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四章 裁かれ、嘘は砂に、優しさは霧に
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しおりを挟む「ミヤ、久しぶり、です」
「久しぶりです、ラフィーさん」
大学も夏季休暇が終わり、秋に入ってからはカリキュラムが変わった。前期では午後の講義だったフランス語も、後期に入ってからは午前に変わっている。ちなみに、私はフランス語の単位をなんとか取得することに成功しており、今こうして秋でもフランス語の講義を受けることが出来ている。どうしてもこの講義だけは落としたくなかったのだ。単位を取得できたのは全体の半分ほどしかなかったが、それでもこの講義の単位は取った。もはや意地である。
「単位、とれた、ですね。まぐれ、です」
「相変わらずですね、ラフィーさんは」
久しぶりに会った人にすぐに毒を吐く彼女に、私はそう言わずにはいられなかった。
あの電話以来、ラフィーさんと話すのは初めてだ。彼女が相変わらずということは、あの電話は彼女の中ではなかったことになっているのかもしれない。
「夏季休暇、どう、でした?」
それはたわいのない会話の常套句ではあったが、解答に少しつまる。
どうだったと聞かれて、単純に答えられるものではなかった。それでも一つはっきりと言えることはあった。
「自分を振り返るいい機会になりました。満喫、とはいきませんでしたが」
自分の感情を素直に表現するのであれば、こういった言い方が正しいと思う。決めたことは、悩むこと。その一点だけだが、私は少し晴れ晴れとした気持ちでこの大学の後期に挑むことが出来ていた。
「そう、ですか」
ラフィーさんは、そこで言葉を終わらせた。他愛のない会話を窄めるように発せられた声は、いくらか疑問が浮かぶものだ。彼女はこういった会話を自ら終わらせるほど、言葉に詰まるほどコミュニケーション能力がない人間ではない。それが不思議で、思わず彼女を凝視する。
静寂とも言えない、いくらかの会話のない状態を打ち破ったのは、ラフィーさんの何気ない質問だった。
「ミヤは、アンナ・アンダーソンという、女性、知ってる、です?」
「アンナ・アンダーソン? すみません、聞いたこともないです」
「ミヤは、おばか、さんです」
話題がガラッと変わり、尋ねられたことはとある女性について知っているかどうかということだった。記憶を辿ってもその人物名は出てこず、彼女はそんな私を毒づいた。
「アンナ・アンダーソンは、王族偽装者、です。アメリカ人女性、です。でも、ロシア皇女、アナスタシアを、自称、しました、です」
彼女が一体なにを言おうとしているのか。一向に探れないまま、私は適当に返事を返した。
「凄い大胆な詐欺をした女性なんですね」
「詐欺、では、ない、です」
「? 偽装したんですよね?」
「アンナ・アンダーソンは、記憶喪失、でした。彼女を見た周囲の、人たち、が、勝手にアナスタシア皇女、だと噂をした、です。その後、彼女は言います、アナスタシアであったことを思いだした、と」
「それは」
「虚偽、記憶、です。嘘を繰り返され、繰り返すうち、真実にすり替わった、です」
そこまで話した彼女は、果てしなく遠い場所へと、想いを馳せているような気がした。
「というのが、私が、夏季休暇に見た、映画の内容、です」
しかし、彼女は全て包み込むように笑う。何故か、笑っている彼女が本当に笑っているのか区別がつかなかった。
「夏季休暇に見た映画のお話でしたか」
そういうことにしておこうと、私は思った。彼女が映画で見たから、アンナ・アンダーソンという人物が話題に出た、それだけの話だ。
「ラフィーさんは、夏季休暇は映画以外にどこへ?」
「夏季休暇は、終わった話、です。ながなが、するものじゃ、ない、です」
「理不尽すぎる」
「もうすぐ、学祭、です」
「そういえば、そんなイベントもありましたね」
学祭。秋になり、大学のイベントとして盛大に行われるものだ。たしか、ここ鷹閃大学では、在籍中の芸能人がステージでトークショーや、歌を披露する為、毎年とんでもない人数がこの大学に押し寄せるらしい。しかし、私にとってさほど心惹かれるものではなく、むしろ、何時開催するかもうろ覚えだった。ちなみに覚えていないのは、学祭に出る予定も、行く予定も、果ては一緒に行く人もいないからである。
「ミヤ、どうぞ、です」
そんな私を見かねたのか、ラフイーさんは一枚のチケットを私に差し出した。チケットはA4用紙を三つ折りにしたような長方形で、厚手の紙を使用しているようだった。安っぽくない作りといえばいいのだろうか。明らかに新品のチケットなのだが、片側が皺くちゃになっていた。そこ以外はむしろ綺麗で、不自然な皺を訝しんでいると、それに構わずラフィーさんは続ける。
「なんですか、これ?」
「とある、ゲーム、の招待状、です」
「招待状ですか?」
「鷹閃大学の名物みたい、です。参加するには、そのチケットがないと、ダメ、です。どうせ、ミヤは、一人寂しく過ごすとおもうので、上げる、です」
「いいんですか?」
「ともだち、じゃない、ですか」
あからさまな嘘だ。この人は本当に読めない。一体、何故アンナ・アンダーソンの話をしたのか。こんなチケットを渡してくるのか。
疑問は渦巻くが、私は彼女から差し出されたそのチケットを結局受け取ってしまう。
思えば、これがミスで、取返しのつかない凡ミスで。しかし、そんなこと、この時の私は思ってもいなかった。学祭が終わった後、私は後悔することになる。
それでも、彼女から渡されたものというのは、得体の知れない甘美な誘いがあった。跳ね返すことなんて出来はしなかった。好きな人にもらうものは、跳ね返すことなんて出来はしない。
「ありがとうございます。優しいんですね、ラフィーさん」
ここでも世辞を多用する私は、どうしようもない馬鹿だった。
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