22 / 35
三章 カーストに敬意と弾丸を
5
しおりを挟む「ふむ、やはり興味深い」
翌日、結局私はこの教授の案内をしていた。
今は、お昼をに差し掛かり、日光がきつくなってきたところだった。そんな中、どこかお昼を食べる場所はないかと聞かれ、私は商店街の端っこにある定食屋に教授を連れてきた。
私のテーブルの前にはいつもと変わらずチキンカツ定食。とんかつではない、チキンカツ定食だ。リーズナブルでおいしく、脂身が少ないこの定食を私は好む。一方教授は、塩サバ定食を、綺麗な箸使いで食べていた。サバの身に箸を入れると、どういう原理か知らないが、サバと骨が分離している。教授って凄い。
「この土地に根付いた文化、人の街並み。それがここまで建築物や、モニュメントとして存在する地域も中々ない。面白い町だ」
「ただの田舎ですよ。モニュメントにしても、だいぶ昔にここら一帯が不作になった時に、町長が働き口を作るための公共事業だったということらしいです」
「まるでピラミッドの建設と一緒じゃないか、そんな建造物があることを誇りに思いたまえ」
本日、私が案内してまわったところは、神社や、お寺、近代モニュメントなど多岐に渡る。そのことを思い返しながら、私は教授に質問する。
「教授は民俗学を専攻されてるのですか?」
「ふむ、その質問にはどのように答えればよいか。広義に渡っては含まれると言えなくもない。社会学を研究しているのだよ私は。つまり、人と人との関わり合いだ」
「そうなんですか、それは凄いですね」
そのよく分からない分野に、私はすぐに世辞を吐く。どうしても抜けきらない悪癖に辟易した。
「青年はどう思う?」
「どう、とはこの町がですか?」
「いや、人と人の関わり合いについてだ」
それは、私がもっとも苦手としている分野だと思う。コミュニケーション能力が高い人物ならば自分なりの解答を持ち合わせているのかもしれないが、私はその答えを持ち合わせてはいなかった。
「人とはな、どこまでいっても人でしかない。人は一人では生きていけないからだ。使い古された言葉に感じるかもしれないが、これには別の意味も含まれている」
「別の意味?」
「人はな、集団を外れた人を人とは認めない。人が無人島で一人で生きていたとしたら、それはもはや、人とは呼ばないのだよ、私たちは。勿論、仕方なく、そういう状況に置かれる人も少なくはないが、結局は人として集団に戻る」
それは納得できる言葉だった。私も集団の中で一人で生きていくことは出来ないと諦めたからこそ、敬語を使うし、世辞を多用する。
「だからこそ、人と人との関わり合いは、時に苛烈で、時に優劣で、時に下劣で、時に助けで、時に武器だ。これを明確に理解し、行動している人物は少ないが、それでも意識の底の本能や経験がこれを肯定している。コミュニケーション、という言葉が何故、人に蔓延し、人の優劣を語る上でのファクター足りえるか、というのがここに帰結する」
教授は、サバの身を一つかみすると、口に放り込む。音も立てずに食べるその姿は、傍目からでもかっこいい。
「青年は、自分でコミュニケーション能力がある方だと思うか?」
「間違いなくないと断言出来ます」
「ならどうして、私と会話することが出来ている?」
「それは・・・案内という名目があるからでしょうか。私は、何の関係もない人間と、話題をどうにか見つけ出して、話し合うというのは苦手です」
「何の関係もないということは絶対にない。なぜなら、人は地球に住んでおり、その上で生活する同じ種族だ」
「詭弁です」
「詭弁だが暴論ではない。君が私と会話を重ねるのは、何か意味があると本能や経験で理解しているからだ。それを自覚することが、人と人との関わりをより深める」
教授はもう、定食をほぼ食べ終えていた。私もそれに追いつこうと、あまり大きくはない口を目一杯にあけて、チキンカツを放り込む。
「納得出来ないか。ふむ、そうだな。青年は、教授になる為には、どうしたらいいか知っているか?」
「いえ、詳しくは。ただ、大学を卒業して、更に大学院へいき、博士号を取得する必要があるというのは聞いたことがあります」
「それは、方法の一つだ。日本には大学設置基準というものがあり、その中には大学教授の資格についての規定が存在する。一つ、博士の学位があること。二つ、研究上の業績が博士号の者に準ずると認められる者。三つ、専攻分野に関する実務上の業績を有する者。四つ、大学において教授等の経歴のある者。五つ、芸術、体育においては、特殊な技能に秀でてると認められる者。六つ、専攻分野について、特に優れた知識及び経験を有すると認められる者。この六つだ。この六つのうち、どれかに該当すれば教授の資格はある。だから、大学を卒業する、それは必須ではない。法的要件でもない。だが、それでは資格止まりだ」
「どういうことですか?」
「コミュニケーション能力だ。結局は」
一つ、話を区切ると、教授は静かにお茶を飲んだ。外があれだけ暑いにも関わらず、あったかいお茶を飲んでいる。
「教授になるには、大学側にどれだけ教授のポストがあるか、それが関わってくる。鷹閃大学は名門だ。公募という形にすれば夥しい数の願書が届いてしまう。そこで、大学の規則にはこうある、教授になるには教授からの推薦が必要だと」
「それが、つまりはコミュニケーション能力ということですか」
「そうだ。資格があっても、教授に気に入られてなければ、その道は通れない。かつ、面接も必要だ。これは、教授同士の癒着を防ぐため、外部委員会に委ねられる。だから、その外部委員会と仲良くなろうと、鷹閃大学の教授になろうとする者は必死だ。それも上手くいかない場合がほとんどだ。その委員会が御剣財閥ともなればな」
そこで私は、はて、と頭を捻る。しかし、特段気にすることでもないだろう。恐らく御剣違いである。あのロリコンが、そんな凄い人物なわけがない。
教授は一つ嘆息すると、また話し出す。
「結局は、そのような仕組みになっている。社会というのは。だからこそ、本能でなくとも経験が理解する。私はそんな人と人との関わり合いに陶酔している、私の人生を捧げるくらいには」
また、人生か。その単語を最近は良く聞く。それは私には酷く重い単語で、背負いきれるものでは無いように感じる。
「教授は、人生のうち、大学に通うことに意味があると思いますか?」
気づけば、私はそのような単語を口にしていた。それは驚くほど滑らかに、口から零れ落ちた。
「ふむ、随分奇怪な質問をするな。いや、私が大学の教授であればこそ聞くことか」
そこまで言って、教授は目の前のお茶を一気に飲み干す。熱いお茶を一気に飲み込んだにも関わらず、教授はなお、涼し気に述べた。
「何を求め、何を欲し、何を得たいのか。それは人それぞれ、ここで私が一つの解答を述べるは容易い。だが、それはきっと、君の求めるものではない」
教授は、壮年の顔を悪役の顔のように歪ませ、言った。
「悩め、青年。青年が悩むという行為が、いずれ答えに辿り着く唯一の方法だ。意味も、意義も、果ては意思も君が行きついた解答にしか宿らないものだからな」
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。
true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。
それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。
これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。
日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。
彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。
※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。
※内部進行完結済みです。毎日連載です。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―
ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」
前世、15歳で人生を終えたぼく。
目が覚めたら異世界の、5歳の王子様!
けど、人質として大国に送られた危ない身分。
そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。
「ぼく、このお話知ってる!!」
生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!?
このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!!
「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」
生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。
とにかく周りに気を使いまくって!
王子様たちは全力尊重!
侍女さんたちには迷惑かけない!
ひたすら頑張れ、ぼく!
――猶予は後10年。
原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない!
お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。
それでも、ぼくは諦めない。
だって、絶対の絶対に死にたくないからっ!
原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。
健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。
どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。
(全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる