ペーパードライバーが車ごと異世界転移する話

ぐだな

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本日のお宿、「セイレーンの鼻唄亭」に到着。
寄り道を楽しんだせいで夕方近くになってしまい、危うく部屋を取り損ねる所だった。時間があるからと油断してはいけないな。

「ああ、従魔ね。今日はもう1人従魔連れがいるから、顔合わせといとくれ」

おかみさんは俺にそう注意して、食堂を指さす。その先には、従魔の主人だという赤毛の女性が座っていた。
なんと、今回の厩には先客がいるようだ。
トラブル防止のため、従魔を厩へ連れて行く際はお互い立ち合う必要があるのだった。ペットホテルにワンちゃんを連れて行くようにはいかないらしい。

「あの、お食事中すみません」
「んぐ?」

赤い髪をひっつめた冒険者装束の女性は、腸詰を頬張りながら気さくに厩へ同行してくれた。ほんと恐れ入ります。
彼女は魔族で、モストルデンとミスラーを拠点に活動する冒険者パーティの一員らしい。テイマーとして身を立てている女冒険者さんだった。

「うちのサンディはフォレストーカーだよ。おたくの従魔はどこ?」
「あ。コイツです」
「キッ」(よっ)

肩の上に止まったおはぎを見て、女性はぽかんとした表情をした。

「プラムバット?」
「はい。おはぎです」
「えぇ…伝書にも使えないじゃん」

何だってそんなのを従えた…?と声を落として困惑する女性だったが、残念ながら聞こえている。俺は気にしない事にした。

離れの厩に行くと、灰茶色の毛並みに白い斑模様の入った、オオヤマネコに似た魔物が寝そべっていた。フォレストーカーというのか。しなやかに体を丸めているさまは、でかい猫ちゃんだ。

「サンディ、同業者だ。この子はエサでも敵でもないから、手出し無用よ」
「…フスンッ」

サンディちゃんは琥珀のような目をギランッとこちらへ向けたが、すぐに興味を失くしたのか顔を背けてしまった。
一方のおはぎを見やれば……毛をボーボーに逆立たせて警戒心MAXだ。

「おい…無理そうか?」
「キ…」(知らないヤツ…)
「ま、大丈夫でしょ。キミの方からちょっかい出して、サンディの機嫌を損ねなきゃね」

女性はおはぎに話しかける。そうか、魔族だから言葉が通じるんだったな。
暫く様子をみたが、おはぎは警戒してるものの怯えてるわけではなかった。サンディちゃんは完全に無関心。

「キィキィー」(よろしくね)
「……」

少し離れた位置の壁にぶら下がって声をかけるおはぎ。対するサンディちゃんは無言で、尖った大きな耳を向けるのみだ。

ここはオルトロスと無事に過ごしたおはぎの実績を信じよう。
…あまり煩く話しかけるなよ。

やや後ろ髪を引かれながらも宿へ戻り、しばし女性冒険者と世間話をした。テイマーの先輩から色々話を聞けて助かる。…ええ、お酒代くらい払いますよ、ハイ。

「国境越えを経験した事がないんですが…どんな風に通るんですか?」
「どんな風にって、まぁ普通だよ。街に入る時と一緒さ」

滞在予定の街や目的は聞かれるけどね、と女性が教えてくれる。
ふむふむ。聞いた限りだと、いち冒険者に時間を割くような検問はしないと考えてよさそうだ。さらっと通れるといいな。

女性に頼んだついでに、俺も初めてこの世界の酒を味わう。炭酸が弱くてぬるいけど、香り豊かなエールだった。アツアツの腸詰に合いますね。

女性と別れて部屋に戻り、ほろ酔い気分のまま就寝した。


ーーー


翌朝。雨雲が姿を消し、すっきりした青空に恵まれた。
朝食をもらう前におはぎの様子を見に行くと、2匹ともおしゃべりの最中だった。無事だったかと一安心。

「キィキィ」(おはぎはこの前サカナ食べたぞ)
「ガウガウ」
「キィッキッキ!」(クッキーだって持ってる!)
「ガルルルルッ…」

ドヤ顔で話すおはぎに、サンディちゃんは何故か悔しそうに尻尾をパシパシさせている。
何の話してんだ…。

おしゃべりに夢中な2匹を置いといて、一旦朝食へ。昨日と同じボイルした腸詰とピクルスが食欲をそそる。今日も美味しかった。
美味しいんだけど……米、食いたい。
そろそろ米への渇望に目を背けられなくなってきたが、見かけた事がない。今まで訪れた街で一度もだ。
とはいえ、まだ希望を捨てるには早い。モストルデン王国には無いだけで、他の国にはあるかもしれないのだから。

おかみさんにご馳走様と挨拶して、おはぎを迎えに行く。2匹はまだ食べ物の話をしていた。

「ガォ、ゥーン」
「キィーーッ!」(う、うまそーーっ!)
「ガルッ」

今度はサンディちゃんがドヤァ、と得意げに唸っており、おはぎが悔しそうに羽をばたつかせている。
出会った際はクールにお澄まししていたが、何やかやでおはぎの相手をしてくれたのだろう。そんなサンディちゃんに礼を言って、厩を後にした。

「キィ?」(イチゴって知ってる?)
「何だ。苺の話してたのか?」
「キ!キィー!」(そう!イチゴ食べたい!)
「俺も白米が食いたい」

それぞれがここには無い食材へ思いを馳せている。道すがら賑わうマーケットへ目を光らせながら、俺たちは東区へ向かうのだった。
苺も米も、マーケットには並んでいなかった。無念。

昨日の下水路スペースへ着くと、ジンジャー箱を一箱、荷車へ積んで商会へ引いた。下見の甲斐あってか、実にスムーズだ。商会の倉庫へ優雅に到着。
馬車へ木箱を積む数人とやり取りしている男性に声をかけて、ジンジャーと手紙類を納めた。リモダのお仕事、達成だ。

ガタイの良い髭もじゃ男性職員に受け取りサインを貰いながら、俺はマジックバックでの運搬について尋ねてみる。

「ほぁー…マジックバックねぇ」

すると、髭もじゃ職員さんはそのバキバキに鍛えられた厳つい容姿に似合わぬ、のほほんとした口調で教えてくれた。

大手の商会ともなれば、マジックバックを複数所持している。かくいうザクンダ商会もそうで、大量の商品の運搬に大活躍しているらしい。
そのマジックバックには厳重な盗難・紛失防止策が施されており、それを担う運び屋も決められた者がチームを組んで携わる。商会が信のおく、選ばれし配達員だ。決してギルドで募った余所者や、俺みたいな単独の運び屋には任されない。

「…それじゃ、自前で用意したマジックバックを使ってる運び屋ってのはあまりいないんですかね?」
「さァ、見かけねぇな。マジックバックなんて持ってちゃ片時も目を離せねぇし、身ぐるみ剝ぐついでに殺されかねん。俺ならさっさと売っぱらうわなぁ」

魔境でラスタさんが所持していたマジックバックを思い浮かべる。見た目はごく普通のポシェットだった。言いふらして見せびらかしでもしない限り、バレやしないと思うのだが…。
しかし、髭もじゃ職員はそんな俺へ更に言った。

「小狡い奴ァ目ざといぞ。何しろカネに変えりゃ暫く遊んで暮らせんだ。その上、中身も頂けるってな」

しばらく遊んで…?そこまで高級品なんか!
成る程、そりゃ怖いな。ひとたびバレれば最悪、盗賊にヒャッハーされるのか。
こんなに便利なのだからもっと普及しててもいいのでは、と思っていたが…。運び屋のお供とするには、ちょっとリスクの高すぎるアイテムだったようだ。

マジックバックをすっぱり諦めた俺は、髭もじゃ職員にお礼と別れを告げるのであった。

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