猛焔滅斬の碧刃龍

ガスト

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1章【錬金術の街編】

第36話・過去と未来。

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“記憶”というものは、その内容によって残り方が違うものだ。

大事な記憶は大きく、中心に。
些細な記憶は小さく、端に。    

だが、例外はある。
例えば、些細な記憶を思い出さなければならない時。

思い出したその瞬間、それは『些細な記憶』から『大事な記憶』へと変化するだろう。

──そして、

勿論、その逆もある。
例えば、大事な記憶を忘れ去ってしまいたい時。

しかし、『大事な記憶』が『些細な記憶』へと変化する事は決してない。

思い出すまいと、端に追いやることは出来るだろう。
だが、絶対に消し去る事は出来ないのだ。

きっと、貴方の家族にも、友人にも、知り合いにも⋯⋯
そして貴方自身にも『端へと追いやった大事な記憶』があるだろう。

それは、我らが人間である限り受け入れるしかない。
そう、人間である限り『過去』からは逃れられない──⋯



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「⋯⋯⋯ハッ!?」


⋯ここは、何処だ?
どうやら俺は今まで眠っていた様だが、周囲の様子がおかしい。やけに暗いし、不気味な程静かだ。 

俺はベルトンでシルビアとの試合を終え、その後にヴィルジール達と飯屋で寛いでいた筈。確か、飯屋に入ったのは昼過ぎ程だった。

うん、店内が空いていたのを覚えている。
勢いで少しだけ酒を飲んだが、夜まで酔い潰れる程だっただろうか?

取り敢えず、周囲の確認と状況の整理を─⋯


「⋯─あ。」


僅かに声が漏れたのは、目に入った物が原因だった。
それは2つのジョッキで、片方は空、もう片方は液体がギリギリまで入っている。

俺は、液体の入ったジョッキを手に取った。
この時、自分の手が魔物のソレではない事に気が付かなかったのは、事態の奇妙さに意識が向いていたからだろう。


「これは⋯⋯」
  

ジョッキに入っている液体が、酒では無い事は暗闇でも理解できた。何故なら、周囲の暗さ以上にその液体が黒かったからだ。
      
そしてジョッキ手に持った瞬間、ギリギリまで注がれていたその液体が零れ、俺の手のひらを伝った。液体の生ぬるい感覚は、ゆっくりと手のひらから離れ、地面へと落下した。


⋯⋯地面。
そうだ、ここは外だ。高校の頃の友人が集まり、1人に金を渡して店を出た⋯⋯帰り道。  

⋯あぁ、俺は今から帰るんだったな。
外は暗いし寒いし、さっさと帰ろう。手に着いた液体は気持ち悪いし、何か拭くものでも─⋯

 
「⋯ツフッ」


⋯─あ、口から血が出た。
そうか、俺は刺されたんだったな。かなり大きな刃物だったし、どっか内蔵でも傷付いたんだろう。     

⋯でも、それだけじゃ血って口から出てこない様な⋯?
まぁどうでもいいや、この血の多さじゃ長くは持たないし。

はぁ、力が抜けていくな⋯⋯
でも、苦しくは無い。眠りにつく直前の様な、割と心地が良い感覚かもしれない。
  

「⋯⋯っ」


もう、立てないか。
足に力が入らないし、手も動かない。⋯ジョッキ、落としちまったな。派手に割れて、中身がそこら中に流れ出ているし、破片も⋯⋯

いや、アレ?
一欠片もナイな?木っ端微塵になった、ハズなの二⋯?

あぁソウカ、破片なんて最初から無かっタな。
元から、この血しか無かったンだ。⋯⋯全部、血だ。生ぬるい、真っ赤な血。

暗闇なのに、真っ赤な血だけが、鮮明に見える。
⋯⋯キレイだな、アレ。


──ザリッ⋯⋯


「⋯⋯?」


誰かキタな、誰かは分からないケド。
あ、でっかい包丁持ってル。アイツに刺されたのか。

はぁ⋯⋯⋯



────⋯⋯⋯⋯。




───⋯⋯⋯。




──⋯⋯。


「さむい──⋯」



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「⋯⋯起こすべきですかね?」

「分からん⋯⋯が、俺なら起こして欲しいかもな」


小声で話す、サンクイラとヴィルジール。
2人の視線の先には、まるで凍えている様に口を小刻みに震わす銀槍竜の姿があった。

険しい表情で眠っている彼を見て、サンクイラは心配そうに肩を揺する。穏やかな夢は見ていないのだろうと、揺する力を強めていくサンクイラだったが、僅かに銀槍竜の瞼が動いたのを確認すると揺するのを止め、静かに顔を覗き込んだ。

   
「うッ⋯⋯」

「⋯おはよう、大丈夫?」


目を覚ました銀槍竜は、勢いよく身体を起こした。
酷く荒れた呼吸を繰り返しながら頻りに周囲を見渡すが、夢から覚めたのだと理解すると、崩れる様に机に倒れ込んだ。

遅れて、サンクイラの質問に首を縦に振って返答をしたが、腕に顔を埋めながら呼吸を整えている様子は、到底大丈夫には見えない。

傍らで見ていたサンクイラが、心配のあまり彼の背に手を添える程には、今の銀槍竜は弱々しくなっていた。


「フッ⋯魔物でも悪い夢はみるそうだな」

「はは、情けないだろ?」

 
ヴィルジールの語り掛けに、銀槍竜は笑顔で返す。
⋯が、その額には大粒の汗が流れ、瞳孔は不安定に揺れていた。

一体、どれ程に恐ろしい夢を見ていたのだろうか、と思う反面、仮に銀槍竜が討伐対象だった場合は、今が最適なタイミングだろう。⋯と、少々物騒な思考でヴィルジールは銀槍竜の事を眺めていた。


「⋯⋯あれ、シルビア達は?」


しばらくして気持ちが落ち着いたのか、銀槍竜は改めて周囲を見渡す。ここに来て、ようやく店内の変化に気が付いたのだ。


「あぁ、アイツらは忙しいからな。お前が寝落ちてから、ぼちぼち解散って感じだったぞ」

「⋯⋯そうか」

  
ヴィルジールが返答したその時、彼の脇腹を何かがつついた。
振り向くと、そこには不機嫌そうな顔で此方を睨むサンクイラの姿が。なにか気に触る事でも言ったかと、ヴィルジールは手のひらと肩を上下させた。

ヴィルジールの反応に対し、サンクイラは小さく溜息を吐きながら、やれやれといった様子でヴィルジールの袖を引っ張るサンクイラ。しかし、彼の屈強な体幹からなる五体を、袖を摘んだ指だけで引き寄せられる訳がない。

なんなら、彼の腕をがっしりと掴み、尚且つ全体重をかけても動かせなかったので、サンクイラは渋々とヴィルジールの耳元に手を当てて小声で話す事にした。


「そんな言い方したら、あの子のせいで場がシラケたみたいじゃないですか!」

「んだよ、そこまでシビアな奴に見えねぇだろ」


何やらコソコソと会話する2人を尻目に、銀槍竜は静かに店を出る。サンクイラの予想通り、彼は『自分のせいで場が盛り下がった』的な思考に陥っていた。

普段なら、ぶっちゃけ周囲の目など大して気にしない紅志だが、見ていた夢のせいで疲労気味のこの現状。キツい追い討ちが、紅志のメンタルにダイレクトアタックしているのだった。


「はぁ~~~~~~~~~」


竜の肉体である事を、最大限に利用した溜息。
咆哮1つで大気を振動させる事が可能な肺活量での溜息は、それはもうくっっっそ長いのであった。

しかも、それが原因で問題が発生。
外套を纏っているものの、明らかに人型では無い何かが、尋常ではない長さの溜息を吐いている。あとたまに火の粉も出てる。

そりゃあ、そんだけ変わってるヤツがいれば、人集りも出来るわけで。長ーい溜息の際、その間は目を瞑っているというのもあって、人集りには気が付かず⋯⋯


「⋯えっ」


全ての息を吐き終えたところで、ようやく自身の目の前に集まる者達が視界に入ったのだった──⋯




NOW  LOADING⋯




「「「(;°д)ザワ(°д°)ザワ(д°;)」」」

(な、なんだこの人達?いつの間に集まったんだ⋯⋯)


未だボンヤリしている視界には、俺を取り囲む様に眺める人々の姿があった。内容はよく覚えていないが、さっきまで気味の悪い夢を見ていたのもあってかなりダルいし、できれば構って欲しくないんだが⋯⋯参ったなコリャ。


「ホラ、1人で動いちゃダメで⋯⋯しょ⋯?」


俺が状況の把握に苦戦していると、店からサンクイラちゃんが登場。出入り口を囲うように集まった人集りを見て、不思議そうな表情を浮かべた。

まぁ俺が逆の立場でも、同じリアクションをしたと思う。
凄腕冒険者達と言えど、ここベルトンではそう珍しくないっぽいし、そこら辺の店で飯を食っていようが対して人は集まらないだろう。

では、なぜ人々がこんなにも集まっているのか?
当事者でもないサンクイラちゃんにとっては、きっと理解に苦しむ所だろうな。⋯⋯というか、俺もよく状況を理解出来ていないし。


「な、何かあったの?」

「ぃゃ、分からない。なんか気付いたら集まってた」


なるべく小さな声で会話する俺達だが、どうも周囲の視線が痛い。少なくとも、彼等からは安全な奴とは思われていない様子だな。

外套で身を隠しているものの、人間と俺とでは骨格が違うワケだし、怪しむのは当然っちゃあ当然か。この世界で人間以外の生命体っていったら魔物だし。


「ちょっと冒険者さん!、魔物じゃないでしょうね!?」

「あっ⋯いえ、その⋯⋯」


しびれを切らしたのか、1人のご婦人が人集りの中から1歩前に出てきた。それに釣られるように、他の人々も詰め寄って来たが⋯⋯ダメだな、これは。

当たり前なんだろうが、人間の魔物に対する敵対度が高い。街中に魔物が出現するなんて住民からすれば大事件だし、冒険者がそれを見逃しているのもおかしな話。

しかも、ガバンからロクな説明を受けていないサンクイラちゃんが、周りを納得させれる説明なんて出来るわけがなし。コレは目を回してもいい案件やな。


「おい見ろ、頭の部分に角っぽい尖りがあるぞ!」


なんだコイツ、人を指差すなし。
⋯⋯なんかもう面倒くさくなってきたな。いっその事、軽く咆哮かましてビビらせるか?そのまま逃げ去ってくれればベストなんだが⋯⋯って、それはイカンか。

俺の目的は、米が来るまでこの街に留まる事だ。
自ら問題を起こしちゃあ、ガバンに会わせる顔がなくなるってもんよ。我慢、我慢。

日本人なら、米しか勝たん、

問題起こすのそりゃイカン♪

ガバンの為に我慢、我慢♪


「ィェァ⋯⋯」

「なにこのコ⋯⋯」


おっと、完璧な脳内ラップに思わず声が漏れたぜ。
サンクイラちゃん、そんな目で俺を見て⋯⋯まさか惚れたのか?


「いやぁ、スマン遅れた。どうも俺が飼ってるヤツが注目されてるようだが、何かあったか?」

「ヴィルジールさん⋯!!」


お巫山戯はそこまでだと言わんばかりの、最高なタイミングでの登場を果たしたヴィルジール。店内から様子を見ていたのか、それっぽい設定を作って出てくるのはナイス過ぎる。

⋯だが、飼われているっていうのは何かヤだな。
俺は犬かって。⋯まぁ折角の助け舟だし、是非乗らせてもらうけどな。


「ホラ、優しいヤツだぜ。みんなも見てくれよ」


そう言うと、ヴィルジールは勢いよく俺の外套を剥ぐ。
周囲の人々は、俺がグレイドラゴンの幼体だと分かると即座に距離を取った。⋯ある程度の予想はしていたが、魔物がここまで恐れられているとは。


「まあ、皆そんなに警戒すんなって。ほれ、オスワリだ」

(野郎⋯!)

 
くッ⋯ヴィルジールめ、楽しんでやがるな?
この状況で俺が断れないと知っていてソレかよ。いつか絶対にブン殴ってやる。


「「「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」」」


あーくッッそ!周囲の視線が俺に!
やりゃあいいんだろ!やりゃあ!


「グ、グルル⋯⋯」

 
どうだ、エェ?!この愛嬌たっぷりの声!まん丸お目目!
両脚を揃えて、尻尾は垂直!コレで満足だろ!


「ま、まあ⋯冒険者のヴィルジールさんのペットって話しなら⋯」

「そうね⋯万が一の時でも、すぐに対応してくれるでしょうし⋯」


う⋯皆すんなり受け入れ始めてるな⋯⋯
それはそれで屈辱的だが、致し方ない。なんとか場ば収まった様だし、少なくともヴィルジールには感謝しておくとしよう。

口では言わないがな。
⋯言ってたまるものか。人をペット扱いした挙句、オスワリだなんて、笑い話じゃあ済まないし。


「じゃ、道を開けてくれ。これから帰るトコだ」


ヴィルジールの一言で、道を塞いでいた無数の群衆がざっと開ける。その光景は、まるでモーゼの海割りの様。流石、一目置かれるだけの冒険者だな。

⋯まぁここで道を開けない奴なんて、余程空気が読めないのか、力自慢くらいだろうな。冒険者相手に意地を張るなんて、そうそう思い付くものではないし。


「⋯⋯ハァ」


何はともあれ、これでようやく落ち着けるな。
今日は早朝から歩き続け、昼頃にベルトンに到着。侍衛達に歓迎されたかと思えば、ガバンとの面談が始まり、ヴィルジール達と出会って直ぐにシルビアとの試合⋯⋯

⋯その他にも色々あって、それでもまだ夕方だ。
ここまで起きた内容が内容なだけに、かなり疲れたな。


「ふぅ⋯ご馳走様でした、ヴィルジールさん」

「はいよ。今度はお前にたらふく奢ってもらう事にするぜ」

「え!」

「ハハ⋯冗談だ」


おー、おー、道が歩きやすい事で。
ヴィルジールに外套を剥がれたせいで、凄まじい数の注目を浴びているが⋯⋯許容だな、これは。

今は、柔らかいベットにダイブしたい気分だ。
眠っていたとはいえ、良い気分ではなかったからな⋯⋯。飯も食ったし、後は風呂に入って就寝コースだな。今日はとことん休みたいし、早足でヴィルジールの別荘に向かおう。


「あっ、ちょっと銀槍竜⋯⋯って足が速い!」

「どうやら、お疲れの様だ。今はそっとしといてやろう、サンクイラ」

「そう、ですか⋯⋯」


まずは、多めに水を確保するのが目的か。
別荘の裏にはそこそこな広さの庭もあったし、そこで浴槽を生成して一風呂と行こう。んで、風呂上がりには冷やした缶コーヒーで一服⋯

そんでもって、良い感じに眠くなってきたら、一切の抵抗をせずに睡魔に身を委ねる⋯!いやー、堪りませんな。


「⋯あの、ヴィルジールさん?」

「ん?なんだ?」


俺がこの後の事について妄想を膨らませていると、後ろの2人の会話が耳に入ってきた。⋯というか、さっきから聞こえてはいたんだが、サンクイラちゃんの言葉の雰囲気が変わったのがきっかけで俺も聞き耳を立てる訳だが⋯⋯


「その⋯⋯ヴィルジールさんって、ちょっと前まであの銀槍竜の噂とか、少しでも聞いたら嬉しそうでしたのに、最近は」

「サンクイラ」

「⋯はい?」

「気にするな」


⋯⋯ん?会話は終了か?
やけにヴィルジールが食い気味な反応だったが、何か問題が?俺の噂とかに興味があったっぽいが⋯。そこで会話を途切れさせる程、気に食わない内容だったのか。

⋯うーん、少し気になるな。
俺もヴィルジールがどういう人間なのか興味があるし、今度聞いてみるか。今スグは⋯⋯いいか、疲れてるし。

あー、帰ろ帰ろ。
もうじき日が暮れるし、明日に向けて今夜はとことん休ませてもらうとするかな──⋯



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⋯⋯⋯⋯⋯──────空には影、



⋯⋯⋯⋯────地には影、



⋯⋯──遥か遠い場所、人の知らぬ何処かにて。


「ほっ、よっ、はっ!」


子気味よく片足でステップするのは、例の幼女だった。
そう、転生時から紅志に対し、僅かながらに支援を行っているあの。

ステップを刻む彼女の足元には、地面に倒れ伏す複数の男達が。それらを踏みつけぬ様、絶妙な間隔で跳ねる幼女の背後で、何かが動く。    


──ズドオォォンッッッ!!!


次の瞬間、幾重にも重なる肉体の山を衝撃波が吹き飛ばした。
衝撃波の中心にて激しく息切れをしているのは、左腕が欠損している男だった。怒りのこもった目で幼女を睨み付け、自身の歯軋りによって歯茎から出血するのにも気付かず、大股で踏み込む。


「☾ゼントゼート死神の大鎌☽ッ!!」

「お~っ?♪」


男が振り絞った声で呪文を唱えた刹那、金色の魔法陣の発現と共に、漆黒と深紫のオーラが足元から吹き出した。男は、仲間であろう男達を蹴飛ばしながら、超瞬速で幼女に迫る。

禍々しいオーラを身に纏いながら、残った右腕を後ろに突き出すと、オーラが右腕へと集中を始めた。


「くたばれェエエッ!!」

「きゃーっ!♪」


男が幼女に向けて右腕を振ると、オーラは鎌へと変形。
濃縮された魔力で形成された大鎌は、刃が緋色に煌めき、触れれば切断は免れないと、誰しもが思う程に凶悪なものに。

それを、先程の衝撃波によって吹き飛ばした仲間達が地面へ到達するより何倍も早く、幼女の目の前まで肉薄した。


(☾ゼントゼート死神の大鎌☽⋯⋯上位龍種の首すら容易く撥ねる威力⋯⋯ぶち殺してやるぜ、このガキ⋯!!)


完全に、完璧な間合いで、男は大鎌をフルスイングした。 
自身の胴体へと吸い込まれる様に迫る大鎌に、幼女はそれでも笑みを浮かべている。⋯それが、この男が最期に見た光景だった。


──パァンッッ!!


大鎌が直後、男は破裂した風船の様に消し飛ぶ。
ごく一片の肉さえ無く、薄い血の霧だけを残して無音となった空間で、幼女はくるりと振り返った。

揺れる白髪とワンピースの先には、真っ黒な空間に入った一筋の緋色の亀裂が。それを眺め、小さく溜息を零した幼女は、その場にそっと座り込んだ。


(全く、最近は物騒になったものだね⋯⋯) 

 
あぐらをかきながら前へ後ろへ揺れていると、ふと視界に入った。大量に倒れる人間達の姿と、それを邪魔そうに蹴っ飛ばしながら此方に歩いてくる1つの人影を。


「チッ⋯⋯また、か⋯?」

「まぁねぇ~⋯」


この一見中年の男性に見える男は、この世界において知らぬ者などいない存在⋯⋯『魔王』と呼ばれている。以前、同じように幼女と会話していた際もかなり不機嫌な様子だったが、この日に限っては一層それが増していた。

原因は、彼の視線の先にあった。
それは、先程幼女が眺めていた亀裂の入った空間⋯⋯と、いうよりは亀裂そのもの。

 
「⋯ったく、これで何回目だお前⋯」

「うーん、3回?」

「5回だ、巫山戯んな」


不機嫌の原因を付け加えるのなら、幼女のこの態度だ。
何を隠そう、この漆黒の空間は魔王が独自に創り出した結界であり、性質としては外部からの干渉を受けない、というもの。

侵入自体は容易く、衝撃に対する抵抗も殆ど無い。
⋯しかし、内側に入った時点で、外側からの『いかなる能力』も無効化出来るというチートな能力を有している。

つまるところ、この結界は対象を隠蔽する事に適していた。
例えば『内側の対象は、外部からの魔力感知に引っ掛からない等』⋯⋯対象の発見が極めて困難なワケだ。


「なんで引き連れて戻ってきやがったんだ?」

「いやぁ、巻けるかなーって」

「で、このザマか」


この話の顛末としては、一時的に結界を出た幼女が外側で感知されてしまい、結果として引き連れて来てしまった、というものだった。

しかし、大事なのはそこでは無い。
この結界の弱点を上げるとすれば、指定した場所にしか創り出せないという点がある。つまり、幼女がこの結界内に留まっているのが条件で、初めて効果を発揮するのである。

何故、この結界を出れる幼女が、わざわざまた戻ってくるのか。拘束されているのなら、1度出れた時点でそのまま逃げればいいのではないのか。

──白龍が魔王を封じ込めている──

その話は、真実なのか。


「ハァ⋯⋯また場所を変えるぞ。また、な」

「あいよー♪」


黒と白、
2つの影が暗闇に消えていった──⋯



NOW  LOADING⋯




「ふうぅ~⋯」

「クェ~⋯」


そして、ベルトン。
ヴィルジール別荘の裏庭で、自作の湯船に浸かる紅志は未だ知らなかった。

幼女が、魔王が、

人類、魔物、神⋯⋯

全てが揺らぐその中心に、自分が鎮座している事に。


「なにしてんの、アンタ⋯⋯」

「風呂だよ、フロ。⋯⋯まさか、知らないのか?」

「そうじゃなくて、なんで魔物のアンタが⋯⋯。はぁ、もういいわ」


それに本人が気付ける由はないが、近い内に知る事となるだろう。全てが、1本の糸で繋がっているという真実に。


「⋯折角だし、アタシも入らせてもらおうかしらね」

「はッ!?イヤイヤイヤ!」

「⋯一緒に、なんて思ってないわよね?」

「あっ、スゥ~⋯⋯⋯⋯」


燗筒 紅志の物語は、ここから更に加速してく──⋯
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