それでも平凡は天才を愛せるか?

由比ヶ浜 在人

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四章 裁かれ、嘘は砂に、優しさは霧に

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「いつも応援ありがと! 次もぜーったい、ぜーったい、応援に来てね?」

 凄い。


「写真? えぇはずかしいよぉ。でも、特別だからね?」


 凄い。


「萌え萌えきゅんっ。なんちゃって」


 アイドルって凄い。


 私と御剣さんが着いた会場では、既にイベントは終わっていたらしく、その後のサイン会兼握手会をやっているようだった。隣では、爆笑している御剣さんが指である方向を示している。堂島さんのブースだ、あれ。


 普段では、考えられないような甘ったるい声を振りまく彼女は、会場内に設置されているパーテションが作る、ブースと言われる小さな正方形のスペースに立っていた。その場所には長蛇の列が出来ており、圧倒的に男性の比率が高いが、女性もちらほらと見受けられる。


「お前、ちょっと呼んでこいよ」

 御剣さんは一頻り笑い終わった後、彼女のブースを指し示し、私に指示を出す。


「あの中で、ですか?」

 それはゾッとする話だ。係員でもない私が、列の前にいきなり現れ、彼女に話しかけようものならタコ殴りにされそうだ。


「仕方ねえから、色紙もって並べよ。そうすりゃ問題ねぇだろ」
「堂島さん、怒りませんか?」
「怒るかもな」
「その、ジャンケン、っていう」
「その選択肢はねぇな」
「ずるいですよ、一人だけ安全地帯で、地雷撤去する私を笑うつもりですか?」
「さっきのこと、凛に言ってもいいんだぜ?」
「行ってきます」

 無力だ。私はこの人に対していつも無力である。それを出されたら、私は死なない限りなんでもしてしまいそうだ。


「骨は拾ってやるよ」

 彼の中では死んでるようだった。頑張れ、私。
 

 決意を胸に秘め、私は彼女のブースの最後尾に並ぶ。色紙は会場で売っていたので、即席で用意したものだ。しかし、凄い行列だ。こうしてみると、堂島さんがとんでもない人物であると分かり、住んでる世界が違うと思い知らされる。


 そんな愚考にふけっていると、割とはやく順番がきた。堂島さんは、テレビでしかみたことのないフリフリの衣装を着こなし、ピンク色の髪を揺らして、愛嬌いっぱいの笑顔を振りまいている。


「来てくれて」

 私と目が合った堂島さんはそこまで言ってフリーズした。

 どうしようと思っていると、堂島さんは私が手に持っていた色紙を奪い取り、サインペンを走らせた。


「来てくれてーありがとー」

 棒読みだった。凄い棒読みだった。多分、幼稚園で行われる演劇よりも棒読みだった。


 言いながら渡された色紙を、私は手にとり、恐る恐る目視する。


 そこには、なんとも芸能人らしい走り書きのサインの上に、“呪”やら“滅”やら“怒”の文字が踊り、下にはデカデカとP.S.大嫌いと書かれていた。全然追記ではなく、本題である。


「その、堂島さん、もうすぐゲーム始まるので呼びに」
「来てくれてーありがとー」
「その、すみませんでした」
「・・・」
「はい、すぐに消えます。すみません」
「・・・殺」


 堂島さんが言い終わる前に、私はすたこらさっさと御剣さんのところに戻る。これ以上彼女と会話をすれば、命に危険があった。


 会場から少し離れた場所に立っていた御剣さんは、もうこちらに興味がないとばかりにスマートホンを弄っており、私が近づいてきたのを確認すると、顔を上げる。


「んだよ、生きてたのか」

 死んでほしかったのだろうか、御剣さんは。人の命を軽視しすぎである。私のちっぽけな命でも、ちゃんと脈動しているのだ。もっと優しくしてほしい。


「で、堂島は?」
「もう少ししたら来ると思います」
「ここまで来て待つのだりぃな。お前あいつの連絡先とかしらねぇの?」
「一応、知ってはいますが」
「んじゃあ、連絡だけして先に行こうぜ」
「そうしますか」

 そこまで言って、気づく。


「あの御剣さん?」
「んだよ」
「最初から連絡入れればよかった話では?」
「つまんねぇこと言うなよ。面白かっただろ?」

 一ミリも笑えない話である。何故なら、私が堂島さんに連絡をするために取り出したスマートホンには、既に堂島さんからメッセージが入っており、爆弾が爆発したことを知らせていたからだ。



“そこを動くな”


「御剣さん、骨は拾って下さるんでしたよね?」
「おう」
「その、出来れば、骨は私の地元に埋めて頂けると助かります」
「骨、残ってればな」


 御剣さんと私はある一点を見つめながら、冷や汗をかいていた。


 そこには般若のごとく、顔を岩のように固め、変装でつけたであろう漆黒の長髪を怒気によって浮かばせながら、こちらへ悠然と歩みを進める一人の女性がいた。


 私たちの戦いは、これからだ。

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