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第3章 “転生者”と“悪魔”

13限目 悪魔

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 ――バード街前迷宮 第二階層 

 「やばい……迷った……」 

 クゲツは、一人で来るのだからと大した準備をしてこなかったのを後悔した。 

 「白墨で壁に痕を残すんだった……」 

 どんどん壁の松明が少ない方に来てしまう。 

 「こんな道通ったかなー……」 

 通路を曲がったところでうつぶせに倒れている人影を発見する。 

 動いていないので、生死は分からない。 

 とりあえず、大きな出血は見られない。 

 迷宮内の遺体は珍しくなく、タグの提示をしているならタグの魔力を元に探索されるので、特別取り乱すことは無かった。 

 が、魔物か、罠か原因は分からないが、死因があるはずなので、警戒をする。 

 遺体の状態を確認しようと近づく。
 半分欠けた兜から赤髪をのぞかせる、 

 防具を着込んで、剣を携えた少年だった。 

 「……若いな、スーより下くらいか。」 

 生徒より年下という事で心が少々痛む。 

 「……み……みず……」 

 少年が喋る。 

 「!! 大丈夫かい? ちょっと待ってね」 

 クゲツが自分の鞄を探る。 

 「違う……ミミズの化け物が……」 

 「蚯蚓? ワームか?」 

 迷宮が揺れる。
 通路の遠く先に目をやる。 

 赤黒い肉の塊が通路の壁を削りながら進行する。 

 「来た、逃げるぞ!」 

 少年が起き上がり、クゲツが来た方の道を走る。 

 クゲツもついていく。 

 「ワームにしては形が歪すぎるし口が無い……。 
 あれは、……“掃除屋クリーナー”か?」 



 〇掃除屋クリーナー

 迷宮内を這いずり回る円筒状の生物。 

 目も口も呼吸穴も確認できず、体の末端を確認した者がいないほど胴体が長い。 

 通路に転がっている生物も物質も何でも取り込んでしまう。 

 現状どういった魔物なのかよくわかっておらず、捕獲できた例が無い。 



 通路を突き進むそれは、あらゆるものを体の内側に飲み込みながら猛進する。 

 その中にはリザードマンの姿もあった。 

 「はぁ、はぁ、クリーナーは一度現れると同じ階層をしばらく徘徊する。
 早く階段を見つけないと」 

 「くそっ! どうりで何度も走らされるわけだ」 

 クリーナーの移動速度は速く、逃げ切るのはそう容易なことでは無い。 

 「君も迷宮から戻るところかい?」 

 「あ? オレは早く外に出なきゃいけねぇんだ!」 

 「そうか、じゃあ外に出るまでは助け合おう」 

 「好きにしろ。外に出られるなら何でもいい」 

 「それはよかった! 僕はクゲツ」 

 「オレは……“トロイ”」 

 「よろしくトロイ。まずは距離をとろうか」 

 クゲツがトロイを腋に抱える。 

 「は!? 何してんだお前!?」 

 トロイがクゲツの腕の中で暴れる。 

 「いいから、おとなしくして」 

 「“我に自由をエルゴ・ヴォラーレ!!”」 

 白衣が青緑の魔力に包まれ翼のようになる。 

 「なんだそれ?! スゲェ!! お前スゲェな!!」 

 「そりゃどうも!」 

 トロイを抱えたままクゲツは低い姿勢のまま飛翔する。 

 クリーナーとはみるみる距離が離れる。 

 入り組んだ迷宮をしばらく飛行する。

 クリーナーが見えなくなったところで、魔法を解除し一息つく。 

 「クゲツ? ……だっけ? お前ほんとにヤバいな!! 
 はじめて見たぜ!! 魔法ってヤツだろ!! スッゲェな!」 

 無邪気に騒ぐトロイ。 

 ここまで、称賛されるとは思っておらずクゲツが照れている。 

 「ははは、嬉しいこと言ってくれるね」 

 「びゅーんって――ん? なんか聞こえね?」 

 トロイが言うのでクゲツも耳を澄ます。 

 「ここまで……罠……踏破し……」 

 どこからか不規則に物語が聞こえる。

 「これは……吟遊詩人の詩かな?」 

 クゲツの言葉にトロイが指を指す。 

 「あっちからだ。あ! アレ階段じゃね!」 

 「迷宮……来た……テゼウ……一行……」 

 クゲツも目を凝らすと通路の先に横幅の狭い上りの階段が確認できる。 

 詩はそっちから聞こえてくる。 

 「ふぅ、とりあえず一層に上がれれば一安心だな」 

 二人が歩み始める。
 が、クゲツが違和感に気付く。 

 「ん? 魔力の流れを感じない……。まるで袋小路のような……」 

 駆け出したことで、先に階段についたトロイが慌てる。 

 「あれ? これ壁だぞ?」 

 クゲツも急いで後を追い、それに目を向ける。 

 「これは……扉に絵が描いてある……どういうことだ?」 

 ガチャ…… 扉がゆっくりと手前に開く。 

 二人が、警戒し距離をとる。 

 トロイが剣を抜く。 

 「そぉこデまみえるは、……摩ァ訶不ジ議なマものォ……」 

 人間の声を真似た不気味な音を発しながら現れたのは,牛の頭を持つ人型の魔物だった。 

 (牛の頭だが武器を持っていない、大きさを2トロル程……これは……) 

 「やられた、“悪魔デーモン”だ」 

 デーモンがゆっくりと手をかざす。 

 クゲツが魔法を唱えようと構えた瞬間――

 デーモンの右腕が両断され壁に叩きつけられ霧散する。 

 「あアぁ?」 

 デーモンの瞳には両手で剣を構えるトロイが映っていた。 

 (速い! 僕でも反応できるかどうかだ…) 

 「終わりだ!!」 

 流れるような見事な太刀筋で、デーモンの首目掛けて突く。 

 その剣先は目で追える速度ではなく、命を散らすには十分すぎる威力なハズだった。 

 「――謌代r蛹?∩霎シ繧」 

 目の前の悪魔が耳障りで理解不能な言語を発する。

 「なっ……なんだよそれ!!」 

 トロイが動揺する。 

 「やってくれたな……、ヲヲナタさん、次に会ったとき覚えておいてくださいよ」 

 クゲツが冷や汗を流す。 

 トロイの剣はデーモンの首に届くことはなかった。 

 デーモンの周りを覆う赤紫の魔力の球体により阻まれたのだ。
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