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さよなら、現世と道路交通法
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「ここ……何処だ…?」
俺は萎れた声で呟いて、運転席からキョロキョロと外を見渡した。
ついさっきまで、国道の交差点にいたはずだった。そして対向車線から突っ込んできたトラックとゴッツンコ⭐︎したはずなのだ。ところが、どこにも怪我がない。車も買った時の姿のまま。
辺りは道路じゃなく、明るくて真っ白な靄が何処までも広がっていた。見た事ない程、白一色だ。
おかしいな。
俺は数時間前までの記憶をたぐる。
買ったばかりの車で、中古車販売店から出た。実家でたまに運転するくらいのペーパードライバーな俺は、超ガチガチの安全運転だ。それがどうして、車を買ったその日に貰い事故で天国にいるのか?
最悪だ!最悪!
「あのぅ…はじめまして」
「うわっ!」
突然した声に驚いて見ると、ドアの横に知らない女性が立っていた。
一体何処から湧いたのか。まだ若い女の子はスーツ姿で、なぜかおどおどしている。
「どうしよう、えっと、とりあえず、自己紹介。相手の確認。落ち着いてもらってから、転生先の説明……うん。よし」
何やらぶつぶつ呟いたかと思うと、フレッシュな笑顔を浮かべ、俺に向き直る女の子。営業スマイルだ。
「こんにちわ。私はどこにもない世界の住人です」
「はぁ」
「貴方のお名前は、島屋健斗さん。日本国で事故に巻き込まれて、此処へきました。お間違いありませんか?」
「たし…かに、そうですね」
相槌をうつと、彼女は「はい、記憶に齟齬はございません、と」と何やら確認している。
薄々だが、自分の置かれた現状がわかってきた。
あれだ。異世界に行くやつ。漫画とか小説でよくあるやつ。
「えと、では、ご説明します。残念ながら、島屋さんは事故によって生涯を終え、こちらに来ています。元いた世界に戻ることはできません。ですが、全く違う世界になら、このままご案内することができます………たぶん」
「たぶん?」
俺が不安になって聞き返すと、謎のスーツ女子は途端にあたふたとスマイルが崩れてしまった。「え、いや、その」と吃ってる。
俺は以前居酒屋で見かけた新人バイトっぽい女の子の店員さんを思い出していた。まんまあの子だ。思わず「新人です 元気いっぱい頑張ります!」て名札プレートがないか胸元を探してしまう。
「うう…すみません。突然の事でびっくりしてらっしゃるのに……」
「ああ、いや…」
「いつもならすぐにご案内できるんですけど、この車が……ちょっと予想外と言いますか……どうしよう」
新人ちゃんはすっかり困りきっている。
でも待ってくれ。俺も困りきっている。どうやら25という若さで死んじまったようだ。その上何の前触れもなく訳の分からない場所にすっ飛ばされようとしている。それでは堪らない。
「あー、よくわからないけど………ここには君一人なの?誰か他に、相談できる人はいない?」
「他に……あっ!そうか。わ、私ちょっと呼んできます。すみません」
「はい、頼みます」
「お待たせしました」
「うわっ!?」
反対側のドアの外に、ややくたびれたスーツのおじさんがノータイムで現れた。こちらは居酒屋の店長…というよりは大手会社の課長みたいな男性だ。
それにしてもおじさんも新人ちゃんも、どこから来たんだ。影も形もなかったのに急に出てくるからびびってしまう。
「いやぁ、驚きましたね。交通事故でこちらへいらっしゃる方々は何人もいますが、事故った車ごとというのは初めてですよ」
レアケースですね、と笑うおっさんに、俺は「はぁ」と返す。こっちはレアもクソもないが。
「あのそれで、俺はこれから異世界?に放り出されるんですかね」
「はい、そうなります」
こういうやり取りは慣れているのか、おっさんは享年25の俺に向かって容赦無く頷いた。新人ちゃんはそんなおっさんと俺の顔を交互に見上げてる。
「本来であれば、いくつかのスキルを差し上げ、ご要望なら転生という形で1から人生を始めて頂くことも可能なのですが…こちらの車ごといらした貴方は、来た時と同じく、車ごと転移していただく必要があります」
「そ、そうなんだ……」
げーっ、何でやねん。
無類の車好きならまだしも…何の感慨もない、買ったばかりの中古車なのに。
俺が買ったのは、何とかって名前の黒い軽だ。「初めは擦ったりするもんだ」と家族に言われ、それなら安いのでいいや、と拘りなく選んだのがこれだった。
俺の不服そうな顔面に気づいてるのかいないのか、おじさんは話を続ける。
「その代わり、できる限りの特別スキルとしてサポートさせて頂きます。ですので、少々車を見させてください」
「えっ、あハイ」
俺はようやく車のドアを開けて、オズオズと外に出た。あまりに突拍子もない事が起こり過ぎて、車から降りるという発想すら湧かなかった。
おじさんは車の周りを回り、中を確認しながら何やらブツブツ。
「どれどれ…?ありゃ、カーナビ無いんか…いいや付けとこ。ここをこうして…あとはこれも……うーむ、こんなのどうかな?フフフ…」
おい、大丈夫かよ。楽しそうにしやがって…
不安になって思わず新人ちゃんを見るも「車、ピカピカですね。お好きなんですね!」と笑ってる。いや好きじゃねーわ!
俺は萎れた声で呟いて、運転席からキョロキョロと外を見渡した。
ついさっきまで、国道の交差点にいたはずだった。そして対向車線から突っ込んできたトラックとゴッツンコ⭐︎したはずなのだ。ところが、どこにも怪我がない。車も買った時の姿のまま。
辺りは道路じゃなく、明るくて真っ白な靄が何処までも広がっていた。見た事ない程、白一色だ。
おかしいな。
俺は数時間前までの記憶をたぐる。
買ったばかりの車で、中古車販売店から出た。実家でたまに運転するくらいのペーパードライバーな俺は、超ガチガチの安全運転だ。それがどうして、車を買ったその日に貰い事故で天国にいるのか?
最悪だ!最悪!
「あのぅ…はじめまして」
「うわっ!」
突然した声に驚いて見ると、ドアの横に知らない女性が立っていた。
一体何処から湧いたのか。まだ若い女の子はスーツ姿で、なぜかおどおどしている。
「どうしよう、えっと、とりあえず、自己紹介。相手の確認。落ち着いてもらってから、転生先の説明……うん。よし」
何やらぶつぶつ呟いたかと思うと、フレッシュな笑顔を浮かべ、俺に向き直る女の子。営業スマイルだ。
「こんにちわ。私はどこにもない世界の住人です」
「はぁ」
「貴方のお名前は、島屋健斗さん。日本国で事故に巻き込まれて、此処へきました。お間違いありませんか?」
「たし…かに、そうですね」
相槌をうつと、彼女は「はい、記憶に齟齬はございません、と」と何やら確認している。
薄々だが、自分の置かれた現状がわかってきた。
あれだ。異世界に行くやつ。漫画とか小説でよくあるやつ。
「えと、では、ご説明します。残念ながら、島屋さんは事故によって生涯を終え、こちらに来ています。元いた世界に戻ることはできません。ですが、全く違う世界になら、このままご案内することができます………たぶん」
「たぶん?」
俺が不安になって聞き返すと、謎のスーツ女子は途端にあたふたとスマイルが崩れてしまった。「え、いや、その」と吃ってる。
俺は以前居酒屋で見かけた新人バイトっぽい女の子の店員さんを思い出していた。まんまあの子だ。思わず「新人です 元気いっぱい頑張ります!」て名札プレートがないか胸元を探してしまう。
「うう…すみません。突然の事でびっくりしてらっしゃるのに……」
「ああ、いや…」
「いつもならすぐにご案内できるんですけど、この車が……ちょっと予想外と言いますか……どうしよう」
新人ちゃんはすっかり困りきっている。
でも待ってくれ。俺も困りきっている。どうやら25という若さで死んじまったようだ。その上何の前触れもなく訳の分からない場所にすっ飛ばされようとしている。それでは堪らない。
「あー、よくわからないけど………ここには君一人なの?誰か他に、相談できる人はいない?」
「他に……あっ!そうか。わ、私ちょっと呼んできます。すみません」
「はい、頼みます」
「お待たせしました」
「うわっ!?」
反対側のドアの外に、ややくたびれたスーツのおじさんがノータイムで現れた。こちらは居酒屋の店長…というよりは大手会社の課長みたいな男性だ。
それにしてもおじさんも新人ちゃんも、どこから来たんだ。影も形もなかったのに急に出てくるからびびってしまう。
「いやぁ、驚きましたね。交通事故でこちらへいらっしゃる方々は何人もいますが、事故った車ごとというのは初めてですよ」
レアケースですね、と笑うおっさんに、俺は「はぁ」と返す。こっちはレアもクソもないが。
「あのそれで、俺はこれから異世界?に放り出されるんですかね」
「はい、そうなります」
こういうやり取りは慣れているのか、おっさんは享年25の俺に向かって容赦無く頷いた。新人ちゃんはそんなおっさんと俺の顔を交互に見上げてる。
「本来であれば、いくつかのスキルを差し上げ、ご要望なら転生という形で1から人生を始めて頂くことも可能なのですが…こちらの車ごといらした貴方は、来た時と同じく、車ごと転移していただく必要があります」
「そ、そうなんだ……」
げーっ、何でやねん。
無類の車好きならまだしも…何の感慨もない、買ったばかりの中古車なのに。
俺が買ったのは、何とかって名前の黒い軽だ。「初めは擦ったりするもんだ」と家族に言われ、それなら安いのでいいや、と拘りなく選んだのがこれだった。
俺の不服そうな顔面に気づいてるのかいないのか、おじさんは話を続ける。
「その代わり、できる限りの特別スキルとしてサポートさせて頂きます。ですので、少々車を見させてください」
「えっ、あハイ」
俺はようやく車のドアを開けて、オズオズと外に出た。あまりに突拍子もない事が起こり過ぎて、車から降りるという発想すら湧かなかった。
おじさんは車の周りを回り、中を確認しながら何やらブツブツ。
「どれどれ…?ありゃ、カーナビ無いんか…いいや付けとこ。ここをこうして…あとはこれも……うーむ、こんなのどうかな?フフフ…」
おい、大丈夫かよ。楽しそうにしやがって…
不安になって思わず新人ちゃんを見るも「車、ピカピカですね。お好きなんですね!」と笑ってる。いや好きじゃねーわ!
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