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第二章 魔法と剣と
第十五話 無双?エゼルとヒルダ
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”カン!カン!カン!カン!カン!”
ブールの街中にけたたましく警報の鐘が鳴り響く。
ヴルフが孤児院から外へと出た後を追い、スイール達も街の様子を見に出たのだ。
通りを眺めれば、人々が右往左往する姿がそこかしこに見える。
「さて、獣達の襲来の様ですね。どうします、二人とも?城壁が崩される事は無いと思いますが……」
落ち着いた口調をもってエゼルバルドとヒルダに話し掛ける。警報の鐘など一切耳に届いていない様に冷静に。彼にとって、この位の出来事は慌てる程の事でもないのであろう。
「街を守らなくちゃ!」
「もちろん!わたしも行く」
聞いた事も無いような警報に少し慌てながらも、スイールの言葉に元気に答える二人。
初めての狩りからずいぶん経ち、獣を狩るにも慣れて来ていた。もちろん、猪の首を刎ねても吐く事はもう無い。
さらに、この街では、この子供二人に真正面から戦いを挑んでも、勝ちを拾える者達がほとんどいなくなってしまった事もあり、そこら辺の動物に遅れを取る事はもう無いだろう。
「よし、何かあるかわからないから鎖帷子だけは中に着込んでおくように。あと鎧もきちんと身に着ける。ヒルダは練習用でいいから盾を忘れない事。ナイフも忘れない。”はいっ!”すぐ支度だ!」
”パンッ”と手を打つと、二人は孤児院に入り自室から装備を取り出し、手早く着こんで行く。慣れたもので五分もすれば用意が出来、玄関に二人が揃う。
厚手の貫頭衣状の服を下に身に着け、上に袖の無い鎖帷子。さらに厚手の皮のシャツを着こみベルトで緩みなく体に固定する。その上に胸を保護する革の胸当てを身に着ける。
利き手には革の籠手、足には金属片を中に仕込んだ革の脛当てをブーツと共に履く。
エゼルバルドの獲物はブロードソード。幅広の何処にでもある様な剣であるが、柄が異様に長く両手でも扱うことが出来る特別製だ。
左腕にはバックラーを装備。特注のこれは手に力を入れなくてもずれず、そのままブロードソードを左手で握る事も、杖を持つ事もできる。
そして、ヒルダの獲物となるのは軽棍。重さこそ、そこまでないが、左腕に装備している小型の円形盾とのコンビネーションは強力無比である。
最後に二人に共通して、刃渡り三十センチ程のナイフを腰の後ろに通す。
二人の格好を見て満足げに、スイールはコツコツと杖で地面を突く。
「エゼルにヒルダ、用意できましたね。私達も出ましょう」
スイールを始めとした三人は、それぞれの思いを胸に、孤児院を出て街の外へと向かうのであった。
城門へ向かう途中では、棒状武器を担ぎ、今にも駆けだしそうなヴルフが見えた。この男も警報の鐘を聞き、居ても立ってもいられない性分なのだろう。
実は、向かおうと歩き出したは良いが、一人で向かっても仕方がないと足踏みをしていたのだ。
「あなたも出ますか?」
聞きなれた声を後ろから不意に浴びせられ、びっくりしながら後ろを振り向くと、装備を整えた三人がそこにいた。すぐにでも戦争に参加できそうな装備である。
ただ、魔術師の男だけは体の防具を着ているようには見えなかった。
「ええ、もちろん。スイール殿も行きますか?」
「はい、用意は万端です。一緒に参りましょう」
そして、警報の鳴る中を四人は兵士達が向かう街の外へと駆け出すのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「中隊規模でまとまって対処せよ!」
「長槍隊、ここで死守する、後ろに抜かすな!」
「数が多い。予備の守備隊も出してくれ!」
「イノシシに交じってオオカミもいるぞ。なんだこの数は!」
ブールの街から突出した南西の場所では、すでに街の守備隊や兵士達と襲い掛かる獣たちとの間で激しい戦闘が繰り広げられていた。
中隊、小隊規模でまとまりながら対処をしているが、勢いだけを武器に進む獣たちにだんだんと守りの間を抜かれ始めて来ていた。
獣たちの攻撃はその身に備えられた牙や爪の為、守備隊の完全防御による金属製の防具を突き通せず、被害が余り出ていないのが幸いしていた。
だが、獣達の持つ速力が武器になり、あっちこっちと向きを変えさせるために戦場が混乱へと導かれている。
オオカミの獣、山岳狼だけを相手にしているのであれば、怪我をする兵士も少ないのだが、その中にイノシシの獣、巨頭猪が混じり始め、混乱した戦場で被害も出始めた。
山岳狼の攻撃方法は兵士に飛び付いて、牙や爪での攻撃を仕掛けてくるのだが、巨頭猪は強大な質量と速力を合わせて突撃を武器にし、守りを固める兵士達を次々に跳ね飛ばして行く。
そこへ山岳狼がまず襲い掛かり、兵士達の首や腕、そして足など装甲の無い場所を噛み千切りその場に放置される。そして巨頭猪がその上を通り過ぎるだけで、さらに骨折や流血の怪我を負う事になる。
最悪の場合は、その怪我や巨頭猪の超重量に踏まれる事により命を落とす兵士も出て来るのであった。
そんな、前線で体を張る兵士達に、遠目から弓矢の攻撃も続けられているが、動き続ける獣達には命中率が悪く、援護が出来ていなかった。
阿鼻叫喚の突出した前線から少し離れた、ブールの街に近い場所に一つの陣が置かれている。街の兵士が詰める陣営ではなく、ワークギルドの陣営である。
そこには普段から獣狩りなどで生計を立てている歴戦の者達が多数顔を出し、前線へと向かっていく。
その中にスイール達、四人の姿が見える。
「結構集まっていますね。これだけいれば時間の問題でしょうか?」
出ていく者達を数えながら、満足気な表情をするスイール。魔術師はほとんど見えず、大部分が騎士や戦士風の鎧を着こんだ身なりをしている。獣を追うのに魔術師では荷が重いかもしれない、と。
「で、スイール殿。ワシ達はどうする。この二人の事もあるから、前線から漏れた獣を相手にするか?」
ヴルフはエゼルバルドとヒルダをチラッと一瞥してどうするかを尋ねる。
「いえ、二人の事は何の心配もいりません。獣相手に遅れを取るなどありません。出て、前線まで行きましょう。出るのが遅くなりましたが、蹴散らしに行きますよ!」
スイールはエゼルバルドとヒルダの事は全く心配していなかった。
今までに教えた事、散々狩りに連れて行った事、その体力の多さ、どれをとっても不安要素を持ち合わせていない。
一度、アニパレで見ただけのヴルフが心配するのも当然である。
四人がようやく戦闘の激しそうな場所に到着すると、兵士と獣が入り乱れて争っている場面に出くわす。金属製の鎧を身に着けている守備隊や兵士が少し優勢に見え、時間は掛かるが全てを退ける事が可能と見ていた。
その傍らには獣の死体や、怪我で動けない兵士など、見るも無残な光景が広がる。
その混戦していた場から少し離れ、人気の少ない場所へと四人は足を向けた。
人気の少ない場所を抜けようと、獣の群れが迫って来ている。鬼気迫るその光景を見れば、たった四人ではすぐに抜かれて街の方角へ行かれてしまうと普通なら予想するだろう。
「さて、たまには本気で魔法を使ってみますか?三人とも危ないですから後ろに下がっていて下さい」
スイールの後ろに下がりながら、どんな魔法で獣を屠るのか興味深く彼を見つめる。
スイールは自慢の杖を勢いよく地面に突き刺し自立させる。両の手を杖に向け、何やら呟き始め、魔力を集め始める。
魔法を発動させるには詠唱など必要とはしないのだが、彼の口元を見れば呟きを発しながら言葉と共に思考をしている様だ。彼が普段魔法を使う中でこれほど集中する事は見たことが無く、とんでもない魔法が放たれるとエゼルバルドは感じていた様だ。
異常な現象はすぐに表れた。スイールの前面に集まったとてつもない魔力が幾つかに別れると、それがすぐに空気の渦へと変換される。
その一つが風の刀に変換でもされれば、十人を並べたとしても切り裂くほどの魔力量を蓄えている。
それが幾重にも重なり、そして、圧縮され空気の渦が出来上がると、一斉に獣達に向かって襲い掛かる。
「さぁ、襲い掛かりなさい。嵐の蛇!!」
スイールが目を”カッ”と見開き、手を振りかざすと、空気の渦がまるで生きている蛇の様にうねりながら空中を凄い勢いで飛び出し、獣達へと襲い掛かる。
スイールが生み出した空気の蛇は獲物を喰らい尽くすが如く暴力的な力を発揮し獣達の命を奪い始める。ある獣は首引き千切られ鮮血を吹き出しながら絶命し、またある獣は腹を食い破られ臓物を撒き散らしながら息絶える。
またある獣は真正面から魔法を受けてしまい、全てを爆散させた様に挽肉にされた。
魔法が通り過ぎると、そこには獣達に起った阿鼻叫喚の地獄が残っただけであった。
スイールのオリジナル魔法、嵐の蛇は、圧縮された空気を竜巻状にする風の渦を改良し、蛇の様に撃ち出す魔法だ。
狙ってまっすぐに飛ぶが、竜巻状に構成された渦は蛇が移動するかの如く、うねうねとうねりながら飛び、真空の刃が敵を切り裂く、恐ろしい魔法である。
スイールは魔法が成功し、大部分の獣達が地に伏したと見るや、満足げな表情を見せて、ガクッと膝を付いた。
「ふぅ……。久しぶりですが上手くいったようですね」
殆どの魔力を使い果たし、肩で息をしている。だが、魔法の出来に笑みを浮かべる程の成功としていた。
スイールを見守っていた三人は魔法の威力に唖然とした表情を見せていた。
「大半の獣たちは片が付きました。暴れてきてください」
スイールは自分の仕事は終わったと、エゼルバルドとヒルダに語り掛ける。その一言で、硬直が解けたのか、それぞれの獲物を構えるとスイールの横を通り、獣達へと足を向ける。
「それじゃ、行ってくる」
「いってきま~す」
スイールの魔法に度肝を抜かれたが、魔力枯渇状態のスイールまで獣を近づけてはならないと、予定通りに武器を振るう事にした。
そして、残りの獣を見据えると、それに向けて二人は駆け出すのであった。
エゼルバルドは手にしたブロードソードを肩慣らしとばかりに二、三回大きく振り回す。
それで、身近にいた山岳狼や巨頭猪の首や足を一撃で切り落とす。魔法剣特有の丈夫さと切れ味を保ち、切り終わると同時に切っ先の血糊を獣の毛皮でふき取る程の効果を持つ。
調子の良さを見たエゼルバルドは、獣の群れに襲い掛かり圧倒して行く。戦術も知らぬ、ただ襲い掛かる獣は、エゼルバルドの敵では無かった。一閃ごとに獣が一頭、血を吹き出して倒れて行く。
彼の剣は止まることを知らず、ただ、動き続けて獣を切り裂いて行くのであった。
「大した事ないなぁ。こんなに群れてもこれで終わりかぁ……」
余りのあっけなさに、切り刻まれた群れの先を見るも、そこには虚空が広がるばかりであった。スイールに大半は減らされたとは言え、二十匹以上いた、獣の群れはあっという間に骸と変わった。
「終了っと!」
刀身に残った血糊を”バッ”と振り払うと、剣を休めるために鞘へと戻した。
一方、ヒルダも軽棍の具合と体の調子を見るために、軽くステップを踏み始め武器を振るい始める。
彼女の一撃は遠心力を使って打撃を与えるが、一発で命を奪う様な打撃を与える事は少ない。その為、弱点である獣の頭部を狙い、握った軽棍を叩き込んで行く。
そして、ついでとばかりに左腕に装備する円形盾を防御ではなく攻撃に使い獣達を圧倒してゆく。彼女の戦う姿はまるで舞を舞っているように見えるのである。
いつか見た、下半身の不安が影を潜め、しなやかさと力強さを兼ね備えていた。彼女が一歩を踏み込むごとに獣達が脳漿を撒き散らし、”バタバタ”と倒れて行く。
「良い調子、もっと踊ろう!!」
群れの中には巨頭猪が見えない事もあり、二十匹弱の山岳狼は圧倒され、全てが地に伏していたのである。
「はい、終わりっと!」
軽棍に付いた汚れをぼろ布で軽く拭き取りながら、次の獲物を狙うように周りを見回すが、その目には獲物の姿を捉える事は無かった。
「スイール、終わったよ~」
「こちらも終わりました~」
さも、遊び終わったかのような声で報告をするエゼルバルドとヒルダ。その表情には疲れは全く見えず、動き足りないのか腕を”ぶんぶん”と振り回している。
「お、ご苦労さん。エゼルは結構返り血を浴びてるな、後で風呂かな?ヒルダは……汚れは無いみたいだけど、武器の手入れをしような」
「「は~い」」
「うん、よろしい」
いつもの光景なのか、年少学校の先生と生徒の様な会話がされる。
さが、傍らで見守っていた男だけが、思考が停止したように立ったままで固まっていた。
「スイール殿、これは何ですか?本気で動くと、二人はこんなんですか?」
ようやく思考が戻ったヴルフはスイールに問いただす。この二人に関しては問題ないと言い放っていたが、ここまで動き、怪我を負う事も無く圧倒するなど思っても見なかった。
何か悪い夢を見ている、きっとそうに違いないと思ったのかもしれない。
だが、ヴルフは耳を疑う様な言葉をスイールから聞く事になった。。
「おそらく……本気ではないですね、二人とも。まだ、魔法を使ってませんから」
にっこりと不気味に微笑みながら、ヴルフへ答える。
二人ともが年齢以上の動きをし、大人顔負けの腕前を持っている。特にエゼルバルドに至っては少し鍛えればヴルフ自身に匹敵するかもしれない腕前を持っていると思わざるを得なかった。
この腕前に魔法を使って行くのであれば、ヴルフでも勝負にならぬ可能性もある。
こんなに鍛えた子供を作り出してどうしよう言うのか、ヴルフは問いかけよう口を開きかけた。
だが、それを口にする前に、辺り一面に大きな叫び声が響き渡ったのだ。
”グオォーーーーーーーォ!!!”
獣の群れがやってきた方向から、とてつもなく大きな、腹に響く叫び声がむけられたのであった。
ブールの街中にけたたましく警報の鐘が鳴り響く。
ヴルフが孤児院から外へと出た後を追い、スイール達も街の様子を見に出たのだ。
通りを眺めれば、人々が右往左往する姿がそこかしこに見える。
「さて、獣達の襲来の様ですね。どうします、二人とも?城壁が崩される事は無いと思いますが……」
落ち着いた口調をもってエゼルバルドとヒルダに話し掛ける。警報の鐘など一切耳に届いていない様に冷静に。彼にとって、この位の出来事は慌てる程の事でもないのであろう。
「街を守らなくちゃ!」
「もちろん!わたしも行く」
聞いた事も無いような警報に少し慌てながらも、スイールの言葉に元気に答える二人。
初めての狩りからずいぶん経ち、獣を狩るにも慣れて来ていた。もちろん、猪の首を刎ねても吐く事はもう無い。
さらに、この街では、この子供二人に真正面から戦いを挑んでも、勝ちを拾える者達がほとんどいなくなってしまった事もあり、そこら辺の動物に遅れを取る事はもう無いだろう。
「よし、何かあるかわからないから鎖帷子だけは中に着込んでおくように。あと鎧もきちんと身に着ける。ヒルダは練習用でいいから盾を忘れない事。ナイフも忘れない。”はいっ!”すぐ支度だ!」
”パンッ”と手を打つと、二人は孤児院に入り自室から装備を取り出し、手早く着こんで行く。慣れたもので五分もすれば用意が出来、玄関に二人が揃う。
厚手の貫頭衣状の服を下に身に着け、上に袖の無い鎖帷子。さらに厚手の皮のシャツを着こみベルトで緩みなく体に固定する。その上に胸を保護する革の胸当てを身に着ける。
利き手には革の籠手、足には金属片を中に仕込んだ革の脛当てをブーツと共に履く。
エゼルバルドの獲物はブロードソード。幅広の何処にでもある様な剣であるが、柄が異様に長く両手でも扱うことが出来る特別製だ。
左腕にはバックラーを装備。特注のこれは手に力を入れなくてもずれず、そのままブロードソードを左手で握る事も、杖を持つ事もできる。
そして、ヒルダの獲物となるのは軽棍。重さこそ、そこまでないが、左腕に装備している小型の円形盾とのコンビネーションは強力無比である。
最後に二人に共通して、刃渡り三十センチ程のナイフを腰の後ろに通す。
二人の格好を見て満足げに、スイールはコツコツと杖で地面を突く。
「エゼルにヒルダ、用意できましたね。私達も出ましょう」
スイールを始めとした三人は、それぞれの思いを胸に、孤児院を出て街の外へと向かうのであった。
城門へ向かう途中では、棒状武器を担ぎ、今にも駆けだしそうなヴルフが見えた。この男も警報の鐘を聞き、居ても立ってもいられない性分なのだろう。
実は、向かおうと歩き出したは良いが、一人で向かっても仕方がないと足踏みをしていたのだ。
「あなたも出ますか?」
聞きなれた声を後ろから不意に浴びせられ、びっくりしながら後ろを振り向くと、装備を整えた三人がそこにいた。すぐにでも戦争に参加できそうな装備である。
ただ、魔術師の男だけは体の防具を着ているようには見えなかった。
「ええ、もちろん。スイール殿も行きますか?」
「はい、用意は万端です。一緒に参りましょう」
そして、警報の鳴る中を四人は兵士達が向かう街の外へと駆け出すのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「中隊規模でまとまって対処せよ!」
「長槍隊、ここで死守する、後ろに抜かすな!」
「数が多い。予備の守備隊も出してくれ!」
「イノシシに交じってオオカミもいるぞ。なんだこの数は!」
ブールの街から突出した南西の場所では、すでに街の守備隊や兵士達と襲い掛かる獣たちとの間で激しい戦闘が繰り広げられていた。
中隊、小隊規模でまとまりながら対処をしているが、勢いだけを武器に進む獣たちにだんだんと守りの間を抜かれ始めて来ていた。
獣たちの攻撃はその身に備えられた牙や爪の為、守備隊の完全防御による金属製の防具を突き通せず、被害が余り出ていないのが幸いしていた。
だが、獣達の持つ速力が武器になり、あっちこっちと向きを変えさせるために戦場が混乱へと導かれている。
オオカミの獣、山岳狼だけを相手にしているのであれば、怪我をする兵士も少ないのだが、その中にイノシシの獣、巨頭猪が混じり始め、混乱した戦場で被害も出始めた。
山岳狼の攻撃方法は兵士に飛び付いて、牙や爪での攻撃を仕掛けてくるのだが、巨頭猪は強大な質量と速力を合わせて突撃を武器にし、守りを固める兵士達を次々に跳ね飛ばして行く。
そこへ山岳狼がまず襲い掛かり、兵士達の首や腕、そして足など装甲の無い場所を噛み千切りその場に放置される。そして巨頭猪がその上を通り過ぎるだけで、さらに骨折や流血の怪我を負う事になる。
最悪の場合は、その怪我や巨頭猪の超重量に踏まれる事により命を落とす兵士も出て来るのであった。
そんな、前線で体を張る兵士達に、遠目から弓矢の攻撃も続けられているが、動き続ける獣達には命中率が悪く、援護が出来ていなかった。
阿鼻叫喚の突出した前線から少し離れた、ブールの街に近い場所に一つの陣が置かれている。街の兵士が詰める陣営ではなく、ワークギルドの陣営である。
そこには普段から獣狩りなどで生計を立てている歴戦の者達が多数顔を出し、前線へと向かっていく。
その中にスイール達、四人の姿が見える。
「結構集まっていますね。これだけいれば時間の問題でしょうか?」
出ていく者達を数えながら、満足気な表情をするスイール。魔術師はほとんど見えず、大部分が騎士や戦士風の鎧を着こんだ身なりをしている。獣を追うのに魔術師では荷が重いかもしれない、と。
「で、スイール殿。ワシ達はどうする。この二人の事もあるから、前線から漏れた獣を相手にするか?」
ヴルフはエゼルバルドとヒルダをチラッと一瞥してどうするかを尋ねる。
「いえ、二人の事は何の心配もいりません。獣相手に遅れを取るなどありません。出て、前線まで行きましょう。出るのが遅くなりましたが、蹴散らしに行きますよ!」
スイールはエゼルバルドとヒルダの事は全く心配していなかった。
今までに教えた事、散々狩りに連れて行った事、その体力の多さ、どれをとっても不安要素を持ち合わせていない。
一度、アニパレで見ただけのヴルフが心配するのも当然である。
四人がようやく戦闘の激しそうな場所に到着すると、兵士と獣が入り乱れて争っている場面に出くわす。金属製の鎧を身に着けている守備隊や兵士が少し優勢に見え、時間は掛かるが全てを退ける事が可能と見ていた。
その傍らには獣の死体や、怪我で動けない兵士など、見るも無残な光景が広がる。
その混戦していた場から少し離れ、人気の少ない場所へと四人は足を向けた。
人気の少ない場所を抜けようと、獣の群れが迫って来ている。鬼気迫るその光景を見れば、たった四人ではすぐに抜かれて街の方角へ行かれてしまうと普通なら予想するだろう。
「さて、たまには本気で魔法を使ってみますか?三人とも危ないですから後ろに下がっていて下さい」
スイールの後ろに下がりながら、どんな魔法で獣を屠るのか興味深く彼を見つめる。
スイールは自慢の杖を勢いよく地面に突き刺し自立させる。両の手を杖に向け、何やら呟き始め、魔力を集め始める。
魔法を発動させるには詠唱など必要とはしないのだが、彼の口元を見れば呟きを発しながら言葉と共に思考をしている様だ。彼が普段魔法を使う中でこれほど集中する事は見たことが無く、とんでもない魔法が放たれるとエゼルバルドは感じていた様だ。
異常な現象はすぐに表れた。スイールの前面に集まったとてつもない魔力が幾つかに別れると、それがすぐに空気の渦へと変換される。
その一つが風の刀に変換でもされれば、十人を並べたとしても切り裂くほどの魔力量を蓄えている。
それが幾重にも重なり、そして、圧縮され空気の渦が出来上がると、一斉に獣達に向かって襲い掛かる。
「さぁ、襲い掛かりなさい。嵐の蛇!!」
スイールが目を”カッ”と見開き、手を振りかざすと、空気の渦がまるで生きている蛇の様にうねりながら空中を凄い勢いで飛び出し、獣達へと襲い掛かる。
スイールが生み出した空気の蛇は獲物を喰らい尽くすが如く暴力的な力を発揮し獣達の命を奪い始める。ある獣は首引き千切られ鮮血を吹き出しながら絶命し、またある獣は腹を食い破られ臓物を撒き散らしながら息絶える。
またある獣は真正面から魔法を受けてしまい、全てを爆散させた様に挽肉にされた。
魔法が通り過ぎると、そこには獣達に起った阿鼻叫喚の地獄が残っただけであった。
スイールのオリジナル魔法、嵐の蛇は、圧縮された空気を竜巻状にする風の渦を改良し、蛇の様に撃ち出す魔法だ。
狙ってまっすぐに飛ぶが、竜巻状に構成された渦は蛇が移動するかの如く、うねうねとうねりながら飛び、真空の刃が敵を切り裂く、恐ろしい魔法である。
スイールは魔法が成功し、大部分の獣達が地に伏したと見るや、満足げな表情を見せて、ガクッと膝を付いた。
「ふぅ……。久しぶりですが上手くいったようですね」
殆どの魔力を使い果たし、肩で息をしている。だが、魔法の出来に笑みを浮かべる程の成功としていた。
スイールを見守っていた三人は魔法の威力に唖然とした表情を見せていた。
「大半の獣たちは片が付きました。暴れてきてください」
スイールは自分の仕事は終わったと、エゼルバルドとヒルダに語り掛ける。その一言で、硬直が解けたのか、それぞれの獲物を構えるとスイールの横を通り、獣達へと足を向ける。
「それじゃ、行ってくる」
「いってきま~す」
スイールの魔法に度肝を抜かれたが、魔力枯渇状態のスイールまで獣を近づけてはならないと、予定通りに武器を振るう事にした。
そして、残りの獣を見据えると、それに向けて二人は駆け出すのであった。
エゼルバルドは手にしたブロードソードを肩慣らしとばかりに二、三回大きく振り回す。
それで、身近にいた山岳狼や巨頭猪の首や足を一撃で切り落とす。魔法剣特有の丈夫さと切れ味を保ち、切り終わると同時に切っ先の血糊を獣の毛皮でふき取る程の効果を持つ。
調子の良さを見たエゼルバルドは、獣の群れに襲い掛かり圧倒して行く。戦術も知らぬ、ただ襲い掛かる獣は、エゼルバルドの敵では無かった。一閃ごとに獣が一頭、血を吹き出して倒れて行く。
彼の剣は止まることを知らず、ただ、動き続けて獣を切り裂いて行くのであった。
「大した事ないなぁ。こんなに群れてもこれで終わりかぁ……」
余りのあっけなさに、切り刻まれた群れの先を見るも、そこには虚空が広がるばかりであった。スイールに大半は減らされたとは言え、二十匹以上いた、獣の群れはあっという間に骸と変わった。
「終了っと!」
刀身に残った血糊を”バッ”と振り払うと、剣を休めるために鞘へと戻した。
一方、ヒルダも軽棍の具合と体の調子を見るために、軽くステップを踏み始め武器を振るい始める。
彼女の一撃は遠心力を使って打撃を与えるが、一発で命を奪う様な打撃を与える事は少ない。その為、弱点である獣の頭部を狙い、握った軽棍を叩き込んで行く。
そして、ついでとばかりに左腕に装備する円形盾を防御ではなく攻撃に使い獣達を圧倒してゆく。彼女の戦う姿はまるで舞を舞っているように見えるのである。
いつか見た、下半身の不安が影を潜め、しなやかさと力強さを兼ね備えていた。彼女が一歩を踏み込むごとに獣達が脳漿を撒き散らし、”バタバタ”と倒れて行く。
「良い調子、もっと踊ろう!!」
群れの中には巨頭猪が見えない事もあり、二十匹弱の山岳狼は圧倒され、全てが地に伏していたのである。
「はい、終わりっと!」
軽棍に付いた汚れをぼろ布で軽く拭き取りながら、次の獲物を狙うように周りを見回すが、その目には獲物の姿を捉える事は無かった。
「スイール、終わったよ~」
「こちらも終わりました~」
さも、遊び終わったかのような声で報告をするエゼルバルドとヒルダ。その表情には疲れは全く見えず、動き足りないのか腕を”ぶんぶん”と振り回している。
「お、ご苦労さん。エゼルは結構返り血を浴びてるな、後で風呂かな?ヒルダは……汚れは無いみたいだけど、武器の手入れをしような」
「「は~い」」
「うん、よろしい」
いつもの光景なのか、年少学校の先生と生徒の様な会話がされる。
さが、傍らで見守っていた男だけが、思考が停止したように立ったままで固まっていた。
「スイール殿、これは何ですか?本気で動くと、二人はこんなんですか?」
ようやく思考が戻ったヴルフはスイールに問いただす。この二人に関しては問題ないと言い放っていたが、ここまで動き、怪我を負う事も無く圧倒するなど思っても見なかった。
何か悪い夢を見ている、きっとそうに違いないと思ったのかもしれない。
だが、ヴルフは耳を疑う様な言葉をスイールから聞く事になった。。
「おそらく……本気ではないですね、二人とも。まだ、魔法を使ってませんから」
にっこりと不気味に微笑みながら、ヴルフへ答える。
二人ともが年齢以上の動きをし、大人顔負けの腕前を持っている。特にエゼルバルドに至っては少し鍛えればヴルフ自身に匹敵するかもしれない腕前を持っていると思わざるを得なかった。
この腕前に魔法を使って行くのであれば、ヴルフでも勝負にならぬ可能性もある。
こんなに鍛えた子供を作り出してどうしよう言うのか、ヴルフは問いかけよう口を開きかけた。
だが、それを口にする前に、辺り一面に大きな叫び声が響き渡ったのだ。
”グオォーーーーーーーォ!!!”
獣の群れがやってきた方向から、とてつもなく大きな、腹に響く叫び声がむけられたのであった。
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