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さらばモストルデン
「ラミアの髪飾り亭」を出発し、俺は生活用品が並ぶ店へ立ち寄った。
今日のように雨に降られた場合、荷物に被せる防水シートが必要だと思ったからだ。店はザクンダ商会の職員さんに、パン屋と合わせて教えてもらっていた。
この世界にナイロンやビニールといった素材はない。店員さんに紹介されたのは、水棲の魔物の皮で作られた風呂敷だった。俺が今着ているマントも、何ちゃらシープという羊の魔物の羊毛でできてる。見た目は重そうな布だが、雨の中半日歩いても水を吸わない優れものだ。
科学技術の代わりに、魔法や魔物を用いた不思議技術が発達して、人々の暮らしを支えている。異世界だなぁ、と改めて実感した。
街の中心を通り抜け、畑地帯へと向かう。次はいよいよ国境。リモダの街へ向けて南下だ。
石垣と畑がずっと広がる牧歌的な風景の先に、簡素な検問所が見える。しかし視線を下ろせば、道は水たまり地獄だ。このまま歩き続けたら靴が大変なことになる。
少し進んだ先の一際高く建てられた石垣の影で、俺は再び車を出した。街への入りと違って、出る際の検問は無い。ステルスで身を隠したまま通ってしまおう。
車内に入ってステルスモードにしてから、ふぅと一息つく。やっと雨とおさらばだ。
堅っ苦しい革鎧を脱ぎつつ、ナビをポチポチ操作してリモダを目的地に設定。到着時間は…大体2時間後か。
「目的地を設定しました。ルート案内に従って、走行してください」
青々とした牧草地に引かれた道を、見えざる車が軽快に走る。
辿り着いた簡素なゲートは馬車がすれ違えるほどの幅があって、行き交う人々の脇を楽々通過できた。
「乗り直す手間が省けたな。ラッキー」
「ッキー」
車はラフィードを背に、くねくねとカーブを繰り返す街道を進む。少し登っているようだ。静かだった雨足が徐々に強くなっていく。
また霧が出るかなと心配だったが、幸い視界が悪くなることはなかった。
1時間も延々と走っただろうか。辺りは黒い岩肌の山間部へと様変わりしていた。数箇所ほど車では通れない幅の頼りない道に差し掛かり、その一帯は代行モードのジズで一気に飛び越える事にした。山間に集落はなく、ひたすら険しい道が続いている。
ジズからステルスモードに戻って少しすると、雨雲の合間から陽の光が差し始めた。雨が上がりそうだ。薄暗く沈んだ黒い山間に暖かい光がさす様は絵画のような美しさで、俺は思わず車を止めた。
「うわぁ、すげー…」
「キィ?」
「休憩すっか」
ステルスモードのままギアをPに入れて、軽く身体を伸ばす。窓の外の景色をしばし眺めた。
でかい山々だ。インドア派の俺は詳しくないが、日本じゃ中々こんな高さの山峰、見られないんじゃないかな?外国にいる気分だ。…実際は外国どころか、地球ですらないんだけども。
大自然の美しさに少々心細い気持ちになりながら、水を飲んで休憩を済ませる。
それにしても、今通ってきた道はずいぶん狭くて険しかった。乗合馬車どころか荷馬車だって通るのは無理そうだ。山間に入ってからは旅人を全く見ていないが、他の人たちはどうやってリモダへ向かうのだろう。
気になったのでナビで確認してみると、山を迂回するルートが幾つかあるのを見つけた。気づかなかったが、ラフィードを出てすぐの辺りに分かれ道があったようだ。
ふーん、と納得。気が済んだのでギアをDに入れて、運転を再開だ。
途中、山の木々を縫うように闊歩する鹿の魔物を2頭見かける。殺意の高い構造の立派なツノを持っていたが、安全安心な車内から見れば野生の鹿と何ら変わらなかった。
数十分も進むと雨は徐々に止んでいった。
「およそ4キロメートル先、検問所です」
山間の景色を抜けないまま、モストルデン最後の街・リモダへ至ろうとしている。
「でっかい街だなぁ」
「キィー」
「…入る前に、色々チェックしとこう」
ナビの目的地検索を駆使して、ザクンダ商会や従魔可の宿屋の位置を頭に入れておく事にした。路銀を手元に引き出したいから、ギルドも覚えとかないと。
しばし画面をポチポチポチ…。
「ギルドはここから入ってすぐか。分かりやすいな。宿屋は西区で……うわ、商会は東区。真逆じゃん」
リモダ、広い。
ーーー
リモダは、山に囲まれた平野部に広がる国境の街だ。聳え立つ二つの山に挟まれた堅牢な門が、モストルデン王国とミスラー皇国を隔てている。
今、俺が検問の順番待ちをしているのが北の門で、国境があるのは南門の先。街との距離はほんの2、3キロだ。街の外壁は延々と伸びており、王都程ではないがかなり大きな街なのが分かる。
聳える山々の麓から中腹にかけて、目を凝らすとキノコのように民家が点在している。あんな街外れにまで人が住んでいるのだ。
物珍しい遠景から目を逸らすと、すぐ向こうに並ぶ屋台に気が移った。道中の孤独なドライブが嘘のような賑やかさだ。待機列で時間を持て余した人々をターゲットにやってくる、商魂逞しい売り子さんもいる。
「キキッ」(いい匂い)
「街に入ってからな」
ソワソワと屋台を見つめる食いしん坊の毛玉へ、俺はすかさず牽制する。街の中の方が安いのだから、わざわざここで財布の紐を緩めやしない。
やっとこさ順番が来る。厳つい検兵さんに従魔の申告をし生温かい目で迎えられながら、ついにリモダの街へ足を踏み入れた。
「よーし。先ずは荷下ろしポイントの選定だな」
ナビの地図で予習して商会の場所は頭に入っている筈だが、この規模の大きな街だ。道に迷う自信しかない。
案の定途中で現在地を見失ったので、屋台で小腹を満たすものを購入しつつ店主に道を尋ねる。バターのいい香りを漂わせるその屋台には、串にくるくる巻かれて焼いたパンが売られていた。
かりかりフワフワの串焼きパンに齧り付きながら、店主のおばさんに教わった賑やかな通りを歩く。数刻後、無事にお目当てのザクンダ商会・リモダ支部を発見した。
次は、人目につかず車を出せるポイントを探す。
今回見つけられたのは、残念ながら商会から1キロは離れた水路沿いの寂れた一角。商会周りは何処もかしこも賑やかすぎて、手近な場所での荷下ろしは不可能だ。
「遠いけど…リモダの荷下ろしは一箱だけだし、何とかなるか」
下水の入り口付近にある謎のスペースに車を出し、ステルス車内でナビの地図を再び頭に入れる。そうしたら、車を降りて実際に商会まで歩いてみた。平坦な通りだと思っていた道が急勾配だったりして、結局最短距離では運べそうにない事が判明した。
少し回り道になっても、大通りに沿った方が無難だな。
活気に溢れるザクンダ商会に到着し、これで荷運びルートの下見は完了だ。
…やれやれ、己の身の安全の為とはいえ、涙ぐましい手間暇である。
それもこれも、マジックバックがあれば全て解決するのに。…おいくらで買えるのだろう。こんなに運送業にもってこいのアイテムは他とない。使っている人くらいきっといるだろうから、明日商会で尋ねてみよう。
「キィッ」(血が飲みたいな)
「俺も腹減った。宿行って休もう」
初めての街並みを堪能しながら、宿のある西区へ向けプラプラと足を進めるのだった。
リモダ、本当に広い。
今日のように雨に降られた場合、荷物に被せる防水シートが必要だと思ったからだ。店はザクンダ商会の職員さんに、パン屋と合わせて教えてもらっていた。
この世界にナイロンやビニールといった素材はない。店員さんに紹介されたのは、水棲の魔物の皮で作られた風呂敷だった。俺が今着ているマントも、何ちゃらシープという羊の魔物の羊毛でできてる。見た目は重そうな布だが、雨の中半日歩いても水を吸わない優れものだ。
科学技術の代わりに、魔法や魔物を用いた不思議技術が発達して、人々の暮らしを支えている。異世界だなぁ、と改めて実感した。
街の中心を通り抜け、畑地帯へと向かう。次はいよいよ国境。リモダの街へ向けて南下だ。
石垣と畑がずっと広がる牧歌的な風景の先に、簡素な検問所が見える。しかし視線を下ろせば、道は水たまり地獄だ。このまま歩き続けたら靴が大変なことになる。
少し進んだ先の一際高く建てられた石垣の影で、俺は再び車を出した。街への入りと違って、出る際の検問は無い。ステルスで身を隠したまま通ってしまおう。
車内に入ってステルスモードにしてから、ふぅと一息つく。やっと雨とおさらばだ。
堅っ苦しい革鎧を脱ぎつつ、ナビをポチポチ操作してリモダを目的地に設定。到着時間は…大体2時間後か。
「目的地を設定しました。ルート案内に従って、走行してください」
青々とした牧草地に引かれた道を、見えざる車が軽快に走る。
辿り着いた簡素なゲートは馬車がすれ違えるほどの幅があって、行き交う人々の脇を楽々通過できた。
「乗り直す手間が省けたな。ラッキー」
「ッキー」
車はラフィードを背に、くねくねとカーブを繰り返す街道を進む。少し登っているようだ。静かだった雨足が徐々に強くなっていく。
また霧が出るかなと心配だったが、幸い視界が悪くなることはなかった。
1時間も延々と走っただろうか。辺りは黒い岩肌の山間部へと様変わりしていた。数箇所ほど車では通れない幅の頼りない道に差し掛かり、その一帯は代行モードのジズで一気に飛び越える事にした。山間に集落はなく、ひたすら険しい道が続いている。
ジズからステルスモードに戻って少しすると、雨雲の合間から陽の光が差し始めた。雨が上がりそうだ。薄暗く沈んだ黒い山間に暖かい光がさす様は絵画のような美しさで、俺は思わず車を止めた。
「うわぁ、すげー…」
「キィ?」
「休憩すっか」
ステルスモードのままギアをPに入れて、軽く身体を伸ばす。窓の外の景色をしばし眺めた。
でかい山々だ。インドア派の俺は詳しくないが、日本じゃ中々こんな高さの山峰、見られないんじゃないかな?外国にいる気分だ。…実際は外国どころか、地球ですらないんだけども。
大自然の美しさに少々心細い気持ちになりながら、水を飲んで休憩を済ませる。
それにしても、今通ってきた道はずいぶん狭くて険しかった。乗合馬車どころか荷馬車だって通るのは無理そうだ。山間に入ってからは旅人を全く見ていないが、他の人たちはどうやってリモダへ向かうのだろう。
気になったのでナビで確認してみると、山を迂回するルートが幾つかあるのを見つけた。気づかなかったが、ラフィードを出てすぐの辺りに分かれ道があったようだ。
ふーん、と納得。気が済んだのでギアをDに入れて、運転を再開だ。
途中、山の木々を縫うように闊歩する鹿の魔物を2頭見かける。殺意の高い構造の立派なツノを持っていたが、安全安心な車内から見れば野生の鹿と何ら変わらなかった。
数十分も進むと雨は徐々に止んでいった。
「およそ4キロメートル先、検問所です」
山間の景色を抜けないまま、モストルデン最後の街・リモダへ至ろうとしている。
「でっかい街だなぁ」
「キィー」
「…入る前に、色々チェックしとこう」
ナビの目的地検索を駆使して、ザクンダ商会や従魔可の宿屋の位置を頭に入れておく事にした。路銀を手元に引き出したいから、ギルドも覚えとかないと。
しばし画面をポチポチポチ…。
「ギルドはここから入ってすぐか。分かりやすいな。宿屋は西区で……うわ、商会は東区。真逆じゃん」
リモダ、広い。
ーーー
リモダは、山に囲まれた平野部に広がる国境の街だ。聳え立つ二つの山に挟まれた堅牢な門が、モストルデン王国とミスラー皇国を隔てている。
今、俺が検問の順番待ちをしているのが北の門で、国境があるのは南門の先。街との距離はほんの2、3キロだ。街の外壁は延々と伸びており、王都程ではないがかなり大きな街なのが分かる。
聳える山々の麓から中腹にかけて、目を凝らすとキノコのように民家が点在している。あんな街外れにまで人が住んでいるのだ。
物珍しい遠景から目を逸らすと、すぐ向こうに並ぶ屋台に気が移った。道中の孤独なドライブが嘘のような賑やかさだ。待機列で時間を持て余した人々をターゲットにやってくる、商魂逞しい売り子さんもいる。
「キキッ」(いい匂い)
「街に入ってからな」
ソワソワと屋台を見つめる食いしん坊の毛玉へ、俺はすかさず牽制する。街の中の方が安いのだから、わざわざここで財布の紐を緩めやしない。
やっとこさ順番が来る。厳つい検兵さんに従魔の申告をし生温かい目で迎えられながら、ついにリモダの街へ足を踏み入れた。
「よーし。先ずは荷下ろしポイントの選定だな」
ナビの地図で予習して商会の場所は頭に入っている筈だが、この規模の大きな街だ。道に迷う自信しかない。
案の定途中で現在地を見失ったので、屋台で小腹を満たすものを購入しつつ店主に道を尋ねる。バターのいい香りを漂わせるその屋台には、串にくるくる巻かれて焼いたパンが売られていた。
かりかりフワフワの串焼きパンに齧り付きながら、店主のおばさんに教わった賑やかな通りを歩く。数刻後、無事にお目当てのザクンダ商会・リモダ支部を発見した。
次は、人目につかず車を出せるポイントを探す。
今回見つけられたのは、残念ながら商会から1キロは離れた水路沿いの寂れた一角。商会周りは何処もかしこも賑やかすぎて、手近な場所での荷下ろしは不可能だ。
「遠いけど…リモダの荷下ろしは一箱だけだし、何とかなるか」
下水の入り口付近にある謎のスペースに車を出し、ステルス車内でナビの地図を再び頭に入れる。そうしたら、車を降りて実際に商会まで歩いてみた。平坦な通りだと思っていた道が急勾配だったりして、結局最短距離では運べそうにない事が判明した。
少し回り道になっても、大通りに沿った方が無難だな。
活気に溢れるザクンダ商会に到着し、これで荷運びルートの下見は完了だ。
…やれやれ、己の身の安全の為とはいえ、涙ぐましい手間暇である。
それもこれも、マジックバックがあれば全て解決するのに。…おいくらで買えるのだろう。こんなに運送業にもってこいのアイテムは他とない。使っている人くらいきっといるだろうから、明日商会で尋ねてみよう。
「キィッ」(血が飲みたいな)
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