ペーパードライバーが車ごと異世界転移する話

ぐだな

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生い茂る植物たちを掻き分けるように進んでいく。途中で巨大な蜘蛛の巣を見かけて身構えたが、どうやら魔物ではなく普通の巣のようだ。

「本当にここ、ダンジョンなのか?」
「今の所ただの廃墟だね」
「スライムが逃げもせず襲いかかってきたのだから、間違いなくダンジョンだ」

スライムは弱い魔物の筆頭で、普通は敵を察知しても近寄りはしない。物陰に潜んでじっとやり過ごすのだ。だから殺意マシマシなスライムがいたら、それはダンジョン魔物で間違いないと。
以前からここへ通っていたリヒャルトは、何度かその好戦的なスライムと遭遇したそうだ。

「て事は、ここにはダンジョン生まれの魔物と、元々山にいた魔物だの虫だのが混在してるのか?」

それって、どうなるんだろう。ダンジョンの性質上、穏やかにはならなそうだ。
リヒャルトによると、ここは現在「ダンジョンvsレダーリア山の廃屋」状態で、どちらが呑まれるかの瀬戸際なのだそうだ。ゆくゆくはダンジョン化が進み、元いた生き物たちの方が淘汰されていく。そうなれば、晴れていっぱしのダンジョンだ。
逆に、レダーリア山の獣や魔物がダンジョン魔物を負かすと、養分を得られない状態が続く。その結果ダンジョンもどきは育ちきれずに消滅してしまうという。ここは元の廃墟に戻るのだ。

そう考えると、片っ端から生き物に襲いかかるダンジョン魔物って大変なんだな。勿論、襲い掛かられる方もたまったもんじゃないが。

ガサガサと歩いていると、背の高い雑草に埋もれるようにして立っている木壁が現れた。旅館の壁にしては簡素な造りで、中途半端な広さを囲っている。
リヒャルトの指示に従いその壁をぐるりと回り込むと、真っ先に四阿が目を引いた。そして下には、濁った緑の水を湛えた浴槽がある。

「おおっ、露天風呂だ」
「汚いな」
「そりゃそうだよ。形が残っているだけさ」

すげー。旅番組で見たような造りの露天風呂が、本当にこんな異世界の山奥にあったなんて。ドロドロのボロボロで見る影もないが、ここだけまるで日本にいるみたいだ。
俺たち3人は誰からともなく浴槽へ近寄り、中の水の汚さに顔を顰めた。なるほど、池だ。こんなの掃除するとなったら、めちゃくちゃ大変そうだな。温泉はどこから引いているんだろう。

「こいつを見ろ。これでもうただの廃墟だのと言えんぞ」

徐にそう言うと、リヒャルトはアイテムボックスから毛皮の塊を次々と取り出して床に放った。
げっ、と後ずさる。それは魔物の死骸だった。長い牙のイノシシに、赤い模様が入った熊。俺が知っている大蛇の3倍はあろうかという化け物アナコンダが現れると、耐えきれずに浴槽の端まで逃げ出した。

「ひいいっ、なんてもん仕舞い込んでんだ!」
「臆病者め。ただの死体だ」

見ろ、と指をさすのに目を向ければ、最初に放り出されたイノシシの足が先端から消えかかっている。雪の塊が少しずつ溶けていくような消え方は、以前魔境で目にしたのと同じだ。あの時より、消えるのがだいぶ遅い。

「ああ、本当だ。取り込まれていってる」
「これで分かったろう」
「しかし、良いのかい?こんな事をまだ続けてたらダンジョン化が収まらないだろ」
「それで良いに決まっている。寧ろそうでなくては困るのだ」
「だけどそれじゃ…リヒーはこのお宿の主人になるのに、それでは温泉どころでないよ」
「バカが、誰がそんなもんの主人になるか!私が主人となるからには、温泉なぞ廃業だ!ここは魔境になるのだっ!」
「いや、もう廃業してんだよ…。それをお前が立て直すって話しだったろ?」
「そんな話は知ったことか!」
「リヒャルト……」
「うるさい、行くぞ!」

なんとリヒャルトは精霊爺さんの言葉をガン無視する気だったらしい。魔境だなんて、まだ言ってんのかそれ。
バッサバッサと雑草を薙ぎ倒し荒々しく内湯の方へ行ってしまう背中を見送り、イアニスが深いため息を吐いた。

「それもそうか…諦めるわけないよな」

イアニスの呟きに、俺も少しだけ動揺が収まった。
考えてみればあいつは、その為に単身命懸けでレダーリア山を探索したり、友達を引きずり込んで近隣をウロついたりしてきたのだ。ここへ来て温泉経営に鞍替えろなどと、聞き入れなくて当然かもしれない。

「ど、どうすんだ?温泉の魔境ができたら」
「いやいやいや。いくら魔族の一生は長いとて、こんなやり方じゃ魔境にまでなるには孫子の代でもきかないよ。…それより、せっかくこんな金のなる木を……」

イアニスは難しい顔だ。意外にも、彼はこんな打ち捨てられた廃旅館を金のなる木だと考えているらしい。
幾らなんでも無理じゃないか…?修繕費が馬鹿みたいにかかるだろうし、建て直すにせよ客を呼ぶにせよ、そもそも人が来れないって。
そりゃぁ、こんな異世界で日本の露天風呂に浸かれたら最高だけどさ。

見えなくなってしまったリヒャルトを二人で慌てて追う。草が踏みつけられてて非常に通りやすいです。
窓ガラスの割れた入り口から中へ入ると、大浴場だ。

「ここも広いね」
「内湯はきれいだな…」

雨水が溜まらない為か、ドロドロしていなくてそう感じる。空っぽの湯船に、洗い場もちゃんとある。蛇口だけでなくシャワーヘッドまであるのに感動して足を止めていると、イアニスの「あいつマジで先いっちゃう!」と焦った声に追い立てられてしまった。
急いで真っ暗な脱衣所を通り抜け、旅館の中へと足を踏み入れた。

ドアは立派な一枚板だ。見事な透かし細工で素朴な花が彫られており、花びらには透明な石が嵌め込まれている。豪華だな。

ドアを開けると、そこは渡り廊下の突き当たりだった。
ガラスの無い窓から外光が差してて明るく、荒れ放題の外から比べると意外なほど当時の面影を残していた。かつては窓張りの壁から、庭の風景を楽しめたのだろう。窓ガラスは全部割れていて、好きな所からお入り下さい状態になっている。

イアニスに促されたばかりなのに、俺はまた足を止めて内装に見入ってしまった。
板張りの床に、淡いスミレ色の絨毯が敷かれている。それがまっすぐ奥まで続いていた。絨毯は汚らしく変色し、窓ガラスと思われる破片が砂利のように散らばっているが、昔は綺麗な旅館だったのだろう。一泊夕食付きで2万くらいしそうだ。

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