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6話 王宮の牢屋
しおりを挟むいやはや、どうしてこんな事になったのか。
馬車など簡単に壊せるけど、きっとダグやカイル達に迷惑が掛かるだろう。
それにしても、余裕で馬に跨るこの若僧。憲兵を従えるとは、何処ぞの貴族の馬鹿息子か。
貴族には愚息が多く、迷惑行為を娯楽にしていると聞く。どうしてそんなことがまかり通るのだろう。とにかく、今は大人しく従っておこう。
暫く走って大きな門が見えてきた。門番の声が聞こえる。どうやら王宮へ着いたようだ。
馬車は門を通り脇道へ向かう。建物の裏側へ回り、石造りの狭い通路で降ろされた。ここからは歩きで地下へと下り、私はとうとう牢の中へぶち込まれた。若僧が嘲た顔で私に悪態を吐く。
「いいザマだ。俺様を舐めた罰はしっかり償ってもらうぜ。平民不勢が、くたばりやがれ!」
そう言って高笑いと共に去って行った。
私は大きく溜め息を吐いて、壁に寄り掛かり座り込んだ。多少のことでは落ち込まない私でも、牢となれば気も滅入る。
こんな時はポジティブに思考を切り替える。旅行の行き先とかね。歓迎会の時にドム達が話していた港街とか良さそうだ。碇泊する船は、旅行船か外航船か、はたまた海賊船か。ドキドキワックワク。
行ってみたいな他所の国ってね。
そんな妄想に浸っていると、牢番の兵士が私に話し掛けてきた。
「お前も災難だったなあ。あいつは評判の悪い貴族の息子だ。まあ、これに懲りてちょっかいは出さないことだな。お前、名前は?」
ちょっかいを出すなと言われても、手を出してきたのはあの馬鹿息子のほうで、こっちはいい迷惑。
「私は紅。ご忠告どうも」
「くれない? あれ……どっかで……」
牢番が私の名前を聞いて何やら思案している様子。頭を指先でトントン叩いて牢の前を彷徨く。
そしていきなり大声で――
「あ! 思い出した! あれだ、巡回の、アルの知り合いだろ?」
なんだって? あれだの巡回だのって……ん?
今、アルって言った?
「あなたはアルを知っているのか?」
「ああ、俺と同じ部隊の仲間だ。そうか、あんたが紅か。アルから話しは聞いてるよ」
「アルが部隊に?」
「そう。騎士団の歩兵部隊だ。今は遠征がないから交代制で色々な仕事を任されてるんだよ」
なるほど。アルは巡回警備を取り仕切る男だ。街の警備隊だとばかり思っていたのに、国の兵士だったとは。人は見かけによらないって本当だ。
「確か今日は、昼の巡回で王都の街へ向かうと言っていたが、一緒じゃなかったのか?」
「いえ、私は今日お休みの日だけど、じゃあ今頃は王都で……」
そう言うと、牢番はニタッと笑って明後日の方向に手を振っている。
「どうやらあんたを迎えに来たようだぜ。オーイ、ここだよここー! あ、俺はリークだ。よろしく」
すると、甲冑をガシャガシャと鳴らし、息を切らせて男がやって来た。
「ハァハァ……オーっと居た居た。まったく、お前が捕まったって街中が大騒ぎになってんぞ」
「あっ、アル! 来てくれたんだ!」
「ハァ、原因は強盗を倒したからだって? ダグから聞いたよ。お前に火はない事は分かってる。団長に話しは通したから、すぐ出られると思うぜ」
「出られる? そんな簡単に?」
アルは自分のことのように、腰に手を当てて誇らしげに話す。
「団長は上位の貴族だ。しかも国王直々の配下なんだぜ。下級の貴族なんか相手にならないね」
「ふ~ん、そうなんだ。でも何でアルが偉そうにしてんだよ。随分とご執心だなあ、そいつに」
「当たり前だ、我らの英雄だぞ。その名を豪剣の騎士団長ライノス・クレイドル様だ。崇めろ~」
「プッ、あ~はいはい。ありがとう、アル」
アルはこれでもかと胸を張って自慢げだ。隣りのリークも大きく頷いている。
騎士とはそんなに偉いものなのか。まあ、私には関係ないけど。
「しかしお前、随分と背が高いなあ。団長と同じくらいあるんじゃないか? それに、お世辞でも逞しいとは言えないんだが、ほんとに強いのか?」
リークが鉄格子に顔を近づけて私を凝視する。見せ物ではないのでやめて頂きたい。
どうせアルのことだ、怪力モンスターとでも言っているんだろう。
「馬っ鹿だなあリーク。いつも言ってるだろう? この体で強いから格好良いんだよ。素早い動きで敵をバッタバッタと倒す姿は圧巻だぞ!」
「また始まった、紅武勇伝。まあ、お前がそう言うんならそうなんだろうよ。俄には信じ難いが」
ある意味、拍子抜けだ。まさか私を高く評価してくれていたとは。有難いと言うかなんというか、こそばゆい感じ。頼まれ事でも、巡回の仕事をやって良かったと思う瞬間だ。
その後、別の兵士が釈放証明書をリークに手渡して、私はようやく牢室から解放された。
地下から地上へ出た私は、何だかホッとして、深呼吸で両手を伸ばしたらリークの頭を直撃――
あっ……。
「ぐおおぉー!」
リークが吹っ飛んでしまった。ついだよ、つい。
「あれ~? さっき弱いとか言わなかったっけ~? ククッ!」
アルが素っ惚けた顔でリークを揶揄揶う。
「うるせー! いや、でもなんか分かった……」
そうそう、何事も経験だよ、リーク。
「なあ紅。せっかく王宮まで来たんだからさ、ちょっと俺らの練習風景を見てみないか?」
アルから突然の誘いに私は驚いた。
なんということでしょう。王宮見学ツアーが無料で参加出来るそうです。こんなチャンス滅多にない。断る理由などあるなずもなく、私は二つ返事で即答した。
しかし、平民である私が王宮を彷徨いていいのだろうか。もしアルが咎められたらと思うと、些か気は引ける。
「行く! あ、でも、私は平民だよ?」
「それは大丈夫。団長から案内してやれって頼まれたんだよ。迷惑かけた分と日頃のお礼だって」
「そうなの? 団長さんって凄いんだなあ」
「へへ、分かればよろしい。ほら、早く行くぞ。リークはどうする? 今日は団長も居るんだ。こんな機会は滅多にないぞ~。ほれ、ほれほれ!」
リークは地団駄を踏みながら頭を抱えている。仕事を取るか好奇心を優先するかの迷い道。
「ああもう! 分かった行く! アル、お前も共犯だからな。いいな、絶対だぞ!」
「ええっ?! まあしゃあないか。分かったよ」
どうやらお咎め覚悟らしい。でもなんかいいな、仲間同士って……。
私はふたりの後に従い、長い廊下を歩きながら見たことのない装飾品や、念入りに磨かれた床や窓、手入れの行き届いた庭に目を奔らせていた。
「王宮って凄いだろ? 俺は毎日この風景を目にしてる。なあ紅、お前も王宮で働いてみないか? その怪力を発揮できる職場だと思うんだよ」
あのさあ、怪力怪力って、もっと別の言い方して欲しいね。例えばスーパーパワーとかゴッドハンドとかさ。
それに、一応は冒険者だし、樵だしボランティア活動までしちゃってるしね。兵士なんてとてもとても。お誘いは有難いけど、今は旅行の計画真っ最中なんで、悪しからず。
「オーバーワークなんで無理っすかね」
「そっかあ。まあ、考えてみてくれよ。な?」
ペーパー冒険者には難易度が高すぎるので、このお話しはちょっと……。
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