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一章 ロリコン、金髪、時々ヤンデレ
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しおりを挟む大学のカリキュラムの組み方は自由だが、どうしても取らなければならない講義というのも存在する。この鷹閃大も例には漏れず、必修の講義が存在していた。所謂、外国語だ。英語を軸とし、更に選択で第二言語、第三言語までが必修として組みこまれている。この第二、第三言語は選択肢として、フランス語、ロシア語、中国語、スペイン語、そしてC言語という謎の括りが与えられており、私はフランス語、中国語を専攻していた。
今は、そのフランス語の講義が終わった後である。他の講義は主に大教室と言われる何百人の収容キャパシティがある場所で行われるのだが、必修の言語は高校のクラスを彷彿とさせる二十名程度のキャパシティしかない小教室で行われていた。机も一つ一つ孤立しており、座席も学校が指定する。といっても、廊下側からアルファベット順に並ばされただけであり、必然私は廊下側の席となった。
「どーしたんです? ミヤ、浮かない顔です」
そうなると、当たり前ではあるが隣の席の人が出来る。友達を作るのが下手である私だが、この人物は友達を作るのが上手かった。社交的だったのだ。簡単な方程式になってしまうが、だからこそ私がクラスで唯一話す人物でもある。
「そう見えましたか。講義内容が難しいせいかもしれません」
実際、この講義は難しい。いや、正直に話すと、さっぱり内容が分からない。なにせ、講師は授業で一切日本語を話さない。話すのはフランス語のみ。講義の教科書を見た時点で嫌な予感はしていたのだ、教科書がフランス語で書かれた一冊の小説だったのだから。この鷹閃大では、既に選択した言語の講義は話せること、読めることが前提の講義しか存在しない。そして私は勿論、日本語しか話せないし、読めない。講義を受ける受けない以前の問題なのだが、必修の為、受けざるを得ないというジレンマが発生する。密に、私が留年するのではないかという懸念材料の一つだ。
「ウソ、です? ミヤがぐまいさんなのはいつものことです」
さりとて、この人はあくまで自然に否定する。そしてさらっと毒を吐く。この大学に来てからは、難解な出会いばかり。最初、この人に声をかけられた時、私は不覚にも一言も話すことは出来なかった。
「ラフィーさん、貴方は偶に覚えた日本語をすぐ使うという、ある意味挑戦的で素晴らしく、ある意味では猪突猛進で残念な所がありますが、愚昧というと意味をちゃんと理解して使っていますか?」
「? バカでものごとを知らないこと、です?」
「知ってて使ってたんですね、本当に貴方は人の心を抉るのが上手でいらっしゃる」
一言も発せなかったのは凄く簡易な成因で、ラフィーさんは一般的に想見する北欧の女性、そのものであった。金髪碧眼だった。
付け加えて言うと、美人で胸が大きかった。
むしろ、それ以外なにも重要ではないし、世界の摂理は決まってそこに存在し、累積する。
そもそも人と話すのが得意でない私にとって、女性と話すということは筆舌し難い。加えて、彼女は外国人だった。纏めると、この二つだ。もう心の中で白旗を上げていた。私の能力を大きく超える事象と対峙し、言葉を模索していた私は、酸素を求める金魚のように口を何度も何度も開いては閉じていたことを思い出す。
「うーん、ミヤがつかう言葉、たまにむずかしくてりかい出来ません」
「あ、すみません。気を付けてはいるのですが、意識して日本語を使うのは難しいですね」
「いいです、ミヤと話していると、呆れが礼にくるのは、いつものこと、です」
「今ので確信しました、貴方は私よりよっぽど日本語を理解してます」
この人は出会った時から変わらない。金髪碧眼美少女に何も言えない私に対して、いきなり毒を吐いてきたあの時から。開口一番でけなされた私は、頭が軽い混乱状態だった。この時から、私が難解な出会いばかりを重ねる、一つの帰趨は始まった。何を言ったかもう思い出せはしないが、今こうして互いに口をきいていることを考えると、過去の私は上手いことを言ったのかもしれない。本当に自分で自分を褒めたい。こんな素晴らしい女性と話せているだけでも、私は恐らく幸せ者ではあるのだから。
「それで、なにか、あったんです? すなおにいわないと、三枚におろします」
「言葉が猟奇的すぎます」
猟奇的ではあるのだが、優しい言葉でもあった。この人は、誰に対しても優しいのだろう。大学内で見かける時はいつも大人数でいる。そして、中心でいつも朗らかに笑っている。教室から教室を一人で移動し、仏頂面を引っ提げている私とはなにもかも正反対だ。ちなみにこの人の口から、彼氏もいることも聞いた。こんな人に居ない方が可笑しいのだが、私はそのことに少なからず動揺し、自宅で一人ヘッドバンキングをキめた。
「ずばり、堂島美音さんのこと、です?」
「誰ですか、それ」
真剣な表情で聞いてくるこの人を尻目に、私は即答した。聞いたこともない人物である。
「ウソ、いけません、いまをときめくアイドルと、どういう関係なんです?」
少し語気が強まる彼女に尻込みする。そんなことを言われても全く知らないのだ。しかもアイドルと言ったのだろうか、そんな人と私が関わり合いを持てるはずなどない。
「少し待ってください、本当に何の事だか」
「さいきん、ちかくにいるのをよく見かけます、わたし、かなしい、です。友だちになれたと思ったのに、かくしごと、よくないです。わたし、カレシがいることもミヤには教えた、です」
謎は深まるばかりだ。何故、彼女はこのような思い違いをしているのだろうか。訳が分からないうえ、どうしようもない。だから、本当にあったことを話すことにした。
「すみません、そのアイドルの人は全く知りません。多分、ラフィーさんが、浮かない顔していると思われたのは、昼に会った人のことを思い出していたからだと思います」
「堂島美音さん、です?」
「あったのは、御剣さんという男性ですよ。その人から、つまらない、と酷評をうけまして。どう言えばいいんでしょうか、憂い、憤り、そんな感情を抱いてしまって」
「ミツルギ? 財閥の・・・」
私の口から出た言葉を聞いた彼女は、真顔のままだった。まっすぐと瞳を合わせ、逸らすことを許してくれそうにはない。彼女は静かに、頷くと、首をかしげた。
「ホントウ、みたいです? それならあのウワサは・・・」
「貴方は見るだけで嘘か本当か判断出来るんですね・・・」
「? ヨーロッパのひと、全員できるです」
「ヨーロッパって凄い」
勿論、私にはそんな特殊な技能などあるわけもなかった。ヨーロッパの人達が真偽の能力を持っているかどうかは別にしても、恐らく彼女自身にはそういった見極める、こっちが嘘をついているのかどうかは分かるくらいの技能は持ち合わせていそうだ。彼女は、白状した出来事に一定の理解を示した。だが、彼女から出た言葉が私には理解を与えない。
「それでラフィーさん、その堂島美音さんという方が話題に上がるのはどうしてですか? それになんですか、噂って?」
私の勘が良くないことを聞いてしまったとばかりに警鐘を鳴らしていた。鷹閃大に来てから、こういう些細な噂にも敏感になってしまっている。それは間違いなく、私がこの大学では弱者という立場であり、周りが強者ばかりという意識が根幹にあるせいだろう。変に目を付けられたくはないのだ。
「おーい、シェルトちゃん! 一緒にかえろうよー!」
私が質問すると同時に、教室の扉に居た複数人の女性が、彼女に向かって声を掛ける。それが試合終了のホイッスル、会話の終了を告げていた。その複数の女性をラフィーさんは横目に見ながら、私に対して言葉を返す。
「・・・はなすと、ちょっと? 長くなります。ねっとでしらべたら、わたしがいったこと、理かい、できます」
「そうですか、ありがとうございます」
私の礼を軽く受け取った彼女は、机の上にあった教科書やノート、筆記用具を手早く片付けると席を立つ。
「では、また、です」
「はい、また」
小走りで、扉の前に向かい、女性たちと合流した彼女を確認しながら、私も帰る準備を始める。その時、私に聞こえるギリギリの声で複数の女性の声がした。
ラフィーちゃん、あんなのとまだ係わってんの?
ええ、面白いですからね、彼。
ほんと馬鹿で見てて飽きないんですよ。私のこと友達と勘違いしてますしね。
ラフィーちゃん残酷すぎぃ。ま、あいつが身の程知らずなだけか。
その声はしばらくすると遠ざかり聞こえなくなる。
別に胸にこみ上げてくるものなんてなかった。
知っている、彼女は私と話す時以外は、流麗に日本語を話すことを。知っている、私がこの大学では落ちこぼれの部類であることを。知っている、彼女が私と話す時の目が、弱い獲物をただ嬲る獣の目であることを。
ただ、それも踏まえて思うのだ。彼女は、きっと優しいのだろう。こんなどうしようもない私に話掛けてくれる時点で、それは明白なことだと思うのだから。
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