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第3章 “転生者”と“悪魔”

12限目 転生者

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 「迷宮攻略に興味がおありで?」 

 無機質な頭から放たれた質問が時を止める。 

 「……キメ顔してるんですからツッコんで頂かないと。 
 気まずいじゃないですか」 

 止まった時を動かしたのも、無機質な頭のヲヲナタだった。 

 「わかるか!!」 

 クゲツは緊張がほぐれたのか、着席しなおし、紅茶に口を付ける。 

 それを確認し、ヲヲナタもティーカップを持つ。 

 「紅茶、……飲めるんですか?」 

 「ん? ああ、これはオイルです」 

 「へぇ、そうなんですね」 

 興味深そうにクゲツが答える。 

 ヲヲナタがスポイドでタイプライターに油をさす。 

 「……で、なぜこちらの動向を把握していたんですか?」 

 油をさすのをやめ、スポイドを軽く拭き机に置く。 

 「クゲツ様、――“転生者”についてご存知ですか?」 

 「?!」 

 クゲツが予想外の言葉に驚く。 

 「古くは迷宮と同時期に文献に記されている、前世の記憶の一部を持ったまま生まれてくる“人種”のことですよね? 
 人生をもう一度やり直しているともいえるその知識や経験により、 
 強大な魔物を討伐した、歴代“勇者”と称される者達の大半は“転生者” 
 だったと伝承されています。 
 現在では約1000人に1人が“転生者”と言われています」 

 クゲツの身近な人間でいえば、同僚のヨウライが当たる。 

 ヲヲナタがゆっくり拍手する。 

 「さすが! 指導員をされているだけのことはある…… 
 しかし、“転生者”がその知識と経験により“勇者”へと成り上がったというのは誤りです」 

 「え?!」 

 クゲツが自分の知らない知識に驚く。 

 「“転生者”の真に特筆すべき能力は、“予知”なのです」 

 「なんでそんなことを――」 

 「ワタクシも“転生者”なのですよ」 

 またしても沈黙の時間が流れる。 

 「……リアクションしてもらわないと、こちらがスベったみたいじゃないですか」 

 「いやいやいや、ヲヲナタさんが“転生者”で予知能力があり、こちらの動きを把握していたのはわかりました。
 でもそれと迷宮攻略を手伝ってくれることは繋がらないと思うんですが……?」 

 クゲツが訝しむ。 

 「そうですね……、まず“予知”とはいいましたがこれは万能な能力ではありません。 
 ワタクシの場合は、自身の身に危険が迫っていたり、存在意義を見失ったりしたときに稀に発動するようです
 故に検証のため、ワタクシは迷宮の通路で就寝したこともありました」 

 口には出さなかったが、この人はアホなのでは無いかと、クゲツは思い始めていた。 

 「次にデュラハンという種族は、頭の代わりに魔力を纏う一族です。 

 魔力濃度の高い迷宮内での寿命は無限といっていいでしょう」 

 「そういえば、デュラハンは声を出せない代わりに、魂に直接語り掛けるという事を、聞いたことがあるんですけども、ヲヲナタさんは違うんですか?」 

 クゲツがそう言うと、ヲヲナタは咳払いでもするかのように、タイプライターの前で、手の握った。 

 ((できますよ)) 

 「うわっ、頭の中に直接声が響いてくる」 

 クゲツが軽く頭を振る。 

 「そう、他の方にしても同じように反応なさるので、魔力による発声を練習しました、 
 中々大変だったんですよ」 

 わざとらしくタイプライターと体の接続部を触りながらヲヲナタが説明する。 

 「すいません、デュラハンの方と会話することが初めてだったので」 

 クゲツが非礼を詫びる。 

 「いえいえ、気にしていませんとも」 

 「さて、本題に入らさせていただきますが、ワタクシの趣味は執筆です。 
 今まで何千冊と文字を打ち込んできましたが、……今はスランプなのです……」 

 「……それが何か?」 

 「クゲツ様、ワタクシはあなたの人生を綴りたいのです」 

 「どうして僕なんか――」 

 合点がいかないようでクゲツが質問する 

 「あなたが迷宮について解き明かす姿を夢で見たのです」 

 「!!」 

 「これ以上の理由は不要ですかな?」 

 空になったティーカップからは、もう湯気も上がらない。 

 「本当に僕が…」 

 長い沈黙を今度はクゲツが破った。 

 「迷宮の攻略についての助言をワタクシから聞くのも、聞かないのも貴方様の自由です。
 但し、聞いてから投げ出すことはできません、聞いたからにはやり遂げることになっているのです。
 引き返すのであれば今です。 

 簡単に終わる旅にはなりません、もしそうであるなら、ワタクシが迷宮を攻略しております。

 とは言え、貴方様がやらなければならない訳でもないでしょう、別の人間が現れるかもしれんせん、貴方様の次が現れるまで、どれだけの時間がかかるのか、わかりませんが」 

 ヲヲナタが予言する。 

 「……」 

 (今の現状に僕は満足している、劇的に変えたいというわけでもない) 

 (でもそれが、魔対の解体という話が上がった原因だ) 

 (それに、僕がやらなければ) 

 (次の人間が現れるまでに、メイビさんの家族のような人はどれだけ出る?) 

 「分かりました、やります、僕が迷宮を攻略して見せます」 

 クゲツが決意に満ちた顔で答える。 

 「えぇ! えぇ! そう言うと確信していましたよ、ワタクシが見た予知の通りです」 

 ヲヲナタが嬉しそうに答える。 

 「では、早速と言いたいところですが……
 今日はここまでで」 

 「え? 迷宮攻略の手助けをしてくれるんじゃ?」 

 拍子抜けしたようにクゲツが言う。 

 「ええ、今日、この場所でワタクシと会ったことに大きな意味があるのです。 
 それに、先のことはワタクシも断片的にしか知りませんし、教えてしまうことで変わる結末も ありますからね」 

 「そうですか。うん、言われてみればその通りですね。
 ヲヲナタさん、今日は話せてよかったです」 

 「こちらこそ。末永くお付き合いください」 

 二人が握手をする。 

 クゲツが入ってきた扉から出ようとする。 

 クゲツが足を止め、少し迷って口を開く。 

 「……ヲヲナタさんは、前世の最後って覚えてますか?」 

 「? ……確か、……地上で昼寝をしていたところを通りすがりのベヒーモスに踏まれましてね」 

 タイプライターを傾けてヲヲナタが答える。 

 「そうですか、そんなことないように、今度は気を付けてくださいね、では」 

 「ええ、クゲツ様もエンカウントにお気をつけて……
 とは言え、大きな戦闘もなく、一層への階段を発見するでしょう」 

 扉が閉まる。壁と見分けがつかなくなる。 

 (また違った……) 

 (“転生者”の数は年々上昇傾向にある。そして比例して増えている死因がある。) 

 (しかし、文献で読んだものや、今まで会った転生者の中にもその死因は一人もいない。) 

 (だからこそ命を大切にしてほしいと『魔対』で活動を続けてきたが……) 

 (……あの件の謎も深まるばかりだ……) 



 この世界で二番目に多い死因は、不意に魔物と遭遇する事、つまりエンカウントである。  

 ならば、一番多い死因は何だろうか。 

 事件、事故、病死、餓死、様々あがるだろうが違う。 

 最も多い死因は、自死である。 

 転生者には、予知を始め、特別な能力が備わる。 

 それは、自らの才能に限界を感じ、挫折を味わった冒険者にとって、どう映るだろうか。 

 詩で聞く転生者の華々しい活躍。 

 さぞ甘美に映るだろう。 

 そうして、自らに刃を向ける冒険者が近年爆発的に増えている。 

 しかし悲惨なことに、過去“転生者”を名乗る者の中に“自死”により転生した者はいない。 

 転生者本人が自死したことを、誤魔化しているだけかもしれない。 

 と言う希望、言い訳が背中を押す。 

 そうして死者だけが増え続ける。 

 この悲劇的社会現象は一部でこのように呼称されている…… 



 ――“リセマラ”と。
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