ペーパードライバーが車ごと異世界転移する話

ぐだな

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アラスター治療院

「マホチェク村…?聞かんな。フリツェラードといや、殆ど中央寄りだろ。少なくとも、ここいらの街道が使えねぇって話は出ちゃいんぞ」

 話をしてみると、金髪職員はそういって驚いた様子を見せた。てっきり大事件として国中に広がっているかと思いきや、この辺りには伝わっていないらしい。確かに魔物の群れを警戒するのなら、検兵や冒険者たちがもっと配属されていそうなものだけど…マドゴアまでの道すがら、立ち寄ったどの場所もそんな様子は無かった。
 可哀想になぁ、と金髪職員は気の良さそうな顔をしかめている。

 この様子だと、ギルドの方が詳しい情報が手に入るかもしれない。そう思ったが、「Cランク以上は強制参加」という物騒な一文を聞かされた手前、正直近寄りたくなかった。

 俺は考えながらマーケットへ足を運び、黒々としたぶどうとマスカットを一房ずつ購入する。ところが、いつもならやかましく飛びついてくるおはぎが、上着の内側で微動だにしないのだった。

「一体どうしたんだお前、ぶどう食うか?」
「キィ…」(ぶどう食う…)

 声をかけるとノソノソと伝って手元へやって来た。食欲はあるようでぶどうにしゃぷしゃぷ齧り付いているが、昨日までの勢いとは比べるべくも無い。
 
「具合が悪いのか?体が重いとか、寒いとかは?」
「キー…」(わかんない…力が入んない…)
「参ったな…」

 かつてない程元気をなくしたおはぎに、じわじわと焦りがつのる。
 病院に……って、そもそも魔物を診てくれる病院なんてあるのか?その前に、この世界に動物病院なんてあるのか?何かの病気やアレルギーだったとして、対応する薬があるのだろうか。
 訪れた先々で「なぜこんなプラムバットを?」と首を傾げられてきた事を思い出す。ちっぽけな魔物だからと、まともに診察をしてもらえなかったらどうすればいい。

「キ…」(んまい)
「こうしてても仕方ない…ナビで病院探すか」

 取り敢えず今のところは、ぶどうを食べる元気はあるみたいだ。
 急いでその場からとって返し、木材置き場で車に乗り込む。ナビのキーワード検索で「動物病院」と入れると、検索結果がパッと表示された。

 候補が複数あります。ピンを選択してください。

「あ、あった…!」

 見当違いの場所(モストルデンやキーストリアなどの外国だ)にもあるが、ちゃんとこの国にも動物病院がある。しかも近い!
 縋るようにそのピンを選択して、周辺の地図を表示させる。ここから南下したドローシーという街の「アラスター治療院」だ。所要時間は2時間弱。
 …治療院か。人以外も診てくれるのか疑問だが、頼んでみるしかない。

 ふと思い出して、荷物の中からスクロールを取り出す。イアニスからもらった「回復」のスクロールだ。負傷には聞くが病気を治すものではない、とは教わっていたが、ダメ元で試してみる。
 ふにゃふにゃになった毛玉へ声をかけて回復を発動させる。カッと光に包まれスクロールは消え去るも、効き目はなかった。

「キ…」
「ダメか……。今から病院行くからな」
「キィ」(おねがい、捨てないで)

 聞いたことのない弱々しい声で懇願するおはぎに、俺はハッと慌てた。こんにゃろう、何を言い出しやがる。

「捨てんわ!余計な心配しなくていい」
「キ…キ…」(そのぶどう…まだ食べる…)
「ぶどうの事かよ!」

 案内開始ボタンを押すと、ステルスモードのまま街中を検問に向かって発進させた。


ーーー


 マドゴアの街を後にし、緩やかな丘陵地帯をひたすら走る。やがて現れた赤茶色の街壁を一目散に目指す。あれが治療院のあるドローシーの街だ。
 はやる気持ちを抑え、丘の合間に広がる雑木林で車を停めた。

 おはぎは今やぶら下がるのもえらいのか、助手席の上にクタッと転がっている。路銀にいくつかのお宝を加えてから、弱ったおはぎをそっと掬いとり外へ出た。検問へ急がねば。

「なんだァ、そいつ。生きてるのか?」
「生きてます!俺の従魔なんです」

 検兵は眉を顰めておはぎを覗き込む。病気のコウモリとなればそんな顔になるのもよく分かるのだが、頼むから追い出さないでほしい。

「分かってると思うが、従魔の起こした」
「問題は俺の責任ですね!」
「本当に大丈夫だな…?」

 気をつけること、と念を押しに押されてしまう。なんとか通してもらえたので、早足で街の外れへと向かう。目的の治療院は外れに位置するのだ。

 街壁と同じ赤茶色の石畳が連なる大通りを逸れて、込み入った路地を進む。緩やかな階段を登り、アーチ型の橋の下を潜り抜けて歩くにつれ人通りは少なくなっていった。狭くてやや圧迫感のある路地だが植え込みの緑が多く、ヨーロッパの秘密の小道といった雰囲気で悪くない。こんな状況でなければ、きっとワクワクしていただろう。

 オレンジの壁に白い梁の小さな教会と、それに面するちょっとした広場へ辿り着く。ここは目印だ。この広場から東へ抜けてすぐの建物が、アラスター治療院のはず。
 
「……ここか?」

 俺は足を止め、そのこじんまりとした門構えを見上げた。
 灰色の石造りの壁に、年季の入った窓と雨どい。名前の看板はどこにも無いが、「薬あり 打ち身・腰痛」と書かれた看板ならぶら下がっていた。雨風にさらされ文字が薄くなっている。

 位置的にもここで間違いない。不安を押し殺し、縋る思いで俺は戸口に立った。塗料の剥げかけたドアをノックする。

「ごめんください!」


ーーー


 遡ること数時間前。島屋が心配で鬱々としながらドローシーへ向けて車を走らせていた頃。

 ドローシーの街の冒険者ギルドは、ここ数日前から俄かに混雑していた。

「群れの討伐ねぇ。てことは、あの騎士団の連中と合同だろ?」
「それがそうでもねぇらしい。領主サマは騎士団を動かしてねぇんだとさ」
「ふん、そりゃありがてぇな。ギルドが合同は断ったんかね」
「バカおっしゃいよ。これっぱかしの報酬で何日も足止めなんて、いい迷惑だわ」

 この地を治めるフリツェラード伯爵からの要請により、近隣の村を襲った魔物の群れの発見・討伐依頼が持ち上がったのだ。
 期間は一週間から最長で二週間。その間、一定のランクや評価をもつ冒険者は捜索や討伐に関する依頼に携わる事が決定した。別件の依頼を受けている最中の者たちは免除されるが、その他のギルドが認めた特例を除き近隣にいる冒険者は強制参加となる。

 冒険者ギルドと貴族は主従関係ではない。いち領主といえど冒険者たちを私兵のように動かすなどできないが、今回の事件は犠牲が大きかった。ギルドとしても村を滅ぼす規模の群れは捨て置けず、要請を飲む形となったのだ。
 とはいえ、領主がギルドへ落としていった依頼料に不満を表す者が殆どだった。あと数日は続くであろう周辺探索に、冒険者たちは辟易している。ごく一部を除いて。

「ニコラ、何度来たって返事が変わるわけじゃないわ。あんたはDランク。討伐依頼に参加できるのは、Cランクから。これは決まりなの」

 受付カウンターの一つでは、少年冒険者が口をへの字に曲げている。対する受付嬢も、役職にあるまじきうんざりした声を隠そうともせずそう言い放った。

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