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第二章 魔法と剣と
第十四話 獣たちの宴、開催の鐘
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「それじゃあ、孤児院に帰ろうか」
予定していたワークギルドでの手続きがつつがなく終わった。この場に用はないのであとは帰るだけだった。
ただ、この場へと姿を見せたはいいが、肝心の御仁はどうするのかと、観察していたが何をする訳でもなく、スイール達に付いてワークギルドを後にするのであった。
今年の主食たる穀物の収穫も終わり、新しい食材が出回り始めたレストランや屋台ではそれらを使った料理が振舞われている。特に、収穫祭を終えたこの時期は、特に美味しいことでブールの街のみならず、トルニア王国全体、いや、全世界が浮かれていると、言ってもいいだろう。
スイールを筆頭にむさ苦しい男三人では、お洒落なカフェなどには縁がなく、小さな子供を連れた家族や仕事中の人々が集まる屋台村に足を向けていた。
屋台にも、それぞれに特色があり、見ているだけで面白い。そして、何処の街でも同じように共有のテーブルスペースがあり、屋台で買い込んでからそこで食事を楽しむのだ。
「これから、どうするんですか?」
ふいに話を振られたヴルフが、口に頬張っていたサンドイッチを喉につかえさせないように慎重に飲み込み、やっとの事で声を出した。
「どうするも何も、何も決めてないさ。泊まる場所も、何もかもな」
ヴルフの荷物を見ると、いつもの棒状武器の他に、大きな背嚢やシャツの端がはみ出した鞄を脇に抱えていた。
引っ越しするには少ない荷物であり、身一つで飛び出して来たと表現するには大げさな荷物ではあった。
簡単に言うと、中途半端な荷物を持って来たと表現するのが正しいと思われる。
「何も決めてないんじゃ、如何する事も出来ないですが……」
「それなら、何処か泊まる場所紹介してくれないか?」
そのように告げられても、スイールはいつもの宿しか思い出せない。エゼルバルドにしてみれば、孤児院やスイールの家で寝泊りしているので、ブールの街の宿泊施設など知る由もなかった。
さて、如何しようかと二人が首を傾げて、無い知恵を絞りだそうとしていた時である。
「エ~ゼ~ル~!!予定があったんじゃないの?もう終わったの~?」
首を傾げているエゼルバルドは、後ろから”バッ!”と、抱き着かれて声を掛けられる。びっくりして顔を向けると、茶色い髪をなびかせる少女の姿が見えた。
おとなしめなこげ茶のワンピースに黒いジャケットを羽織った少女の体つきは着痩せしているように見えるが、実はしなやかな動きをする無駄のない筋肉がついており、彼の首に回された腕の筋肉が何とも言えず心地良いと感じる。
「おい、びっくりしたぞ。驚かすなよ」
「おや、こんにちは」
「あれ、嬢ちゃんか?」
昼食を食べていた三人が、いきなり登場した少女に驚きの表情を見せた。
「スイールさん、こんにちは。そこにいるのはもしかして、ヴルフさんですか?って、嬢ちゃんは止めてくれませんか、怒りますよ~」
エゼルバルドから腕を放してスイールとヴルフを見ながら挨拶を交わすヒルダ。随分と会っていないヴルフから、”嬢ちゃん”と子供扱いされたと、少しだけ怒りを向けて、ドスの効いた低い声を発する。
少女とは言え、すでに成人一歩手前の年齢であるヒルダから、その様な声を向けられればヴルフと言えども恐怖を覚えたのである。
「でも、どうしてブールへ?」
「骨休めと、この街を拠点にしようかと思ってな。それで、今、二人に泊まれる宿が無いか聞き始めた所だ。どこか知ってたらヒルダも紹介してくれないか」
ヒルダをこれ以上怒らせると、明日の朝日が拝めないと感じるほどの恐怖がやって来るかもしれないと、平静さを保ちながら少女に答える。
そこに、スイールとエゼルバルドが考えてもいない答えが出されたのは驚きであった。
「それなら、神父かシスターに言って、部屋貸してもらえば?それなら、宿に泊まるより安くしてくれるんじゃないかしら?教会とかの掃除が待ってるけど、三食昼寝付きで快適じゃないかな。あと、騎士目指してる孤児院の友達が楽しみにするんじゃない?」
それは素晴らしい解決方法だと飛び上がってヴルフは喜んだ。多少条件はあるようだが、それは枝葉の事。得意分野で返せるのであれば願ってもないだろう。
知らぬ場所に泊まるよりは、知っている顔があったほうがどんなに安心できるだろうかと、ヒルダの言葉に心が揺れ動く。
「それが出来りゃ、御の字だ。さっそく頼みに行くか……って、エゼルの坊主は騎士を目指さないんか?」
ヒルダが”ボソッ”と口から漏らした、孤児院の友達の中にエゼルバルドが含まれていないのかと首を傾げた。
「坊主じゃないって!オレは、騎士とかじゃなく世界を見て回りたいんだ。さっき、スイールと話したばかりだけど。何でもしていいって言われたから」
(この年齢で何を考えているのだ?)
エゼルバルドの答えを聞き、全身の毛が逆立つのを感じた。子供達が考えるのはかっこいいと感じる、騎士や魔術師など目から入ってくる情報によるものが強い。それに独自のイメージと自分重ね、夢を見るのが普通だろう。
だが、エゼルバルドの考えはその先を見据えている。何かをやり遂げた初老手前の老人が言う言葉に感じた。
だが……。
「え~、エゼル、ズルい!わたしも世界を回りた~い!!」
エゼルバルドの後ろで、早く帰りたいとそわそわしていたが、その言葉を聞いて彼の両肩を”バンバン”と叩きながら、小さい子供のように全身で駄々をこねる。よっぽど悔しかったのか、顔を赤く紅潮させ涙を浮かべ、本当に子供のようだった。
「ヒルダもそう思ってたのか?なら、一年待つから世界を回ろうよ。ヒルダが卒業するまで旅をする勉強だな。多分、そこのオッチャン達も一緒に行くって言いだすと思うぞ!」
坊主と呼ばれた事に少しだけ腹を立てていたのか、ヴルフをオッチャンとからかい気味に呼び返す。
いい大人がそんなことで腹を立てても仕方がないと思うが、目上の大人には礼儀を持って敬うべきだと教えるべきだと感じていた。
「なぁ、誰がオッチャンだって、え?」
売り言葉に買い言葉、この後どうしてやろうかとヴルフが頭をひねり出した。
”パンパンパン!!”
火花を散らす二人の横で急に手を叩く音が響く。
「はい、二人ともそこまでです。これ以上喧嘩をするようでしたら私が許しませんよ。ここは公共の場です、大人げない。反省しなさい」
「は~い……」
「す、すまん。つい」
般若の如き怒りの表情を見せるスイールに、火花を散らしていた二人が彼の威圧に気圧され、即座に謝り頭を垂れる。
「さぁ、喧嘩してないで孤児院に向かいますよ。っと、その前にヒルダ!何か食べたいものがあったら好きなものを買ってきていいですよ。お代はこのオッチャンが責任を持って払いますから」
いまだに般若顔のスイールが、そのままヒルダへと笑顔を向ける。般若顔に笑顔が混ざり恐怖を感じる表情にヒルダは”はい”と答えるしかできず、冷や汗を流しながらヴルフから渡された硬貨を握りしめて屋台へと向かった。
その時、三人は思った。一番怒らせてはいけないのは誰でもなく”変り者”の魔術師、スイールであると……。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「「ただいま~」」
「おじゃましま~す」
孤児院に帰ってきた二人とその保護者一人。そして、予期せぬ来訪者が一人。
二人は勝手知ったる何とやらで、マナーのマの字のもなく孤児院の奥へと入って行く。しかもヒルダの口元から、先ほど買って食べながら歩いてきたためはみ出して見えた状態だった。
「こら、二人とも静かにしなさい。それに、ヒルダは行儀が悪い。歩きながら食べるんじゃないよ!」
二人を発見したしスターが孤児院の奥で叫び声を上げて怒る。二人に雷が落ちている様子が目に浮かぶようで、玄関先で待っている二人はお互いの顔を見て呆れ返っている。
シスターの拳骨が落ちる事は無さそうであったが……。
その後、シスターとのやり取りが二、三聞こえると、”バタバタ”と忙しそうな足音が玄関に向かって来た。
「待たせたね。で、あんたか。しばらく泊まる所、探してるって?」
子供二人の行儀の悪さに辟易していたのか、乱暴な言葉遣いのままヴルフに向かう。
悪気があってではないので、それほど気にしない。それに、ヴルフは泊めてもらう方であるのだ。
「えぇ。しばらく滞在したいんで、出来れば安い所と探して。そうしたら、ヒルダの嬢ちゃんが孤児院で泊まって見ればって、言われてね。交換条件を出してきたけどね。それで、神父とシスターが良ければって事なんだが……」
シスターの背中に隠れて顔を見せているヒルダは、”また嬢ちゃんって言った”と、視線を送っている。そして、人差し指を立てて、”甘い物もう一個だからね”とサインを送っている。
それに気づいて、頭を縦に細かく振り、サインの通りにもう一つおごる事になったのは、後日の話である。
シスターが”はぁ~”と溜息を吐いて口を開く。
「……分かったよ、寝床は十分あるけど布団は無い。泊まるんなら食事代は払っておくれよ。あと、掃除は子供達がやるから、訓練の面倒を見るんだよ。まぁ、子供扱いしたら怒る子供ばっかりだから、怒るから気を付けた方がいいよ、それだけは気を付けるんだよ
」
「あ、あぁ。善処しよう……」
シスターの言葉に気圧されたのか、どもり気味に返事をする。
それでも、泊まる場所の確保ができて”ホッ”と胸を撫で下ろしていた。
そして、シスターが告げた、”子供扱い怒る”のはヒルダを見ていて分かったので止めようと思ったヴルフであった。
挨拶した後、”付いてきな”と用意された部屋に案内されぐるっと見渡して”にこっ”と笑顔になる。
(結構いい部屋だな)
ヴルフに割り当てられたのは三メートル×四メートルの部屋で、備え付けのベッドと衣装用のクローゼットが置かれており、最低限の設備は整っていた。テーブルは置かれていないので書き物は別の部屋を使用することになるだろう。
板張りの床は”コツコツ”と音が響きそうなのでで履物を工夫するべきであろうか?窓からは裏の庭が見え、運動できる位の広場が広がっている。
「なかなか過ごしやすそうだ。布団は用意しないといけないようだな、後は……」
足りない生活用品を確認して呟く。
痛み始めた床板は、ヴルフが乗ると”ぎしぎし”と音を立てるが、十分現役で頑張ってくれている。そして、重い荷物で床を傷つけないようにそっと下す。
下ろした荷物から”ゴソゴソ”と探し出し、”あったあった”と革袋を取り出す。
「長くいるなら、その位用意しておくれよ、一日二日は貸してもいいけどね。あと、食事の時間は守ってもらうからね。食事に間に合わなければ出さないつもりだから、気を付けてくれ」
「わかった、シスター。とりあえずこれからの食事代だ。しばらくは足りるか?」
言葉を交わすと同時に、荷物から取り出した革袋をシスターへと手渡す。それをシスターが開くと、金色と銀色に眩しい光を反射する、きれいな硬貨が目に入ってきた。
その袋に入った硬貨だけで一か月は、いや、孤児院だったらそれ以上、上手く過ごせば半年の食事代となるだろう。
あきれて声が出ないとはこの事かと、目元を手で覆いながらシスターが溜息交じりに声を出してゆく。
「あんたは何時までいるつもりだい?こんなに渡して……。まぁ、遠慮なく貰っておくよ。足りなくなったら催促に行くから、そん時はよろしくよ。だが、金銭感覚がおかしいのはスイールも同じか。まったく……」
出してきた革袋を懐に仕舞いながら、金銭感覚の無さにシスターが嘆く。
(ああ、子供達は私が金銭感覚を教えているから大丈夫だと思うが……)
手を振り、今日は”ゆっくりとしな”と合図を送ると踵を返し部屋を出ようとドアを開けた。
”カン!カン!カン!カン!カン!”
孤児院の外から、けたたましい警報の鐘が響くのが聞こえだした。
数年来、大きな事件もなく、鐘が響き渡るのは、時の有力者が亡くなった時くらいなのに、その鐘がけたたましく警鐘を鳴らしている。
更にこの鳴り方を聞けば、他国からの進攻等、街に武力的な危機の鳴り方だった。
腰を下ろしてゆっくりしようとした矢先にけたたましい警報の鐘だ。
棒状武器と自慢のブロードソードを握りしめ部屋から出て、そして孤児院の外へと足を向ける。
孤児院の前から大通りへと抜ければ、大慌てで叫びまくる兵士と、恐怖でウロウロする人々であふれ返っていた。
商店は混乱の渦に巻き込まれまいと、店仕舞いをして窓に鎧戸を下ろし、ドアを施錠し始める。
「獣や怪物の群れがこちらに向かってる。出られる兵士はすべて出ろ~!!」
「南とか西とかそっちから来るぞ!!」
「弓隊は城壁の上に向かえ!矢を忘れずに持って行け!」
「オオカミとかイノシシの大群が現れた!!」
街の外へ向かう兵士の混乱は一層激しくなる。
その中にいて、冷静に装備を整え出撃する兵士達。徐々に落ち着きを取り戻し、命令系統も復旧し始める。
「獣の群れか……。ワシが落ち着こうとするとすぐに邪魔が入る」
ヴルフが溜息を吐いて、肩に担いだ棒状武器を握り締める
そして、”安寧の地をやらせるか”と兵士達が向かう先へと一人、歩き出すのであった。
予定していたワークギルドでの手続きがつつがなく終わった。この場に用はないのであとは帰るだけだった。
ただ、この場へと姿を見せたはいいが、肝心の御仁はどうするのかと、観察していたが何をする訳でもなく、スイール達に付いてワークギルドを後にするのであった。
今年の主食たる穀物の収穫も終わり、新しい食材が出回り始めたレストランや屋台ではそれらを使った料理が振舞われている。特に、収穫祭を終えたこの時期は、特に美味しいことでブールの街のみならず、トルニア王国全体、いや、全世界が浮かれていると、言ってもいいだろう。
スイールを筆頭にむさ苦しい男三人では、お洒落なカフェなどには縁がなく、小さな子供を連れた家族や仕事中の人々が集まる屋台村に足を向けていた。
屋台にも、それぞれに特色があり、見ているだけで面白い。そして、何処の街でも同じように共有のテーブルスペースがあり、屋台で買い込んでからそこで食事を楽しむのだ。
「これから、どうするんですか?」
ふいに話を振られたヴルフが、口に頬張っていたサンドイッチを喉につかえさせないように慎重に飲み込み、やっとの事で声を出した。
「どうするも何も、何も決めてないさ。泊まる場所も、何もかもな」
ヴルフの荷物を見ると、いつもの棒状武器の他に、大きな背嚢やシャツの端がはみ出した鞄を脇に抱えていた。
引っ越しするには少ない荷物であり、身一つで飛び出して来たと表現するには大げさな荷物ではあった。
簡単に言うと、中途半端な荷物を持って来たと表現するのが正しいと思われる。
「何も決めてないんじゃ、如何する事も出来ないですが……」
「それなら、何処か泊まる場所紹介してくれないか?」
そのように告げられても、スイールはいつもの宿しか思い出せない。エゼルバルドにしてみれば、孤児院やスイールの家で寝泊りしているので、ブールの街の宿泊施設など知る由もなかった。
さて、如何しようかと二人が首を傾げて、無い知恵を絞りだそうとしていた時である。
「エ~ゼ~ル~!!予定があったんじゃないの?もう終わったの~?」
首を傾げているエゼルバルドは、後ろから”バッ!”と、抱き着かれて声を掛けられる。びっくりして顔を向けると、茶色い髪をなびかせる少女の姿が見えた。
おとなしめなこげ茶のワンピースに黒いジャケットを羽織った少女の体つきは着痩せしているように見えるが、実はしなやかな動きをする無駄のない筋肉がついており、彼の首に回された腕の筋肉が何とも言えず心地良いと感じる。
「おい、びっくりしたぞ。驚かすなよ」
「おや、こんにちは」
「あれ、嬢ちゃんか?」
昼食を食べていた三人が、いきなり登場した少女に驚きの表情を見せた。
「スイールさん、こんにちは。そこにいるのはもしかして、ヴルフさんですか?って、嬢ちゃんは止めてくれませんか、怒りますよ~」
エゼルバルドから腕を放してスイールとヴルフを見ながら挨拶を交わすヒルダ。随分と会っていないヴルフから、”嬢ちゃん”と子供扱いされたと、少しだけ怒りを向けて、ドスの効いた低い声を発する。
少女とは言え、すでに成人一歩手前の年齢であるヒルダから、その様な声を向けられればヴルフと言えども恐怖を覚えたのである。
「でも、どうしてブールへ?」
「骨休めと、この街を拠点にしようかと思ってな。それで、今、二人に泊まれる宿が無いか聞き始めた所だ。どこか知ってたらヒルダも紹介してくれないか」
ヒルダをこれ以上怒らせると、明日の朝日が拝めないと感じるほどの恐怖がやって来るかもしれないと、平静さを保ちながら少女に答える。
そこに、スイールとエゼルバルドが考えてもいない答えが出されたのは驚きであった。
「それなら、神父かシスターに言って、部屋貸してもらえば?それなら、宿に泊まるより安くしてくれるんじゃないかしら?教会とかの掃除が待ってるけど、三食昼寝付きで快適じゃないかな。あと、騎士目指してる孤児院の友達が楽しみにするんじゃない?」
それは素晴らしい解決方法だと飛び上がってヴルフは喜んだ。多少条件はあるようだが、それは枝葉の事。得意分野で返せるのであれば願ってもないだろう。
知らぬ場所に泊まるよりは、知っている顔があったほうがどんなに安心できるだろうかと、ヒルダの言葉に心が揺れ動く。
「それが出来りゃ、御の字だ。さっそく頼みに行くか……って、エゼルの坊主は騎士を目指さないんか?」
ヒルダが”ボソッ”と口から漏らした、孤児院の友達の中にエゼルバルドが含まれていないのかと首を傾げた。
「坊主じゃないって!オレは、騎士とかじゃなく世界を見て回りたいんだ。さっき、スイールと話したばかりだけど。何でもしていいって言われたから」
(この年齢で何を考えているのだ?)
エゼルバルドの答えを聞き、全身の毛が逆立つのを感じた。子供達が考えるのはかっこいいと感じる、騎士や魔術師など目から入ってくる情報によるものが強い。それに独自のイメージと自分重ね、夢を見るのが普通だろう。
だが、エゼルバルドの考えはその先を見据えている。何かをやり遂げた初老手前の老人が言う言葉に感じた。
だが……。
「え~、エゼル、ズルい!わたしも世界を回りた~い!!」
エゼルバルドの後ろで、早く帰りたいとそわそわしていたが、その言葉を聞いて彼の両肩を”バンバン”と叩きながら、小さい子供のように全身で駄々をこねる。よっぽど悔しかったのか、顔を赤く紅潮させ涙を浮かべ、本当に子供のようだった。
「ヒルダもそう思ってたのか?なら、一年待つから世界を回ろうよ。ヒルダが卒業するまで旅をする勉強だな。多分、そこのオッチャン達も一緒に行くって言いだすと思うぞ!」
坊主と呼ばれた事に少しだけ腹を立てていたのか、ヴルフをオッチャンとからかい気味に呼び返す。
いい大人がそんなことで腹を立てても仕方がないと思うが、目上の大人には礼儀を持って敬うべきだと教えるべきだと感じていた。
「なぁ、誰がオッチャンだって、え?」
売り言葉に買い言葉、この後どうしてやろうかとヴルフが頭をひねり出した。
”パンパンパン!!”
火花を散らす二人の横で急に手を叩く音が響く。
「はい、二人ともそこまでです。これ以上喧嘩をするようでしたら私が許しませんよ。ここは公共の場です、大人げない。反省しなさい」
「は~い……」
「す、すまん。つい」
般若の如き怒りの表情を見せるスイールに、火花を散らしていた二人が彼の威圧に気圧され、即座に謝り頭を垂れる。
「さぁ、喧嘩してないで孤児院に向かいますよ。っと、その前にヒルダ!何か食べたいものがあったら好きなものを買ってきていいですよ。お代はこのオッチャンが責任を持って払いますから」
いまだに般若顔のスイールが、そのままヒルダへと笑顔を向ける。般若顔に笑顔が混ざり恐怖を感じる表情にヒルダは”はい”と答えるしかできず、冷や汗を流しながらヴルフから渡された硬貨を握りしめて屋台へと向かった。
その時、三人は思った。一番怒らせてはいけないのは誰でもなく”変り者”の魔術師、スイールであると……。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「「ただいま~」」
「おじゃましま~す」
孤児院に帰ってきた二人とその保護者一人。そして、予期せぬ来訪者が一人。
二人は勝手知ったる何とやらで、マナーのマの字のもなく孤児院の奥へと入って行く。しかもヒルダの口元から、先ほど買って食べながら歩いてきたためはみ出して見えた状態だった。
「こら、二人とも静かにしなさい。それに、ヒルダは行儀が悪い。歩きながら食べるんじゃないよ!」
二人を発見したしスターが孤児院の奥で叫び声を上げて怒る。二人に雷が落ちている様子が目に浮かぶようで、玄関先で待っている二人はお互いの顔を見て呆れ返っている。
シスターの拳骨が落ちる事は無さそうであったが……。
その後、シスターとのやり取りが二、三聞こえると、”バタバタ”と忙しそうな足音が玄関に向かって来た。
「待たせたね。で、あんたか。しばらく泊まる所、探してるって?」
子供二人の行儀の悪さに辟易していたのか、乱暴な言葉遣いのままヴルフに向かう。
悪気があってではないので、それほど気にしない。それに、ヴルフは泊めてもらう方であるのだ。
「えぇ。しばらく滞在したいんで、出来れば安い所と探して。そうしたら、ヒルダの嬢ちゃんが孤児院で泊まって見ればって、言われてね。交換条件を出してきたけどね。それで、神父とシスターが良ければって事なんだが……」
シスターの背中に隠れて顔を見せているヒルダは、”また嬢ちゃんって言った”と、視線を送っている。そして、人差し指を立てて、”甘い物もう一個だからね”とサインを送っている。
それに気づいて、頭を縦に細かく振り、サインの通りにもう一つおごる事になったのは、後日の話である。
シスターが”はぁ~”と溜息を吐いて口を開く。
「……分かったよ、寝床は十分あるけど布団は無い。泊まるんなら食事代は払っておくれよ。あと、掃除は子供達がやるから、訓練の面倒を見るんだよ。まぁ、子供扱いしたら怒る子供ばっかりだから、怒るから気を付けた方がいいよ、それだけは気を付けるんだよ
」
「あ、あぁ。善処しよう……」
シスターの言葉に気圧されたのか、どもり気味に返事をする。
それでも、泊まる場所の確保ができて”ホッ”と胸を撫で下ろしていた。
そして、シスターが告げた、”子供扱い怒る”のはヒルダを見ていて分かったので止めようと思ったヴルフであった。
挨拶した後、”付いてきな”と用意された部屋に案内されぐるっと見渡して”にこっ”と笑顔になる。
(結構いい部屋だな)
ヴルフに割り当てられたのは三メートル×四メートルの部屋で、備え付けのベッドと衣装用のクローゼットが置かれており、最低限の設備は整っていた。テーブルは置かれていないので書き物は別の部屋を使用することになるだろう。
板張りの床は”コツコツ”と音が響きそうなのでで履物を工夫するべきであろうか?窓からは裏の庭が見え、運動できる位の広場が広がっている。
「なかなか過ごしやすそうだ。布団は用意しないといけないようだな、後は……」
足りない生活用品を確認して呟く。
痛み始めた床板は、ヴルフが乗ると”ぎしぎし”と音を立てるが、十分現役で頑張ってくれている。そして、重い荷物で床を傷つけないようにそっと下す。
下ろした荷物から”ゴソゴソ”と探し出し、”あったあった”と革袋を取り出す。
「長くいるなら、その位用意しておくれよ、一日二日は貸してもいいけどね。あと、食事の時間は守ってもらうからね。食事に間に合わなければ出さないつもりだから、気を付けてくれ」
「わかった、シスター。とりあえずこれからの食事代だ。しばらくは足りるか?」
言葉を交わすと同時に、荷物から取り出した革袋をシスターへと手渡す。それをシスターが開くと、金色と銀色に眩しい光を反射する、きれいな硬貨が目に入ってきた。
その袋に入った硬貨だけで一か月は、いや、孤児院だったらそれ以上、上手く過ごせば半年の食事代となるだろう。
あきれて声が出ないとはこの事かと、目元を手で覆いながらシスターが溜息交じりに声を出してゆく。
「あんたは何時までいるつもりだい?こんなに渡して……。まぁ、遠慮なく貰っておくよ。足りなくなったら催促に行くから、そん時はよろしくよ。だが、金銭感覚がおかしいのはスイールも同じか。まったく……」
出してきた革袋を懐に仕舞いながら、金銭感覚の無さにシスターが嘆く。
(ああ、子供達は私が金銭感覚を教えているから大丈夫だと思うが……)
手を振り、今日は”ゆっくりとしな”と合図を送ると踵を返し部屋を出ようとドアを開けた。
”カン!カン!カン!カン!カン!”
孤児院の外から、けたたましい警報の鐘が響くのが聞こえだした。
数年来、大きな事件もなく、鐘が響き渡るのは、時の有力者が亡くなった時くらいなのに、その鐘がけたたましく警鐘を鳴らしている。
更にこの鳴り方を聞けば、他国からの進攻等、街に武力的な危機の鳴り方だった。
腰を下ろしてゆっくりしようとした矢先にけたたましい警報の鐘だ。
棒状武器と自慢のブロードソードを握りしめ部屋から出て、そして孤児院の外へと足を向ける。
孤児院の前から大通りへと抜ければ、大慌てで叫びまくる兵士と、恐怖でウロウロする人々であふれ返っていた。
商店は混乱の渦に巻き込まれまいと、店仕舞いをして窓に鎧戸を下ろし、ドアを施錠し始める。
「獣や怪物の群れがこちらに向かってる。出られる兵士はすべて出ろ~!!」
「南とか西とかそっちから来るぞ!!」
「弓隊は城壁の上に向かえ!矢を忘れずに持って行け!」
「オオカミとかイノシシの大群が現れた!!」
街の外へ向かう兵士の混乱は一層激しくなる。
その中にいて、冷静に装備を整え出撃する兵士達。徐々に落ち着きを取り戻し、命令系統も復旧し始める。
「獣の群れか……。ワシが落ち着こうとするとすぐに邪魔が入る」
ヴルフが溜息を吐いて、肩に担いだ棒状武器を握り締める
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