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さつまいも

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9番目の雲

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 恭一郎は、大きく溜息を付いた。
 八月の熱気に流れ落ちる汗とは反対に、手がどんどん冷たくなってくる。
「…たくっ…、何今更…」
 驚きでつまりそうになっていた息を、必死に吐き出し、やっとの思いでその一言を口にした。
 忘れたことなど一度もなかった。けれど、本当に今更の連絡だった。
 今更連絡してくるあいつに対して呆れているわけではない。どんな言葉で自分を誤魔化そうとしても、何もなかったことになどできない。何度も大きく肩を揺らしながら何度も冷静になろうと深呼吸をした。
 それは、いきなり届いた、一通の手紙から始まった…。


 仕事を終え、家に帰り着いたときには、すでに太陽は高くなっていた。成金趣味も良いところだと思えるほどの
華美な客から貰ったロレックスの腕時計。その針が、一一時過ぎを指している。
 新宿で〝ホスト〟として働いて約三年半。
 景気に左右されることなく、金払いがよく指名してくれる客が何人もできた。
 おかげで、最近になり罰則規定できて、警察の取締りが厳しくなった場所で、客引きをしなくてもよくなった。ペナルティを犯さなくても、指名で生活をまかなえるくらいになっていた。
 もちろん今でも、新宿の街では警察の目を盗んで、ホストやポン引き、それに居酒屋の呼び込みで溢れているが。
 夕べも贔屓にしてくれている中の一人と店を早めに出て、所謂、アフターにつきあっていた。西口から徒歩では十数分かかる場所に、何年か前に、新しいランドマークとしてできた、クラシック演奏やバレエ、オペラを中心に行っているコンサートホールの近く。ホールと同じ頃に造られたシティホテルで、客と一夜を共にした。
 シャワーを浴びて、いつも使っているコロンを付け直した今でも、微かに残る客の残り香は今ではどうでもいいことがらになっていた。
 今朝、客を抱きしめながら目覚めた後、夕べの余韻を残しながら、別々に身支度を終えて、ルームサービスでコンチネンタルの朝食を共にした。客もこういう朝には、手慣れているようで、ホテルを出る頃には、別の表情に変化して行く彼女を見送っていた。
 夕べの客は、鑑定眼の無い自分には良い物なのか、悪い物なのかを判断しかねるような宝飾品を、ぎらぎらさせた、雇われママだった。成金を剥き出しにしているような姿は、ファッションにあまり敏感ではない恭一郎でも感覚を疑うときがある。それでも羽振りはいい方らしく、いつも店には内緒で駄賃を用意してくれる。
 通勤ラッシュが一通り終わったとしても人で溢れている街。疲れた身体を引きずりながら、刺すような陽射しを避け、心臓発作でも起こしそうなほどにキンと冷え切った電車に乗る。
 自宅は、最近、新宿から直通の電車で行けるようになった所にあった。東京都の隣県では、あまり有名ではない市だった。ショッピングデパートは何軒かあるから生活には不便ではない。けれど、都心に向かう駅と駅の間隔が短くて、三分に一本、真夜中まで電車の走っているところとは違っていた。最寄りの駅との距離も、ベッドタウンとしての役割も、ローカルと言う雰囲気を漂わせている。
それでも夏になるとよく歌詞に使われる海岸に向かう乗り換えの人で、駅だけがごった返していた。
 そんな街でも、たどり着くと安心感に恭一郎は包まれた。
 駅に着くと陽炎が立つような道路に負け、ワンメーターと少しの距離だけれど、タクシーに乗り込んで、疲れた身体をシートに埋める。太陽が頭上を焦がす時間には混雑しない道路を進み、住まいの近くで車を停めて外に出る。
 ここには機嫌を損ねないように気を使わなくてはいけない客はいない。それ所か、値踏みをするような目で女たちをいつも見て、自分以外のホストは皆ライバルだと思ってるような、ぎらぎらさせた男たちもいない。
 車で100mを走れば、昭和の高度成長の頃にプランニングされた作りの美しさよりもただ小さくても自分の家を持つことを考えられた、似たような作りのマンション群が所々に見えてくる
 恭一郎の住んでいる公団群の入り口で、車を降りると、じりじりときつい日光が突き刺さってくる。
痛みすら感じる日差しを、避けるようにして、薄汚れた同じような造りの建物が、五棟並ぶ真ん中に向かった。
 バブル前に建てられた、県営のちょっと前まで公団と言われた建物だった。
 コンクリートが剥き出しになった階段の手前には、剥がし損ねたシールや、雨で汚れた書簡、消えないイタズラ書き。カギをきちんとかけていないと紛失、盗難なんてざらにある野ざらしに近いポストがある。
 消えかかった部屋の番号が書かれたポストの鍵をはずして開けると、チラシやフリーペーパーの中から、輪ゴムで纏められた書簡を取り出す。ポスト近くのゴミ箱にいらないチラシを捨ててから、手紙を見ていった。
 請求書、DM…。
 見慣れた手紙に混ざって見かけない、茶色い封筒のエアメールが混ざっていた。何だろう? と訝しげに宛名を見た瞬間、心臓は跳ね上がった。蚯蚓が走ったような汚い英語で書かれた宛名。忘れたくても忘れない。否、忘れられるはずがなかった。
 息が詰まるのを気付かないまま、しばらくの間、封筒を見つめ動けずにいた。
 じりじりと肌にまとわり付いてくる熱気。遠くからせっかちに鳴く蝉と、子供たちのはしゃいでいる声が、耳鳴りのように響いてくる。
 じわりと吹き出す気持ち悪い汗に寒気を感じながら、静かに目を閉じゆっくりと深呼吸する。
 今更。
 小さく独り言ち、それから五階建てのマンションの階段を、三階まで一気に駆け上がる。ここから逃げ出したい、そんな気持ちにさせる手紙だった。
 三階まで上ると汗を吹き出して息が上っている身体が微かに震えている。運動不足と、睡眠不足に、予想もしなかった手紙で緊張しているのかもしれなかった。
 恭一郎は大きく呼吸をして、体内に酸素を送り込んでから、何故これ程緊張しているんだろう、と呆れながら、五室並ぶ一番奥の三〇一号室に早足で向かった。
 部屋までの通路からは、彼方に入道雲が何処までも広がっている、真夏の訪れをはっきりと表していた空だった。


 手紙の送り主、〝早川達弥〟がここを出ていって、すでに五年になっていた。
 恭一郎の中で達弥との関係は、友情と呼ぶには切なすぎる…。けれど恋と呼ぶには急ぎすぎる…、そんな複雑なものだった。
 達弥と出逢ったのは高校一年の春。同じクラスではなかったけれど、中学校の友人を介して知り合い、不思議と気が合っていた。大学に進んだ恭一郎と、服飾の専門学校に進んだ達弥と、人生の方向すら違っていても、いつも近しい存在だった。
 学校で女子に告白されたときも、彼女ができたときも、進路を相談するときも、コンパも、ナンパも一緒だった。色々なことを相談しあう、そんな仲だった。
 近くにいるのが普通で、気が付くと家族よりも近くにいるような気になっていた。将来お互いに家庭を持っても、それでも、今のようにずっと一緒にいるんだ、そんな気持ちにすらなっていた。
 しかし、そんな二人の時間をせき止めたのは、達弥の方だった。
 三年前の初夏。達弥と一緒に生活を初めてから、丁度一年が経っていた。
 あの日も今日のように暑く、その熱気に追い打ちをかけるように、蝉の鳴き声がうるさく街に響きわたっていた。
 外に出れば焦げるような陽射しが照っていた。それを避るように、達弥と二人部屋いた。窓とドアを開けても流れない風。熱気と湿気が部屋では蟠っていた。それでも何となくクーラーを付けずに、駄々っ広いダイニングルームで、二人ともだらけきっていた。
 そんなときだった、達弥がいきなり手の上に掌を重ねてきたのは。
 何事かと驚いて手を握ってきた当人を見た恭一郎に、達弥はまるで今晩の献立をリクエストするように口を開く。
『ナァ、恭一郎。日本じゃあさ、法的には認められないけど…、俺ら、結婚しない?』
『はぁ? 何言ってるの?』
 言葉の意味を理解できず眉をひそめた恭一郎に、達弥はじれずにやりと余裕のある笑みを浮かべる。
『だからさ、俺ら、このまま一緒に生活しない?』
『一緒って…』
 確かに、達弥とはいつも一緒だったし、今すぐ別々の生活をすると言うことは思っていなかった。けれど、達弥がいきなり持ち出した〝結婚〟と言う言葉の意味など、想像すらできなかった。
 その頃、恭一郎にはつき合っていた女性がいたし、彼女を紹介したことがあった。だからこそ、よく判っているはずだった。
 今まで特に意識をしていなかった、ゆったりした時間だった。告白を聞いた瞬間に、これからも続くと思えたはずの時間が、止まった気がした。
 重苦しい空気に耐えられずに恭一郎は、引きつった表情のまま笑みを浮かべ、口を大きく開く。
『そんなしなくても、一緒に暮らしてるじゃん。結婚なんて大げさだな~。まあ、あり得ないことだけれど、俺が今の彼女を妊ませてもし結婚、なんてことになったとしても、お前とはいつまでも一緒だから、なっ?』
 達弥の言葉を笑って流した。すべてをなかったことにするように…。その場を気まずくするくらいに、しばらくの間、黙った後、達弥は何かを吹っ切ったようにゆっくりと立ち上がる。
『わかった…。俺さ、しばらく海、見に行くから、わりぃ、探さないで…』
『おう…』
 そのまま達弥は姿を消した。
 夕方を過ぎても帰らない達弥を心配して、部屋に入った。そのときには部屋は綺麗に片づけられていた。
 黄昏時。
持ち主がいない部屋。達弥が消えてすぐ、恭一郎の上に静かな一人きりの時間がのしかかる。
 しばしの耐えられないほどの静寂に部屋は包まれていた。今さっき起こった出来事が、リピートするように、何度も頭に浮かんでくる。罪悪感と言うよりは、大切な物を失ってしまったような虚脱感が大きくのし掛かる。心にぽっかり空いた穴をはっきり感じさせる時間は、恭一郎の中で達弥がいかに掛け替えのない人物だったかを自覚するのに十分だった。
 例えようのない達弥への思いに、恭一郎は慌てて部屋を飛び出したけれど、もう届くはずがなかった。
 その日、達弥は海を見に行ったまま、帰ってこなかった。


 三年以上経った今でも思い出される、達弥との別れ。
 整えるように三階の踊り場の手すりに捕まり何度も深呼吸する。緊張する手で、達弥の手紙を見つめると、封筒からはこの国では感じたことがあまりない甘くて少しだけ苦みを含んだ不思議な香りが漂ってくる。
 初めて嗅ぐ香り。けれど、どこかで聞いたことがある匂いだった。
 仕事で客に進められてつけ始めた、シャネルのクリスタルのように作られた香りではなく、天然の柑橘系の香りだった。
「あいつ…、どこにいたんだ?」
 苦笑しながら呟き宛先を見るけれど、あまりに芸術的な封筒に書かれた文字は、簡単には解読させてはくれなかった。
「なんだかなぁ…」
 寝不足の疲れ切った身体と、久しぶりの友からの手紙で高揚する気持ちを抑えながら、進み、錆で所々ペンキの剥げた、自分の部屋のドアを開ける。
 扉を開けた瞬間感じる〝むあっ〟とした空気に、目眩がする。生ゴミが茹だった、酷く生活的な匂いだった。初夏の一番陽射しの強い時刻に換気されずに、カーテンの閉められていた2LDKの部屋は、熱気が溢れかえっていた。
 ドアにつっかえを差し込み、開け放ったまま中に入ると、古びた部屋に客から貰った不似合いなブランド品のスリッパを履いた。部屋の中に続く壁には、雨染みや住んでいた人間の生活感のある汚れが至るところにある。
 築三〇年、家賃一〇万円の県営住宅。
 今のホストとしての収入だったら、ここで無くとも設備が整った上品な高級マンションも借りられはした。けれど達弥との思い出があるこの部屋を、どうしても離れ離れになる気にはなれなかった。
 この部屋は、恭一郎が生まれる前から両親が暮らしていた部屋だった。しかし、四年前に父親の転勤が決まり、恭一郎以外の家族は、別の街に移っていった。
 そのとき、大学三年だった恭一郎は、これからのことを考えて、止まる、と言い張った。現に、達弥と別れるときには、これからの収入を約束されている一流商社と言われる企業に内定が決まっていた。
 達弥との共同生活は、家賃が親から三分の二、残りはバイトをして恭一郎と達弥が折半。しかし家族が引っ越してから半年経ち、達弥との別れの爪痕のように、就職を止めて、大学に通いながらホストへの道を選んだ。恭一郎に両親は送金をいっさいしなくなっていた。未だに、世の中で言うところのまっとうな道から外れた息子を毛嫌いしていた。
 両親の気持ちは判った。東京で三本の指に入る名のある大学の経済学部を卒業間近。一流商社への就職の内定も決まり、喜んでいた瞬間に、大学は出る。けれど〝ホストになるから〟と今までの進路をすべて否定したのだから。
 ホストになろうと思ったあのときの気持ちは、恭一郎自身も解らなかった。ただ、あのとき〝海を見に行く〟と家を出て行った達弥を傷つけた自分に、何かけじめをつけないと…、そう思えていた。
 後から考えると、その思いの重さに耐えきれず何でもいいから自分をいじめたかっただけかもしれないが…。


 まだ一緒に暮らしていたときに、達弥と一緒にフリーマーケットで買ったダイニングテーブルの上に手紙を置き、窓を開けた。
 吐き気がするほどの熱気しか感じらない。
「暑っ…」
 腕で汗を拭いながら、恭一郎は肩に掛けていたジャケットを椅子にかけ、客から貰った青い宝石の入ったカルチェのカフスを外した。それから夕べの客から貰ったシルクのネクタイを緩め、シャツを第二ボタンまで開く。
 シャツからは自分が黄色人種だとはっきりわかる色の肌に、汗が噴き出している。
 未だに小麦色の肌に金茶髪が多いホストの中で一度も日焼けサロンで肌を焼こうとも、髪の色を抜こうとも思わなかった。もっとも恭一郎の場合、髪を染めなくても元が茶色くはあったけれど。
 パーマをかけてもまったくクセを付けようとしても、言うことを聞かない柔らかすぎるストレートヘアには、手を加えることすべてがめんどうに感じた。そんな癖毛の所為で髪型は、千円でカットしてくれる店のショートで十分だった。
 鏡に写る姿は、どこから見ても三十近くの普通の男。普通のスーツを着てしまえば、新宿の夜の街で働く水商売の人間には、全く見えなかった。
 反対に何処から見てもホストっぽくないと言うのが、受けが良い理由だと、何人もの指名してくれる客に、言われたことがあったけれど、別に意識して作っていることではなかった。
 手紙を横目で見ながらも、開く勇気が出ずに、それよりも止まることを知らない汗への不快さを何とかしたい、と風呂場に向こう。
 正午近い時間、日陰になる風呂場は、他の部屋に比べれば多少涼しい。けれど部屋中にこもった熱気の名残と、滅多に掃除しない所為でかび臭さが残り、爽快とまでは感じさせなかった。
 外からはのぞけない位置にある窓を思いっきり開け放ち、湯を張らずにシャワーを思いっきり出す。まだ湯になっていない水が、肌を打つ。恭一郎の夕べ抱いた客の残り香と、汗ばんだ肌をクールダウンさせていく。
 本気じゃない恋愛も、客を相手にそれなりの時間を過ごすのも嫌いではなかった。それどころか達弥が海を見に行くといなくなってから三年、本気で恋愛したいと思ったことがなかった。
 否、するのが怖かった。
 達弥の告白を笑い飛ばしたあの日。
 ひどいことをしたと自覚し、受け入れたいと思った瞬間から、人生の歯車は動き方を変えた。
 ずっと達弥を待っている。
 もし達弥が許してくれるなら、傷つけたことを埋められるくらいに愛したい。
 内定した企業ではなくて、ホストの道を選んだのも、もう普通の人生は歩まない…、恋愛は達弥にだけ。
 つきあいは仕事と分けたかった…、そんな理由からだった。


 冷たかった水が少しずつ湯に変わり、すべてを洗い流していく。
 夕べの客は、ホテルの部屋に入ると忙しなく求めてきた。身体に残る唇や触れられた名残を前に中元で貰った、真っ白い石鹸で頭の先からつま先まで、全身を手早く洗うと、柔らかなシャボンの香りが気分を優しく包んでいく。白い泡を熱くなりすぎた湯で一気に流すと、窓を開け放ったまま風呂場を出る。
 水気を払い、髪を乱暴にタオルで拭いてから、そのタオルを腰に巻くとキッチンへ向かう。酒とお茶しか入っていない冷蔵庫から、特価で買った発泡酒を取り出し一気に煽る。
 一息つくと、さっき乱暴に脱ぎ捨てたスーツを片づけた。客から貰ったアルマーニのスーツとロレックスの時計、内ポケットに入れた札束の入った封筒。
 新宿でも五本の指には入らないが、十本の指なら入る優良店。多少の名の通った店で、五本の指には入らないが、十本の指には入る指名率だった。客とは店の外で逢うけれど、この部屋に女性を入れたことはホストになって一度もなかった。
 ねだる客は大勢いた。しかしすべて笑って誤魔化していた。律儀に操を立てた自分の絶対に守るラインは、半年間一緒に暮らしてた達弥の帰る場所と決めていた。
 封筒に入った札束の金額を確認してから、ダイニングに放ると溜息を付きながら甘い南国の香りがする手紙を手にする。
 この手紙に、何が書かれているのだろうか…。緊張で手が冷たくなるのが恭一郎にはわかった。
 もう一回溜息を付いてから、中の手紙を取り出した。
 角が折られてバラバラになった便せんを、ゆっくり開く。甘い香り、それは封筒から感じた物よりも、もっと強い匂いだった。
 蚯蚓が這ったようなお世辞にも上手いとは言えない日本語。
 漢字なのか、英字なのか区別が付きにくいほどの文字。
 線のない便せんに、大きく書かれている言葉。

辻 恭一郎様
 七月一日に帰国するから、夕飯はカレーで宜しく。
早川 達弥

 宛名の封筒には、あまりの汚い文字でどこから来た手紙なのか、判らなかったけれど、あまりの達弥らしい文章に思わず恭一郎は、吹き出してしまった。
 それから、今日が七月一日だと気付いて慌てる。
 店、休まないと…。
 達弥の好きなカレーの準備。
 恭一郎は慌てて無地の白いTシャツといつも普段穿いているジーンズに着替えると、財布を持って家の前にでかでかとそびえ立つスーパーに向かう。
 タマネギ、牛肉、人参、ジャガイモ…、カレー粉。それと、あいつの好きだった黒猫の絵が描かれた、安くて甘いドイツワイン。
 帰ったら煮込みながら、掃除。
 達弥の部屋も…。
 もっと早めに言えよ。そうぶつぶつ不平を言いながら、恭一郎は少しだけ幸せな気分を味わっていた。



  * * *



 久しぶりに部屋で嗅ぐカレーの匂い。
 恭一郎は、近所のスーパーで買ってきたワイングラスによく冷えたワインを注ぎ、香りも味も楽しむことなく液体を流し込んでいく。
 時計はすでに二一時半を指していた。
 後一時間で出勤時間。
 グラスにワインを注ぐと、溜息を付いてまた味わうことなく飲んでいった。口に含んだ瞬間の一気にくる渋みと、その後に広がる信じられないくらいの甘み。安いテーブルワイン特有の甘すぎる味わい。
 グラスを置き、いつでも食事ができるようにスタンバイした目の前の食器と、そしてムードを作ろうと用意したこじゃれた丸いグラスに入った蝋燭。
 昼に手紙を読んだときの予定ではもうとっくにディナーを終え、二人きりで離れていた時間を埋めるようにこれからのことを色々語ろうと思っていた。
 しかし、いつまで待っても当の本人が現れない。
 手紙はきちんと届いていたから、住所はわかっているはずだった。家の電話番号も、街並みは多少変わったけれど、風景はさして変わっていない。
 交通事故か、事件に巻き込まれた所為で、税関で捕まった。ニュースに放っていないみたいだけれど、次々と悪いことが浮んでくる。それをうち消すように、恭一郎はグラスに入っていたワインを一気に飲む。そしてまたグラスに注ごうとボトルを手にすると、名残惜しそうに数滴落ちただけで一口分にもならなかった
 大学のときは酒が苦手だった。しかし今の仕事に就き、知らず知らずに飲めるようになった。今ではジュースよりも好きになっていた。
 溜息混じりにグラスを、音が立てないように置くと、立ち上がってムード音楽用に用意していたラジカセからCDを外した。それから、横に置いてある、いつも聴いているCDをかける。
 ステレオにもなっていないスピーカーから流れる、優しくてもの悲しいヴァイオリンの響き。
 喫茶店などではBGMによく使われているスコア。恭一郎の好きなヴァイオリニストの小曲集だった。忙しなくヴァイオリンが奏でる、暖かいはずなのに、とても寂しく感じるクライスラーの曲だった。
 開け放しにしていた窓の外を眺めると、昼の突き刺さるような日差しは、夜の帳に覆い尽くされている。
 風の流れない熱帯夜。
 これから行く、腐臭と人工の光がないと生きていけない人種の生息する街を思い出すと、そこから電車で四十分しか離れていない場所だと言うことが嘘のような気がする。
 しばらくヴァイオリンの音を聴きながら、外を見ていると、ドアを何度も乱暴に叩く音が聞こえてくる。
 恭一郎はハッと我に返り、慌てて玄関に向かった。
「俺だよ、俺。ドア開けてくれ」
 久しぶりに逢う親友の声に驚きと戸惑いを必死にポーカーフェイスで隠し、ゆっくりとドアを開ける。
「よお!」
 そう微笑んでから、達弥は手を振って挨拶した。
「よお、相変わらず辛気くさい曲、聴いてるな」
 達弥はそう言うと、様々な国のステッカーが貼られた大きなトランクを二つ。ビニールの中の紙がぼろぼろになっている、手提げを二つ引きずるように持って。まるで三年も留守にしていたのが、嘘のように部屋の中へ入って来る。
「あ、待てよ!」
 久しぶりに見た親友の姿に呆然としていた恭一郎は、用意していたスリッパを持って、慌てて達弥を追った。
「しっかし、変わんねー部屋だな~」
 ダイニングの横の何も家具が置かれていないリビングスペースに鞄を置くと、達弥は部屋の周りを見渡している。
 懐かしそう、と言うよりもあまりの変わらなさに呆れているような口調の達弥に、恭一郎はスリッパを持ったまま、顔をしかめる。
「何が変わるんだよ、ったく…。それより、ホイ」
 今日買ってきたばかりの一足六〇〇円もする無印のスリッパを恭一郎は、達弥の足下に放るように渡した。
 達弥は〝Grazie〟と呟きながらも、懐古心にまだ浸っているのか、スリッパを履きながらも、部屋を懐かしそうに見渡していた。
 〝Grazie〟? イタリア語でありがとうだったけ? あまり耳にしない言葉を聞き、恭一郎は、今まで達弥がどんな生活をしていたのかが気になっていた。それでも一緒に暮らしていたときと変わっていない姿に、恭一郎は目を細めた。
 公立の共学だった高校時代、被服部と言う恭一郎には理解できない部活に、所属していた。身長は恭一郎とあまり変わらない一七五~一八〇くらいだった。それに体型も立っている姿もどこから見ても普通の男で、ずば抜けてかっこいいわけでもなければ、醜いわけでもなかった。
 しいて恭一郎との違いをあげるなら、まったく腰のない髪とは反対に、腰があって太くて、よく前髪を逆立てた。格好いい髪型ができて、そしてうらやましいくらいに似合っていた。服装もスーツよりもカジュアルが似合うタイプだった。
 裁縫が趣味だと言っていた達弥。今も、口では言い表せないような幾何学な形のシャツを羽織って、あわせているのか疑問を感じる柄のTシャツ。それに、破れたのか、破けていたのか、破ったのかわからない切り込みが入ったブラックブルーのジーンズ。
 デザイナーだか、パタンナーを目指していた男の格好とは思えないほどの服装。
 そう言えば昔から変な服を作って発表しては、喜んでいた男だった。
「何? 久しぶりに俺を見て見とれた?」
 達弥はぬけぬけと言い、やらしい笑みを浮かべて、恭一郎を見つめた。
「な、何を言ってるんだ。それよりも、手紙通り、飯、作っておいたぜ」
 顔から火がでそうになるほど、照れている自分を誤魔化すように、一回咳払いした。その後、達弥を置いて早足でキッチンスペースに行き、ガスレンジを点けて、冷えてしまったカレーを温めていく。
「美味そーな匂いだな。腹減ったよ、機内食以来さ、なんにも喰ってないから」
 ゆったりと下足取りで近づいてくる達弥に戸惑いながら、恭一郎は視線を鍋から外さずに何度もかき混ぜていく。
 三年のブランクを、あんな別れ方を感じさせない会話。久しぶりに逢う親友は全く姿を変えていない。それだけで逢ったらどうしようか戸惑っていた恭一郎の心を、優しくほぐしていく。
 冷えて硬くなったカレーが火で、柔らかくなっていくように…。
 小さく深呼吸した恭一郎は、近づいてくる達弥の気配にぎょっとする。
「ど、どうしたんだ?」
 達弥は荷物を放ったまま、さも当然とばかりにキッチンに入る。それから冷蔵庫の中をを物色し始め、そこから冷えたミネラルウォーターを取り出す。それから恭一郎の近くにあったコップに注ぎ、一気に飲むと、おやじ臭く〝ぷはぁ~〟と息を吐く。
「うわ、おやじくさ」
 眉を寄せている恭一郎に、達弥はカッカッカッと威勢のいい笑い方をする。
「この飲み方がいいんだよ。んなの上品に飲んでうめえわけねーだろ?」
「そんなことないだろ?」
 恥ずかしい気持ちを抑え、渋い顔を作り達弥の方へ恭一郎は、視線を向ける。
達弥は犬のように何度か鼻を鳴らして恭一郎の臭いを嗅ぐ。
「お前、酒、飲んでる?」
「え?」
「お前から酒の臭いがする」
「ああ、お前があまりに待たせるから、先に一杯やっていたよ」
 恭一郎は自分で空けたワインのボトルを指さす。
「お前さ、いつからそんなに酒、強くなったんだ?」
「えっ? いつだろう? 仕事柄かな…」
「ああ、大変だな、社会人」
 まだホストだと言っていない恭一郎の声はどんどん小さくなった。しかし、恭一郎が普通に会社員をやっていると、思っている達弥は、納得したと表すように笑顔を向ける。嘘は言っていない。けれど、恭一郎の心に後ろめたさが目覚めてくる。
「あ、これ出して良いの?」
「え?」
 いきなり変わった話題に付いていけずにいる恭一郎。達弥は、恭一郎の戸惑いをまったく気にせず、マイペースでにっこり笑い、冷蔵庫の中に入っているサラダと、ワインを両手に持っている。
「あっ、ああ。オープナーは机の上にあるから勝手に開けて…」
「おうよ」
 威勢良く足で冷蔵庫を閉めると、達弥は食卓にサラダとワインを置く。そして、湿気たサラダに掛かっているラップを外し、机の上の市販されているドレッシングをかけ、次にワインと一気に開ける。
 恭一郎はカレーが暖まったのを見計らい、ご飯を盛った皿にかけ食卓に置く。
「うまそー」
 そう叫んだ男の手にはスプーンとフォークが握られている。
 子供みたいだ…。微笑ましい様子に、思わず恭一郎は吹き出してしまった。
「なんだよ~」
 目の前で頬を膨らましすねている達弥の昔と変わりない姿が恭一郎には嬉しかった。
 まるで自分のしたことに脅えていた三年間が、許されるようなそんな気すら感じられるくらいに…。
「さ、食べようか」
「おう!」
 これから、ゆっくりと時間をかけて三年間を埋めていこう…。そんな風に心の中で恭一郎が決めた瞬間、無情にも目覚まし時計のアラームが鳴る。
「何?」
 きょとんとした目で見つめている達弥から目線をそらすと、溜息を付いてから恭一郎は立ち上がる。
 仕事に行く時間十五分前。
 アラームを止めながら、簡単には近づけない道のりに、もう一度深々と溜息を付いた。
 二二時半…。
 皮肉にも、離ればなれになっていた時間を取り戻そうと考えていた第一日目はTime Overを告げようとしていた。
 けたたましいアラームの音に驚いて、回りを何事かとキョロキョロしている達弥を横目に、恭一郎は目覚ましを止めた。それから大きく溜息を付いた。
「すまない、これから仕事なんだ…」
「え? これから? ってもう十時だぞ?」
 渋い顔をして首を傾げている達弥を見て、恭一郎は、そういえば達弥と別れたときはまだ、商社への内定に喜んでいた時期だった。
 もう遠い過去になった事柄を思い出していた。
 プロポーズを断った瞬間、歯車が今までと全く違う周り方を始めた。
 達弥への想いよりも今まであった常識を取り、気持ちを裏切った戒めとして勤めた自分を売る商売。
 あまりに安易で、突飛だった自分のあのときの行動。しかし、今でも間違っているとは思っていない。普通に就職して、彼女を作って、結婚して、子供を育てて…。そんな当然の人生に嫌気がさして、すべてを捨てたかった。
 やけになって自分を嘲笑うように微笑んで食卓に戻ると、恭一郎は席に着いた。
「達弥、すまない。手紙を見たのが今日で休めなかったんだ。お前が帰って来たから、本当は休みを取りたかったんだが…」
「いや、それはいいけどさ…。でもこれから出かけるって、いったい何の仕事、してるんだ? お前」
「え? あ、ああ、ホストだよ。結構ご贔屓もついて、いい稼ぎになるんだぜ…」
「へぇ~、まじめ一本のお前がホストね~」
 ホストと言う言葉に嫌悪感もなく、素直に感心して頷いているような達弥を見つめながら恭一郎は、自分の皿に盛ったカレーを一気に食べると、慌てて立ち上がる。
「ごめん、支度しなきゃ。お前、ゆっくり食べてくれよ」
「ああ…」
 恭一郎は慌ただしく、皿を流しまで持っていく。
「あ、それと、片づけは俺が帰ってするからさ…。流し置いといて」
 そう告げると、自分の部屋に駆け込み今日予約を入れてくれた客から貰ったジャンフランコ・フェレのスーツを着た。それから、洗面台で歯を磨き、髪を整えてダイニングに戻る。
「ごめんな…、ちょっと急ぐんで、お前の部屋はきちんと片づけておいたからすぐ寝れると思う。風呂は昔通り、他もお前が暮らしていた時期と一緒だからわかるだろ?」
 ばたばたと支度をしている恭一郎を見つめながら、達弥は〝ああ〟と相づちを打つ。
「それにしても、お前男前になったな」
「はぁ? 慌ててるときに馬鹿言うなよ」
 照れている恭一郎の元に達弥が近づき、顔を引き寄せると挨拶のような口付けをする。
「お、おい!」
 慌てて離れる恭一郎に、達弥は余裕のある表情で微笑んでいる。
「お、唇もほっぺもピンクになって、男前がましたかな?」
「ふざけるな、もう行くぞ!」
「ま、ほんの挨拶ってやつ。久しぶりにあった友人に」
「挨拶って…」
 戸惑う恭一郎を追いやるように、達弥は背を押した。
「ほら時間ないんだろ?」
「ああ」
 名残惜しさを残すように、恭一郎は達弥を見つめた。
「あ、待て、お前、勤めている店の名刺置いてけ!」
「店の名刺? 何で?」
「緊急連絡先だよ」
 にたにた笑ったままの達弥に様々な反論はあるけれど、時間が許してくれない。慌ててポケットの無印用品で買ったケースから名刺を取り出すと、玄関へ向かった。
「これ本名じゃん」
「ああ、源氏名って考えるの面倒で。じゃ行って来る」
「お、いってらっしゃい~。お土産ね~」
 達弥の見送りに後ろ髪を引かれながら、恭一郎は部屋を後にした。



  * * *



 夜の新宿は二三時を回ろうと、一向に人の減る様子はなかった。それどころか、むしろ昼間よりも人口の密度を増しているような、そんな気すら感じられる。
 JR新宿駅の東口に出てからMYCITYの地下一階の、改札をすり抜けると、とたんに、待ってましたと居酒屋の呼び込みがまとわりついてくる。
 近づいては来ないけれど、それでも遠くで値踏みするホストやポン引き。座り込んでいる派手な格好の若者たち。酔っ払い、カップルと、外国人。
 ありきたりの様子を横目に店まで歩くと、ホストっぽい安い感じの男が、誰にでもついていきそうな軽い雰囲気の女性を誘ってる姿が目に入ってくる。年を取ったせいもあるけれど、だんだんこんな軽い男女の関係を見ていてもどうでもよくなってくる。
 もっともこんな時間に呼び込みをやっているホストは、まだ贔屓の客もきちんと付いていない者が多かった。だから女で金はあまり持っていなくても、店についてきそうな雰囲気があれば、すべて客だと思っているやつが多かった。
 まだ夏は始まったばかりだと言うのに、この街は恭一郎が住んでいる場所よりも温度も湿度も高く、生臭く感じる。
 溜息を付きながら恭一郎は、店に向かわずに、新宿三丁目からもう少し進んだ少し奥まったところにある、珈琲の匂い立つ喫茶店に入る。
 部屋を出るのが遅くなり、すでに店に来ていた今晩の客に、軽く手を振ってから席へ向かった。近づくと彼女オリジナルの優しく包まれるようなフレグランスが漂ってくる。恭一郎は、できるだけわびの気持ちが伝わるように、頭を下げる。
「ごめんなさい、待たせましたよね。時子さん…」
 自分に似合っているとよく判っている光沢のあるブルーグレーのタイトロングスカートが合わされたスーツ姿の時子。時子は顎のラインにあわせて斜めにカットされたボブの髪を揺らしながら、怒ってないような表情で微笑んだ。
「いいわよ。本当は用があったんでしょう? でも、珍しいわよね。恭ちゃんが時間ずらしてくれなんて…。さては彼女?」
 華やかにデコレーションが施された爪をはじき、グロスで輝いた血液にも似た紅をさしている唇で楽しそうに微笑んだ。もう少し早い時間に逢って、ゆっくりと食事をしてから店に向かうはずだった。時子は少し前に流行った〝カリスマ〟と言う言葉に便乗して、自分でやっていた美容院を大きくし、全身美容の有名な会社にのし上がった女社長だった。
 彼女はまだきちんとした客が付いていない時期に、〝あなたのことが気に入ったわ〟と常連になってくれた、恭一郎にとっては大切な客だった。
 恭一郎は店主にキリマンジャロを頼むと、笑みを絶やさないように席に着いた。
「そんな、彼女なんていないですよ」
 実年齢を感じさせない表情で、ふざけるように微笑む姿は、身体をすりつけておねだりでもしている猫のようだった。
「ほんと? でも恭ちゃんって身持ち堅そうだから心配だなぁ」
 別に恭一郎に、嫉妬しているわけではない。お互いに仮の恋人同士を楽しんでいる、それがはっきりと判るからこそ、安心してできる会話だった。恭一郎は、微笑んだまま、少しだけ驚いた風に目を開く。
「身持ちが堅くて、何で心配なんですか?」
「え、だって。恭ちゃんのことだから、いきなり結婚するんで、店辞めます。って宣言しそうで、怖いわ」
「そんなことないですよ。今日だって遅くなった理由は、嘘をついていないですよ」
「急に海外から友達が戻って来たんだったわね。でも仕事に堅実な恭ちゃんが、それを放っぽってまで相手するって言うのが妬けるわね」
「そんな。でも全然違いますよ。今晩、放ってきたのは急にやって来た友人の方で、順位は時子さん、あなたの方が上ですよ」
 達弥の手紙を見てから、スケジュールを調整した。けれど忙しい時子だけが、変更できなかった。それでも、海外から帰って来た達弥を、放っておくわけにも行かず、時子にわび約束の時間を二時間遅らせて貰っていた。
「もー、恭ちゃんもそんなことが言えるようになったのね。逢った頃は世辞の一つも知らなかったのに…」
「それは、あなたに鍛えられたからかな?」
「あ、人の所為にするんだ、恭ちゃんは。まあいいわ。美味しいイタリアンの店があるのよ、そこで少し腹にものをためてから、お店に行きましょう?」
「なんなりと…」
 恭一郎は時子に引っ張られるようにして、慌てて店主が淹れた珈琲を飲み干すと店を後にした。


「あ、恭ちゃん! 待ってたんだ」
 軽くイタリアンを食べてから店に着くと、待ってましたとばかりに、支配人が慌てて飛んできた。
「お友達って言う男の客が来ているんだ。恭ちゃんの携帯まできちんと入った名刺持ってたから…、断るわけにもいかなくて…」
 時子と何事かと顔を見合わせながら、嫌な予感が脳裏を横切った。
「まあ、女性のみって看板あげてないから問題はないけど…。まずいやつだったらって思って…」
 用心に越したことのない街を知り抜いた支配人は、そう言葉を添えた。
「ありがとう。多分友達だ…、連絡先教えるのに、名刺渡したんだ。後で席に伺うから、なんか食い物と酒、俺につけて良いから出しといて」
 〝判った〟と頷くと支配人は、バックヤードへ消えていった。恭一郎は複雑な表情をしながら、恐る恐る時子をエスコートして客席に向かう。
 とたん予感を的中させるように、活気溢れた盛り上がりが二人を迎える。
「乾杯~♪」
 合唱のように声をそろえて、無数の男女が声高らかに笑う声。ホストクラブと言うよりも、さながら合コンパーティー並のフランクな会話が響き渡っている。恭一郎はこめかみを押さえながら、引きつる笑顔で時子を席に案内して席の準備をする。
 仕事に集中できない理由。
 楽しそうに会話する声の中心にいるのは、まさしく〝達弥〟だった。
 さっきと違う服装をして、まるでこの店の常連のような態度で、何人かのホストとその客と席に着いている。
 店はよくドキュメンタリーに出るような、華やかさよりもゆっくり一人でも楽しめるようになっていた。バックミュージックは静かなジャズやブルースをメインに、ピアノに、ギター、ベースと小編成のバンドが入っていた。もちろん客のリクエストでルンバ、タンゴ、ジルバなどのダンスミュージックを演奏し、ホストを相手にダンスも楽しめるようになっていた。
 バックに流れているシンプルなピアノアレンジがされているバートランドの子守歌。その曲とは不似合いな笑い声が、不協和音のように耳に届いてくる。
 まるで三文小説のようだった。
 下手なドラマの展開のような、お約束なことするか? 思わずそう毒吐きたくなるような出来事。苦い顔をしながら、達弥たちが盛り上がっているテーブルが気になる気持ちを抑え、極力見ないようにするしかなかった。
「どうしたの? 恭ちゃん?」
 接客に集中しきれない恭一郎に、声をかけた時子。時子は黒い手縫いの刺繍が施されたミュールが履かれた長い足をくつろぐように組んで、にこりと笑ってる。その顔から今の状況を楽しんでいる姿が伺えてくる。
「お客様なら、待つわよ? 挨拶に行ってくれば?」
 余裕の微笑み、と言うよりもこの後何が起こるのかを期待しているように感じられる。店に着いたときに支配人から相談された内容どころか、店で達弥の様子を見かけたとたんに、固まってしまった恭一郎の姿まで一部始終を時子は知られている。いつも何処か冷めて見える恭一郎が困っている姿を、嬉しそうに鑑賞している。
「え? あ…、いいです…。向こうも楽しそうだし…」
 時子には断りながらも、様子が気にならないと言えば嘘だった。
 鉄壁と思っていたポーカーフェイスが、粉々に壊れていく。必死に取り繕おうとする姿を、面白がっている時子に、いつもの接客用の笑みを浮かべながら、好みの少し濃い目に仕上げたウィスキーの水割りのグラスを渡した。
「さ、時子さんどうぞ。俺も頂いていいですか?」
「どうぞ。ストレートで飲んでもいいわよ」
 いつもとは少し違う恭一郎をからかう時子に唇を尖らせて、〝本当にストレートで飲んじゃいますよ?〟、と顔を引きつらせた笑いを浮かべる。
「で、何で彼が気になっちゃったりするわけ? 別の店から来た新人さん? それとも同業者の友人?」
 どう考えても、店の仕事が似合わなそうな達弥。恭一郎は時子の的はずれな言葉に、顔を引きつらせながら、手の平を違うと現すように左右に何度か振る。
「違いますよ。あいつがほら、突然やって来たって話した高校時代の友人です。俺の仕事に興味合ったみたいで、名刺渡したらいきなり職場訪問ですよ。本当にまいった…」
「へぇ。じゃ、こっちに呼んでよ。恭ちゃんの友達なんでしょ? ホスト?」
 少しだけ意外そうな顔で目を開いた後、時子はにこりと笑った。露骨に嫌な顔もできずに、わざとらしく見えるように眉を寄せる。
「勘弁してくださいよ。あいつは外国から帰って来たばかりで、きっと舞い上がってるんですよ」
 ちらりとも恭一郎の方を見ない達弥は、他のホストが連れて来た客と合流して、楽しんでいた。服装は部屋を訪れたときとまた少し違っていて、ショッキングオレンジが入ったジャケットの下に麻のズボン、それに不思議な柄の入ったTシャツを合わせていた。
 時子は、達弥と目の前にいる恭一郎の様子とを、〝ふーん〟と頷きながら交互に見比べていた。しかし、突然何かを思い出したように声を上げる。
「外国…、あ…」
「どうしたんですか?」
 少し考えていた時子が、いきなり思いついたように声を上げた。何事かと視線を向けると、すでに時子の表情は声を上げていたものから、納得したことを伝える笑みに変わっている。
「あたし、彼、知ってる…。多分…だけど、覚えがある」
「達弥を?」
 時子は一瞬、目を大きく開き、額を上に持ち上げた。それから、含みを持たせるようにっこりと微笑む。
「ああ、Tatsuyaよね」
 時子と達弥の関係。あまりに関連のなさそうな二人に、恭一郎は戸惑った。
「なあに? 気になる?」
「え…、そんな…」
「だめよ。恭ちゃんは自分で思っているほどポーカーフェイス、上手くないんだから…」
 時子の指摘に、恭一郎は苦笑するしかなかった。
 ホストをしているとは、名刺を渡したときに言った。それでもいきなり職場を、接客しているところを見られて、気にならないわけはなかった。
 まだ、ずっと達弥を待っていたことも、何故この職業を選んだかと言うことも話していなかった。
 そんな思いを悟られないように、複雑な感情を隠そうと恭一郎は笑っている。必死に微笑む恭一郎を見て、唇だけで笑みを作ると、時子はテーブルに肘をついた。まるで達弥への思いまでを見られている、そんな錯覚を起こすように。
「ねぇ~、教えてあげようか?」
「え?」
「今晩、つきあってよ。そうしたら教えてあげる」
 グロスが唇を輝かせなから、時子は恭一郎の腕を掴んだ。そして自分の隣に強引に座らせると、年齢を感じさせない手入れのされた綺麗な手を絡めくる。
 情欲に酔っているように瞼を半分、とろんと閉じて、この先を期待させる空気。
 こういう店では、ありがちな風景だった。優良店と看板を上げている店のルールでも、風俗営業関連の法律から見ても、あまりいいことではない。そんな中でも常連の客になればなるほど、親密な男女の間柄を期待してくる客がいるのも事実だった。
 いつもと対して変わらない時間が、今日だけは達弥がいるせいもあって、時子を抱きしめる気分になれなかった。
「でも…」
 戸惑うように止めたけれど、時子は恭一郎の肩に頭を預けてくる。
「ね、久しぶりだし…。彼だって、店で今は楽しんでいるでしょう?」
「それは…」
「ね…」
「勘弁してくださいよ…」
 ホストをやっていると言った時点で、こんな絵図らを達弥が想像してないとは思えなかった。それでも目の前でするのは話が別だった。
 困り果てている恭一郎に、時子は顔に掛かっていた髪をはめ込まれた色石が輝く指で、払ってから眉を寄せる。
「じゃあ、あのお友達がいる席に移動するわよ」
 一瞬まじめに不愉快な顔をしそうになるのをこらえ、恭一郎は引きつる頬で微笑んだ。
「脅しですか?」
 恭一郎の真っ正面に顔を向けると、時子は勝ち誇ったようににっこりする。
「いいえ、脅しじゃないよ、これってGive-and-Takeってやつかな? 取り引きしましょう? 彼の情報を私が、私の相手は恭ちゃんがってことかな?」
 恭一郎は降参を認める溜息を大きく付き、時子の願いを聞き届ける覚悟をした。
「まったく、時子さんには絶対に勝てないな。ホテルの予約と店へ連絡してきます」
 あきらめたように席を立つと恭一郎は、座を手伝ってくれている若いホストに任せてバックヤードへ向かった。
 達弥の様子を気にしながら…。



  * * *



 日付が変わり家にたどり着いたのは、昨日と同じ昼の時刻だった。
 昨日と同じくらいきつい日差し。それから汗が流れれば、止まらなくなるほどの湿度だった。それでも街を包む真っ青な空と、その先に広がる入道雲が気持ちを明るくする。
 いつもだったら怠さを隠さず溶けるように歩いている道のりが、達弥が待っていると思うと、軽いものになっていく。
 真っ青な空と彼方の入道雲を眺めながら、達弥に逢ったら、少しだけ方向がずれたけれど、〝夢〟がかなったお祝いを、何と言ったらいいのか、そればかりを考えていた。
 ヘアスタイリスト。
 昔、服飾関係を目指していた達弥が、軌道は少し外れているが、それでもその中に存在していると言うことだけ、恭一郎は心を弾ませていた。


 夕べ店で達弥と恭一郎の様子を、交互に見比べている時子にからかわれながら、少しだけ飲み、それから引っ張られるようにして店を出た。
 普段の時子への相手の仕方は、同伴で入りある程度の時間まで店で飲んだ後、車が捕まえるところまで見送る。当然恭一郎は、時子を見送った後も客の予定を入れていたり、空いていれば別のホストの手伝いに入ったり、一見さんの相手をしたりと閉店の朝五時まで働いていた。
 しかし、達弥が帰ってきたこともあって、予定をキャンセルできなかった時子以外の客は別の週へずらして貰っていた。
 その後、表参道にある時子のオフィスに連れて行かれ、一冊のファッション誌を見せられた。ファッションに疎い恭一郎は最初何のことだか判らなかった。けれど、呆れた溜息を付きながら見せて開かれたページには達弥の姿があった。
「先シーズンの〝ミラノ〟で話題になった日本人ヘアスタイリスト」
「えっ? ミラノって?」
 もう一度溜息を付いた後に時子は、普段から吸っている細いメンソールの煙草に火を付けた。それから、溜息のような紫煙を吐き出す。
「本当にこう言う業界って疎いよね、恭ちゃんは…。ミラノコレクションって聞いたことある?」
 本から視線を外すと、恭一郎は時子の方を見た。
「イタリアでやるファッションショーですよね?」
「そう、それよ」
 〝あぁ…〟と気付いたように頷いている恭一郎に時子は溜息を付く。
「ま、いいか。彼の愛称はTatsuya。最近はあまり表に出ないんだけど、ミラノコレクションのヘアデザインで神様的な存在って言うのかな…。そう呼ばれている人物〝ガウチ爺さん〟の後継者と噂されているのよ」
「ガウチ爺さん?」
 唇を尖らせた後に時子は、煙草の灰をクリスタルのキラキラ輝く灰皿に落とした。しばらく目の前で複雑な表情をしながらもう一度雑誌に視線を戻している恭一郎を観察し、それからにっこり笑いながら頷く。
「所謂伝説的な人物って奴。ガウチ・ベルニーニ。まあ、一世代前のファッション界に携わった人間なら、彼のデザインした髪型にはまず惚れたわ」
「そんなすごい人の…」
「そ、あたしも誰かからの話で聞いたことだから、かなりの眉唾っぽい話だけど。いきなりガウチ爺さんがTatsuyaを連れて来て仕事をさせたらしいのよ」
「それで…」
「雑誌の写真でも判るほど、服とのデザインを調和させて、それ以上にもっと活かせるって話題になるくらいのを…」
 想像が付かないくらいのすごい話に、恭一郎はゴクリと唾を飲む。
「あたしは本物を拝んでないから、そう言う噂が立ったってまでしか知らないけどね」
「そう…」
 目を見開いたまま、雑誌を見つめて動けないままの恭一郎の側に時子は近づくと、背伸びを耳元に息を吹きかける。
「ねぇ~、今度Tatsuyaを紹介してよ」
「え?」
「そこまで話題になる人物に興味あるの。あたしもエステとはいえ、ファッション関係に従事しているのよ。仕事で組んでみたいと思うのは当然でしょう?」
 できるはずのない時子の話に眉を寄せながら、恭一郎は雑誌と閉じた。小さく溜息を付くと、雑誌を時子に手渡したときには、笑顔を表情に戻す。
「それは俺が協力できるかどうかは、判らないですよ。俺のことじゃないですから…」
「あぁ~ん。ほんと恭ちゃんってかわゆくない」
 身悶えた後時子は身体をすり寄せてくる。恭一郎は頭を〝ホストモード〟に切り替えると、時子の腰に腕を回した。
 それから、頭から一旦達弥に立ち退いて貰うと、時子と共に予約していた六本木のシティホテルにタクシーで向かい、いつものありきたりの男女の関係になっていった。


「ただいま」
 何年ぶりかの鍵の掛かっていないドア。扉を開くと、窓が開けられているのか、少しだけだったけれど、爽快な空気が流れてくるのが感じられた。
 微かに達弥と暮らしていた記憶が、脳裏をかすめる。笑みがこぼれそうになるのを必死に押さえ恭一郎は、駅前で買ったケーキを一旦下駄箱に置いて、スリッパを履く。
「達弥? いるのか?」
 ケーキを持ちリビングに向かうと、達弥はシャワーを浴びた後なのか、上半身裸のまま短パン姿で、リビングのソファーに足を投げ出してくつろいでいた。
 窓が開け放されていても感じる酒の匂い。
 達弥の横には、昨日買ってきたワインや、人から貰ってリビングに飾って置いたウィスキーの空瓶が転がっていた。
 戸惑いながら、小さく恭一郎は、〝ただいま…〟と呟いた。達弥は、恭一郎の声に驚いたように、身体をびくりとさせる。
「恭一郎…」
 ケーキを持ったまま、達弥がぼんやりともたれているソファーの手前で膝を下ろした。
「飲んでるのか?」
「…」
 眠ってはいないけれども、酔っているのかぼーっと定まらない達弥の視線。そのとき恭一郎は、こんな風に達弥をしたのは自分の所為かもしれない…、そんな罪悪感が脳裏を横切る。不安を感じながら、恭一郎はできるだけ達弥に笑顔を向ける。
「夕べはびっくりしたんだぞ。お前、何時まで遊んでいたんだよ…」
 達弥はゆっくりと顔を恭一郎の方へ向けると、緩慢な動きで犬のように鼻をクンと鳴らしながら、匂いを嗅ぐ。そして露骨に嫌そうに眉を寄せる。
「女の匂いがする…」
 達弥はボーっとしながら、吐き捨てるように呟いた。
「あ、ごめん…臭う? シャワー浴びてきたんだけどな…」
 時々自分でも嫌になる残り香。昨日の時子はそれほど強烈なフレグランスをつけていなかったことに安心していた。しかし女性の付けるフレグランスや特有な匂いは、達弥には不快なんだろうと思いながら、恭一郎は自分の袖を鼻にあてて匂いを確認した。
「なあ、あの女…、抱いてきたのか?」
「え?」
 あまりの露骨な言葉に、驚きと鼓動が早くなってくるのを感じながら、恭一郎は眉をひそめた。達弥は表情のないまま、はっきりと応えるのをはばかられる質問してくる。
「店の客や店員に聞いたんだけどさ。お前を指名する客とは、店以外でもいい関係になっているんだってな…」
「それは…」
 それは仕事柄しょうがないだろう? 思わずそう叫びそうになるのを止めた。麻痺した感覚の中でしか通じない言葉。普通の感覚を持っている人間だったら当然、女から金を巻き上げ、性的な欲望を満たしている。そんな風に思われる仕事なのは、十分判っている。だからこそ、下卑た見方をされない為に、仕事と言う言葉を無意識に選ぶようになってしまった。
 達弥には仕事をしていることで自分についしてしまう、言い訳がましいものを口にしてはいけない気がした。
「なあ、なんでホストなんだよ…」
「達弥…?」
 夕べ出勤前、名刺を欲しがっていたときには、さほどホストと言う職業を気にしているようにも、嫌がっているようにも見えなかった。しかし今の達弥は、違っていた。少なくとも帰ってきたとき笑顔も、楽しげな雰囲気も伺えなかった。むしろ苦しそうに身体に溜まった毒を吐き出すように、そんな表情をしていた。
「俺はずっと遠くで、恭一郎が普通に生活しているんなら…。内定が決まっていた商社に勤めてそれで普通に彼女でも作って、じゃなきゃ、結婚でもしているなら、お前をあきらめられるって思っていた」
「達弥…」
「なあ、お前は俺が好きだったってこと、知っていたよな…?」
 何かを応えなくてはいけないとは判っていた。しかし煮詰まっていて、嗚咽のように聞こえる達弥の言葉に、頭の中がどんどん真っ白になっていく。ただ〝ずっとお前を待っていた〟、そう口にするのは簡単だった。しかし、その一言だけでブランクの三年間を埋められるわけもない。まして今の達弥には恭一郎の思いをきちんと伝えられる自信がなかった。
「…。あぁ…」
 喉から色々な言葉が溢れ出しそうになる思いを、恭一郎は辛うじて頷くだけしかできなかった。思いが伝わるわけもなく、達弥は縋るように両腕を掴んだ。
「じゃあさ、何でこんな、こんな俺に嫌がらせみたいなことしているんだよ、お前は…」
「そ、それは…」
 口ごもる恭一郎に、達弥は掴んでいる腕の力を強めた。
「おい! 言い訳もできないのかよ」
「そうじゃない、そうじゃない…。ただ、何と言っていいのか…。頭が真っ白になって、上手く言葉がまとまらないんだ」
「何だよ。それは」
 必死に恭一郎に縋り付く達弥。
「答えてくれよ! 金持ちの女たちに囲まれていれば、俺なんかいらないのか? 自分だけ良ければ、それでいいのか? なあ!」
「そんな…」
 問いつめる言葉に、反論などできるはずはなかった。冷静に見れば達弥の言っていることは真実なのだろうと感じられる。
しかし達弥にだけは、そんな風に思われたくはなかった。戸惑う思いに押しつぶされそうになり、恭一郎の頭の中で色々な言葉がぶつかり合い、口から出す言葉が見つけられない。
 反論すら口にできない恭一郎に、達弥は益々苛立ちを形にする。
「じゃあ何なんだよ! 俺が帰ってきたときに、自分の手のひらの広さでも見せびらかすつもりだったのか? こんなに女を手玉に取ってるって」
 身動きができないくらい乱暴に、達弥は恭一郎を引き寄せる。
「俺はずっと前から、お前が好きなんだ! 忘れられないんだよ、何とかしてくれよ!」
 最後には泣いているのではないか、そう思えるほどの叫び声。子供のように縋り付いてきた達弥は、乱暴に恭一郎の唇を貪った。強引に口を割って、舌を絡めると〝愛しい〟と言う思いを伝えるものとは縁遠い、乱暴に近い口付けを。
 達弥を追いつめたと言う罪悪感よりも、恐怖の方が先に全身を包んで離さない。ただ感情のままにぶつけられた思いに、恭一郎は必死にもがいて抵抗し身体を離した。
「や、やめろよ…。こんなこと…」
「なあ、言い訳しろよ…、恭一郎…」
 泣きそうなに縋り付いてくる達弥。剥き出しの感情をぶつけられ、頭の中が真っ白になって上手く達弥を満たせる言葉が探せない。
「確かにお前は、昔から女にもててたし、俺なんかどうでもいい存在だったよ」
「そんなこと! そんなことあるわけないだろう?」
 声を益々荒立たせた。そして視線をフローリングへ落とすと思い詰めたように目を大きく開く。
「もういいんだ…。でも…、俺は…、俺はずっとお前を忘れられなかったんだ。逢いたくなくて、逢うのが怖くて」
「…」
「でもお前の顔、見る勇気が出なくて…、海外に逃げ出しても、別の生活を始めても、いつでもお前が離れなかった…」
 煮詰まった思いを破裂させ、行く場所もなくうつろな表情をする達弥。
 ずっと忘れられない思い…。
 恭一郎はゆっくりと目を閉じて、自分の気持ちを落ち着かせると、静かに瞳を開く。
「それは…、俺も一緒だよ。達弥」
 気休めだと感じたのだろうか、達弥の表情が絶望から投げやりなもう遅いのだと告げるような、そんな表情に少し変わる。
「いいよ、話なんか、合わせなくても…」
「そうじゃない! お前がいなくなってからずっと、気になっていた。上手く言えないけど、今の仕事、選んだのも、普通にしていちゃだめだって思ったからだ…」
「何だよ…、それ…」
 自分の感情の強さに押し流されて、震えそうになるのを抑え、ゆっくりと息を吐きながら恭一郎は次の言葉を探す。
「俺は、達弥がいなくなって、普通に就職して恋人作って結婚なんて道を絶対に歩みたくなかった。お前がいつか帰って来たらって思ってたら…」
「…」
 今まで苛立ちを隠せない表情をしていた達弥は、恭一郎の言葉に動きを止めた。
 恭一郎は安心したように、笑みの混ざった息を吐く。
「あ、そう言えばさ、お前ミラノで大成功したんだってな…、おめでとう」
 時子からファッション誌を見せられ、ずっと言いたかった言葉をやっと口にできた。これから三年間の思いを伝えれば、きっと判って貰える。少しだけホッとした恭一郎に、達弥は冷たい視線を向ける。
「嫌みか…」
 吐き捨てるような言葉。素直に喜んで貰いたいと思っていた言葉を否定され、恭一郎はただ驚くしかなかった。
「そんな…、心から言ってるんだよ」
「そういや、昨日のお前の客はエステの会社の社長だってな…」
「なんで、そんな言い方するんだ…。確かに昨日の客に聞いたんだ。だけど、俺は嬉しかったよ。本当に…」
 世の中すべてをあざけるように、達弥は鼻から息を吐き出して笑っていた。そして視線を睨み付けるように、鋭くする。
「じゃあ教えてやるよ。俺は破門になって帰ってきたんだよ、この日本に!」
「何…」
「俺は…。いつまでも中途半端な仕事しかしてない奴は破門だって、爺さんに言われて追い出されたんだよ!」
「達弥…」
「確かにずっと俺は中途半端なまんまだよ。家を飛び出して、行き場をなくして、適当に海外に向かってナポリにたどり着いた」
「ナポリ?」
「ああ。そこで爺さんに〝そんなに暇なら仕事を手伝え〟って言われて、何も知らないまま、いきなりミラノに連れて行かれて、ファッションショーを手伝わされたんだ…」
「あの雑誌?」
「そんなものにも載っていたよ。でもいつでも真剣やっていても、お前が忘れられなかった…。ずっと、ずっと…」
「…」
「だから、爺さんに一カ月前に追い出されたんだ…。〝そんないい加減な気持ちで、仕事をいつまでもしているから半端物なんだ〟って…」
 何もかも表面だけしか見ていなかった自分に初めて気付いた。今の自分はさっきの達弥と一緒で、自分の思っていることと違う現実に戸惑ってしまっている。
 恭一郎は、達弥にかける言葉が見つからなかった。
「当たり前なんだよ…。俺はいつも本気じゃない。いつも、気持ちはこの部屋に置き去りで…、何処に逃げても離れられない…」
 苦しそうにそこまで告げた達弥は、身体に残った空気をすべて出すように、息を吐いた。
 恭一郎は自分の中にある勇気をすべて振り絞り、傷ついてぼろぼろになっている達弥の手に、自分の手を重ねる。
「ごめん…。俺…、何でお前が日本に戻ってきたのか、何も考えていなかったな…」
 達弥は驚いたように、恭一郎の手をはじいた。
「同情か? やめろよ…、こんなこと」
「そうじゃない…。俺は、多分…。俺も…、ずっとお前が忘れられなかった…。変な理屈かもしれないけどさ、恋人を作りたくなかったから、自分に恋愛を封じたかった」
「…」
「考えて、考えて、行き着いた場所がホストだった。なあ、達弥、あの夏に戻れないか? もう一度…あのときの質問、俺に応えるチャンスをくれないか?」
「本気か?」
「ああ…。何だったら、男女と同じ関係に今すぐになってもいいと思っている。ここで俺はお前に、抱かれてもいい。そのくらいの覚悟、できている…」
 大きく溜息を付くと達弥は、恭一郎を真っ直ぐに見た。
「に…、日本じゃ…、法的には…、認められないけど…、俺ら結婚しない?」
 待っていた言葉。きっとやり直せると思えた。そう信じて恭一郎は、最高の笑みを浮かべる。
「ああ、喜んで…」
 自分の耳にも届くのではないかと思える鼓動。恭一郎は、静かに目を閉じて達弥からの口付けを待った。やっといままで考えていたことが、達弥に伝わったんだ、そんな幸せな思いで…。
 近づく達弥の鼻から漏れる呼吸。しかし達弥の唇は恭一郎には重ならずに、その変わりに嘲笑に似た声が聞こえてくる。
「そうやって、お前はいつも客の気、惹いてるのか?」
「なっ…」
 慌てて恭一郎は、目を開く。
 目の前には、自分を冷たい視線を向けている達弥がいた。
「お前は手っ取り早くベッドの中ですべて済ませようと思っているんだろうが、俺はそんなの信じない…」
「何…、言って…、るんだ?」
 愕然とする恭一郎。何もかも浮かばないくらいに達弥の言葉をいたかった。
「昔からお前はそうだったよな。人の気持ちに鈍感で…。ホストになってそれに磨きが掛かったんじゃないか?」
「そんなわけ、あるはずないだろう?」
「そうか? じゃあ、なんでそんな鈍感なことができるんだよ」
「お前、何言ってるのか判らないよ! 俺はお前が出ていってずっと忘れられなくて、これからも一緒にいたいって思った。お前の言う結婚ってどんな形だよ!」
「お前みたいに薄っぺらいものじゃないんだよ! 俺はずっとお前を忘れようとしていたのに!」
「勝手な事言うな!」
「恭…」
 自分に絡み付いている達弥の腕を力一杯払い、恭一郎は声を張り上げた。怒り、苛立ちそして自分自身を突き上げる感情すべてを叩き付けるような声に、今まで怒りにまかせていた達弥を戸惑わせる。恭一郎は達弥に言葉を挟ませず、言葉を続ける。
「まるで自分だけが被害者見たいな事言いやがって! 判った、もうお前の気持ちなんて聞いてやらない!」
「なっ」
 恭一郎は達弥の顎を自分の方へ強引に引き寄せると、口付ける。
「っう…」
 必死にもがこうとする達弥。しかし恭一郎はその手を離さず、唇を、歯列を割って口付けを更に深いものとする。達弥の口腔を散々貪り、そして呼吸が苦しくなってきたところで、唇を解放する。
 心から何かが溢れ、感情のコントロールができなくなる。
 恭一郎は詰まりそうになった呼吸を、必死に肩を動かしてしようとするが、なかなか身体が上手く動かない。
「何…、泣いてるんだよ…」
 達弥の手の腹が、恭一郎の目をやさしく擦る。そのとき初めて自分が涙を流していることを知った。呼吸が苦しいのは、涙の所為で鼻が詰まっているからだった。
 鼻水を流さないようにしながら、ゆっくり息をしている恭一郎に、達弥は部屋をぐるりと見渡すと机の上に置かれているテッシュを乱暴に渡した。
「あ…、ありがとう…」
「泣かれちゃ…、しょうがないだろう…。それに…」
「それに?」
「ちょっと俺も意地になっていた気もしたから…」
 そっぽを見て、達弥は恥ずかしそうに小さな声で言葉を足した。恭一郎は無言のまま、微笑んだ。
「あ、笑ったな! なぁ…、マジで本当にいいのか?」
「何が…?」
「俺と一緒になるって、その…、さっきの続きして…」
 達弥は、気恥ずかしそうに、言葉を途切れさせながら呟く。
「俺は…、どう達弥の言葉に応えて良いのか判らない…。でも、いい…」
 恭一郎の言葉の最後は、達弥の唇で途切れてしまった。それでも恭一郎にとってはどんな言葉を重ねるよりも嬉しかった。
 先ほどまでの感情のぶつかり合いが、嘘のようなゆっくりとした口付け。
 今まで達弥とした口付けとはまったく異なっている。こんなことを言ったら達弥は怒るかも知れないが、今までしたキスの中で一番心地よさを感じるそんな唇だった。
 もう焦る必要はなかった。それでも一旦欲情してしまうと、男の悲しい性が気持ちを急かしていく。
 乱暴に恭一郎のシャツやズボン、そして下着を達弥は拭いさってしまう。熱気に包まれた部屋で、体温が上がり、恭一郎は汗をかいていた。
「もう興奮してるのか?」
「え?」
「汗、かいてる…」
「何言ってるんだよ。お前だって…」
 しっとりと汗ばんだ、達弥の二の腕。
 恭一郎は、自分だけが裸になっていることに耐えきれず、照れを隠すように、達弥の短パンを下着ごと一気に脱がした。達弥の性器は、恭一郎のものと同じように、はっきりと立体になっている
 戸惑いもなく達弥の性器を恭一郎は、自分の性器と重ねて摺り合わせる。とたん息が、外気に負けないほどの温度を帯びてくる。
 熱い…、暑い夏のようなそんな行為。
「ぁ…、ああ…」
 恭一郎の口から、頂点を告げる甘い声が漏れ始めた。達弥は慌てて摺り合わせていた性器を離した。
「あ…、だめ…」
 とたん、快感に身をゆだねていた恭一郎から、不満の声が漏れた。
「もっと、気持ちよくなろう? 二人きりでさ…」
 達弥は、恭一郎の額や唇にキスを落と、自分の指を唾液が流れるほど濡らした。それから恭一郎の後蕾をゆっくりと触れる。
「えっ?」
 驚きにすくんでしまった恭一郎の身体に、達弥は優しく唇を落とす。
「た、達弥…。くすぐったい…」
 恥ずかしさと触れられた部分から感じるくすぐったさに、恭一郎は身を捩じりながら熱がどんどん尻の奥に伝わっていくそんな変な感じがあった。
 達弥は、カーペットに広げられた、服の上に恭一郎を横たえると、その上に覆い被さりって、部屋を見渡す。
「達弥?」
「なあ、あれ、ケーキだよな?」
「え…、あぁ…、達弥が好きなショートケーキ…」
 身体の熱に引きずられながら応えた恭一郎に、達弥は一回身体を話すと、机にあったケーキの生クリームを指ですくった。そして恭一郎の後蕾に押しあてると指をあてて、中を解していく。一本、二本と…。
「あっ、そんな。折角のお前の…」
「もう溶け始めてる…。ここと一緒でね…」
 達弥は、わざと恭一郎が感じるように、達弥の指をくわえている部分の指をぐるりと回す。
「あっ…、ああ…、だめ!」
 恭一郎の良い部分に触れたらしく、すぐに熱い息を恭一郎は吐き出した。達弥は自分の我慢の限界を感じた。傷つけないようにゆっくりと自分の性器にもクリームをたっぷり付けて、恭一郎の中へ自分を埋めていく。
「うっ…」
 身体を貫かれ、引き裂かれるような傷み。今まで身体を包んでいた熱が一気に冷めていく。達弥は何度も音を立てるキスを届くところすべてに落としながら、恭一郎の傷みで萎えたものを、揉みほぐていく
 まもなくすると、恭一郎の声に苦痛以外が混ざってくる。
 傷みよりも快感が強くなると、恭一郎は苦しそうに呼吸をしながら、それ以上の快感を求めるように、自分からゆっくりと腰を回してくる。そして、恭一郎は自分の中で刻まれるものを。達弥は恭一郎の中に自分を刻みつけていった。



  * * *



「信じないかも知れないけどさ、達弥が出ていった後、絶対に恋愛しちゃだめだって思って、恋愛とはまったく縁遠いホストの道を選んだんだ」
 恭一郎は自由に動けない身体を、ソファーと達弥の肩に預けて呟いた。
 窓を大きく開けても部屋から離れない、精の青臭さと、酒の臭い。それに混じって食べ物が熱気に負けておかしくなっていく臭いが、夢うつつだった二人を現実に戻していく。
 着ていたものは自分たちが吐き出した精で汚れ、着れる代物ではなかった。
 無理をした、そう判る体力の消耗と、真夏の昼間の暑さ。それでも不快さを感じないのは、気持ちが満たされた所為だろうか。
 肩に身体を預けている恭一郎の髪を、優しく達弥は撫でている。
「本物と偽物か…」
「ああそうだな。イミテーションの街や恋愛の中にいれば、絶対に本物とは関わらないって気がしたんだ…。本物はお前だけだよ…、なぁ…、達弥…、仕事、頑張れよ…」
「恭一郎…」
 恭一郎と達弥は瞼を閉じ、離れがたいお互いを感じるように何度も啄むようにキスを繰り返す。
 名残惜しむ唾液の糸が切れると、達弥は苦しそうに息を吐く。
「衝動的に荷物をまとめて鷺沼海岸見てたら日本にもいたくなくなって、海と太陽に一番近いイタリアに行ったんだ…」
「イタリア?」
「ああ…。最初はミラノ辺りのメゾンで働ければって思ってたんだけど…、そんなの全然上手くいかなくて…、カプリって島で海を見ていたときに爺さんに声をかけられたんだ」
「カプリ?」
 何となく聞いたことがある場所だったけれど、ピンとこない地名だった。眉を寄せている恭一郎の頭を撫で、達弥は微笑んだ。
「ああ、ナポリ湾に浮かぶ島で、海がすごく綺麗な島だよ。そこで爺さんがさ、〝そんなに暇なら仕事を手伝え〟って声をかけられてさ」
「それで?」
「ああ、強引にナポリに連れてかれて、そこにある爺さんの理髪店、手伝わされたんだ。でもさ、初めて髪、いじったけど、楽しかった。がむしゃらやれて、お前のこと、忘れる気がしたから…」
「そうか…」
「ん。で、去年の秋に、爺さんがミラノに行くっていきなり連れて行かれて、いきなり服に合わせて髪つくれって…」
「そうなんだ…」
 恭一郎の知らない時間の達弥が、少しずつ判ってくる恭一郎の表情には知らず知らずに笑みがこぼれる。
「ああ、爺さんに救われたのかもな。本当に」
 ゆっくりと頷き、達弥は彼方にあるミラノを思い出すように優しい顔をする。
「そう言えば、破門って聞いたけど…」
「ああ…。なんだかんだやってもお前が忘れられなくてさ、爺さんにけり付けてこい! それまでは帰ってくるな! って追い出された」
「そうなんだ…。感謝しないとな…」
「そうだな…」
「達弥はこれからどうするんだ?」
「そうだな…。どうしようか…」
 優しく抱きしめながら、達弥は微笑んだ。
「なあ、店出すなら今までの貯金かなりあるから使ってくれ。実は恥ずかしいがいつか何かの役に立てたいって、お前が店出すくらいの金額…、溜まってるんだ?」
「ありがとうな…。でも俺、一回ナポリ帰るわ…」
「何で! 折角! 俺ホスト辞めるし! 今からじゃ遅いかもしれないけど…。お前の役に立てるようにしたい!」
「もう一回、爺さんに中途半端じゃない! って所、見せに行く。ちょっと目指しているものとははずれたけどさ。あの爺にざまーみろって言ってやる!!」
 さっきの達弥が嘘のように明るい達弥の顔だった。恭一郎は微笑みながら達弥の姿をみた。
「なあ…、俺も一緒に行っちゃまずいか?」
「恭一郎?」
 恥ずかしい話だけれど、達弥を格好いいと本気で思ってしまった。そしてそんな達弥に付いていきたいと…。
 時子の言っていたことは本当になりそうだった。
〝恭ちゃんのことだから、いきなり結婚するんで、店辞めますって宣言しそうで…〟。恭一郎は満たされた思いに包まれ、達弥の話を聞きながら苦笑してしまった。
「達弥がいいなら、ホストしている意味なくなるだろう。それなら、店辞めるからさ。なあ、達弥…」
 恭一郎の肩を引き寄せ、耳元で〝ありがとうな…〟と達弥は呟いた。しかし身体を離すと、恭一郎の額にキスをしてから、達弥はまじめな顔をする。
「店を辞めるにしても、そんなにすぐは辞められないだろう? それにナポリは何にも知らない人間には危険な街だ…。観光でふらふら入ったらお前なんか何されるかわかんないぞ」
「そんな…」
「だめだ。すぐけりを付けて戻る。今度は海を見に行くって、そのままいなくなったりしないから…」
「達弥、俺、行くよ。だから、達弥はやりたい道進めよ。俺は足を引っ張らない自信があるんだ…。判ったか?」
 恭一郎は、達弥の頬を両手で軽くひっぱたいた。駄々をこねているのではなく、恭一郎は達弥の折角の開かれた道を、閉ざしたくなかった。本当は本音を言った方がいいのかもしれない。けれども、自分だけ舞い上がっているようで少しだけ悔しくて、それを口にするのをやめた。
 あきめたように達弥は溜息を付くと〝判ったよ…〟と呟いた。
 笑顔で向き合う二人。二人はお互いの温もりを確かめるように、もう一度口付をした。直接、肌から伝わる達弥の体温は、夏の暑さよりも熱く感じられた。
 窓の外では彼方には、大きな入道雲と真っ青は夏の空が広がっていた。
 二人の気持ちを、彼方の入道雲まで運ばれているようだった。

Fine…。
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