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5話 正当防衛はどうした
しおりを挟むギルド主催のダンジョンイベントから早くも2ヶ月が過ぎ、樵の仕事にもすっかり慣れた。何せ怪力は技術を要さずとも、包丁で大根を切るがごとく、斧を振えば数分で木の伐採が終了してしまうのだ。
怪力恐るべし……。
あれ以来ダンジョンへ行くこともなく、意気込んで冒険者になったはいいが、未だ冒険者カードは通帳代わりにしか役に立っていない。
謂わゆるペーパードライバー的なあれだ。
それと、王都にある雑貨屋の店主と顔見知りになり、私が冒険者で怪力の持ち主と知って、王都の巡回パトロールをお願いされてしまった。
ただ定期的な見廻りなので、ボランティアみたいなものだ。
そして今がその帰り道。ちょうど石鹸が無くなりそうなので、雑貨屋に寄っていこうと思う。
そうそう、石鹸といえば、未だにパンツの購入は困難を極め、たった3枚をローテーションで履く生活を送っている。今日買う石鹸はパンツ専用です。
生乾きは回避されたので良しとしよう。
王都の商店街で唯一、夜遅くまで開いている雑貨屋に入った。
「こんばんは。なあダグ、いつもの石鹸ある?」
「やあ、いらっしゃい。あるよ。パトロールの帰りか? ご苦労さん。そうだ、挽豆珈琲が手に入ったぞ。買ってくだろ?」
「うん、ありがと。それとミルクもね」
「あいよ。ちょっと待ってな」
私がポケットから小銭を出していると、如何にも僕は不良ですといった2人組の男が入って来た。ひとりは見張り役なのか、入り口で待機する。
にじり寄る男が徐にナイフを翳す。
「おい! 有り金全部よこせ!」
そこへダグが戻ってきて、カウンターの内側に入ると、状況を把握したのか、私の顔を見てニヤリと笑った。察した私も相槌を打つ。
「なあ、紅。小遣いにしちゃ多すぎるよなあ?」
「そうだなあ。ああ、私の小銭ならあげるよ」
すると男は眉を吊り上げ怒りを露わにする。
「このデカブツが! 俺様を馬鹿にすんのか!」
「あれ? 足りない? んー、なあダグ。デカブツって言われたんだけど、正当防衛は通用する?」
ダグは呆れた顔で溜め息混じりに言う。
「あのなあ、ナイフ翳してる時点で正当防衛は成立してんじゃないのかあ。いいから追い出してくれ」
「あっそう。ごめんねぇ君達、店主がああ言ってるからさあ。あ、それとも大人しく帰る?」
男は煽られたことに憤慨して、ナイフを突き出し襲い掛かってきた。
「この野郎! 思い知らせてやる!」
私はナイフを持つ腕をむんずと掴み、入り口で待機する男を目掛けて投げ飛ばした。
見事命中。ふたりは重なり合うように転がり、路上の壁に激突して昏倒した。
ダグは何事も無かったかのように、品物を紙袋に入れ、今回はサービスと言って袋ごと渡してくれた。私は機嫌良く、路上で昏倒している男達を他所目に、家路へと急いだ。
翌日――
今日は休日。昨日の事もあって、今日一日のんびりしようと思う。
「ハァ、旅行に行きたいなあ……」
そう言えば、この森のことをよく知らなかった。散歩がてら探索するのも悪くない。
ということで、パンと水を布袋に入れて、ちょっとしたハイキング感覚で出掛けた。
鬱蒼と茂る木々の間を通り、獣道と思しき山道を暫く歩いた。するとポツポツと雨が落ちてきた。次第に雨足が強くなり、ゴロゴロと雷も鳴り始めた。
どこかに雨宿りできる場所はないかと山道を下ると、山の斜面に小さな洞穴を見つけた。
急ぎ足で洞穴に駆け込む。奥行きはあるが、高さがないので、入り口付近で屈みながら雨を凌ぐ。
ふと頭をよぎった洞穴という危険空間。恐る恐る奥を覗くと、いらっしゃいました、小さな獣。
ジッと蹲り襲う気配はない。よく見ると、白い毛に覆われた小狐だ。しかもかなり痩せ細っている。
私は持ってきたパンを小さく千切って差し出してみた。小狐はこちらの様子を伺いながらパンの匂いを嗅ぐ。そしてひとつ、またひとつと食べ始めた。
ちょっと和む。雨も小降りになったので、残りのパンを置いて洞穴から立ち去った。
滑る足元に気を付けながら、何とか無事に小屋へ着いた。せっかくのプチハイキングが台無しだ。
と、ちょっとばかり異世界生活に余裕が出てきて、こよなく愛する旅行を計画しようと考えた。
それには先ず、最低限必要な地図とリュックを探しに、街へ出掛けることにした。
暫く歩いて王都に着いた。相変わらず買物客で賑わっている。街の人達とも親しくなり、露店や行商人の人々からも声を掛けられるまでになった。
「なんだ紅じゃないか、今日は休みかい?」
「うん、そうなんだよ。またよろしくな」
「こっちこそ、紅のおかげで安心して商売が出来るってもんだ。また巡回頼むな」
「相変わらず商売人は口が上手いなあ。じゃあね」
「おう、またな!」
通りを歩きながら店の人達と挨拶を交わして、少し早い昼食を取ることにした。
私の定番のお店。街で評判のアイドル的美少女が営む飲食店だ。さっそく赴いて店のドアを開ける。
「いらっしゃいませ~! あら、紅ちゃん!」
「こんにちは、ライラ。お昼のランチってもう食べられるかな?」
ライラは私を見るなり、怒涛のごとく駆け寄って首に手を回し、耳元でヒソヒソと呟く――
『紅ちゃん、ちょっと痩せた? 胸の成長も疎かになってるみたいなんだけど……』
『えっ! ああ、いや、まあ、ボチボチだと……』
『もう! 力仕事ばっかりしてるからよ!』
私から力仕事を取ったら何も残らないんだが……。
なにを隠そう、彼女はカイルの娘さん。私の正体を知る唯一の女性だ。
その経緯とは。あのギルドでのイベントで、権利を得たにも関わらず、カイルが支給品の下着を持ち帰らなかった事で、それはもう拷問のような質問責めに合い、仕方なく本当の事を話してしまったんだとか。
こればかりは私もカイルを責めるわけにもいかず、ライラに頼み込んで秘密にして貰えるよう承諾を得た。その代わり、食事はライラの店限定を約束させられた。
ただ、私以上に下着に執着する意味を尋ねると、この国で衣類は貴重品だと言う。
そうと知っていたら自ら墓穴を掘るような真似はしなかったのにと、当時は自己嫌悪に陥っていた。
そんな事もあり、最近ではパンツより旅のことをよく考えるようになった。
異世界あるある不思議話で今に至る……。
「まあいいわ。私が栄養のある物を作るわね! 今日はお休みよね? ゆ~っくりお話ししましょ!」
ライラは目を爛々と輝かせて厨房へと消えて行った。いったい何を言われるのだろう……。
そんな不安を抱えながらテーブル席に着くと、店の外が騒がしいのに気が付いた。
すると、勢いよく店のドアが開いて、ぞろぞろと男達が入って来た。兵士だろうか、私の両脇に立ちはだかると、いきなり腕を掴まれ立たされた。
私は突然のことにその手を振り払おうとした時、後ろから見覚えのある若僧が顔を出した。
「よう。昨日は随分と手荒に扱ってくれたなぁ。今度はお前が痛い目に合う番だ。まあ、俺は紳士なんで手荒な真似はしないがな。その代わり、暗~い牢屋で暮らして貰う。憲兵の諸君よ、連れて行きたまえ。では行こうか、デカブツ野郎。ワァハッハ!」
こいつは確か、ダグの店を襲って来た若僧だ。投げ飛ばされた仕返しか。
何が紳士だ、よくもまあ抜け抜けと!
でも、あれは正当防衛のはずなんだけど……。
あれ? 成立してない?
私は意見を述べる暇もなく、問答無用で馬車に乗せられ連行されてしまった……。
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