ペーパードライバーが車ごと異世界転移する話

ぐだな

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悪魔の化けの皮

何てこった……まさかこんな事になるなんて。

予想外の流れに、不安と焦りが膨らんでいく。てっきりいつもの言い合いの延長みたいな、軽いしばき合いでもするのかと思っていたのに。

ラスタさんと少女ボスの関係は、とても良好なもののように見えた。それが崩れてしまったのではと思うと、居た堪れない。
なんて安請け合いをしてしまったんだ。

剣を返してくれと言われた途端、少女ボスはマジギレしていた。まるで事情を話すどころでない。あの時の剣に対する「どこにやったか忘れた」って態度は、何だったんだ?

何もラスタさんは、少女ボスを討伐する気でいるのではない。むしろここから出る気がないのに。……誤解が解ければいいが。

俺はカウンター向こうの棚へ目を向ける。
そこにあった剣は、やはり忽然となくなっていた。


ーーー


島屋が1人残され途方に暮れているその頃。
通りをいくつも挟んだ別の建物に、ラスタもまた1人で立っていた。

転移の魔法で飛ばされる直前、間一髪で剣を掴むことができた。柄を握る感触は彼にとって実に数年ぶりのものである。
かつては片時も離さなかった…離せなかった物なのに、その剣は今や何の馴染みもなかった。

「最初からこんなモノ、手にしなければ良かった…とでも思っておるのだろう」

ドアの向こうから、聞き慣れぬしわがれ声がする。声は違っても、それが誰かはよく分かっていたラスタは、いつもの様に淡々と答えた。

「そうかもしれない」

鞘に収まったままの剣に目をやる。白銀の柄と鍔。鞘に施された細やかな模様も同じ色。鍔の中央に一つ、鞘の中央にも一つ、黄緑色の美しい魔石がはめられている。
翳りの湖でこれを手にしてから起きた事、出会った人たちの顔が浮かんでは消えていった。

ふいに、ドアの向こうが騒がしくなる。人々の怒声や悲鳴。獰猛な生き物の唸り声。
この場所は、もとより何もかもが幻覚であり、外の景色が様変わりしたのだと分かった。

鞘から剣を引き抜くと、ゆっくりドアの外へ踏み出した。

「勇者様だ!」
「ああっ、助かった!」
「勇者よ、どうか、どうかあのドラゴンを倒してくだされ!」

いつもの街並みは、どこにも無かった。岩山の斜面にひっそりと並ぶ集落。暗雲が立ち込める空からひっきりなしに落雷が起こり、滝のような豪雨に見舞われている。
集落に暮らす人々が、こちらを見るなり助けを求めて集っていた。

雷竜の脅威に怯えきった人々の顔、顔、顔。

その全てが、こちらに向けられている。

「また戻ると言うのか。このくだらぬ世界に」

聞き慣れない悪魔のしわがれ声が、人々の向こうから微かに届く。
人だかりの向こう側で、黒い鱗を持った巨大な生き物が血まみれで倒れていた。すぐ側には折り重なるように小さな身体がーー雷竜の子供たちが、親と同様事切れて横たわっている。
その内の1匹が、青い血の溢れる口からしわがれた声を上げていた。

「愚かなことよ。人々の苦しみや悲しみに寄り添う事を止めたお主に、戻る場所などあるものか」

声はせせら笑う。
今は何とも思わないが、かつてはたくさんの人の「助けて」に応えるのに必死だった。何のために、あんなに頑張っていたのだろう。声の言うように、己の戻る場所を守るためだろうか。

グルルルッと頭上から雷のように鳴き声が轟く。
仰ぎ見れば、家族を殺され怒り狂った雷竜が雷を身に纏い、こちら目掛けて飛びかかってくる所だった。
人々が、悲鳴をあげて散り散りになる。

雷竜が距離を詰める最中、マジックバックから「魔法攻撃無効」のスクロールを出して発動させる。ごっそりと魔力が抜けて行く感覚と共に、間近に迫った雷竜の爪を腕ごと斬り捨てる。
グワッと呻いて動きが止まった刹那、剣先をその首目掛けてひと息に突き刺した。
大きな身体が、重々しく崩れ落ちる。

「隙ありだ」

その途端、左の肩に衝撃が走る。子供雷竜が後ろから深く噛みついていた。

振り払おうとするが、その前に小さな竜はあたりの景色ごとかき消えた。
強烈な光が辺りを照らして、眩しさに思わず目を覆う。

雷雲で真っ暗だった場所から一転、空は燃えるような夕焼けで、温かな茜色が空気のように満ちていた。
広がる草原に、夕陽で黒く染まる山々の尾根。草を踏み締めてできた見慣れた街道。その先に小さな村があるのを、ラスタは知っていた。

「どうしても行っちゃうの?」

振り返ると、困ったように笑う1人の少女がいた。同じ村で生まれ、兄妹のように一緒に育った子。

「おじさんはああ言ってるけど、寂しいんじゃないかな。一人息子だし……。あ、そうだ。いつものオンボロ風車!ラスタが居なくなったら、いよいよ廃屋になっちゃう。直す人いないもん」

風になびく長い黒髪を押さえて、遠くの風車を指さす。
昔見た最後の姿のままの彼女は、すっかり大人になり肩から血を流すラスタの様子に、全く無頓着だ。

「ラスタが居なくなったら……」

ぽつん、と小さく呟いて、風車からこちらへ視線が向く。宝石のような紫の瞳が、夕陽を受けてきらめいていた。

「居なくなったら、私たちは皆んな殺されちゃうよ」

幻覚だと分かっているのに、我知らず柄を握る力が強まった。

「初めから、ここを出なければ良かったのに。村は焼かれずに済んだし…私だってまだ生きていられた。ずっとここに、居てくれればよかったのに!」

ああ。あの時、本物のこの子がそう言ってくれたなら、どんなに良かっただろう。身勝手極まりないが、そう思わずにはいられない。
何か変わっただろうか。変わらないかもな。元々、冒険者には憧れていた。村を出ないという選択肢は無かっただろう。
それを分かってくれていたから、本物の彼女はあの時最後には「頑張ってね」と笑って見送ってくれたのだ。

でも勇者なんてものにならなければ、魔族を退治してくれと頼まれる事も、その報復として魔族に故郷を滅ぼされる事もなかったかもしれない。

だから、諦めた。

「出ていくわけがないだろう」

ピクリ、と目の前の相手が動く。幼馴染の少女ではなく、その足元に落ちた影が一瞬揺らめいだ。

帰る所だの、居場所だの、もう自分には必要ない。居場所があるという事は、それを守らなくてはいけないという事だから。
でも魔境ここは違う。簡単には奪われないし、無くならない。

守らなくても、生きていける。

「俺にとって、奇跡みたいな場所なんだ。誰が出ていくものか」

ズブ…と少女の影から粘着質な音が上がり、不気味に蠢き始めた。ボコボコと泡立つように盛り上がり、やがてそこから血走った一つの目玉と異様に多い歯の並んだ口が生み出される。
その口がしわがれた声を出した。

「あん?お主はここから出ていくという話しではなかったか?」
「誰がそんなことを言った」
「………」
「………」

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