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第2章 エルフとの出会い

9限目 人工魔力生命体(ゴーレム)

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 壁から現れたそれは背面の排気管から煙を立ち昇らせながら、緩慢な動きで周囲を確認している。 

 「なんだ、アレは……?!」 

 「“人工魔力生命体ゴーレム”…… 
 魔力を探知し補給することで活動し続ける半永久自走兵器だ」 



 〇人工魔力生命体ゴーレム 

 術者の魔力を込めた羊皮紙を粘性のある土に埋めることで操作することができる人形。 

 一部のゴーレムは術者の死後、自身で魔力を補給し生き続けるものもいる。 



 「ゴーレム?! ゴーレムはこんな体躯ではないと記憶しているが…… 
 そうだ、泥岩が主成分のはずだ,ここまで鋼材を纏うなんて聞いたことがない……」 

 メイビが驚愕している。 

 「それだけ長く生きながらえているってことだ。 
 この迷宮内には罠が大量にある。 
 自身の体を形成できる物をたくさん取り込んできたんだろ」 

 ゴーレムが二人の方へ向かってくる。
 少し距離をとる。 

 そのままサーペントを掴む。
 胸部の動力炉が開く。 

 中は真っ赤な魔力で満たされており、石炭をくべる火室のようであった。 
 魔力が火の粉をパチパチと散らしている。 

 サーペントを胸部に詰め込み蓋が閉じる。 

 燃焼に伴い排出する気体により甲高い音が鳴り、黒煙を上げる。 

 「くそっ! 俺の飯が」 

 「こんな時に飯を惜しむな少年!!」 

 メイビがゴブリンの時と同じ要領で、矢を構えながら声を上げる。 

 「“我を武装せよ!エルゴ・アルメント”」 

 魔力により勢いを増した矢はゴーレムの頭部に真っ直ぐに飛ぶ。 

 ゴブリンの頭を一矢で三つ射抜いた矢だ。 

 メイビは勝ちを確信した。 

 が、手ごたえ無く弾かれてしまう。 

 矢は魔力を失い、ただの木片として床に落ち、その音を反響させる。 

 ゴーレムがこちらを向く。
 メイビの持つカンテラよりも明るい目が二人を照らす。 

 「敵対魔力ヲ感知。迎撃形態ニ移行」 

 動力炉に蓄えた魔力を手足へ移動させる。
 手足は熱をおび、赤く照り湯気を漂わせる。 

 巨大な体を壁に擦り付けながら方向転換をする。 

 そして重厚感のある脚部を一歩前に踏み出す。 

 先ほどの矢を踏み砕く。
 発火し一瞬で消し炭になる。 

 「逃げるぞ少年!」 

 メイビがクゲツの手を引き二人で走る。 

 「おい!! 罠に気をつけろよ!!」 

 「エルフをなめるなよ少年、それくらいわかる」 

 メイビが罠を避けるために、走りながら頭を下げたり、跳んだりする。 

 少年もそれに続く。 

 罠にかかるとどうなるか、それは二人を追っているゴーレムが教えてくれる。 

 ゴーレムが無警戒に通過した壁から、炎が噴き出る。 

 鋼鉄の体躯の表面を炙り、少々色を黒くするだけで、大した効果は見られない。 

 また、ゴーレムの頭上から矢が降り注いだが、ダメージを負っている様子はない。 

 メイビとクゲツもこれには、冷や汗をかいた。 

 どれもが自分たちが、あんな風に無防備に受ければ、即死は免れないものだ。 

 そんな罠を連続で受けても、無傷。 

 あの程度の矢で、傷をつけられるはずもないのだ。 

 ゴブリンを数匹貫いた程度の矢で、勝ちを確信した自身の慢心をメイビは悔いた。 

 ゴーレムの足元から剣が山のように出てきたせいで、バランスを崩し転倒する。 

 が、直ぐに起き上がり、その重厚で無敵と思わせる歩みを再開する。 

 「歩行ニ支障アリ。原因究明、原因究明」 

 が、片足が落とし穴に嵌ったようだ。 

 「解決策ヲ実行」 

 穴から足を抜こうと藻掻いている。 

 その重さが、仇になり深くまで嵌ってしまったようだ。 

 ただでさえゴーレムの移動速度はそこまで速くないのにもかかわらず、
 こんなことをしているので、かなりの距離が稼げた。 

 通路を曲がり姿が小さく確認できるところで、 

 走るのを止め、ゆっくりと歩き始めた。 

 まだ足は抜けていないようだ。 

 「手。もういいから」 

 少年がぶっきらぼうに払う。 

 「すまない、治療がまだだったな」 

 メイビが包帯を出し、少年の手に巻いていく。 

 「そういう事じゃねぇんだけどな……」 

 少年は文句を言いながらも、おとなしく手当を受ける。 

 「……君はどうしてこんなところにいるんだ? 
 仲間は? ……家族は?」 

 少年が俯いて頭を掻きむしった後、ため息をついて答える。 

 「おばさんおせっかい過ぎ。まぁいいけど。 
 俺は生まれてからずっとここで生活してんの」 

 「……親御さんは?」 

 「あーー……知らね。死んだ冒険者の持ち物を漁り、死んだ魔物の肉を食う。 
 ……そんで寝て起きてを繰り返す。それだけ」 

 少年の答えにメイビが言葉を失う。 

 「可哀そう、とか思うなよ? 俺はこの生活を受け入れてんだ。どこにいようが変わらない」 

 「……そうか」 

 メイビが複雑な表情を見せる。 

 「なら、そうだな、うん、地上で私と暮らさないか少年?」 

 言葉に詰まりながらメイビが言う。 

 「何言ってんだおばさん!? さっきまで死のうとしてた奴の言う事じゃねえぞ!」 

 少年はゴーレムと遭遇した時よりも、動揺している。 

 「この先の人生は誰も知らない、だろ?」 

 メイビが続ける。 

 「君は私を止めたんだ、責任はとってもらおうじゃないか」 

 「はぁ、……美味い飯を食わせろよ」 

 妥協したように少年が言う。 

 「決まりだな、いくらでも振る舞おうじゃないか!

 よし、そうとなれば上層への道を一刻も早く――」 

 活を入れるようにメイビが宣言するが、 

 「それなんだけど……」 

 少年が通路の先を指差す。 



 そこは二人の運命を塞ぐかのように行き止まりになっていた。

 遠くから重鈍な歩行音が木霊する。
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