ペーパードライバーが車ごと異世界転移する話

ぐだな

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「はい、これ返す。言っとくけど、そっちが勝手に渡してきたんだからな。変な言いがかりつけるなよ」

そう念を押しながら、恐る恐る光の消えた水晶を覗き込む。…あぁ、やはりヒビが入ってる。刻まれた模様とは明らかに違う場所に、キズがついていた。
ダラダラと背中に冷や汗をかく俺に、赤目男子は頓珍漢な事を言い出した。

「確保だ。絶好の生贄だ!おい、こいつは連れて帰るぞ」
「そんな、犬じゃないんだから。連れて帰るって、一体どうする気だい?」
「くそ、こんな事なら転移の陣でも持ち出していれば…とりあえず、氷漬けにするか」

あかん、思った以上にやべー奴らだ。
隙をついて逃げないと……。しかし今の俺は水やら寝具やらでかなり荷物が重く、対して相手はほぼ手ぶらの若者。今ここで駆け出したところで、どうにかなるとは思えなかった。

「ちょ、ちょっと待て!さっきからまるで意味が分からないんだけど…君たちは何がしたいんだよ?」

生贄だの氷漬けだの恐ろしいワードが気になりすぎるが、まずはこいつらの狙いを聞き出すことにした。

「よくぞ聞いたな、人間。そのぶっ飛んだ魔力量に免じて教えてやろうか。貴様はこれから、新たに生まれる魔境の礎となるのだ!」
「魔境…?って、ベラトリアの事?」
「違う違う。彼が言っているのは、それとは全く別物です」

曰く、この周辺には魔境の前身となるダンジョン…のなりかけになっている場所があって、そいつを立派な魔境へ育てるべく、魔力の多い人間を探し求めているらしい。
生贄ってのはつまり、そういう事?殺人じゃねーか。

「頭おかしいんじゃないのか……?」
「なっ…!?人間如きが舐めた口を聞くな!」
「さっきから人間人間って、あんたも人間だろ、中二病か!」
「言うに事欠いて貴様!私は魔族だッ!」

え、そうなの?どう見ても人間だけど…。ケモミミもなければ、牙も尻尾もない。見た目は人と変わらないのだろうか。

「それは本当ですよ。僕もこいつも魔族です。しかし、あなたも人間離れしていますね。恐らく僕なんかよりも大きな魔力をお持ちだ」

すごいですね、と糸目男子は物腰柔らかに告げる。なんか褒めてくれたが、それよりもこの状況を何とかしてくれないかな。君の相棒、めちゃくちゃなんだけど。

「最初に見つけたジジイ程ではないが…確かに大した保有量だ。無属性なのが腑に落ちんな」
「……なぁリヒー、ずっと気になってたんだが、そのじいさん何者なんだ…?」
「そうだ!あのジジイの囲ってある場所なら、そう離れていない。あそこへこいつも放り込んでおくとしよう!」

ダメだこいつ。まるで意思疎通のできない魔物を相手にしているようだ。まだ糸目男子の方が話が通じそう。
というか、糸目くんはまともそうだ。よく見ると赤目男子へ向ける視線が冷ややかで、彼の妄言を信じている様子ではない。

「えっと君、イアニスくんだっけ…?俺、先を急いでいるんだけど、ちょっとこの人どうにかならないかな?」

そう声をかけると、糸目男子ことイアニスは俺の顔を見上げながら「ふむ…」と何か考え込んでしまった。
その様子に気を取られていた俺は、赤目男子が一気に距離を詰めてきたのに反応できなかった。突然荷物を強く引っ張られ、思いきりつんのめる。

「うわっ、ちょ!?」
「こいつは預かってやろう!」

寝具や水、そして路銀の入った大事な荷物が赤目男子の手に渡ったかと思うと、ぱっと一瞬で消えてしまった。まるで見えないどこかへ仕舞い込まれたかのように、影も形もない。

「おい、返せ!何だよその手品は、どこやったんだ!?」
「手品じゃないわ。アイテムボックスも知らんのか、近頃の人間は」

アイテムボックス…?なにそれ。
見ていると、赤目男子は地面に置いた水晶玉をひょいと拾い上げ、消してしまった。またしても、何もない所へ放り込むような動作だ。やはり手品にしか見えない…。

「…持ち物を収納するスキルですよ。聞いた事ありませんか?」
「あ、スキル?そうなんだ………て、いや!そうじゃなくて、返せって!泥棒だろ!」
「ふん。返してほしければ、大人しく着いてこい!大人しくしないならこいつは返ってこないし、貴様は全身氷漬けだ」

ふっざけんなよ、このガキめ。
こいつに従いついてった所で、よく分からないダンジョンに放りだそうっていうんだろ?誰が付き合うか!
しかし、こんなやつに大事な路銀を奪われたくない。せっかく街で揃えた毛布や食料諸々だって。

「…わかったよ、わかった。ついて行くから、荷物は返してくれ」

絶対に逃げ出してやる。車に乗り込んでナビを起動できれば、こっちのもんだ。それにはまず、この連中から距離をとらないと。

「リヒャルト、返してあげろ。こう言ってるんだから」
「…ダメだ。行くぞ!街へ入って文を出したら、ジジイのいる集落へ向かう。それまで貴様の荷物はお預けだ」

良い度胸だ、門兵に突き出してやる。この妄執垂れ流し迷惑泥棒野郎が。
スタスタと歩き出す赤目男子の背中を睨んでいると、糸目くんが声を落として話しかけてきた。

「…別段僕のせいではありませんが、代わりに謝ります。友人が申し訳ない」
「友人…?よく友達なんてやってるな、君」
「ええ、まぁ」

わずかに笑みを浮かべて呟く糸目くんだが、顔は疲れている。

「あなたにはとんだ迷惑をかけますが…下手に刺激せず、適当に合わせて貰えませんか?あいつの言う集落にまで来てくれれば、解放します」
「ええっ!?いやいやでも、あんな奴…」
「どうか、協力してください」

糸目くんは丁寧にお願いしてくる。
なんでも、同じ理由で年寄りの爺さんがどこかに捕まっているらしく、協力しないとその場所も、ダンジョンの場所も教えないと突っぱねられているらしい。
糸目くんはその爺さんの救出と、ダンジョンの有無を確認したいが、ようやくここへ来て爺さんの場所に案内してもらえる事になったと。
このチャンスを逃したくない、と糸目くんは俺にいう。そんなこと言われてもな……。

「あいつはあの通り人間のことを軽んじてまして、氷漬けというのも脅しではありません。怒らせれば、容赦なく実行するでしょう」
「ええ…そんな…」
「無闇に逆らわない方が、かえって無事に済みます。それに、年寄りの爺さんが心配なんです。居場所が分かるまででいいので、僕たちと同行してくれませんか。お願いします」
「おい!はやくしろ貴様ら!」

向こうから赤目男子の声が飛んでくる。身の安全と取られた荷物を素早く天秤にかけた俺は、渋々頷いた。

「…わかったよ」



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