで審判の時を待っている不安そうな面もちで部屋の窓の外を一人で立っている人物がいた。
「智史。逢いたかったよ」
「大塚さん…」
石屋は笑顔で部屋に入ってきた大塚を見ると、安心したのか、それとも、昨夜の記憶が蘇っているのか、奥ゆかしく頬を染めて笑顔で迎えてくれた。
「そんな表情されると、このまま押し倒したくなるじゃねえか…」
そう云いながら大塚は、誰もいないのをいい事に、離れていた数時間を惜しむように、石屋の腰に手を回して、お互いがピッタリとくっつくくらいに抱きしめる。
「ぁ…、ちょっと…」
手が空かずにちょっと遅れる、と云っていた夏目が、いつ入ってくるか判らない撮影所の会議室で、抱きしめられ石屋は顔を真っ赤にして、その腕をから必死に逃れようとする。
しかし大塚は離すまいと腕に力を入れ、石屋の耳に唇を寄せる。
「お、大塚さん、撮影所ですよ…、ここ。離して下さい…」
「でも、今は二人きりだろう?」
「それは…」
言葉を詰まらせ戸惑っている様子ではあったが、拒絶する手が止まったのを確認して、腰に回していた腕を解き、石屋の両腕を掴み大塚は口付けをしようとする。
しかしそれに脅えたように息を詰めて、力一杯目を閉じる石屋の姿を見て、大塚はプッと吹き出す。
「ほんと可愛いね、智史は…」
いきなりの笑い声に恐々と目を開ける石屋の姿を見て、すかさず唇を盗むと、唖然として動けずにいる姿に大塚は微笑みながら髪を撫でる。
照れが混ざった怒りに震えながら、石屋は耳まで真っ赤にし"大塚さん!!"と叫ぶ。
そして自分の腕を掴んでいるその手を思いっきり払おうとするが、今度はその感情を宥めるように大塚は怒りに震えている肩を優しく腕で包む。
「いい加減にして下さい!!」
「すまないな、智史を見ているとつい揶揄いたくなる」
強い口調で拒絶したものの、また大塚の優しい態度で謝られ、また石屋は戸惑う。
「全く、大塚さんは優しいんだか、意地悪何だか全然判らない」
「そりゃあ、智史が好きだから虐めたくなるし、反対に嫌われたくないから優しくも出来る。それが恋愛だろ?」
「そうかも知れないけど…」
「俺だって好きな相手が心配になればストーカーだってするさ」
「大塚さん?」
不安な面もちで大塚を見上げた瞬間、大塚は石屋を抱きしめ、唇を奪う。
最初は必死に暴れて逃れようと石屋はするが、少しずつ大塚の舌がもたらす快感に、抵抗する手を止め、そして応えていった。
二人だけの時間、二人だけの空間。
部屋には、いきなり大きな音を立ててドアが開き、それを邪魔する叫び声が響き渡った。
「何やってるんだ!!石屋!!」
物凄い勢いで会議室の扉が開いたと思った瞬間、鬼のような形相で夏目はそう叫んだ。
その音に驚き、石屋は大塚の腕が弛んだ瞬間慌ててそこから逃れた。
「夏目…」
そう呟きながら動かない人形の様に立ちつくす石屋を見て、表情を睨み付けるきついものから、寂しそうにも見えるものに夏目は変える。
後から入ってきて立ちつくしている夏目の姿を見て、大塚は余裕たっぷりの表情で挨拶をする。
「おや、夏目ディレクター、今日和」
にやにやと勝ち誇っているようにも、不敵にも見える笑みを浮かべている大塚を、石屋から視線を外し、忌むべき相手を見つめるような視線で夏目はもう一度睨み付ける。
「こ、今日和じゃない。お前、昨夜から智史につきまとって、いい加減にしろよ!!智史はお前を嫌っているんだ!!」
物凄い眼光で見つめる夏目を見下すような、そんな視線を向ける。
そして、わざと夏目を挑発して二人の仲を見せつけるように、大塚は石屋の肩を自分の方へ引き寄せる。
「昨夜?昨日の昼間のドアの件と云い、また智史を付け回していたんですか?まるで、ストーカーみたいに…」
「そんな事は…」
そう云いながらもはっきりと否定出来ない夏目は、物云いたげな大塚の視線から逃れるように、石屋に救いを求めるように見つめながら、口ごもってしまった。
そんな夏目を大塚の腕に抱かれながらも、戸惑いながら不安を隠せない表情で言葉を発せずにいる石屋は、ただ見つめるだけだった。
しばしの無言で見つめ合う時間と、その沈黙を破り、二人の複雑な思いに、大塚ははっきりとメスを入れるように追い込んでいく。
「してないって云い切れるのか?」
「本当なのか?!夏目…」
"夏目が何か良からぬ事をしているのではないか…"そんな不安から、大塚に相談したものの、そでもで本当は違うときっぱりと云って欲しかった。
しかし当の夏目の、大塚の質問に対して口ごもり答えない姿を見つめ、石屋は混乱し、どうしていいのか判らなくなり、躯がその緊張からか震えながらも必死の思いで夏目に訊ねる。
「夏目…、もしかして君が、ウィルスも…」
「それは…、でも違うんだ…、信じてくれ!!」
じりじりと一歩ずつ近寄り、縋り付こうとする夏目の手が石屋の腕を捕らえる。
何が何だか判らない恐怖に脅え石屋は、心の奥深くから溢れ出す消化しきれない感情に震えながら、夏目のその手を払らおうとした。
その瞬間、ドアが大きな音を立てて開き、吉川が飛び込んで来た。
そして石屋の手を乱暴に掴もうとした夏目の腕を掴みんだ。
「やめてください!!」
吉川はそう叫ぶと夏目の腕を押さえる。
信じていた友人に裏切られ、絶望感に襲われた石屋は涙をこらえるように唇を噛みしめながら、大塚に助けを借りてやっと立っている。
「夏目…、君を信じていたのに…」
「ち、違うんだ…、石屋。確かに君を付けたのは事実だけれど、それには理由が有るんだ…。石屋、聞いてくれ…」
夏目を信じたい気持ちと、現在の状況に苛まれ、それ以上言葉が出て来ずに、震えながら大塚にもたれて立っている石屋。
大塚と石屋を交互にぷかぷか浮いた視線で見つめながらも、協力して貰え無さそうな様子に、諦めて警察へ連行しようと夏目の肩をポンと叩く。
「夏目ディレクター、署で聞きます…」
そう云った瞬間、吉川の胸からこの場の雰囲気を破壊するように、ベートーヴェン作曲"乙女の祈り"の電子音が、けたたましい音を立てて鳴り響いた。
その音に石屋と夏目の動きが止まり、途方に暮れた吉川は助けを求めるように大塚を見る。
いつまで経っても鳴りやまない"乙女の祈り"に、嘆息すると大塚は頭を抱えながら"早く出ろ"と促される。口を尖らせながら吉川は小さく頭を下げ、部屋の端に寄って電話に出る。
目を合わそうとしない石屋と、必死な面もちで見つめる夏目。
その様子を見て大塚はクスリと笑うと、夏目はその不謹慎な態度に、腹を立て唇を噛み締めながら思いっきり睨む。
しかしにやにやと笑うのを止めずに、自分を睨んでいる夏目の神経を逆撫でる様に、石屋の肩を抱く腕を強め、耳元に唇を近づけると舐るように囁く。
「なぁ、智史…、夏目の云い分も聞いてやらないか?ストーカーなんて気味悪いが、何でそんな変態行為したか気になるじゃないか…」
「大塚さん…」
大塚のあまりに直接的な言葉にいささか驚きながら石屋は見つめる。そして、その視線すら腹が立った夏目は今まで押さえていたものを爆発させるように叫ぶ。
「ふ、ふざけるな!!てめーみたいな変態から、俺は石屋を…、智史を守るために後を付けていただけだ!!智史に危険が及ばないように…」
「云い訳か?素直に認めたらどうだ!!」
夏目は耐えられない悔しさを表すように、自分の唇を出血するんじゃないか、と思えるほど噛み締めると、口惜しそうに言葉を吐き捨てる。
「あれは俺の手違いで…、あのウィルスが…、他の人間の手に渡ってしまったんだ。その後事件が起こり、そして匿名で変なメールが来たんだ」
「嘘じゃないのか?」
気持ちをわざと逆撫でるようにも聞こえる口調に、夏目を見下ろすような煽った表情で大塚は、そう訊ねる。
自分の知っている姿とは異なる怖くも感じられる大塚を見て、石屋の不安は更に高まっていく。
助けを求めるかのように石屋は、部屋の隅で手帳を出し必死にメモを取って、こちらに戻って来なさそうな吉川と、自分に云えない事を山程抱えていてる夏目を交互に見る。
そしてどうしたものか自分で判断の出来ない石屋は、ただ無言で大塚と夏目、二人のやり取りを聞くしかなかった。
しかし夏目には、大塚の云う事だけを信じ、自分を冷ややかに見下しているように感じる石屋の視線に、必死になって言葉を重ねる。
「嘘じゃない!!メールにはウィルスの事を公言したら、ただで済むと思うな…って、そいつはあのウィルスを作ったのが、智史だって知っていたみたいで…」
「だから何だって云うんだ?お前だって智史が作ったって知っていたんだ。他人にリークする事だって出来るだろう?」
「リークって…、何でそんな事をしなくちゃいけないんだ!!俺は智史が心配だったんだ。そうしたら、あんたみたいな変なやつが近寄って来て…」
「俺の所為だって云うのか?」
「お前が…、智史に近づいて…、変な事しなきゃ…」
「変な事しなきゃ?変な事ってどう云う事かな?」
「強引に智史に…」
「強引に、智史に?キスしたから」
そう云うと大塚は笑みを浮かべながら、石屋の顎を掴み口付けようとする。それは、まるで石屋が自分の所有物だと夏目に告示するように…。
「大塚さん!!」
そんな吉川の叫び声が聞こえきて、大塚の手が止まる。
「何やってるんですか!!」
自分を咎める吉川の声に、真っ赤になった顔をプイッと背けた石屋の顎から、手を引きながら何も無かったかのように大塚は微笑む。
「よっしーは、電話終わったの?」
「はぁ、まあ…」
腕を組んでそっぽを向いている石屋と、それを見つめている夏目を落ち着かない思いで目線を浮かせ、きょろきょろしている吉川に、大塚は電話の内容を尋ねる。
「何だって?」
吉川は思いだしたように、電話の内容を大塚に報告していく。
「あ…、夏目ディレクター、石屋さん、ウィルスをばらまいていた犯人が捕まりました」
"え?"と驚いたように夏目は顔を上げ、石屋は恐る恐る吉川に尋ねる。
「どう云う事…、ですか?」
ちらっと大塚の"いいから云え"と云う表情を見てから、吉川は続きを語り始める。
「こちらのアシスタントディレクター井田が、ウィルスのクラッキング犯罪を得意とするグループに売った、と自供しました」
「井田さんが?」
「はい…」
石屋の問いに吉川は小さく頷いた。
「そいつが、夏目あんたがウィルスを渡した相手か?」
しかし大塚は、黙って吉川を見つめている夏目に確認すると、目を閉じて息を吐きながらゆっくり語り始める。
「ああ…、問題の話の打ち合わせをしている時に、つい口が滑ってあいつに云っちまったんだ…。そしたらウィルスを集めてるからくれって、せがまれて…」
"まさかこんな事になるとは思わなかった…"と言葉を夏目は添えると、また煽るように大塚は不敵な笑みを浮かべ訊ねる。
「それでウィルスを売ったのか?」
「大塚さん?」
夏目が片棒を担いでいると云わんばかりの大塚に、石屋は不安そうな瞳で見つめる。
「智史が作ったウィルスを売って、それで足がつきそうになったから、智史を守る為なんて云って、本当は、智史が変な行動をしないように見張って、最後に俺が荷担した事で足がつきそうになったから、脅迫なんて云い出したんじゃないのか?」
「違う!!俺はずっと…」
「俺はずっと?」
「…、いや。智史が心配だったんだ…」
「自分でウィルスを売った責任を、智史に押しつけようとしてるだけ何じゃないのか?ストーカーまでしてたんだからな…」
石屋の夏目を見つめる真っ直ぐな視線。夏目はそこまで大塚に云われ、ぎゅっと唇を噛み締めると、覚悟を決める。
「違う!確かに付けた事は事実だ、それにウィルスを智史に黙って渡した事も…。だがウィルスを売って利益を得ようとか、智史をどうこうするために付けていたわけじゃない!!智史、君の事を考えなくて悪かったが…、信じてくれ…」
「夏目…」
「智史…、俺はお前が好きなんだ…、大学時代から…。だから、今更お前なんかに…、いくら警官だからって…」
「…」
今まで良い先輩であり、友人だった夏目の告白は、あまりに予想外で、大塚を見つめながら、石屋はどうして良いか判らなくなり、言葉を無くした。
「犯罪者が何を云っても信じないね。それに悪いが、智史は俺のものだから…」
「大塚さん!!」
あまりに夏目が傷つくように思える物云いに、石屋は大塚を窘めるように叫んだ。
けれど大塚は、そんな気持ちに構わずにもう一度石屋の肩を抱き、口付けようと顎を掴む。
その人目を全く気にせずに傍若無人な振る舞いをする大塚に、腹を立てて石屋はその口付けを拒むように思い切り、頬をひっぱたく。
「いい加減にして下さい!俺はあんたの物になんかなってない」
「智史…」
痛そうに頬を撫でながら大塚は殴った相手を見ると、石屋の瞳は今までの不安に囚われたものではなく、何かをきっぱりと決めたそんなものに変わっていた。
「大塚さん、悪いが、夏目の云った事を信じる…。だから、あんたもこの件から手を引いてくれ」
「智史は、俺より夏目を選ぶのか?」
「えっ…」
恋愛の対象と考えていなかった夏目の告白。
石屋は戸惑うように口を開き、大塚の質問に答えられない。
「それでいいのか?智史。俺は智史を心から愛してる。それでも、夏目を選ぶのか?」
「はい…」
「それは気の迷いじゃないな?」
「ええ」
さっきの云い淀んだ"はい…"とは異なり、今度ははっきりと真っ直ぐ大塚を見つめ、石屋は答える。
その答えを聞いて大塚は鼻でふふんと笑いながら石屋から離れ、ドアに向かって歩き出す。
「そうか、じゃ、しょうがないな…。よっしー帰るぞ」
「でも事件が…」
思い出したように大塚は、何枚かの書類をポンと机の上に放る。
「智史、夏目が犯人じゃない事は判っていたんだ。たださ、智史が実際に事件で使われたウィルスを作り、夏目がそれを犯人グループに売ったやつに卸したってだけで複雑だろ?」
「まぁ…」
「ま、それ見てくれりゃ判るんだけどね…」
書類は有楽から来たメールと、スイの報告書の抜粋したものだった。
出がけに来た有楽のメールには、犯人グループが石屋のウィルスを入手した経緯と、それが夏目の手から漏れた詳細が書かれていた。
夏目が云っていた事は嘘ではなかったのは知っていた。
ただ、大塚は夏目の気持ちと、そして石屋がそれをどう思っているか、本当の所が知りたかった為に、わざと二人を挑発したり、追いつめたりした。
それで石屋が夏目と大塚のどちらを選ぶかを知りたかった…。
「その所為で犯人から脅迫も受けたり、智史に事がおよぶのを恐れて、君を守ろうとして付けまわしたり、なんて…ややっこしい事してくれたしね…。そうだろ夏目」
「ああ…、それは反省している…」
夏目は目を閉じうつむき頷いたのを確認し、大塚は事件をまとめるように言葉を続ける。
「まして…、その理由が、智史を思う気持ちから来てる、そして俺にやきもちまで妬いたと来たから、更にやっかいだ」
「…」
「でもって自分が犯罪にかかわって、それがばれれば智史も巻き込むだろうから、簡単に云ってもゲロしないだろうしなぁ、夏目…。だからさ、ちょっとよっしーに協力して貰って、夏目が犯人だと追い込めば多少口も柔らかくなるだろうと踏んだ訳よ…」
「あんた…」
「もちろん途中で井田逮捕とか、予想以外の話しも入って来ちゃったけどね。俺としては事件の解決ってより、智史が本気で俺に付いてきてくれるかの方が気になったんだけどね…、何となく智史は夏目が好きかなって感じてたし…」
大塚は仲むつまじく見える夏目と石屋ににっこり笑った。
「だってほら、俺、情報システム部で、捜査と関係ないから…」
「大塚さん…、俺…」
立ち去ろうとする大塚へ詫びるように何か云おうとするが、石屋は言葉が出なかった。
大塚は背中越しに石屋に手を振ると、部屋を出ていく。
「智史、夏目と上手くやんな、じゃあな。行くぞ、よっしー」
「はい。あ、ウィルスを作成及びその情報提供と云う事で、同行をお願いすると思いますがその時はご協力お願い致します」
吉川は頭を下げ、先に部屋を出た大塚を追った。
車中 04:52p.m.
「大塚さんってやっぱり凄いですよね!!俺、感心しました」
「はぁ?」
「だって、大塚さんは自分がホモの振りまでして、事件を解決して、石屋さんと夏目さんの仲まで取り持って、普通出来ませんよ!やっぱり神奈川県警の鏡ですよね。大塚さんは!!」
撮影所で修羅場を切り抜け、胸に微かに残る失恋の痛みを抱えながら、重い足取りで職場に戻る車の中で、吉川はいつもの倍以上お花が飛び散る笑顔でそう云った。
別に感心されても嬉しくもね…。
大塚には、最初から夏目が石屋に思いを寄せている事も、愛情と云う無いようだったが逆も予想が付いていた。
だから、なかなか思いのたけを相手に伝えられない夏目を挑発し、お互いの本心を云わせた。
別に大塚自身がピエロになるつもりはなかったが、ああ云う好みのタイプのノンケを攻略するのもいいが、自分にはやっぱり遊びで気楽に寝られるタイプの方が合ってると、その車の中で感じでいた。
しかし、何処まで行っても楽天的な吉川に反論する気も起きず、寝たふりをしながら大塚は、無言で車窓を見つめた。
空は、かつて流行った青春ドラマのエンディングを思わせるような橙色に染まっていた。
大塚は心の中で"ばかやろー"と叫んでみた。
おまけ 横浜市内 ブティックホテル 01:36a.m.
「あ…、ぁっ。いい…、もっと…」
「ああ…、いいだろ…。お前の中も…、熱くて最高だ…」
真っ暗な中で響く、熱い吐息と喘ぎ声。
躯同士が激しくぶつかり合う音と、ぐちゅぐちゅりと云うねばついた水気が押しつぶされて響く艶めかしい音。
「結局…、今晩の相手も…、あたしなのね…。朗さん…。うぅ~ん、いいわ」
足を肩に乗せるように高く抱えられ、大塚自身を何度も激しく穿たれながら有楽は揶揄するようにそう云った。
全身に汗と熱い息を吐きながら大塚は有楽の肩に抱えていた足を持ち、間接技でも掛けるように更に開かせる。
「うるせー…、お前だって楽しんでるだろ…。大股おっぴろげて…」
そう云いながら大塚は有楽が痛く感じるくらいに足を開かせる。
有楽はそれから逃れるように足と腰をばたつかせるが、それは結果的に繋がった部分がもっと深くなり中が燃えるように滾り、艶めかしい喘ぎ声を口から漏らす。
「ぁあ~ん。もう…朗さん下品…」
「悪かったな、下品で、どうせ俺はけだものだ…」
「拗ねない、拗ねない」
動きを止め大塚は顔を背けると、今度は有楽が積極的に足をその躯に絡め、優しく子供を宥めるように頭に腕を回し髪をすく。
「折角…、お金まで出して情報を買ったのにね…」
ピキっと大塚は動きを一瞬止め、眉間に深く皺を刻みながら、それ以上しゃべらせないように自分自身を思いっきり突き上げる。
有楽は身悶え、熱い息をゆっくり吐き喘ぎながら、負けてたまるかと大塚自身を回すように腰を振り、快感を全身に味わいながら続きを云う。
「ん…、ぁあ…。もう…、全く…そんなだから、これからって時に振られるのよ…。そんなけだものだから…」
大塚は有楽に熱く包まれているものを粘膜が捲れ上がるのではないかと思えるほど抜き、そしてそれをまた勢いよく押し込む。
「お前だって …、今晩の相手いない独り寝が寂しいって、愚痴りながら泣いてたから可哀相だと思うからこうやって相手してやってるんだろう!」
「それは、朗さんだって一緒でしょ!あぁ、だめ達っちゃう!!」
そうお互いにじゃれ合いながら、大塚も有楽も最後の瞬間に向かって、頂きに向かってピッチを早めていった。
今晩も大塚の相手は有楽だった。
『また何処かで美人を見つかるさ…』
そんな楽天的な事を大塚は考えながら、今は有楽とひとときを楽しんでいた。
Fine…
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