猛焔滅斬の碧刃龍

ガスト

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1章【暗黒討伐編】

第184話・不完全

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「❨神器解放❩──“神速之足装フェル・ヴィエ・ソートル”ッッ!!」

 戦場中央。“迅神”ゼトが、冷や汗を流しつつ叫ぶ。
 その言葉に呼応する形で、彼が両脚に身に付ける装備が起動した。
 膝から下までを覆う円錐台の物体。それに刻まれた、定規で描かれた様に整った亀裂──。
 紫色の魔力が流れるそこに、新たに金色こんじきの魔力が加わった。

「──なんだ、ありゃ?」
「さあ? 特別な変化は感じられないけれど⋯⋯」

 ゼトと対峙する、セシルガとセイリス。
 真の力を解放した相手を前に、二人は全く動じない。
 セイリスとゼトとの一騎打ちにて始まったこの戦いは、その時点で既に優勢であったからだ。 
 神器を用いた超高速移動が自慢のゼトに対し、セイリスは純粋な脚力のみで追い付いてみせたのである。
 更には、セイリスには神将達の転送能力を掻い潜れるだけの見極めと攻撃における「速度」があった。
 故に、実力不足のヴィルジールや、未だ力の七割程度が回復していないテュラングルと違い、カウンターを狙わずとも攻撃が可能だったのである。
 大技である『大崩貫だいほうかん』や、勢いをつけた会心の一撃こそ命中はしなかったが、ダメージ自体は着実に与えていたのだ。
 そして、その事実にゼトが焦り始めたタイミングで、周囲の黒異種を一掃したセシルガが登場。
 出し惜しみが出来なくなったゼトが、先程に慌てて能力を解放したのである。

「フッ、フフフッ!! この俺が神器を解放する前に決めておくべきだったな!!
 貴様ら⋯⋯。特に女ぁ!! お前だけは簡単に滅してやらんぞッ!!」
「だってよ。相手してやれ、セイリス」
「イヤよ、もう面倒だし。折角こっちに来たんだから、あなたが相手してちょうだい」

 ギターを背に担ぎ、セイリスは両手を軽く掲げる。
 “後はよろしく”という仕草をして立ち去る彼女を背にに、セシルガは呆れ気味に抜刀するのであった。
 
「──つうワケで、俺が相手になってやるぜ。かかって来な」

 ゼトを太刀の鋒で差し、挑発するセシルガ。
 彼に対して、神器解放状態のゼトは不敵な笑みを浮かべた。
 当然である。ゼトの神器である“神速之足装フェル・ヴェル・ソートル”は、解放状態では通常時の5倍という驚異的な速度が発揮可能なのだ。
 先程までとは訳が違う! と、ゼトに自信が満ち溢れるのも納得の性能なのである。

「邪魔をするなら、貴様から滅してやるぞ⋯⋯!!」
「おう、そうか、じゃあ来い」
「舐めた態度もそれまでだ──ッ!!」

 超加速。50m程の間合いが潰れる。
 現在のゼトの速度は、マッハ10=時速:約12200kmである。
 何より恐ろしい点は、それ程の異常速度にほぼノータイムで移行出来るという事だろう。
 一般人には最早、見切る見切れないの領域ではなく、後からくる衝撃波による被害しか認識出来ない程の速度だ。
 
「──へえ。面白れーな、コレ」

 もっとも、人類最強の冒険者には通用しないが。

「な⋯⋯!?」

 背後からの声に、ゼトは咄嗟に振り返る。
 そして目撃した。声の主である人間の男が背後でしゃがみ、自身が身に付ける神器を興味深そうに撫でる様子を。

「くッ⋯⋯舐めるなと言った筈だッッ!!」
「おっ、」

──ボウッッ!!

 ローキックが、凄まじい勢いで空振られる。
 その衝撃波は斬撃と化し、大地に深い跡を残した。
 が、しかし。結局当て損なったという事実に変わりは無く、何処へ回避したかをゼトが理解する頃には──
 
「成程。“その足の変なの”が魔力を圧縮し、そして爆発的に放つ事で、さっきみてぇな速度を出してるってワケだ」

 背後にて、セシルガは神器の分析を行っていた。
 いちいち本人に聞こえる様に。それでいて、あからさまな程の無防備で。

「こ、このッ、貴様ァ⋯⋯!!」
「まぁ、そんなキレんなって。ちゃんと相手してやるよ」

 クイクイと指を小刻みに曲げ、セシルガは数歩下がる。
 正面に立つゼトの正中線に合わせる様に太刀を構え、僅かに目を細めて対峙した。
 この様子を見たゼト、激しく歯軋りをして突撃を開始する。
 気に食わなかったのである。此方を挑戦者として扱う様な、ただただ真っ直ぐなセシルガの構えが。

「ウオオ──おッ!?」

 勇ましい突撃も束の間、ゼトはその脚を止める。
 彼は見たのである。超高速を活かした前蹴りを打とうとした瞬間、その右前足が斬り落とされる幻覚を。
 それは、強者故に起こった出来事だった。
 セシルガの、ゼトの。両者の実力が本物であるからこそ、斬る・斬られるを理解させ、そして理解したのだ。

「だから⋯⋯舐めるなと⋯⋯。舐めんなッつってんのが分かんねぇのかッ!! あァ!!?」
「いや、何言ってんだ? 『舐める』ってのは、“下から上”にやるモンだろ?
 “上から下”の場合は、『舐める』とは言わねぇ。『評価』って言うんだぜ」
「こッ⋯⋯!! この⋯⋯ッ!! それを舐めてるッて言ってんだぜッ!!」
「あン?? 『採点』の方が嬉しかったか? それじゃあ⋯⋯ンまぁ、40点ってトコだな。
 速度は中々にあるが、そもそも当てられないんじゃあ──」

 刹那、鋭いハイキックがセシルガの顔面に迫る。
 砂煙が巻き上がった事で詳細は不明だが、少なくとも手応えはあった。
 首を蹴りねたか、若しくは何周も捻転させたか。どちらにせよ、怒りを乗せた鋭い一撃が入った。 
 まず、無事では済んではいないだろう。神の下僕を侮辱する行為が以下に重い罪なのかを思い知らせてやったぞ。
 ──というのが、一連の流れでゼトが感じたものである。

「あ~⋯⋯満足か?」

 砂煙の中から、セシルガが姿を現す。
 男は、自身の頬とゼトの足の甲との間に、手の平を差し込んでいた。
 ゼトが感じた手応えの正体は、その手の平によるものだったのだ。

「そ、そんなバカな──」

 言い切るより早く、ゼトは違和感を覚えた。
 蹴りを放った右足から、力が抜けていくのである。
 何事かと目線を動かすと、自分の踵の少し上から血が滴っている事態に気が付いた。
 ここで、ゼトはようやく全てを理解するに至ったのだ。
 全力の一撃が、たかが人間の片手によって難無く防がれた事実に。
 その刹那、此方が認識出来ない程の速度で太刀が振るわれ、更には足の腱を斬り裂いた事実に。
 そして──目の前の人間が格上であり、自分は追い詰められている状況だという事実に。

「⋯⋯チッ。これだけは、使うのを避けたかったぜ」
「ん? なんだって?」

 小さく呟いたゼトに、セシルガは片眉を吊り上げる。
 実際には、台詞自体は一言一句を復唱できる程ハッキリと聞こえていた。──が、肝心の内容が解せなかった。
 今の台詞から、ゼトに奥の手があるらしいのは分かる。
 だが、しかし。それでも解せなかった。

「❨神器──“狂化形態カオスモード”❩ッッ!!」

 天高く響いたゼトの声に、“神速之足装フェル・ヴィエ・ソートル”が応えた。
 神器表面を流れる、紫と金の二つの魔力。美しく煌めいていたソレは漆黒に濁り、周囲に赤いスパークを迸らせる。
 更に。神器に流れる黒い魔力が、ゼトの肉体を侵食する様な動きを見せた。
 それと共に、ゼト本人にもまた、大きな変化が現れていた。

「グァッハハァッ! こォなッてハ、もウ止めラレんぞッ!」

 興奮気味に──或いは狂った様子で──ゼトは嗤う。
 上半身にまで侵食した魔力は、赤い模様をゼトの肉体に描いた。
 蛇が這っている様な、つたが伸びている様な。その独特な模様は、遂にはゼトの顔にまで到達。
 首から上がヒビ割れているのかと思わせる、細い赤色のラインで埋め尽くされたのだった。

「愚かナ人間め!! 食ラえ!! ──❨悪鬼滅殺撃❩!!」

 踏み込み。同時に、肉薄。
 セシルガの周囲に、打撃の大嵐が吹き荒れた。
 神器の暴走形態。それは、神器の能力を肉体へと移行する事に真価がある。
 ゼトの場合であれば、本来脚部にしか働かない“神速”の能力が、全身に行き渡るのだ。

──ダダダダダダダダダダダダッッッ!!!

 秒速300を超える打撃。
 それが、全方位からセシルガへと向かう。
 蹴り、殴り、タックル。五体を用いて繰り出せる“打”を、ゼトは一撃一撃に殺意を飲めて打ち込んだ。

「⋯⋯ウ~ン??」

 黒い打撃の嵐の中心。静かにそこに立つセシルガは、表情に疑問を浮かべていた。
 やはり、解せないのである。
 この後に及んで、多少の戦闘能力の変化で戦況をひっくり返せると考えているゼトの思考回路が。

「ぐァアッ!!?」

 ゼトによる悲鳴が上がる。
 その理由は単純。彼が今まで放った全ての打撃を、セシルガは太刀による峰打ちで相殺していたのである。
 峰打ちといっても、ゼトの拳を砕く・脛を折るといった、攻撃的な意思は込めていない。
 自分の肉体に当たらない様に、打撃の勢いのみを受け止めていただけなのだ。
 つまり、たった今ゼトが味わっている各部の痛みは、自身の“神速”によるもの──言わば自滅である。
 
「かッ、狂化形態カオスモードでの攻撃ダゾ⋯⋯? なゼ、貴様は──」

 斬ッ。
 一筋の閃光が、ゼトの正中線をなぞった。

「バカな⋯⋯人間ごと⋯⋯き⋯⋯に⋯⋯⋯⋯」

 ゼトの肉体が、二つに割れる。
 セシルガの真の神速による斬撃が、神将が持つ転送能力が発動する間も無く、その肉体に届いたのである。

「──は~あ、っと⋯⋯」

 特に感想を述べるでもなく、セシルガはその場を後にする。
 彼の背後では、大地に生まれた血の海の中、ゼトの肉体が灰となって散っていった。
 新たなる魔大戦。地上に降臨した神将を初めに討ち取ったのは、人類最強の男であった。
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