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第四章 王都での暮らしと帝国の野望
第二話 我儘貴族と模擬戦と
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「これではワークギルドにしばらく行けませんね。困ったものですね~」
嬉しそうにスイールが呟く。
トラブルを起こしたのにその顔は何なのかと呆れているのが約一名いるのだが。
「ちょっと、なんで嬉しそうにしてるのよ。情報収集できないじゃない。ウチ、悲しいわ」
その約一名はアイリーンだ。まだ二か月しか付き合いが無いのでわかっていない。これが、この男にとっては普通なのだ。
「いや、コレ、普通だから。気にしてたら負けだよ」
「そうそう、普通普通。この位で驚いてたらダメだって」
かれこれ十年位付き合いの二人は大体こんなものだと、何の疑問も持っていない。なるようになる、これだけだ。
「大丈夫ですよ、何とかなりますって。王城に行ったのは確かなのですから、行ってみればいいのですよ。何の問題もありません」
この人無茶苦茶だよ、と思いながらも、
「わーかった、わーかった。付いて行けばいいんでしょ」
嫌々ながら付いて行くと返事をする。
「で、王城にこれから行くって?門前払い食らうはずだけど」
「行ってみてから考えればいいのですよ。何もしないで駄目と決めつけては何もできませんからね。さぁ、行きましょう」
アイリーンは抵抗するのは諦め、がっくりと肩を落としながら付いて行く。
背中には哀愁が漂っているのがわかるほどだった。
身内でごたごたが終了し、王城までやっとの事でたどり着く。
太陽の位置は真上に来ており、お昼の時間に成るほどに時間がかかる。王都はかなり広いので移動だけでも大変だ、と。
今いる場所は、第一の城壁、西門である。一番小さな城壁で王城の周り直径約五百メートルでぐるりと囲っている。高さも十五メートル程であろうか。もう少しありそうだ。
王城に入る人は少ないので、城門の兵士たちも暇を持て余しているようだ。詰所の中にいる数人が欠伸をしているのが見て取れる。
立っている兵士も暇なのか、前後に揺れ船をこいでいる。立ったままうつらうつらとしているので器用だと感心をする程だ。
そして、立ったまま睡魔と戦っている兵士に向かって声をかけてみる。
「もしもし、もしも~し」
ハッと我に返った兵士が持っていた槍を落としそうになりながら周りを見回し、目の前にいる男たちに怒りの声を浴びせる。
「何だお前たちは。いい気持だったのに、邪魔をするな」
兵士とあろう者がウトウトと寝ていた事を誇らしげにしている。それくらい平和なのはいい事なのだが、業務に支障をきたすのではないかと不安になるのだ。王城の目の前でそれはどうなのかと。
「王城に努める兵士がウトウトとしてよろしいのですか?それより、将軍にお目にかかりたいのですけど、どうすればよろしいですか?」
「忙しいんだよ、まったく。しかも将軍だぁ。何様のつもりだ?どこのどいつだ、いきなり来て会わせろとは!!」
ぶつぶつ文句を言っているが、詰所での仕事を報告されてはたまらないと、仕方なしに話だけでも聞いててやろうと目の前の男に目を向ける。杖を持ちいかにもな格好をして怪しすぎると疑いを向けるのだが。
「いえ、会わせろではなく、会いたいのでその方法はとお聞きしたのですが?知りませんか?」
「知るわけないだろ。それにどこのどいつだって言ってんだよ」
「そうですか。以前、将軍にお会いしたことがありまして。そうしましたら、将軍にお手紙を書きますからお渡し願いたいのですが」
「あぁ、いいぞ。出しといてやる。だが、目を通すか分からんぞ」
「それで構いません」
嫌々対応している兵士を横目に、鞄の中から紙と羽ペン、インクを取り出し、”ちょっと失礼”と詰所のテーブルを借り、スラスラとペンを走らせる。内容はヴルフの行方を知りたい、今泊まっている宿の二点のみだが、わかってくれるだろうとの目論見でそれ以上は記載しなかった。
封筒に入れ封印を施し、自分のサインを書いて詰所の兵士に渡す。一連の流れで無駄な事は一切ない。
「それではこれをお願いします。できれば早めに」
「休憩の時に持って行ってやる。読むかは知らんぞ」
兵士は嫌な顔をしているが、仕方ないと幾つか並んだ箱に手紙をしまい込んだ。見えてしまったは不可抗力なのだが、箱の中は幾つかの手紙や紙が入っていた。おそらく、スイールみたいな手紙や上申事項の申請書なのだろうと。
王都に来て四日目、すでに出来る事はしてしまった感があるのだが、誰かから”グーーー”と聴こえだしたので、この辺でお昼を探す事にした。
王城近くでは高級店が並んでいる。気分的に入りたいと思わないので、歩く事にした。
そう言えば、と思い出したのだが、
「ねぇねぇ、ワークギルドって王都には四つあったんじゃない?」
”グーグー”とお腹が鳴っているヒルダが食べ物以外を言うなんて珍しいと、驚きの顔で見つめる。
「あぁ、そうでした。拠点が西側なので他に行く事もないと失念しておりました。
お昼もありますし、北のワークギルドにでも向かってみますか」
「「「さんせーー!」」」
一致した返事だが、お昼の事で一致なのであろう事はすぐにわかりそうだ。
途中の屋台、と言ってもほぼワークギルド近くなのだが、そこで珍しい食べ物を購入。店主曰く、「東の海を渡った大陸から来た食べ物アルヨ」、と。 刻んだ肉と玉ねぎなどの野菜と味付けした餡をふかふかの白い皮で包んだ肉まんだ。
「王都ではこの屋台でしか食べられないアルヨ」
と言っていたが、なるほど初めて食べる食感だと。一様に美味しい美味しいと連呼していた。しかも値段も安い。新しい具材も研究中と話していたから、次に来た時には新しい味に逢えるかも、と期待をしておいた。
そこから数分後、ワークギルド(北)が見えてきた。大きさも作りも、今朝方いた、ワークギルド(西)と同じであった。噂の通りだと。
「入ると言っておろう」
「ダメです。帰りましょう」
「いやじゃ!入るんじゃ!」
「わがまま言ってるんじゃありません」
声の主を探せば、ワークギルドの周り、しかも扉のすぐ横で二人の女性が言い争っている。一人は明るいグレーで美麗な胸当て付けている。腰に差している剣も鍔はソコソコだが、鞘が装備一式と同じ明るいグレーだ。全身に統一感がある揃いの鎧だ。
もう一人はそこまでではないが胸当て等の金属鎧を身に着け、黒っぽいグレーで統一感をやはり出している。
見るからに貴族のお嬢様と連れのお世話係と言ったところであろうか。お嬢様はギルドに入りたい、お世話係はそれを止めたい、聞けばわかるのであるが。
だが面倒事は御免だと、そそくさとワークギルドのドアを開け入ろうとしたのだが、そうもいかないらしい。とことんトラブルメイカーだなと自分を呪うのであった。
「そこの四人よ、此奴を説得してくれんかの」
口喧嘩をしていたかと思えば、いきなり話を振ってくるあたり、普通の貴族ではないはずだが。それにしても、この身の変わりようは特筆するものがある。困ったなぁ、と顔に出ていいるのだが、向こうは待ってくれない。
「妾は獣退治に行きたいのじゃ。此奴を説得してくれ。いくら欲しい、言ってみよ」
いくら何でも見ず知らずでしかも行きずりの人にお金を出すとはどんな教育を受けて来たのか。関わってはいけない、強引にでも無視すればよかったと思ったが後の祭りであった。
「申し訳ないですけど、お一人で行くのは問題があります。お連れ様の通り、お帰りください」
ポカンと口を開け、「え、なに?」みたいな顔をしている。通りがかりの野次馬もその通りだと一様に頷いている。
よく見ればヒルダと同じくらいの年齢であろう。金色のショートカットがよく似合う顔立ち。黒っぽいカチューシャが目立っている。美麗な装備一式は使った事もなさそうに新品同様である。訓練でもしていれば何処かに傷があったり、服が汚れていたりするはずなのだが、それすら見当たらない。訓練用の装備を持っているのだろうが、何から何まで新品なのは明らかにおかしい。
連れの方は二十台半ばと言った所か。こちらの装備はソコソコに使い込まれている。お嬢様より剣の腕は立ちそうだ。
「そんな事申すな。妾は獣退治に行きたいのだ。頼む。何とかしてくれ」
「無理です。その戦った事も無い装備では死にに行くようなものです。お連れ様とお帰りになった方が身のためです」
「嫌じゃ、せっかく訓練しているのに、何のための訓練か分からないではないか」
「そんなに死にたいのですか?」
「いや、死にとうは無い」
「なら。お止めになってお帰りください」
「止めん。帰らん。何としても行くのじゃ」
これは言っても聞かないなと。言葉で言い聞かせるのは無理だと感じた。それならば戦って体に聞かせるしかないと。
「それならば、ここにいるヒルダをその剣で打ち負かしてください。それだけの腕があれば私たちもご協力できるでしょう。ただし、負けた時は従っていただきます。お連れ様もよろしいでしょうか?」
お嬢様と連れの方に聞いてみた。ヒルダはもちろんやる気満々である。
「もちろん、妾は勝つに決まってるから問題ないぞ」
「そこまで言うのであれば。負けた時は責任を取ってもらいますよ」
お嬢様は楽勝!!と顔が笑っているが、連れの方は何処か沈んだ顔になっている。当然の表情だ。
「そうそう、私はスイールと申します。こちらはエゼル、とヒルダ。アイリーンです」
おそらく貴族だろうと、手を胸に当て簡易的だが礼をする。
「うむ、妾は【パティ】と言う。こっちは【ナターシャ】だ。迷惑をかけるがよろしくな」
と、なし崩しにパティとヒルダが戦うことになってしまった。その戦いはスイールが仕組んだものであるのだが……。
殆どのワークギルドには訓練設備や貸し出し装備がそろっている。登録していればそれらを借りる事が出来るようになっている。今回は運良く試合できるだけの場所が空いていて訓練場を借りる事にした。
場所は入ってから奥、中庭に当たる所だ。中庭と言っても屋根があり雨天でも使える。地面は石畳などでは無く土のままで多少ボコボコしている。
広さは二十五メートル四方もある広さで、数組で使う事も出来る程だ。この日も何組か訓練に使っている。
「パティさん、準備はよろしいですか?」
地面を足でバンバンと踏み確かめているパティにスイールが訪ねる。”フム”と足もとを確認した所で剣を抜き放ちヒルダに向かって構える。オーソドックスに中段の構えだ。
剣はブロードソードと呼ぶには少し狭い。長さは八十センチくらいで片手持ちには具合がいい。
「妾のすごさを見せつけますわ」
ヒルダはいつものメイスではなく、借り物の練習用の鉄剣だ。刃を潰してあり、少しの攻撃で命を奪う程では無いが重量もあり完全に安全な武器ではない。盾も借り物だが、いつもの通り左腕に通し準備を整える。
「何時でもどうぞ」
ヒルダの声がパティの耳に届き、すぐに動き出す。
パティが勢いよく前に出て中段から剣を突き出す。見た目からは判らないだろうが、鋭い突きだ。だが、モーションが大きく、ヒルダは体を右に捌いて躱す。
突き出した剣を戻す事なく、ヒルダに向かって振り払う。腰から上の上半身をひねりながらの払いは、訓練された動きでこれも鋭い。だが、ヒルダも予想していたようで盾でそれを受け止める。
ヒルダの借りた盾は金属製で防御力が高い。そして、表面は剣が滑らない様に細かな凹凸のある動物の皮が張られている。
受けられた剣を引き戻し距離を取るパティ。それを隙として見たヒルダが地を蹴り、数歩をの距離を踏み込み右脇に下げていた剣をパティの胴に向かって振るう。パティもそれに対応し、剣を受ける。
少し無理な体勢で受けた右手に痺れが走るが、剣を手放すほどではなかった。
軽棍を扱うヒルダの強烈な一撃を貰ったパティは剣を左手に持ち替える。先程の痺れが残っているので握力が低下している為だ。この位で痺れている様では獣退治など足手まといである。
他で訓練をしていた人達が手を止めパティとヒルダの打ち合いを見つめだす。女子二人が剣を振るっている姿が珍しいのであろう。
ヒルダはともかく、剣を振るう動作を見てもパティはここで剣を振ってる男よりも剣さばきは鋭いはずだ。
だが、それ以上にヒルダがすごいのだ。
ここぞとばかりにヒルダは攻撃に移る。大振りでパティに剣を打ち付け始める。
上段から頭へ、右から左から胴へと。防戦一方のパティ。大振りのヒルダに反撃すらできずにずるずると剣を捌きながら後ろへ下がって行く。
片手剣であるにもかかわらず、右手を添え両手で何とか受け流す。
二十合程ヒルダが撃ち込んだ時であった、ヒルダの剣に耐えきれなくなったパティは剣を弾かれてしまう。後ろに飛んだ剣が音を立てて地面を転がる。
パティの目の前にはヒルダの持つ切っ先が止めとばかりに据えられている。
「勝負あった。パティさん、これにて獣退治はご遠慮いただきますね」
掛け声がかかると、パティは地面にすとんと座り込んでしまった。泣き出すと思いきや、自分の手を見つめている。
連れのナターシャが剣を拾い、一言二言声をかける。
「パティ様、お帰りになりましょう。立ち上がってください」
その声に反応するように立ち上がる。肩をワナワナと振るわせ、涙を流している。ヒルダには悔し涙だとわかったが、声をかける事も出来なかった。たった今打ちのめした同世代の少女の事がよくわかるから。だが、それ以上に何かあるのだが、それはわからなかった。
「すみません、こんな事までしていただきまして。何とか危険なところにお連れしないで済みました。お礼を言います」
ナターシャが深々と頭を下げる。
「今回は私達でしたから良かったですが、他の人達でしたらズルズルと連れていかれたかもしれません。貴族様ですから、お体は大事にしてください」
スイールも挨拶代わりにと、きつめに注意するようにと言いきった。トラブルは一つでも少なくなるように祈るのだが、これがおかしな方向に進む切っ掛けとは思いもよらなかったのだ。
嬉しそうにスイールが呟く。
トラブルを起こしたのにその顔は何なのかと呆れているのが約一名いるのだが。
「ちょっと、なんで嬉しそうにしてるのよ。情報収集できないじゃない。ウチ、悲しいわ」
その約一名はアイリーンだ。まだ二か月しか付き合いが無いのでわかっていない。これが、この男にとっては普通なのだ。
「いや、コレ、普通だから。気にしてたら負けだよ」
「そうそう、普通普通。この位で驚いてたらダメだって」
かれこれ十年位付き合いの二人は大体こんなものだと、何の疑問も持っていない。なるようになる、これだけだ。
「大丈夫ですよ、何とかなりますって。王城に行ったのは確かなのですから、行ってみればいいのですよ。何の問題もありません」
この人無茶苦茶だよ、と思いながらも、
「わーかった、わーかった。付いて行けばいいんでしょ」
嫌々ながら付いて行くと返事をする。
「で、王城にこれから行くって?門前払い食らうはずだけど」
「行ってみてから考えればいいのですよ。何もしないで駄目と決めつけては何もできませんからね。さぁ、行きましょう」
アイリーンは抵抗するのは諦め、がっくりと肩を落としながら付いて行く。
背中には哀愁が漂っているのがわかるほどだった。
身内でごたごたが終了し、王城までやっとの事でたどり着く。
太陽の位置は真上に来ており、お昼の時間に成るほどに時間がかかる。王都はかなり広いので移動だけでも大変だ、と。
今いる場所は、第一の城壁、西門である。一番小さな城壁で王城の周り直径約五百メートルでぐるりと囲っている。高さも十五メートル程であろうか。もう少しありそうだ。
王城に入る人は少ないので、城門の兵士たちも暇を持て余しているようだ。詰所の中にいる数人が欠伸をしているのが見て取れる。
立っている兵士も暇なのか、前後に揺れ船をこいでいる。立ったままうつらうつらとしているので器用だと感心をする程だ。
そして、立ったまま睡魔と戦っている兵士に向かって声をかけてみる。
「もしもし、もしも~し」
ハッと我に返った兵士が持っていた槍を落としそうになりながら周りを見回し、目の前にいる男たちに怒りの声を浴びせる。
「何だお前たちは。いい気持だったのに、邪魔をするな」
兵士とあろう者がウトウトと寝ていた事を誇らしげにしている。それくらい平和なのはいい事なのだが、業務に支障をきたすのではないかと不安になるのだ。王城の目の前でそれはどうなのかと。
「王城に努める兵士がウトウトとしてよろしいのですか?それより、将軍にお目にかかりたいのですけど、どうすればよろしいですか?」
「忙しいんだよ、まったく。しかも将軍だぁ。何様のつもりだ?どこのどいつだ、いきなり来て会わせろとは!!」
ぶつぶつ文句を言っているが、詰所での仕事を報告されてはたまらないと、仕方なしに話だけでも聞いててやろうと目の前の男に目を向ける。杖を持ちいかにもな格好をして怪しすぎると疑いを向けるのだが。
「いえ、会わせろではなく、会いたいのでその方法はとお聞きしたのですが?知りませんか?」
「知るわけないだろ。それにどこのどいつだって言ってんだよ」
「そうですか。以前、将軍にお会いしたことがありまして。そうしましたら、将軍にお手紙を書きますからお渡し願いたいのですが」
「あぁ、いいぞ。出しといてやる。だが、目を通すか分からんぞ」
「それで構いません」
嫌々対応している兵士を横目に、鞄の中から紙と羽ペン、インクを取り出し、”ちょっと失礼”と詰所のテーブルを借り、スラスラとペンを走らせる。内容はヴルフの行方を知りたい、今泊まっている宿の二点のみだが、わかってくれるだろうとの目論見でそれ以上は記載しなかった。
封筒に入れ封印を施し、自分のサインを書いて詰所の兵士に渡す。一連の流れで無駄な事は一切ない。
「それではこれをお願いします。できれば早めに」
「休憩の時に持って行ってやる。読むかは知らんぞ」
兵士は嫌な顔をしているが、仕方ないと幾つか並んだ箱に手紙をしまい込んだ。見えてしまったは不可抗力なのだが、箱の中は幾つかの手紙や紙が入っていた。おそらく、スイールみたいな手紙や上申事項の申請書なのだろうと。
王都に来て四日目、すでに出来る事はしてしまった感があるのだが、誰かから”グーーー”と聴こえだしたので、この辺でお昼を探す事にした。
王城近くでは高級店が並んでいる。気分的に入りたいと思わないので、歩く事にした。
そう言えば、と思い出したのだが、
「ねぇねぇ、ワークギルドって王都には四つあったんじゃない?」
”グーグー”とお腹が鳴っているヒルダが食べ物以外を言うなんて珍しいと、驚きの顔で見つめる。
「あぁ、そうでした。拠点が西側なので他に行く事もないと失念しておりました。
お昼もありますし、北のワークギルドにでも向かってみますか」
「「「さんせーー!」」」
一致した返事だが、お昼の事で一致なのであろう事はすぐにわかりそうだ。
途中の屋台、と言ってもほぼワークギルド近くなのだが、そこで珍しい食べ物を購入。店主曰く、「東の海を渡った大陸から来た食べ物アルヨ」、と。 刻んだ肉と玉ねぎなどの野菜と味付けした餡をふかふかの白い皮で包んだ肉まんだ。
「王都ではこの屋台でしか食べられないアルヨ」
と言っていたが、なるほど初めて食べる食感だと。一様に美味しい美味しいと連呼していた。しかも値段も安い。新しい具材も研究中と話していたから、次に来た時には新しい味に逢えるかも、と期待をしておいた。
そこから数分後、ワークギルド(北)が見えてきた。大きさも作りも、今朝方いた、ワークギルド(西)と同じであった。噂の通りだと。
「入ると言っておろう」
「ダメです。帰りましょう」
「いやじゃ!入るんじゃ!」
「わがまま言ってるんじゃありません」
声の主を探せば、ワークギルドの周り、しかも扉のすぐ横で二人の女性が言い争っている。一人は明るいグレーで美麗な胸当て付けている。腰に差している剣も鍔はソコソコだが、鞘が装備一式と同じ明るいグレーだ。全身に統一感がある揃いの鎧だ。
もう一人はそこまでではないが胸当て等の金属鎧を身に着け、黒っぽいグレーで統一感をやはり出している。
見るからに貴族のお嬢様と連れのお世話係と言ったところであろうか。お嬢様はギルドに入りたい、お世話係はそれを止めたい、聞けばわかるのであるが。
だが面倒事は御免だと、そそくさとワークギルドのドアを開け入ろうとしたのだが、そうもいかないらしい。とことんトラブルメイカーだなと自分を呪うのであった。
「そこの四人よ、此奴を説得してくれんかの」
口喧嘩をしていたかと思えば、いきなり話を振ってくるあたり、普通の貴族ではないはずだが。それにしても、この身の変わりようは特筆するものがある。困ったなぁ、と顔に出ていいるのだが、向こうは待ってくれない。
「妾は獣退治に行きたいのじゃ。此奴を説得してくれ。いくら欲しい、言ってみよ」
いくら何でも見ず知らずでしかも行きずりの人にお金を出すとはどんな教育を受けて来たのか。関わってはいけない、強引にでも無視すればよかったと思ったが後の祭りであった。
「申し訳ないですけど、お一人で行くのは問題があります。お連れ様の通り、お帰りください」
ポカンと口を開け、「え、なに?」みたいな顔をしている。通りがかりの野次馬もその通りだと一様に頷いている。
よく見ればヒルダと同じくらいの年齢であろう。金色のショートカットがよく似合う顔立ち。黒っぽいカチューシャが目立っている。美麗な装備一式は使った事もなさそうに新品同様である。訓練でもしていれば何処かに傷があったり、服が汚れていたりするはずなのだが、それすら見当たらない。訓練用の装備を持っているのだろうが、何から何まで新品なのは明らかにおかしい。
連れの方は二十台半ばと言った所か。こちらの装備はソコソコに使い込まれている。お嬢様より剣の腕は立ちそうだ。
「そんな事申すな。妾は獣退治に行きたいのだ。頼む。何とかしてくれ」
「無理です。その戦った事も無い装備では死にに行くようなものです。お連れ様とお帰りになった方が身のためです」
「嫌じゃ、せっかく訓練しているのに、何のための訓練か分からないではないか」
「そんなに死にたいのですか?」
「いや、死にとうは無い」
「なら。お止めになってお帰りください」
「止めん。帰らん。何としても行くのじゃ」
これは言っても聞かないなと。言葉で言い聞かせるのは無理だと感じた。それならば戦って体に聞かせるしかないと。
「それならば、ここにいるヒルダをその剣で打ち負かしてください。それだけの腕があれば私たちもご協力できるでしょう。ただし、負けた時は従っていただきます。お連れ様もよろしいでしょうか?」
お嬢様と連れの方に聞いてみた。ヒルダはもちろんやる気満々である。
「もちろん、妾は勝つに決まってるから問題ないぞ」
「そこまで言うのであれば。負けた時は責任を取ってもらいますよ」
お嬢様は楽勝!!と顔が笑っているが、連れの方は何処か沈んだ顔になっている。当然の表情だ。
「そうそう、私はスイールと申します。こちらはエゼル、とヒルダ。アイリーンです」
おそらく貴族だろうと、手を胸に当て簡易的だが礼をする。
「うむ、妾は【パティ】と言う。こっちは【ナターシャ】だ。迷惑をかけるがよろしくな」
と、なし崩しにパティとヒルダが戦うことになってしまった。その戦いはスイールが仕組んだものであるのだが……。
殆どのワークギルドには訓練設備や貸し出し装備がそろっている。登録していればそれらを借りる事が出来るようになっている。今回は運良く試合できるだけの場所が空いていて訓練場を借りる事にした。
場所は入ってから奥、中庭に当たる所だ。中庭と言っても屋根があり雨天でも使える。地面は石畳などでは無く土のままで多少ボコボコしている。
広さは二十五メートル四方もある広さで、数組で使う事も出来る程だ。この日も何組か訓練に使っている。
「パティさん、準備はよろしいですか?」
地面を足でバンバンと踏み確かめているパティにスイールが訪ねる。”フム”と足もとを確認した所で剣を抜き放ちヒルダに向かって構える。オーソドックスに中段の構えだ。
剣はブロードソードと呼ぶには少し狭い。長さは八十センチくらいで片手持ちには具合がいい。
「妾のすごさを見せつけますわ」
ヒルダはいつものメイスではなく、借り物の練習用の鉄剣だ。刃を潰してあり、少しの攻撃で命を奪う程では無いが重量もあり完全に安全な武器ではない。盾も借り物だが、いつもの通り左腕に通し準備を整える。
「何時でもどうぞ」
ヒルダの声がパティの耳に届き、すぐに動き出す。
パティが勢いよく前に出て中段から剣を突き出す。見た目からは判らないだろうが、鋭い突きだ。だが、モーションが大きく、ヒルダは体を右に捌いて躱す。
突き出した剣を戻す事なく、ヒルダに向かって振り払う。腰から上の上半身をひねりながらの払いは、訓練された動きでこれも鋭い。だが、ヒルダも予想していたようで盾でそれを受け止める。
ヒルダの借りた盾は金属製で防御力が高い。そして、表面は剣が滑らない様に細かな凹凸のある動物の皮が張られている。
受けられた剣を引き戻し距離を取るパティ。それを隙として見たヒルダが地を蹴り、数歩をの距離を踏み込み右脇に下げていた剣をパティの胴に向かって振るう。パティもそれに対応し、剣を受ける。
少し無理な体勢で受けた右手に痺れが走るが、剣を手放すほどではなかった。
軽棍を扱うヒルダの強烈な一撃を貰ったパティは剣を左手に持ち替える。先程の痺れが残っているので握力が低下している為だ。この位で痺れている様では獣退治など足手まといである。
他で訓練をしていた人達が手を止めパティとヒルダの打ち合いを見つめだす。女子二人が剣を振るっている姿が珍しいのであろう。
ヒルダはともかく、剣を振るう動作を見てもパティはここで剣を振ってる男よりも剣さばきは鋭いはずだ。
だが、それ以上にヒルダがすごいのだ。
ここぞとばかりにヒルダは攻撃に移る。大振りでパティに剣を打ち付け始める。
上段から頭へ、右から左から胴へと。防戦一方のパティ。大振りのヒルダに反撃すらできずにずるずると剣を捌きながら後ろへ下がって行く。
片手剣であるにもかかわらず、右手を添え両手で何とか受け流す。
二十合程ヒルダが撃ち込んだ時であった、ヒルダの剣に耐えきれなくなったパティは剣を弾かれてしまう。後ろに飛んだ剣が音を立てて地面を転がる。
パティの目の前にはヒルダの持つ切っ先が止めとばかりに据えられている。
「勝負あった。パティさん、これにて獣退治はご遠慮いただきますね」
掛け声がかかると、パティは地面にすとんと座り込んでしまった。泣き出すと思いきや、自分の手を見つめている。
連れのナターシャが剣を拾い、一言二言声をかける。
「パティ様、お帰りになりましょう。立ち上がってください」
その声に反応するように立ち上がる。肩をワナワナと振るわせ、涙を流している。ヒルダには悔し涙だとわかったが、声をかける事も出来なかった。たった今打ちのめした同世代の少女の事がよくわかるから。だが、それ以上に何かあるのだが、それはわからなかった。
「すみません、こんな事までしていただきまして。何とか危険なところにお連れしないで済みました。お礼を言います」
ナターシャが深々と頭を下げる。
「今回は私達でしたから良かったですが、他の人達でしたらズルズルと連れていかれたかもしれません。貴族様ですから、お体は大事にしてください」
スイールも挨拶代わりにと、きつめに注意するようにと言いきった。トラブルは一つでも少なくなるように祈るのだが、これがおかしな方向に進む切っ掛けとは思いもよらなかったのだ。
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