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ボンボンと令息
朝が来た。出発の日だ。
ベッドが名残惜しすぎるが、頑張って起き上がり支度をした。革の防具は見た目にそぐわすフリーサイズだ。「テオドラ」で教わった通りの手順でトレーナーの上に装着して、上着を着る。
ここへ来た時とは見違えるほど、旅人装束である。
朝食をとった後、奥さんの弁当を受け取って「花売りコカトリス亭」を出る。来た時と同じく、気さくな挨拶で見送られた。お世話になりました。
飲用水を補給した後、街の門へ向かう。入った時のとは別の、反対側にある門だ。
カードを見せたりすることもなく、レンガ造りの門をくぐって外へと抜けた。
門の外は賑やかだった。検問を待つ人の列が長く、辺りには屋台まで出てわいわいしている。反対側とは大違いだ。
「そうか…向こうは荒地があるだけだけど、こっち側は国の中央だもんな」
集落や村もポツポツと点在するから、そこから人が来るんだろう。屋台のいい香りの中を通り、やや整備された街道を歩く。
周囲はやはり見晴らしのいい平原で、林や木立が点在している。空はどんよりと曇って、今にも降りそうだ。
そんな空模様から視線を外し、遠目に広がる林に目をつける。あの中なら人目につかなそうだな。早いとこ車に乗り込むべく街道から逸れて歩き出した、その時だ。
「おい!そこの人間!」
嵐のような男に声をかけられたのは。
ーーー
時は遡り、島屋がドルトナの街を目指して疲労や尻の痛みに耐えながら車を走らせていた頃。
はるか東の街イェゼロフでは、一人の若者が賑わう通りを闊歩していた。
青みがかった黒髪に、宝玉のような深紅の瞳。貴族の装いを纏った若者はしかし共も付けず、不機嫌そうな顔を引っさげてずんずんと通りを行く。
やがて彼が入り込んだのは、学舎として解放されている建物だった。この街に数カ所あるうちの一軒だが、いずれもそうである様にここも閑散としている。
「うわっ、でた」
「また来たなー、じしょーきぞくおじさん」
「リヒャルト、じゃましないでよ」
数人の子供たちが授業から顔を上げて若者ーーリヒャルト・グウィストンへ言い放つ。
「黙れクソガキども。誰がおじさんだ」
「今年で46だろー?」
「おっさーん」
「ジジイ!」
「とうのたった独身中年」
「やかましい!」
子供たちに便乗しリヒャルトを中年呼ばわりしたのは、若い教師だ。柔和な笑みを浮かべ、子供たちに読み書き計算を教える彼もまたリヒャルトと同じ魔族だった。ちなみに年齢も同じくらいだ。
二人が実年齢にそぐわず10代後半の容姿をしているのは特別なことではなく、魔族が人より長寿の種族である所以だった。魔族としては若者でも、人間からしたら二人ともおっさんである。
「人間のガキ2・3匹相手に時間を割くなど、理解できん……おい、チビども。私はこの男に用がある。とっとと巣に帰って、人間らしく芋でも耕してろ」
「ブーブー!」
「ひっこめー」
「じゃましないでっ!」
「リヒー、せっかく来てくれて悪いけど、みんなの授業はまだ少し残ってるよ。よければそこにかけて、大人しく待っていてくれないか」
「そうだそうだー!すっこんでろ、ばーか」
「うん。つまりそういう事だね」
「貴様ら……!」
リヒャルトは憤慨した。
これだから人間の街は嫌だ。本来ならば家畜か奴隷程度の存在が、さも己が上位種であるかのように振る舞っている。挙げ句の果てには自分に向かって「おっさん」だの「ばーか」だの…!
つーか魔族のくせに何馴染んでんだこの男は!そういう事だね、じゃないわ!
「この私を誰だと思ってーー」
「できたよ、レダートさまっ、これあってますか?」
「どれどれ」
「あっ、わかった!レダートさまっ、オレもできたっ。今度こそぜったいあってるぞっ」
わやわやと3人の子供たちが、若い教師へ親しげに計算の回答を見せる。リヒャルトへ向けた辛辣な態度とは正反対で、きちんと尊敬しているのが伺える。
それもそのはずで、彼はこの国の歴とした貴族令息だ。イェゼロフ辺境伯家に連なる、レダート子爵家の次男イアニス・レダートは奉仕活動として子供への無料教室に従事していた。
対してリヒャルトは、かつて魔王の領地を賜った貴族の生まれだが…つまりは何百年も前に滅んだ魔王と共に、爵位はとうに失われている。
己を由緒正しい貴族だと信じているのは本人だけで、当然この国では認められていないのだった。
なのでイライラと席の一つに大人しく座り、しょぼ教師とチビガキ数匹のやりとりが終わるのを待つしかなかった。
相手は庶民の子供。文字や計算を教わる機会は、本人の強い意志でも無い限り訪れない。皆生活の為に働くのを優先するのが当たり前で、故に何処の学舎もスカスカなのが現状なのだ。
「じゃあなー、レダートさま」
「ありがとうございました、さようなら!レダートさま」
「レダートさま、またねー!」
「ああ、またおいで。みんな気をつけてね」
「はいっ」「はぁーい!」「はい!」
ボードとペンを教室の隅へ片付けると、子供たちは忙しなく帰っていく。パタパタと出ていく際「リヒャルトもあばよー」「レダートさまを困らせるなよ、おっさん」「ふーんだ」と傲慢ちきな魔族にも律儀に声をかけていった。
リヒャルトは舌打ちで返事をすると、胡乱な目でイアニスを見上げた。
「いつまでこんな時間の浪費を続けるんだ貴様は」
「勿論、許される限り続けるさ。みんな素直で可愛くてね、僕の癒しの時間だよ」
細い目をさらに細めて笑みを浮かべるイアニスは穏やかにそう言うと、リヒャルトの向かいの席に腰を下ろす。
こうしていると、王都の学院で寝食を共にしていた頃を思い出す。今と変わらず魔族である事を誇りとしていた友人は、今以上に浮いていた。せめて人間を貶すような態度さえなければ…と何度思ったことか。
「それで、今日はどうしたんだい?」
「これを見ろ」
リヒャルトは己のアイテムボックスから何かを取り出し、机の上に広げた。
それは年季の入った地図と、紋様の刻まれた水晶玉だった。
「ついに5つ目の魔境を生み出す時が来た!」
ベッドが名残惜しすぎるが、頑張って起き上がり支度をした。革の防具は見た目にそぐわすフリーサイズだ。「テオドラ」で教わった通りの手順でトレーナーの上に装着して、上着を着る。
ここへ来た時とは見違えるほど、旅人装束である。
朝食をとった後、奥さんの弁当を受け取って「花売りコカトリス亭」を出る。来た時と同じく、気さくな挨拶で見送られた。お世話になりました。
飲用水を補給した後、街の門へ向かう。入った時のとは別の、反対側にある門だ。
カードを見せたりすることもなく、レンガ造りの門をくぐって外へと抜けた。
門の外は賑やかだった。検問を待つ人の列が長く、辺りには屋台まで出てわいわいしている。反対側とは大違いだ。
「そうか…向こうは荒地があるだけだけど、こっち側は国の中央だもんな」
集落や村もポツポツと点在するから、そこから人が来るんだろう。屋台のいい香りの中を通り、やや整備された街道を歩く。
周囲はやはり見晴らしのいい平原で、林や木立が点在している。空はどんよりと曇って、今にも降りそうだ。
そんな空模様から視線を外し、遠目に広がる林に目をつける。あの中なら人目につかなそうだな。早いとこ車に乗り込むべく街道から逸れて歩き出した、その時だ。
「おい!そこの人間!」
嵐のような男に声をかけられたのは。
ーーー
時は遡り、島屋がドルトナの街を目指して疲労や尻の痛みに耐えながら車を走らせていた頃。
はるか東の街イェゼロフでは、一人の若者が賑わう通りを闊歩していた。
青みがかった黒髪に、宝玉のような深紅の瞳。貴族の装いを纏った若者はしかし共も付けず、不機嫌そうな顔を引っさげてずんずんと通りを行く。
やがて彼が入り込んだのは、学舎として解放されている建物だった。この街に数カ所あるうちの一軒だが、いずれもそうである様にここも閑散としている。
「うわっ、でた」
「また来たなー、じしょーきぞくおじさん」
「リヒャルト、じゃましないでよ」
数人の子供たちが授業から顔を上げて若者ーーリヒャルト・グウィストンへ言い放つ。
「黙れクソガキども。誰がおじさんだ」
「今年で46だろー?」
「おっさーん」
「ジジイ!」
「とうのたった独身中年」
「やかましい!」
子供たちに便乗しリヒャルトを中年呼ばわりしたのは、若い教師だ。柔和な笑みを浮かべ、子供たちに読み書き計算を教える彼もまたリヒャルトと同じ魔族だった。ちなみに年齢も同じくらいだ。
二人が実年齢にそぐわず10代後半の容姿をしているのは特別なことではなく、魔族が人より長寿の種族である所以だった。魔族としては若者でも、人間からしたら二人ともおっさんである。
「人間のガキ2・3匹相手に時間を割くなど、理解できん……おい、チビども。私はこの男に用がある。とっとと巣に帰って、人間らしく芋でも耕してろ」
「ブーブー!」
「ひっこめー」
「じゃましないでっ!」
「リヒー、せっかく来てくれて悪いけど、みんなの授業はまだ少し残ってるよ。よければそこにかけて、大人しく待っていてくれないか」
「そうだそうだー!すっこんでろ、ばーか」
「うん。つまりそういう事だね」
「貴様ら……!」
リヒャルトは憤慨した。
これだから人間の街は嫌だ。本来ならば家畜か奴隷程度の存在が、さも己が上位種であるかのように振る舞っている。挙げ句の果てには自分に向かって「おっさん」だの「ばーか」だの…!
つーか魔族のくせに何馴染んでんだこの男は!そういう事だね、じゃないわ!
「この私を誰だと思ってーー」
「できたよ、レダートさまっ、これあってますか?」
「どれどれ」
「あっ、わかった!レダートさまっ、オレもできたっ。今度こそぜったいあってるぞっ」
わやわやと3人の子供たちが、若い教師へ親しげに計算の回答を見せる。リヒャルトへ向けた辛辣な態度とは正反対で、きちんと尊敬しているのが伺える。
それもそのはずで、彼はこの国の歴とした貴族令息だ。イェゼロフ辺境伯家に連なる、レダート子爵家の次男イアニス・レダートは奉仕活動として子供への無料教室に従事していた。
対してリヒャルトは、かつて魔王の領地を賜った貴族の生まれだが…つまりは何百年も前に滅んだ魔王と共に、爵位はとうに失われている。
己を由緒正しい貴族だと信じているのは本人だけで、当然この国では認められていないのだった。
なのでイライラと席の一つに大人しく座り、しょぼ教師とチビガキ数匹のやりとりが終わるのを待つしかなかった。
相手は庶民の子供。文字や計算を教わる機会は、本人の強い意志でも無い限り訪れない。皆生活の為に働くのを優先するのが当たり前で、故に何処の学舎もスカスカなのが現状なのだ。
「じゃあなー、レダートさま」
「ありがとうございました、さようなら!レダートさま」
「レダートさま、またねー!」
「ああ、またおいで。みんな気をつけてね」
「はいっ」「はぁーい!」「はい!」
ボードとペンを教室の隅へ片付けると、子供たちは忙しなく帰っていく。パタパタと出ていく際「リヒャルトもあばよー」「レダートさまを困らせるなよ、おっさん」「ふーんだ」と傲慢ちきな魔族にも律儀に声をかけていった。
リヒャルトは舌打ちで返事をすると、胡乱な目でイアニスを見上げた。
「いつまでこんな時間の浪費を続けるんだ貴様は」
「勿論、許される限り続けるさ。みんな素直で可愛くてね、僕の癒しの時間だよ」
細い目をさらに細めて笑みを浮かべるイアニスは穏やかにそう言うと、リヒャルトの向かいの席に腰を下ろす。
こうしていると、王都の学院で寝食を共にしていた頃を思い出す。今と変わらず魔族である事を誇りとしていた友人は、今以上に浮いていた。せめて人間を貶すような態度さえなければ…と何度思ったことか。
「それで、今日はどうしたんだい?」
「これを見ろ」
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