上 下
3 / 27
第1章 チュートリアル

3限目 バード街前迷宮

しおりを挟む
 「スー……君は……どうしてこんなことに…?!
 野外講習の事前準備についての用紙をちゃんと読んだのかい?」 

 クゲツがやや困惑しながら質問する。 

 「読んだだけでなく食べましたよ! バッチリです!」 

 スーが自信満々に答える 。

 「……服装はなんて書いてあった?」 

 食べていたことの追及はあきらめてクゲツは問う 。

 「? 動きやすく,汚れてもよい恰好……ですよね?」 

 スーは,丈が腰までしかない肩紐で吊るした衣服と股下の短い下半身用の肌着,いわゆる水着を着用していた。 

 「スー、君そんな恰好でここまで来たの?」 

 「先生、アタシを馬鹿にしてます? ちゃんと道中は上に羽織ってましたよ。ほら!」 

 といいスーはポンチョをカバンから引っ張り出した。 

 「そうかい……肌を出すのは迷宮では危険だからそれ羽織っててね……」 

 呆れるクゲツによる迷宮解説が始まる。 

 「迷宮についてのおさらいをしておこうか」 

 「ハーイ」 

 「迷宮,ダンジョンともいうけど大昔からある複雑な建造物だ。
 古い文献でもその存在は確認できるけども発生時期は分からない」 

 「古いもので千年前の文献にも登場するんですよね?」 

 「そうだね。
 その形状は様々で地下深くに広がるものから,天高くそびえる塔のようなものもある」 

 「どの迷宮も魔物の巣窟になっていて大変危険と習いました」 

 「危険だけじゃないよ。
 金銀財宝に未知の出土品もでてくる。
 探索から無事に帰還し魔物の死骸や宝物を持ち帰る冒険者はいるけども,迷宮の最深部にたどり着いて完全に攻略した者はいないんだ。
 古くから存在しこれだけの数迷宮があるのに一つたりともね」 

 とあらかた説明し終えたところで遠目に賑わいが確認できスーが「おおー! 初めて来ましたが意外と人がいますね!」と笑顔で声を上げた。 

 「どの迷宮も冒険者で賑わうからね,道具屋に武器屋,宿屋まで基本的な設備は何でもあるよ。
 どれも割高だけどね。」 

 「宿屋まであるんですか?! アタシ泊まってみたいです!」 

 「普通の宿屋に比べて簡素なものだけどね。布を張って屋根代わりにして簡素なベッドがあるくらいだよ。その割に普通の宿屋より高いし,虫もでる」 

 「うへぇ~虫は嫌だけども,一回泊まってみたいな」 

 二人がこんな話をしながら進んでいくとうたが聞こえてきた。 

 「ここはバード街前迷宮という名前の事は知っているね?バードというのは吟遊詩人のことなんだよ。
 冒険者のことを歌う吟遊詩人が集まって栄えた町なんだよ」 

 とすかさずクゲツが解説する。 

 「折角だし聞いていきましょうよ!」 

 とスーが走り出すのでクゲツは慌てて追いかけた。 

 楽器を持っていない吟遊詩人が詩っている。十人程度が聞いており物語は終盤に差し掛かっているようだ。 

 「ここまで危険な罠に魔物を踏破し迷宮の最下層まで来た冒険者テゼウ一行。
 そこでまみえるは頭が牛,体は人のような摩訶不思議な魔物。
 その背丈はテゼウの三倍もあったが臆せずに立ち向かった!
 テゼウは女神より祝福されし短剣を魔物の心の臓に突き刺すと……。
 魔物は苦しみ倒れ,雄たけびを上げると息を引き取った。
 喜ぶのも束の間迷宮は倒壊をはじめ,”祝福されし冒険者”テゼウ一行は今日こんにちまで行方知れず。
 彼らの偉業は未来永劫語り継がれるだろう。われらの英雄に祝福を!!
 ご清聴ありがとうございました」 

 吟遊詩人がお辞儀をし,まばらに拍手があがる。スーと二人でおひねりを渡した。 

 「面白い話でした。これお礼です」 

 「ありがとうございます。お嬢さん,お兄さん」 

 こんなやり取りをした後にスーが怪訝な顔をしてこんな質問をした。 

 「アタシ,吟遊詩人の皆さんは楽器を持って歌ってるものだと思ってたんですけども違うんですか?」 

 彼は物腰柔らかに答える。 

 「僕はまだ駆け出しなんですよ。楽器を持って歌えるのはプロの方々だけです。
 楽器も高価ですから,僕のように最初は楽器を持たずに物語を綴るところから始めるんです」 

 「アタシ応援してます。いつか楽器を持って歌うのをきかせてください」 

 「ありがとうございます。迷宮に潜るんですよね? お気をつけて」 

 と言って別れた。入口に向かい進んでいるとスーがクゲツに質問した。 

 「さっきのお話ですけども,迷宮を完全に攻略した人はいないんじゃないですか?」 

 「あれは噂でね。テゼウ一行が迷宮に潜ってしばらくしてから,迷宮が倒壊してしまって彼らは行方知れずというところまでは分かっているんだけども,それ以外は何もわからないんだよね」 

 「それでもロマンある話ですよね」 

 微笑みながらスーが言う。 

 「そうだね。だからこそ物語として語られるんだろうね」 

 複雑な感情を見せてクゲツが言う。スーがキョトンとしていると,迷宮の入り口が見えてきた。 

 今回の迷宮は地上に入り口がせり出しており階段で下っていく一般的な構造の迷宮である。 

 入り口には国が管轄する関所が設けられている。 

 クゲツがスーに対し必要な手続きをしながら説明をする。 

 「ここで身分ステータス証明の免許タグを出し,その場で迷宮に入る目的や予定所要時間を用紙に記入したら,死亡した時に探索してもらえ蘇生魔法も補償されるんだよ」 

 「すごいですね! 死んでも生き返らせてもらえるなんて!」 

 スーが嬉しそうに言う。 

 「便利なことだよね。でも,それが当たり前だと思ってはダメだよ……。」 

 とクゲツは答えるがスーの表情と対照的にその顔は曇っている。 

 「まあ,代わりに迷宮を出る際に財宝とか迷宮内で発見したものから25%を徴収されちゃうんだけどね。
 ちなみにタグなしでも入れるけど,その場合は財宝も総どりだが命の保証はされないからね。
 今回は代表で僕が出すけど,タグの提出は絶対にするんだよ」 

 ごまかすようにクゲツが続ける。 

 「25%も取られちゃうんですか残念です……」 

 スーは財宝を探しに来たわけでもないのにしょんぼりしている。 

 クゲツは必要事項を記入して、管理人に”紫”タグを提示し,魔力を流し自身の使える魔法などの能力を表示する。 

 タグは長方形の薄い鉄板でありクゲツは鎖で首に掛けている。 

 「クゲツ先生ご無沙汰しております。本日の迷宮入りの理由は……あぁ授業ですか」 

 と管理人はスーを見ながら言う。 

 「ギーパーの君。先生の言うことをよく聞くんだよ。一階層までしか行かないとはいえ迷宮は危険なところなんだなんだ。油断しないように」 

 「分かりました!」 

 スーは気の引き締まった顔で答える。 

 「よろしい。ではいってらっしゃい。先生,お気をつけて」 

 礼をして二人は入り口を下っていく。



 二人はこの日を決して忘れることはないだろう。

 過酷で歪な冒険の口火は,この野外講習チュートリアルによって切られたのだから……。 
しおりを挟む

処理中です...