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第2章 エルフとの出会い

8限目 マヌーヴァ墓地内迷宮

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 ――マヌーヴァ墓地内迷宮 第三階層 

 「エルフ、殺せ!」「「「エルフ、コロス!」」」 



 〇蛮人種ゴブリン

 比較的どの人種も入り乱れて文化圏を共にする世界だが、迷宮に野盗として堕ちた人種。 

 他の人種とコミュニケーションをとることに難があり、自らの欲求に最も忠実な人種である。 

 一般に遭遇できる魔物の中では、冒険者に最も忌避されている魔物である。 



 「くそっ……、キリがない」 

 メイビが薄暗い迷宮の通路を弓を片手に駆ける。 

 ゴブリンが4匹、追いかけている。  

 メイビが走りながら向きを反転し、矢筒から“矢尻”と“羽根”の無い矢とは言えない棒を取り出す。 

 腰に巻いたボトルに矢先を浸し、弓を構え魔力を込める。
 メイビの周囲が緑に発光する。 

 「“我を武装せよ!エルゴ・アルメント”」 

 メイビが一言唱えると、弓矢の先に付着した水が凍り鋭い矢尻となり、魔力が羽根を付ける。 

 その様子にひるむことなく、ゴブリンが距離を詰める。 

 リーダー格であろうゴブリンは短剣を持ち、後ろ三人は横に並び、槍を持っている。 

 (奥の槍持ちから……) 

 メイビが弦を引き絞り、矢を放つ。 

 矢は手前のゴブリンを素通りし、後ろのゴブリン一人の頭を射抜く。 

 そのまま軌道を変え隣の二人をさらに射貫く。 

 合計三人貫いたところで矢は失速し、ただの棒きれとして床に落ちる。 

 唯一生き残ったゴブリンがメイビに、怯むことなく飛び掛かる。 

 メイビが太腿に仕込んだ鞘から短剣を勢いよく取り出し、首を掻っ切る。 

 ゴブリンの喉から、ヒュゥと空気が抜け絶命する。 

 「はぁ……はぁ……これで全員か?」 

 息を整える。 

 短剣の血を拭い、鞘に納める。 

 ゴブリンの死体と、変色した衣服、錆びてボロボロになった武器のみが残されている。 

 「……メライ、どこにいるんだ?」 

 戦利品など望むべくもないので、メイビは自身の探し人に意識を割く。 

 「!!」

 遠くで魔物の断末魔が聞こえたので、魔力カンテラに火を灯し、聞こえた方に駆け出す。

 ……

 

 そこには天井から突き出た槍に串刺しにされた“蛇竜”サーペントと、それを食らう少年の姿があった。 



 〇 蛇竜サーペント

 “蚯蚓竜”ワームと類似する外見をもつ、手足がほぼ退化した陸生竜。 

 ワームと異なる点として、体表を鱗が覆っている点や目が退化していない特徴がある。 

 また、水中に生息する種もおり“海蛇竜”シーサーペントと呼称される。 



 「君は、……人か? 魔物か?」 

 メイビが警戒を緩めずに問いかける。 

 「……魔物」 

 それは捕食を止め、メイビの方を向き言った。 

 「今、君は自分のことを“魔物”と言ったのか?」 

 返事はない。 

 「しかし、どうみてもデフトマンの子どもではないか……」 

 少年が手を止める。 

 「おばさん知らないの? “魔物”ってのは“魔力生物”の略称。 
 “人種”も少量ながら魔力を宿してるから、広義では“魔物”に分類されるんだよ」 

 ぶっきらぼうに言う。 

 「それはそうなのだが……」 

 メイビは戸惑っていた。
 自分の息子よりも一回りも小さい少年が迷宮慣れしている。 

 「もしかして、ここで生活しているのか?」
 
 「だったら何?」

 「……」

 どうしたものかと迷うが本来の目的を思い出す。

 「では、エルフの子どもを見なかったか? デフトマンの外見だと十二歳くらいの…… 

 今だともう少し大きく――」 

 「いつから?」 

 メイビが全て言い終わる前に、少年が口を開く。 

 「え?」 

 「いつから探してんの?」 

 「……」 

 メイビが口ごもってしまう。
 何十年も探しているなんて言えるはずもない。 

 「体調を崩した私のため薬草を探し迷宮に入ってしまって……でもそれも何年も前の話で――」 

 「悪魔絡みだな。」 

 またもや少年が話の途中で、口を開く。 

 「悪魔? デーモンのことか?」 

 メイビが驚き聞き返す。 

 「そう、悪魔は特殊な魔物だ。
 特定の迷宮、階層に住み着かず、他の魔物の脳内に寄生し悪夢を見せる。 
 そして魔力濃度の高い空間でのみ姿を現す。」 

 「それと、どんな関係が」 

 メイビの声が震えている。 

 「悪魔の最も恐ろしい習性は、他の生物を魅了、誘惑する点だ。 
 きっと、迷宮に入ったところで薬草の幻覚でも見せられて深層まで潜っちまったんだろうな。 
 お気の毒に」 

 「そんなはず……」 

 「死体も出てないんだろ? 薬草取りに来て一層より下層に下りる奴なんていねぇーよ」 

 少年の、現実的で、だからこそ何処までも残酷な宣告が、メイビの心の支えを折った。 

 「……ここまで、……だな」 

 しかし、メイビはどこか安堵したような表情をしていた。 

 こんな時を、彼女は待っていたのかもしれない。 

 懐から短剣を取り出す。 

 呼吸を整えながら刃先を胸部に向け持ち、両手で握りしめる。 

 予想と反し、心は水面のように穏やかだった。 

 「フーコウ、メライ、……今いくよ……」 

 「馬鹿なことしてんじゃねぇ!!」 

 少年が刃先を強く握り、止める。血が滴る。 

 「命を何だと思ってんだ!!」 

 短剣が落ち、金属音が響く。 

 激情が彼女の命を繋いだ。 

 「もうどうしようもないじゃないか!!」 

 メイビが泣き叫ぶ。 

 「エルフの寿命はデフトマンの約五倍だ! 残りの二百数十年…… 

 こんな思いのまま生きてゆくなんて、できるはずがない!!」 

 座り込んだまま地面に手をつき泣いている。 

 「だからなんだよ! これから先のあんたの人生なんてだれも知らねぇだろ! 
 だから生きるんだろ!」 

 少年がメイビの胸倉を掴み怒鳴る。 

 数秒の静寂が訪れる。

 が、次の瞬間、壁が勢いよく破壊され土煙が舞う。

 「「?!」」 

 奥から三トロルはあるであろう、鉱物の人形が煤けた体を駆動させ現れる。 

 「魔力ヲ感知。補給形態ニ移行。」 

 「こんな時に“人工魔力生命体”ゴーレムかよ……勘弁してくれよ!」 

 少年が理不尽な運命にがなり立てる。
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