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第5章 暴虐の戦神

24限目 悪い夢

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 「トロイ! クゲツ! 無事か!」 

 ヨウライが壁の向こうに声をあげる。 

 「声返ってきませんね……二人とも大丈夫でしょうか?」 

 スーが右往左往する。 

 (壊そうと思えば壊せるんだが、崩落したら……) 

 「まぁ大丈夫だろ、そんな簡単に死ぬ奴らじゃねえよ。
 とりあえず合流の為に歩こうぜ」 

 ヨウライが進み始める。 

 「ちょ、ちょっと待ってくださいよ」 

 スーが慌てて追いかける。 

 「うわ!」 

 「おっと」 

 ふらついて転びかけたスーをヨウライが受け止める。 

 「すいません」 

 「良いさ、大丈夫か? 少し休憩するか」 

 ヨウライがドカッとその場に座り込む。 

 「ありがとうございます、最近眠れなくて……」 

 スーがちょうどいいサイズの岩に座る。 

 「どうしたんだ? そんな勉強してるのか?」 

 ヨウライが心配そうに声をかける。 

 「いいえ、そういうわけではないんですけど……」 

 スーが言いよどむ。 

 ヨウライはスーが口を開くまで何も言わないでおいている。 

 「最近夢見が悪くて……
 孤児院の子供も大人もみんな殺されているんです……」

 スーが俯いたまま続ける。
 
 「自分の手を見ると血でべっとり濡れていて……
 一度じゃないんです。何度も見るので怖くて怖くて…… 

 できるだけ皆と一緒に居たいんです……だから今回もクゲツ先生に無理言ってついてきました」 

 スーが暗い顔で語り終えると、
 前方からカシャン、カシャンと音を立てこちらに近づいてくる影が見える。 

 冒険者のようで腹部に短剣が深く刺さっている。 

 スーが心配して近づこうとするのをヨウライが止める。 

  「なんで……?」 

 「よく見ろ未遂死者アンデッドだ」 

 〇 未遂死者アンデッド

 迷宮内で命を落としたことにより、魂が体から抜け出す前に体の方が腐ってしまいそのまま定着してしまった冒険者の成れの果ての姿。 

 意識は無いが、行動原理が生前の死の直前の経験に依存することが多く、魔物に殺された者は戦闘狂になり、行き倒れた者は、捕食者になる。 

 「でもお腹の短剣以外に傷がないですよ? アンデッドはもっとボロボロなんじゃ?」 

 スーが不思議そうにヨウライに質問する。 

 「傷ついてない装備、盗まれていない腰の巾着、腹部に刺さった短剣……」 

 ヨウライが顔を曇らせる 

 「もしかして……」 

 スーも察したようだ。 

 「あぁ自殺だ。仲間や家族と潜り、目の前で魔物に殺され、生き延びた自分も後を追い自殺、よくある話だ」 

 「そんな……」 

 「いいか、迷宮に潜るっていうのはこういう事だ。
 それに、こういうことにならない為に、お前も俺たちの所で学んでいるんだろ?」 

 ヨウライが激励を送る。 

 「そうですね……ごめんなさい。アタシが生きるために倒させてもらいます」 

 スーが決意し、前に出る。 

 「アァア……」 

 アンデッドが一歩踏み込み、スーに剣を振り下ろす。 

 それをステップでかわし 

 「フン!」 

 アンデッドの頭に魔力を纏わせた蹴りを叩き込む。 

 「ウァアァ……」 

 アンデッドがよろけるが致命傷ではなさそうだ。 

 「魔力を纏わせて攻撃できるようになっている、練習の成果が出たな。
 だが、威力が足りてないぞ、躊躇するな」 

 ヨウライが珍しく冷たく言う。 

 スーが返事をしようとすると、もう一度大きな揺れが起こる。 

 床は隆起しなかったが、天井から瓦礫が落ちてきてヨウライとスーが分断される。 

 一瞬呆気にとられるが、直ぐに正気になりヨウライが必死に瓦礫どかす。 

 「何事もあってくれるなよ!」 

 やっとの思いで岩をどかすも真っ暗な通路には誰もいない。 

 スーに呼びかけるが返事がない。 

 スーを呼びながら周りを散策しようとすると後ろから 
 「どうしました?」と声が聞こえる。
 背後にスーが立っている。 

 「大丈夫か? その血は?」 

 スーの手に血が付いている。 

 「返り血ですから」と言って手を払うと血が床に飛び霧散する。 

 「さ、向こうを探しましょう、センセー!」 

 スーがヨウライの背中を押し、暗い通路から離れる。 

 スーがちらっと後ろに目をやる。
 暗い通路の奥には原型をかろうじてとどめているアンデッドが霧散していた。 

 霧散した後に残っていたのは、必要以上に損壊している武器と防具だった。
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