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第四章 王都での暮らしと帝国の野望

第三話 探し人、現る

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 ワークギルド前でパティとナターシャの二人とは別れた。二人とも貴族街の方へと足を向けて歩いて行った。

 ”今度は負けないから”とパティからは再戦を約束され、獣退治に出なくて済んだとナターシャからは感謝され、日はまだ高いはずなのにどっと疲れが体を襲う。一日分のエネルギーをすべて使いきった感じだ。

 だが、

「何処に住んでるのか聞いてなかった」

 がっくりと肩を落とすヒルダ。自分の間抜けさに辟易しているようだ。

「貴族ならそのうちに会えますよ、第二の城壁内には貴族の屋敷がありますから、たまに歩いていればそのうちに会えるでしょう」

 まぁまぁとスイールが励ます。「そうね、きっと会えるよね」と、暗かった顔が一瞬で明るくなる。落ち込んでいたのは何だったのだろうと思うほどに。
 それに、ワークギルドに足を運べるほどの貴族であれば外出に気を遣う程でもないだろう。子沢山の貴族の三女や四女かもしれない、と。

 ワークギルド(西)では絡まれる、城では文句を言われる。おまけにワークギルド(北)では変なお嬢様に説得を依頼されるなど、トラブル続きでみな精的に行動不能になりかねないと、今日は宿に帰る事にして環状馬車に乗り込む。
 途中でいい匂いがしてくるのだがそれはまた後日と諦める。今は宿に帰る事を第一とした。

「あ~、疲れた。お風呂に入ってさっぱりしたいわ~」
「何もしてないでしょ、あなたは」
「アイリーンは何もしてない、確かに。疲れるわけがない」

 宿に到着したとたんにアイリーンが疲れたを連発するが、そもそも体を動かしていないのになぜ疲れるのかとヒルダとエゼルバルドのツッコミが入る。引率のスイールは精神的に疲れたのはわかるが……。

「見てるだけで疲れるのよ」

 言い訳にもなっていない。他の三人から冷たい目を向けられるも、「いいじゃない」と騒ぎ出そうとしたところ、

「お客さん、お使いの方が見えてるよ」

 宿の女将から引き止められる。周りを見渡すと併設された酒場にこの場所に似つかわしくない服装の男がグラス片手にワインを飲んでいるのがわかる。
 そこそこのワインがそろっているのだが、その服装の、おそらく貴族が飲むには物足りない金額なのだが。手元にはソーセージの盛り合わせがあり、すでに何本か無くなっているので楽しんでいるのだろう。

「えっと、あの方?」

 女将に宿に似つかわしくない男か聞いて見れば、「そう、スイール=アルフレッドに用がある」と答えが返ってくる。あんな恰好をする知り合いはいないのだが、さてなんだろうとテーブルに行く事にした。

「まだ飲むには早いと注意をいたしますが」
「もう夕方近い、気にする事は無い」

 グラスに二割ほど残っていたワインをぐいっと飲み干し、同じものをもう一杯とおかわりを注文している。顔の色も変わらず、酔ってはいないようだ。ただの酒好きなのかもしれない。
 さらに盛り合わせのソーセージに手を伸ばし、おいしそうに口に運んだ。ポキッとソーセージが折れる音が耳に届き肉汁がテーブルに飛び散る。

「して、こんなご老体に何用ですかな?」

 遠目には気が付かなかったが、近くで見ると老齢の顔つきをしている。背筋もピンとしているし、言葉にも張りがあり、その年齢に見えないのだ。

「私に伝える事があるのではありませんか?」

 テーブルに腰を降ろし、ギルドカードを見えるようにテーブルに置く。

「そんなもの見せても本人か分からんぞ。本人と証明できるのか?」

 会話の間にワインが運ばれて来る。
 ワインを一口付けると、すぐ後にソーセージもまた一本、口の中に消えて行った。お皿のソーセージはそれで無くなり残念そうな顔をしている。
 スイールの後ろではアイリーンが怒りの表情を浮かべて、貴族だか、なんだか知らないが、あまりにも人を馬鹿にした話し方だと、今にも殴りかかりそうな勢いだ。

「身分証とギルドカードしかありませんから、それ以外で証明する事はできませんね」
「そうじゃろうな。身分を証明するものなどありはしない。それが結論だ」

 膝にかかっていたナプキンで口を拭うとそのままテーブルの上に、しかもスイールの目の前に置き、立ち上がる。はたから見れば作法もない老人貴族が平民を虐めている様にも見える。アイリーンは頭から湯気が出そうなほどだ。

「何かあったら、ワシを訪ねてくるがよい。ほっほっほっ」

 ナプキンの上に名刺を無造作に置き、会計を済ませ宿から出て行ってしまった。

「何あいつ、ムカつくわぁ」

 ご立腹のアイリーンを無視して、名刺とナプキンを拾い上げる。

「腹が立つならこのまま何か食べて落ち着けばいい。先に部屋に戻ってるから」
「腹が立たないの?」
「立つさ、相手は男爵様だ。平民の私たちが手を出せばどうなるか位わかるだろう」
「そりゃ、わかるけどね。でも、腹が立つわぁ!!」
「はいはい、部屋に行きますよ」

 酒場の人目を気にしながら、部屋へと足を向ける。部屋に戻るまでアイリーンの怒りが収まる事はなかった。



「さて、もういいかな。お疲れ様、お芝居はそのくらいで終わろうか」

 テーブルの上に、封筒と先ほどの名刺を乗せる。名刺は先ほどの貴族が置いたもので、男爵の名前が書かれている。【ローランド=ウッドコック】男爵。貴族の名前だ。位としては低位なのだが、こんなところまでわざわざ出向くあたり、何かありそうだと予想が付く。
 もう一つの封書だが、一般の雑貨店で販売されていない特別な封書だと一目でわかる。表は透かしが作られ、少しだけ金箔が装飾につかわれている。裏にも透かしがあるが、特別な透かしだ。柄はロウの封印と同じ。竜のイメージ図とその周りを植物が丸く囲っている図案。すなわち、ここトルニア王国の紋章である。

 おいそれと旅人なんかに使うことが出来ない封筒であることが一目でわかる。先ほどの男爵の態度、王家の封筒とくれば、またトラブルに巻き込まれることが確定したようなものだ。

「何?この手紙」

 当然、不思議に思うはずだ。エゼルバルドが一番に疑問を口にする。

「王家、いや、それに近いところからの手紙だ。男爵が持ってきた。ナプキンの下に隠してあったから他人には見つかってないはずだ。頼みごとをしたいのだろう」

 中を見てから決めようと、封書を空け中の手紙に目を通すことにした。手紙には人に見られてもいいような、ヴルフの所在が書いてあるだけだった。第三の城壁内北の方角にある屋敷にいるので宿を引き払ってから向かう事と。
 差出人はどこにも記載がない。筆跡もヴルフとは違う誰かが書いたとわかる。

「ねぇ、この何が重要なの?」
「明日にはわかるさ」
「場所しか書いてないってなんなのよ。罠にでもハメようとしてるの?」
「王家の封筒を使って、男爵を使いに寄越して、罠を作るとかスケールが大きすぎる」
「何にしても明日って事?」
「そうなるね」

 これ以上は埒が明かないので、封書をバックパックの奥底に仕舞い込み、その日は周辺にある大浴場で汗を流し、何もせず早めに寝ることにした。襲撃があるかもしないと見張り番を置くことにして。



 うっすらと夜が明ける頃、四人は宿を引き払い静かに出発した。この時間では人通りも少なく、運動がてら走り回っている人がいるくらいだ。食べ物の屋台も準備を始めたばかりで忙しそうに動き回っている。

 環状馬車もまだ走っていない時間なので全てが徒歩移動になるのだが、王都は広く、すぐに到着できるわけもない。先ほどまで泊まっていたロランお店は王城から約七キロ、手紙で書かれた指定の場所は王城から二キロ、直線で進めない事を考慮しても十キロ以上ある。歩けば三時間程の距離だろう。
 念の為、目立たないよう普通の旅人として振る舞う事にしたのだ。



 歩く事三時間、目的の場所が目に入る。念の為と思っていたが、付け狙う人も見えず、ホッと安どの表情を見せる。王家の紋が入った封筒を受け取った事から何かあるはずと思い込んでいた。だが、ただの旅人にそれほどの価値があるとは思えなかったのか、何もなかったのだ。

 さて、目の前の屋敷だが、他の屋敷に比べてこじんまりとしている。貴族の住む第二の城壁内とは違い、上級市民の住む場所だけあって屋敷も大きな構えが多い。だが、目的の屋敷はあまりにも小さすぎる。
 それはともかく、指定された場所だ。入ってみなければ始まらない。鬼が出るか蛇が出るか、それとも……。

 鉄格子の門を潜り、よく手入れの行き届いた庭の中に延びる石畳を踏みしめながら進む。玄関の扉は見慣れぬ顔のレリーフ兼ドアノッカーが付けられ、来るものに威圧を与えている。分厚そうな扉は屋敷の持ち主を表しているようだ。
 ドアノッカーを使い、ゴンゴンと威圧的な合図が扉から鳴り響く。

 だが、何度も叩くが一向に出てくる気配がない。だれも住んでいないかのようにしんと静まり返っている。れだけ庭が手入れされ、人の手が入っているにもかかわらずだ。

 それを打破しようと動き出したのはアイリーンだった。トレジャーハンターの血が騒ぐのか、扉に耳を当て中の様子を探りだす。周りにも意識を向けるが、同じであった。
 それならと扉のノブに手をかけゆっくりとドアを開けてみる。カギのかかっていないドアは屋敷の主人の意に反するかのように音もなく開いていく。扉が開かれ、玄関から見えるすぐ場所に部屋が見える。隠すもののない部屋の中央に一つだけテーブルが置かれ、手紙が置かれているのがわかる。
 用心しながらアイリーンは屋敷に入り、テーブルの上の手紙を手に取る。
 罠を心配したのだがその類は無かった。

 手紙には一言、”そこで待っていてくれ”とだけ書かれている。
 これは何かの暗号なのか?意味が分からないでいると、屋敷のどこかから人の気配がいきなりあらわれた。それも一つではなく、いくつも。

 考えるよりも早く、その気配が目の前に現れてしまった。

「おや、アイリーンか。無事に治って何よりだな」

 棒状武器ポールウェポンこそ持っていないが、探していたヴルフ本人の姿がそこにあった。少し痩せたのではないかと、顔がほっそりとしている。

「スイール達も入れ。扉は閉めてくれよな」

 ヴルフの前に四人が揃う。二か月ぶりの再会で喜ばしいが、ヴルフの後ろには昨日見た男爵が立っている。不思議だと目を疑うのだ。

「久しぶりです。ところで……」
「説明は後だ。まずは付いて来てくれ」

 疑問をになっている事を問う前に遮られてしまった。テーブルだけしかない殺風景な部屋から隣室へと移動する。壁に窓がなく、天窓しかないその部屋の中央にぱっくりと地下への階段口を開けている。開口部を閉めるための仕掛けがあるらしく、すぐに閉めることが出来るらしい。

 階段わきには魔法を使った灯りがかけられ、足元までしっかりと照らされている。階段を下りる事十数段、地下の部屋へとたどり着く。十メートル四方もある大きな部屋の中にはテーブルが数台置かれ、椅子の数も多い。紙に写した王都の地図が乗せられ、赤いマーカーで囲まれていたりもしている。
 入ってきた階段の口との反対側にも同様の口があり、他の出口につながっているとの事だ。

「改めて、やっと王都に来てくれて嬉しく思うぞ、スイール殿。もう少し早く来てくれるかと思ったのだが、だいぶかかったようで心配していた所だ」
「アイリーンの怪我が治るのを待ってたのでその分時間がかかった。それだけなんだが、心配かけた様で申し訳ない」

 アイリーンを出しに使っているようで心苦しく思うが、本当の事なので仕方ない。

「アイリーンは何でいるんだ?自分の仕事があるんじゃないか」
「あのねぇ、助けられて、「はい、ありがとう」って言って終わりな訳ないでしょ。それ相応の借りは返すわよ」
「納得した。それなら協力してくれ」
「了解!」

 勝手にライバル意識を燃やされ、恨みまで持ってた相手だが、信頼はできる。敵に回すより味方の方が何倍も頼りになるので歓迎された様だ。

「それでこちら、ローランド=ウッドコック男爵。昨日、宿に行ってもらったので覚えているだろう。今している依頼の仲介役、いや、連絡係と言ったところか」

 一番聞きたい事だった。王家の透かしが入った封筒を持って現れて、ケンカ腰に帰って行った男爵。存在自体も怪しかったが、本物とわかり少しだけホッとしている。

「ローランド=ウッドコックでございます。ロランとでもおよびください。
 昨日は不躾な態度で申し訳ございません。他の者達から何を探られるかわからなかったので」
「やはりそうでしたか。何か有るのではないかと疑問に思っておりました。私はスイール。こちらはエゼルバルドとヒルダ。そしてアイリーンです」

 お互いに挨拶を済ませ、わだかまりを解消していく。物腰の低い男爵だと思うのだが、低すぎる気はしないでもない。
 その後、ヴルフの口から依頼について話があるのだが、またもや事件に巻き込まれてしまったのだと頭を抱えるしかなかった。
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