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四章 裁かれ、嘘は砂に、優しさは霧に

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のチケットじゃねぇか」
「よく手に入ったわね、てかチケット皺だらけじゃない」

 学食。それはどんな三ツ星レストランにも劣らない素晴らしい場所、とは口が裂けても言えないが、少なくとも私は、これほどリーズナブルなお値段で美味しいチキンカツ定食を食べられるところを知らず、むしろ、私にとっては三ツ星レストランよりも価値は高い。

 久々に来る学食で、前期と同じようにチキンカツ定食を頬張っていると、私が座っているテーブルの席に着席する二人の人物がいた。御剣さんと堂島さんである。二人はまるで当然のように私のテーブルに来ると、テーブルの上にあったチケットを見てそう言った。


「あの」
「あんだよ」
「なによ」
「席なら他にも空いてますよ?」
「言われてるぞ、堂島。さっさとどっか行けよ」
「は? 意味わかんないんだけど。言われてんのはそっちでしょ」

 お二人に言っているのですが、とは、剣呑な雰囲気の中で言うべきではないと、コミュニケーション能力が低い私でも察することが出来た。しかし、こんなに砕けた間柄なのは何かあるのだろうかと思い、私は口火を切る。


「お二人はお知り合いかなにかで?」
「「初対面」」
「そうですか」
「ま、一応芸能人だから知ってはいるがな」
「こっちも御剣財閥知らないほど馬鹿じゃないわよ」

 なるほど、二人が有名人だからこそか。そう思うと、私がひたすら場違いではないかと思考が止まらない。可笑しい、先にこの席に座っていたのは私なのに。


「堂島よぉ、いくらこいつにしてやられたからって付き纏う必要はないだろ」
「別に、どこで御飯食べようと私の自由でしょ」
「醜いな。負け犬はどっか行けよ」
「餓鬼が、少し年上に対する扱い教えてやろうか」
「ぴぃ」

 修羅場になりそうだった。他所でやって欲しい。そう思わずにはいられない。だが、このまま放っておくと私にまで被害が及びそうだ。二人の意識を無理やり逸らす為、私は話題を振った。


「すみません、御剣さん、堂島さん。嘘つきゲームっていうのはいったい?」
「なんだ、お前しらねぇのか?」
「有名よ、学祭の一つの定番にもなってる」
「はぁ、実は知人からこのチケットをいただいて、詳しいことは何も知らないんです」
「よくそんなんでお前、チケット手にいれたな」

 御剣さんは、紙パックの苺牛乳をテーブルに置くと一つため息をついた。そして懐から二枚のチケットを取り出す。私と同様のチケットだ。


「招待状を持った奴しかこのゲームは出れない。ゲームをより面白くするために選別するからだ」

 チケットを無造作にテーブルの上に置くと、また苺牛乳に手を伸ばす。


「御剣さん、二枚ありますが?」
「面白そうな奴に配ってほしいって頼まれてな。お前が貰った奴も大方そんなこと言われて余分に渡されたんじゃねぇの」
「そうかもしれませんね」

 御剣さんは、懐にチケットを戻そうとする。それに待ったをかけたのが、堂島さんだ。


「御剣、それ頂戴」
「おいおい、卑しいじゃねぇか。タダほど高いものはないって教わらなかったか?」
「二枚あったってしょうがないでしょ。二回出場できるわけでもないんだし」
「それとお前にチケット渡すのになんの関係があんだよ」
「別に、特に関係はないわね」
「堂島、欲しいなら何かしらの対価を用意すべきだ。お前がやってんのはただの乞食だ」

 こんな喧嘩腰の人達と何故私は食卓をともにしているのだろう。激しく謎である。そもそも、私は他人の仲裁に入れるほどの説得力も持っておらず、黙って二人の会話を聞いていることしか出来ない。


「対価ね。わかった後で払うわ」
「それは筋が通らねぇだろ」
「アンタ、知りたいことあったでしょ。それと交換」
「・・・おい、なんで知ってる」
「さぁね。芸能界長く居れば知りたくないことも知っちゃうの」
「お前が知っている保障は?」
「私の事務所のメンバー確認すれば納得できるんじゃない?」
「・・・おっけーだ。持って行けよ」

 話が一つ終わったらしい。堂島さんはニヒルに笑って、チケットを右手の一指し指と中指で掴み、ヒラヒラと揺らしていた。


「嘘つきゲーム。興味があったの。感謝するわ」
「感謝なんかいらねぇよ」
「あっそ」

 結局、嘘つきゲームとはなんなのか。それが分からずもやもやしたまま、二人の会話を聞いていると、私を見かねたのだろう、堂島さんが説明してくれた。


「嘘つきゲーム。法学部のサークルが学祭で行う、一種の参加型のデモンストレーションゲームよ。ルールは至って簡単、嘘をつききるか、嘘を見破るか」
「嘘をつく?」
「そう、嘘をついて騙しきるか、嘘を見破って生き残るか。これがゲームの趣旨。そうね、人狼ゲームに近いかも。まぁ、学祭でそんなことやっても理解出来る人は少ないから、ルールはもっとシンプルだけどね」
「それじゃあ、ルール覚える手間はそれほどかからないんですね。聞いてる限りだと、私でも参加出来そうでよかったです」

 これが筋肉を使ってのアトラクションだったら、私は参加しなかっただろう。筋肉と無縁の生活を過ごしてきた私にとって、人と体力を競うというスポーツは苦手もいいところだ。


「そうね、ただ鷹閃大学の名物だけあって観客は多いらしいわ。毎年の恒例行事みたい。そのゲームに勝った人だけが挑戦できるゲームも用意されてて、これをクリアした人が今までいないの。だから誰がクリア出来るか、いつクリアされるのか、そんな期待も相まって年々観客の人数は増えているらしいわ」
「そんなに大きなゲームなんですか」

 堂島さんの話を聞いていると、私は自然に誰かにこのチケットを譲りたくなってしまう。私は大勢の人の前でゲーム出来るほど肝は座ってないのだ。しかし、ラフィーさんから頂いたチケットを無碍に扱うことも出来ない。

 いっそ誰かに譲ってしまおうか。


「ちなみに優勝賞品はあきたこまち玄米2kgらしいわ」
「誰が欲しいんだって話だよな、そんな商品」
「商品よりも、もはや挑戦の意味合いが大きくなった典型例ね」

 堂島さんが言った言葉を思わず、ロリコンは嗤い飛ばした。

 誰が欲しい? 

 お米は全ての活力の源である。日本人であれば誰であろうと主食は米に重きを置いているはずである。つまりは、日本人はお米なしでは生きていけないのだ。また一人暮らしを行っている私にとってはお米は必需品。

 分かってはいない、このロリコンは。そんなお米の大切さと、お米のありがたさを。


「私は欲しいです」

 宣誓にも似たような声だった為か、二人は少しギョッとしてこちらを見る。そんな二人に私は問いかける。


「二人は参加して、勝てればいいんですよね?」
「俺は別に勝つも負けるもどっちでもいいがな。記念に参加はしようかとは思っていたが」
「私は勝ちたいわ。勝ち取ってなんぼでしょ。こういうの」

 それを聞いて私は反芻する。


「御剣さん、堂島さん。手を組みませんか?」

 それは一つの提案だ。


 空教授は言っていた。会話を続けるのには本質的に意味がある行為だと。なら、恐らくこの会話にも意味があったはずだ。


「なぁ、それは取引か?」

 御剣さんはあくまでも表情を崩さなかった。テーブルに置いてあったチケットをその瞳は見つめている。


「あくまでも提案です。ただ、堂島さんには勝利を」

 ここで言葉を区切って、堂島さんを見る。堂島さんは私が何を言うか、すくなくとも予想はついていたようで、視線だけをこちらに向けている。


「御剣さんには、刺激を。そして、私はお米を簒奪する。そういう提案です」

 御剣さんはこちらを向いて、軽く嗤う。


「いいね、やってみろよ」

 見つめる瞳はやはり私を試しているようにしか思えない。それでも、最初に比べ、いくらか親しみが込められているようにも思えた。もっともコミュニケーション能力がない私の推測など愚考なのだが。


 そんな彼を見ると、ふと思い出す。夏季休暇、私の前に現れた空教授。その発端が恐らく彼にあるだろうことを。


 だが、そのことは今聞くべきではないと思った。ロリコンを自称するこの男性に踏み入るのは、少し面倒にも思えたし、彼も夏季休暇の件を私が感づいているのは、なんとなく分かってはいるのだろうから。どうせ、けむに巻かれだけである。


 それなら今は、彼の出方を見るべきだし、藪蛇をつつく必要はない。


「では、お二人とも提案を飲むということでいいですね」

 確認の意味で私が尋ねると、二人からは反論は上がらない。


「分かりました」

 なら確認することが一つだけあった。


「すみません、カッコつけてなんですけど、ルールを教えてもらってもいいですか?」 

 その時、二人が小さく「嘘だろ、コイツ」と言うのが聞こえた。


「ちゃんと知らないって私は言ってまし! イテっ! 堂島さんやめてくださいよ! 御剣さんも紙パック投げないでくださいよ!!」

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