ペーパードライバーが車ごと異世界転移する話

ぐだな

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『魔王様が現れるまでに、我が家が干上がっていては意味がないでしょ。リルファも手伝って頂戴』

『ま、魔境って…いい歳してお前な。これお祖母様呼んだ方がいいんじゃないか?』

『ねーさまねーさま。「女子は如何なる時も家内を守るべし」だよ。グウィストン家がうんぬんて言うなら家訓は守らなきゃ』

人間相手に媚び商売を始めた親兄妹を見ていられず、リヒャルトは魔境を求めて家を飛び出した。魔王の栄えある臣下たるグウィストン家の者として。
ごちゃごちゃ抜かす家族や立ち塞がる家訓をどうにかすり抜けやって来た人間の王国で10年以上を過ごした挙句が、今この状況だ。

「ほらよ」

先日、ヴァレリアが言っていた。この魔繋ぎの紐は無事に量産体制が整い、じきに人間の国に広がっていくだろうと。
今のリヒャルトにできる事といえば、グウィストン家のため実家に戻りその事業を手伝う事。もしくは、お祖母様のためあのボロ温泉を復活させる事だ。
不本意だ。物凄く。
しかし、都合の悪い現実から目を逸らし続けてきた、これが報いなのかもしれない。

「ん?これ…」
「くれてやる。互いに魔力を込めてから結んでみろ」

そう伝えれば、シマヤは驚いた顔で無遠慮にこちらを見る。何も知らない男だ。その辺の店で買える物とでも思っているのだろう。しかし、訂正する気はなかった。近々そうなるのだから。

「おっ?いいの?ほんとさっきからどうした!?具合でも悪いのかよ」
「何だと!?」
「いやだって、あんなに横暴なくせに…。人間相手に親切過ぎやしないか?」
「フン!貴様がまともな人間な訳ないだろう」
「はぁ?人間だわ!」

シマヤはグチグチと怒りながらも魔繋ぎの紐を受け取った。物珍しそうに眺めてから、ぎこちなく魔力を流しオハギの後ろ脚へ結びつける。「キキィキィー?」(またこれ?邪魔だなぁ)「頂き物だぞ。そんなこと言うんじゃない」と仲良さげにしているのを尻目に、リヒャルトは街の通りに目を走らせた。

いつもの如く、うじゃうじゃと人間どもが犇めき合う。その中に、見慣れた茶色いイタチの姿を見つけた。
イタチは一人の冒険者らしき男の足元に、荷物や雑踏の影に潜むように佇んでいる。露店に足を止める人々に紛れるその男は、リヒャルト達が移動するとさりげなく後をつけて来た。

そうして東門までの道中、3匹のイタチが代わるがわる人目を縫っては不審者の周辺にたち、目印となった。
イタチどもはたまに通行人に驚かれたり、子供に見つかって駆け寄られたりしていたが、機敏な動きで人の入り込めない路地へと逃げていく。そしてまた現れ、リヒャルトに標的を示すのだった。その数は4人だ。

東門へ着き、シマヤは「はいはいあばよ、クソ魔族」と吐き捨て街の外へ去っていった。その背中にはオハギがくっついてまだこちらをじーっと見ている。何かと思えば、魔繋ぎの紐を結ばれた後ろ足を嬉しげに掲げているのだった。

「キィキィッ」(さよならーっ)

煽られてるようなその様子にいつもなら腹が立っていたかもしれないが、何故か怒りは湧いてこなかった。

「アホの主従め…」

構わず踵を返し、迷わぬ足取りで通りの一角に向かう。スタスタと近寄って行くのは、帯剣した冒険者風の二人組。
彼らは道中で合流すると街の外へ向かう人波に紛れ込み、シマヤの後に続こうとした。しかし、その行く手を阻む。

「おい、そこの人間ども」

目の前に立ちはだかったリヒャルトに、男たちは険しい表情で足を止めた。今いるのは二人だけで、残りの二人はいつの間にか周囲にいない。イアニスが足止めしているのだろう。

「面倒な真似をしやがって。ゴミ屑に煩わされるこちらの身にもなってみろ」
「何の話だい?」
「いきなりやって来て、随分じゃねぇか」

男たちはリヒャルトへ苦虫を噛み潰したような顔を向けつつも、すっとぼけ始めた。「どちらさんだろうね」「サァ?」とやりとりしている。

「汚い雑魚が間抜けな雑魚を狩ろうと、コソコソ後をつけていたろうが。言っておくが、あとの二人はもう来んぞ。今の貴様らと同じ状況だ」
「さっきから意味が分からんなぁ。俺たちは仕事に向かう途中なんだが」
「邪魔をしないでほしいね」
「まだしらを切るのか?カス人間の分際で、私の時間を割こうなど良い度胸だ」

益々剣呑な目つきとなっていく男たちへ向けて、リヒャルトはひょいと片手を振った。途端に襲いくる強い冷気に、二人は身を強張らせる。その腰に下がった得物はみるみる内に真っ白に霜付き、鞘口を氷で固く塞がれていた。

「なっ!?」
「テメェ、やりやがったな!」

途端にいきりたった男たちに吼えられるが、リヒャルトは歯牙にも掛けない。それどころか嘲笑を浮かべて話しかけるのだった。

「今までの私は、これでも気を使っていたのだぞ?忌々しい冒険者どもとて手を出せば、ギルドを追い出されるのだから。…だがそれも、どうでも良くなった」

「つまり」と、もう一度軽やかに手を掲げれば、男たちの靴裏を中心にして石畳が白く凍りついていく。彼らは己の足が縫い止められびくともしないのに気がついて戦慄した。

「ここで冒険者同士の私闘が勃発しようと、ギルド籍から抹消されようと、身の程知らずが治療院で何ヶ月過ごそうと、もはや私の知ったことではないのだ…!」

フハハハッと高笑いまでしだすリヒャルトや、突然街角に出現する氷魔法、そして「ひぃっ…!こんのバケモンが…!」「無茶苦茶だチクショウッ!」と悲鳴をあげる男たちの様子に気がつくと、周囲の人々はどよどよと遠巻きにした。

「な、何だ?」
「ママ~、なんか涼しいよ~」
「あらあら、もう秋も終わりかしら」
「赤い目だ…あれって魔族じゃない?」
「やだぁ、怖い」
「ケンカか?やれやれ~ッ!」
「何考えてんだこんな路上で!」

一方、イアニスはロレッタたちと一芝居打って体良く別働の2名を追い払うことに成功し(男にぶつかったロレッタが命を落としたと衆目の前で泣き叫ぶと、男たちは真っ青になって走り去って行った。それを見ていた子供たちまで泣いてしまったので、誤解を解くのに手こずった)、駆けつけた途端目の当たりにしたのがその光景だった。
赤い目は、魔族に多く見られる特徴の一つだ。魔族と人間のいざこざを見守る野次馬の顔つきはすっかり厳しい物へとなっていた。

「うげぇ……。予想はしてたけど…予想通りが過ぎるよ」

さて、どうやって丸く収めよう。取り敢えず止めに入りながらイアニスは頭を回すのだった。


ーーー


その数年後。
モストルデン王国の北部、辺境も辺境に位置する山奥に温泉宿が開業した。

風変わりな名前の宿は、豊富な湧出量の温泉を売りにした他に類を見ない入浴施設で、訪れた者を一様に驚かせていく。

土地神たる精霊・シャムドフの導きを授かったゆかりある温泉だという怪しい噂が人から人へと上り、奥深い山の中腹にありながらも安全性の高い山道のおかげで、客足は上々であった。
ある日、噂を聞きつけ「精霊様の威光を客寄せに騙るとは何事か」といきりたった教会の者たちがやって来た。

「長旅の疲れがまるで溶けていくぞ」
「いい湯であった」
「これは心が洗われるようだ…!」
「ウムウム。我が名を謳うだけの事はあろう?」
「え、誰あんた…?」

そしてハマった。

ある日、事業の成功を逆恨みした意地悪な隣領の伯爵家一行が、ケチをつけようと鼻息荒くやって来た。

「なんてことっ、肌がスベスベだわ…っ!」
「お父様!我が家にも湯船を造ってくださいまし!」
「落ち着きなさい、お前達…」

そしてハマった。

温泉宿への山道を切り拓く為、年単位で土木工事にこき使われ…もとい従事した地元の冒険者たちが、好評を聞いてやって来た。

「あー…生き返るなぁ…」
「ここでキンキンに冷えた酒を一杯ッ!」
「「「ウメェ~…」」」
「なんつー贅沢な時間だぁ…」

そしてハマった。

開業から話題となった温泉宿は徐々にその評判を上げていき、後にレダートと言えば温泉と言われるほどの名物として定着していく事になる。
温泉宿の店主は若い魔族で、大変気難しい人物だったが、レダート家の者と懇意にしていたため、大きな角が立つ事はなかった。

店主とレダート家の意向により、その温泉宿は魔族も人間も分け隔てなくもてなした。遠方からやって来る貴族も少なくない中、珍しく従魔の立ち入りも許可されている。

「あー、サッパリした!今度コーヒー牛乳でも持って来るか」
「キィキィー」
「呑んだら運転できないしな…」

とはいえそれは、まだ少し先の話。
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