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三章 カーストに敬意と弾丸を

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 悩むしかない。それはそうだろう。だけど、それだけでは、解答に行きつけない。私だけでは、解答に辿り着けない。


 私は、教授を一日案内し、実家に帰っていた。実家の自室は酷く落ち着く。それが、いまの私にとっては邪魔な感情でしかなく、手持ち無沙汰にスマホを見ていた。

 最近は、スマホは時間泥棒、なんてことを耳にする。なるほど、確かに私はスマホにかかってくる御剣さんの電話に対処をしているとあっという間に時間が過ぎてしまう。さっきもお風呂に入ったことを連絡したばかりだ。何故か、私生活の報告をするという謎の報告義務も発生している。報告・連絡・相談。所謂、ほうれんそうと言われるものが、昨今の小学生に身についているとは、現代社会おそるべし。


 それでも、その行為はどこか、私自身の感情を振り返る行動のようなもので、自分自身の心の整理もつけられた。結局、私と同じように大学生活を送っている人に聞くのも手段の一つなのではないか、そういう考えも浮かぶ程度には、自分自身の状況も整理できた。


 ラフィーさんに、電話しようかなぁ。


 いや、別に深い意味はない。いや、突き詰めると深い意味なのだが、決してそういう、なんか寂しくて電話するとかではない。夏季休暇に入ってしまって、ラフィーさんの声が聞けなくて寂しいという感情ではもちろんない。加えて言えば、彼女がどのように夏季休暇をすごしているのか、あわよくば、夏季休暇に会えないかとか考えているわけではないのだ。

 よし、電話するぞ。

 そう心に決め、ラフィーさんに電話をしようとするが、こう、恥ずかしい。

 電話する要件が、ラフィーさんってなんで大学入ったんですか。これはいくら人との会話が壊滅的な私でもナンセンスだとわかる。

 何かいい建前はないだろうか。いや、建前は言葉の綾だけど。


 そんなことをうだうだ考えていた時だ。不意に私のスマホが振動する。電話だ。

 ラフィーさんから、電話だ。

 酷く、心が落ち着かない。大丈夫、問題はない。人との会話が苦手な私は、こういう時のために、様々なパターンの電話の出方を習得している。この場合、パターンGがもっとも妥当だと考える。

 いや待て。パターンGは攻めすぎではなかろうか。いくらラフィーさんが相手どいえども、彼女が上手く会話に乗ってくれるかは微妙なところだ。ここは無難にパターンKでもいいと思われる。少し冷めた対応になってしまうが、それでもこちらもあくまで所用があって電話がかかってきているのをこちらは理解していますと、そういう含みを持たせることができる。ならば、パターンKで行こうか。

 その結論に待ったを掛けるのが、パターンUだ。これは、攻守ともに素晴らしい。なぜなら


 スマホの振動が止まった。電話は切れていた。


 失態、その言葉が頭に浮かんでは、沈んでいく。
 私は酷く、情けない気持ちになりながら、ラフィーさんに電話をした。

 電話はコールが鳴る前に取られた。


「ラフィーさんですか? 電話を下さったようなのですが」

 しばらく、反応を伺っても何も返事は返ってこない。一体どうしたことだろうと思いつつも、もう一度聞き返す。


「ラフィーさん?」
『ミヤ、です? 電話はすぐにとってください。のろま、です』
「いや、ごもっともですが、そこまで非難される謂れは」
『どうせ、くだらないこと、考えてたです』
「凄いです、ラフィーさん。当たってます」

 思わず、私は喉を鳴らす。彼女は本当に凄い。電話でそこまで見抜くとは。


『今、何してます?』
「とくになにもしてません。グダグダしてます」
『うっわ、せっかくの夏季休暇、なにです?』
「その、うっわのあとに、引くわとか入りませんか? 凄く引き気味に言われた気が」
『ひがいもうそう、です』
「すみません、大変失礼を」
『ちなみに私は、夏季休暇を、まんきつ、です。きょうは、かれしと出かけた、です』
「ぐっ! それは楽しそうですね・・・」
『ポルシェで迎えにきた、です』
「凄いですね、ラフィーさんの彼氏さんは」
『で、途中からフェラーリに乗り換えた、です』
「? そうなんですか」
『最終的には、アパッチで、帰ったです』
「途中で一体なにが!?」

 何故最終的に、軍用ヘリで帰ったのだろう。途中の過程がとても気になるが、彼女は一切そのことについて話す気はないらしく、話題は次に移っていた。


『ミヤはいま、どこにいるです?』
「今は、実家に帰ってきてますよ。ラフィーさんはご実家に帰る予定はないのですか?」
『・・・ない、です。そもそも、だいがくに、住んでるので。帰るつもり、ないです』
「大学に住んでいる? あれ、うちの大学に学生寮ってありましたか?」
『そんなことは、どうでも、いいです』
「っと、すみません。ところで、ラフィーさん、どのようなご用件ですか? 聞くのを忘れてしまうところでした」

 始まりは彼女の電話からだったことを、今更ながらに思い出し、私は尋ねる。彼女の答えは簡素なものだった。


『ミヤ、待っています。鷹閃大学で』

 それは、私に対し、初めて紡がれた流麗な日本語だった。
 恐らく、彼女は電話越しに三日月のように笑っているだろう。

 どう考えても挑発だ。

 私は、電話の前で一つ息をする。用件がそれであれば、この会話はここまでだ。だが、その前に私はどうしても彼女に聞いておきたいことがあった。


「ラフィーさんは、どうしてこの大学に入られたんですか?」

 その答えは、すぐに返ってくる。


『ここが私の居場所だから』

 その言葉は異論を挟む余地すら与えず、他の一切を受け付けない。いつも朗らかに笑っている裏で、彼女は何を思い、何を為そうとしているのか、私は知らない。だが、その言葉を覚えていて損はないと思った。


「なるほどです、ではまた」
『おやすみなさい、です』

 そこで電話は終わった。

 彼女の口調は、会話の終わり際には戻っていた。恐らく、本当にその為だけに電話をかけてきたのだろう。彼女は本当にそれだけのために。

 私はスマホをベットに放り投げ、横になる。眠気はすぐに襲ってきた。

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