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四章 裁かれ、嘘は砂に、優しさは霧に
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しおりを挟む「えげつねぇな」
そう漏らしたのは、隣にいる御剣さんだ。少しばかり顔を顰めている。
「逃げ道がない質問だったわね」
同調する堂島さん。
今は、一回目の嘘つきゲームが終了したところだ。話題は“今日一番最初に口にした飲み物は?”。
今回嘘つきであった8番と書かれたアクリル板の後ろに座る彼女は、両手を上げて降参の意を示していた。手には×と表記されているカードが握られている。彼女は、口にした飲み物は“水”と答えていた。これは割といい嘘だと私は思う。その後の質問に上手く真実を隠すことが出来る可能性が高いからだ。どこでも手に入るし、朝一番に口にしていても違和感がないし、なんならコンビニで売ってもいる。例えば、“何円で買った?”とか“どこで手に入れた?”とか“いつも飲んでる?”など質問で聞かれても対処できる。仮にオレンジジュースを飲んでいたとしても、この質問に嘘を吐くことなく、対処できるからだ。
しかし、ゲームマスターは次のように質問した。
“何色?”
正しくお手上げだ。嘘つきを除く41名中37名が彼女を指摘した。もちろん、私も堂島さんも御剣さんも彼女を指摘している。
それだけ、この質問は強烈で、そして違和感があった。
「何だかこれ、狙い撃ちに近いですね」
嘘吐きだけを特定するような質問。感じたのはそのことだった。
「あぁ、恐らくゲームマスターは分かってる。誰が×のカードを持っているか」
「しかも、今の内容聞く限り、嘘つきは簡単じゃないわね。一人で勝てる可能性がある分、ずっとずっと厳しい」
その言葉は間違いない。嘘つきはどうあっても苦境に立たされる運命のようだ。
「つーか、指摘外した4名の方が可哀想っちゃ、可哀想だがな」
そう言って、御剣さんは私の方を見る。
指摘を外した4名は、全員、私を嘘つきと指摘していた。
「仕掛けやがったな」
「えぇ、嘘吐いたように見せかけたんですが、すみません。4人しか釣れませんでした」
この質問、×のカードの所持者は真実を述べなければならない。
じゃあ、○のカードの所持者は真実を述べなければならないか、否、特に規定はない。
結構な大勝負に出たのだが、それでも釣れたのはわずか4人。鷹閃大学は伊達ではなかった。
そもそもこの手法、意外と使えない。周りに敵を作るだけだし、○のカードの所持者が嘘を吐いたという事実は、×のカードを手にしてから苦しむことになるからだ。疑いの目が避けられない。ならば、素直に真実を言っていた方が、いざ×のカードを手にした時、相手を騙しやすくなる。
「アンタ、やっぱりやる事えぐいわ」
堂島さんは少し、というより、かなり私の事を嫌いになったようだった。元から嫌われているので、問題はない。
「それがこのゲームの趣旨だと思ったので」
私が何となく、生返事を返すと、二人はこちらを凝視する。
「やっぱりお前は・・・」
そう小さく呟いたのは、御剣さんだ。しかし、その呟きもすぐにかき消される。ゲームマスターが再度、ゲームの進行を進めたためだ。
「それでは、再度、カードを配布する」
皮切りに、係員がカードを配布した。手元にカードが来たのを確認した私は、他人に見られぬよう、こっそりと確認する。
カードに表記されていたのは、○だった。
「それでは、次の話題。“今まで異性から何回告白された?”」
ちょっと待って欲しい。この話題はちょっと待って欲しい。お願いします、ちょっと待って下さい。
そんな事をこんな大勢の前で言わないとダメなのか。本当に絶望する。
そもそも、なんだこの話題は。何で異性から告白された事があるのが前提なんだ。そんなウルトラハッピーなイベント、私は人生で一回も経験した事はない。
私が慌てふためいていると、横から声を掛けられる。堂島さんだ。
「これね。一応学祭だから、恋愛がらみのことも入れてくるの。盛り上がるかららしいけど、そんな慌てふためく事じゃないわ」
「ただ、こういう場合、多くは定石から外れる。さっきの推測も当てになんねぇ」
「それでも、答えて、嘘を見破るしかないわ。ただ恋の話だし、難しいわね。それに」
別にいいじゃない、そんな回数が一回、二回って少なくても。
そう続ける堂島さんは、普段と打って変わってお姉さんのようだった。聖母マリアにも似た慈悲深い微笑みだった。
そうだ、何を恥じることがあったのだろうか。それに告白された事がない人なんて一杯いるに違いない。そう思って、一番の人から言われていく回数に耳を傾けていると、どうした事か、0という数字が一向に聞こえてこない。係員が間違って○と×のカードを配った可能性が、私の頭の中だけで浮上した。
「あの11番怪しいな」
「えぇ、告白された回数が3回って。この大学に居る時点でそれは怪しいわ」
貴方たちの会話は可笑しい。この大学、告白された回数も審査基準なのか。この大学にいる平凡ではない彼らは、一体何人の人を魅了してきたのだろうか。震える私は、小さな声で二人に伝える。
「あの」
「んだよ」
「なによ」
「私、告白された事ないんですけど・・・」
「おい、何味方まで騙そうとしてんだよ」
「そうよ、気が散る」
「その、嘘じゃ、ないんです」
「「は?」」
「嘘なんかじゃ、ないんです」
時が止まった。
二人揃って、「うわっ・・・貴方の回数、やばすぎ・・?」という顔を向けてくる。もはや、涙が出そうだった。
そうこうしている間に、御剣さんの番になり、御剣さんは、
「数えてねぇし、覚えてねぇが、3桁近いんじゃねぇの?」
と、全世界の男性に喧嘩を売るようなことを宣い、堂島さんは堂島さんで、
「ファンレターを含めたほうがいい?」
とゲームマスターに確認する始末だった。
間にあった私のことは聞かないで貰えると助かる。
全員が答え終わると、ゲームマスターは続けて質問内容を口にした。
「“その告白中で、何人と付き合った?”」
いっそ殺してほしい。せめて塵も残らないほど、滅却して欲しい。このゲームマスターが投げかける質問は、私にとってはただの暴力だった。
ポン、と軽く肩を叩かれる。しかも、両肩だ。見れば、御剣さんと堂島さんが今までに見たことのないような笑顔を浮かべていた。その笑顔には優しさしかなく、私の惨め具合が加速する。
その時、円卓から耳障りな声が聞こえてきた。
「えー、ゆりぃ、純情ちゃんだからぁ。今まで付き合ったことないのぉ」
アクリル板には38番と書かれているその女性は、事前の解答で33回と答えた人だった。そうか、貴方はそれだけの人の想いを全て踏みにじってきたのか。今まで、その幸せを全て踏みにじってきたのか。
「いつかぁ、現れるぅ白馬の王子様ぼしゅーちゅー。みたいなぁ」
その言葉を聞いた瞬間、私の中で切れてはいけない何かが切れた音がした。
「・・・○す」
私が漏らした独り言を聞き取ったのか、二人はこちらをドン引きした視線を寄越す。引かないでくださいよ、仲間じゃないですか、寄ってください。
「二人とも38番で行きましょう」
「おい、何勝手に」
「いいですから」
二人は、私と目があった瞬間、何も言わずにスケッチブックに38を書いてくれた。それは優しさだったのか、良くわからない。
全員の提示が終了し、ゲームマスターは口を開く。
「それでは、オープンカード」
参加者が一斉にカードを掲げる。×のカードの所持者は、38番だった。回数は52回だったらしい。
「ア、 アンタさ」
堂島さんが震える声で、私に声を掛ける。
「その、良かったじゃない? いっぱい引っかかったわよ?」
周りを見れば、多くの人物が私を嘘つきと指摘していた。ちなみに私は今回、引っ掻ける意図も、嘘も何一つ吐いてはいなかった。
参加者は残り、6名まで減っていた。
そこまで信じられなかったのか、そこまで告白されていない人物は珍しいか。奇異の視線を向ける参加者に対し、私は視線で投げかけた。
「よく、頑張ったな」
見れば、御剣さんが私に対して、父親のように言葉を掛ける。
私は、さめざめと泣いた。
「あぁもう、泣かないでよぉ」
堂島さんも何故か釣られて泣きそうになっていた。その姿は普段の彼女からは、想像できず、ちょっと笑ってしまった。
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