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第3章 “転生者”と“悪魔”

14限目 擬態する期待

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 デーモンに振るわれたトロイの剣が大きく弾かれる。 

 態勢を崩したトロイがクゲツがいる位置まで後退する。 

 「くっそ! なんなんだよあの壁!」 

 トロイが吠える。 

 「あれは防御魔法だよ。直前の聞き覚えのない言語は詠唱のようだね……」 

 デーモンを覆っていた魔力の水晶が砕け霧散する。 

 「デーモンは他の魔物とは違い、完全に魔力で形成されている魔物だ。
 知性もあり、魔法も使う。 
 しかしその性質上、魔力濃度の高い空間でないと実体化できない。」 

 「難儀なヤツにからまれちまったな」

 「デーモンは人を誘惑する……。 
 僕らの“地上に帰りたい”という欲求を嗅ぎつけたんだ」 

 クゲツがメイビとの過去を思い出し、悲痛な表情を見せる。 

 デーモンが失った右腕を掲げる。 

 両断された肘から先に赤紫の魔力が集まり、手の形に固まる。 

 戻った右手の感触を確かめるように指を開いたり閉じたりしている。 

 心なしかデーモンが笑っているようにも見える。 

 「おいおい、腕が生えちまったぞ! 倒せんのかよ?」 

 トロイが弱音を吐く。 

 「頭部、もしくは、全体の三分の二以上を霧散させれば形を保てなくなるはずだ」 

 そんなトロイをクゲツが知識で鼓舞する。 

 「それなら、クゲツはアイツにさっきの壁を張らせてくれ。 
 壁が無くなったところをオレが止めを刺す」 

 弱気を振り払いトロイが言う。 

 「分かった」 

 クゲツの返答を合図に二人が、それぞれ構える。 

 デーモンが二人をまじまじと見つめる。 

 「ぉマえ……、こっぢがわだナ?」 

 ニタニタした顔でデーモンが、聞き取りづらい言葉を発する。 

 「一緒にされるなんて心外だな、僕のタグは“デーモン”だよ?」 

 クゲツが、鞄から手に収まるくらいの立方体のレンガを取り出す。 

 「“我を武装せよエルゴ・アルメント!!”」 

 詠唱の効果によりレンガは大きく形を変え、槍状になる。 

 それをわざと大きく振りかぶり、投擲する意思を見せる。 

 「つまり、君よりも強いってこと!!」 

 クゲツが挑発するように叫びながら槍を投擲する。 

 デーモンにすさまじい速度で向かう。 

 「――謌代r蛹?∩霎シ繧」 

 デーモンの周りを赤紫の魔力が球体に覆う。 

 クゲツの手から放たれたそれは球体の形をなぞるように逸れ、デーモンの背後の壁に突き刺さる。 

 槍の一撃と引き換えに、デーモンの防御魔法が霧散する。 

 「そこだ!」 

 トロイが、デーモンの首に剣を振るう。 

 ハズだった。

 切っ先がデーモンの方を向いたまま剣が動かなくなる。

 剣には長い赤色の何かが巻き付いており、剣を上に掲げたまま止められてしまう。 

 「今度はなんだよ?!」 

 トロイが動揺する。 

 「……そういうことか。そっちも二人組だった訳だ」 

 それは扉の下から伸びていた。 

 壁に描かれていた扉の色が緑に変色し動き出す。 

 全体像が明らかになる。

 扉は体表の色を変えていただけであり、そこには壁に張り付いた巨大な爬虫類の姿があった。 

 「“デーモン”に“擬態蟲類ミミック”。
 お似合いのカップルだな」 

 クゲツが心底忌々しそうに言った。 



 〇擬態蟲類ミミック

 餌が興味を示すものに姿を変え、捕食する魔物の総称。 

 ミミックと一口に言ってもその種類は多岐に渡り、 

 体色を変える爬虫類型や宝箱に潜む昆虫型、大きな口の上に疑似餌を撒く食虫植物型など、 

 新種の発見が尽きない。 



 剣を舌で巻き取られ、剣を手放さなかったトロイはミミックの近くの壁に叩きつけられる。 

 「いってて……、クゲツどうすりゃいいんだぁ!」 

 分断するかのように、二人の間にミミックとデーモンが、背中合わせで立ちはだかる。 

 「“迷宮爬虫類ラビレオン”型だな…… 
 トロイッ! そいつは色を変えて景色に溶け込む!
 目を離さないように!」 

 「――豎晢シ梧オク貎、縺帙h」 

 クゲツの意識がトロイの方に向いたその時、耳障りな詠唱が既に始まっていた。 

 デーモンがクゲツをおちょくる様に、指をくるくると回している。 

 「しまっ――」 

 クゲツの周りに水泡が渦巻いている。 

 気付いたときには、デーモンが指をクゲツの方に振り、 

 クゲツの胸より上に大量の水が集められていた。 

 上半身をスライムとは比較にならない量の水の塊に閉じ込められてしまった。 

 クゲツの口から、気泡が漏れ出る。 

 (これじゃあ詠唱ができない……) 

 (ヲヲナタさんの予言で調子乗っていたのかな…) 

 (彼が言っていたのは、“大きな戦闘もなく階段を発見すること”……)

 (今回ばかりは覚悟を決めないと……)

 「おい!! クゲツ死ぬんじゃねえぞ!!」 

 トロイの叫びが、空しく響く。
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