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1. ねえ、計画通り婚約破棄されたんだけど!?

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「シャーロット・フローライト。
 身分を傘にきた高慢な振る舞いは、あまりに目に余る!
 よって貴様との婚約を白紙に戻すことを宣言する!」

 卒業パーティーを目の前に控えたある日のこと。
 大切な話があると呼び出された私を待ち受けていたのは、第一王子・セドリックによる婚約破棄の宣言であった。


「はいっ! かしこまりました!」

 まだだ――まだ笑うな。
 内心では踊り狂いながらも、かろうじて神妙な表情を取り繕う。

 突然の婚約破棄。
 もたらされるの物は自由。
 ついに願いが叶う時が来たのだ。


 私はこの国の公爵令嬢であった。
 親に期待された通りに振る舞い、誰もが憧れる第一王子の婚約者の座を勝ち取った。
 将来は王妃の身分を約束された者。
 貴族令嬢なら誰しもが憧れるそのレールは、私にはちっとも魅力的ではなかった。


 ――王妃の行動には責任がつきまとう
 ――それにアホ王子の面倒を見るなんて嫌っ!


 責任に雁字がんじ搦めにされるのが嫌だった。
 世継ぎを生むためとの道具としか見てくれない己の婚約者が嫌いだった。

 そうして私は切望するようになった。
 己の道を自分で決められる生き方を。
 冒険者になって世界中を見て回ることを。


「王妃になんかなりたくないっ!」

 己に引かれたレールから逃げるために。
 私が参考にしたのは、下町で流行っていた恋愛小説であった。

 身分の低い平民が、王子様と結ばれるシンデレラストーリー。
 その物語では王子の元・婚約者が嫉妬に駆られ、主人公にひどい嫌がらせをする。
 あの手この手で2人を引き裂こうとするライバルキャラは悪役令嬢と呼ばれ、読者のヘイトを一心に集めた。

 それでも2人は嫌がらせを乗り越え、主人公と王子は仲を深めていく。
 悪役令嬢はラストシーンで王子により悪事を暴かれて断罪され、貴族の身分を剥奪されることになるのだ。


「これだっ!」

 私はこの小説に希望を見た。
 だから王子に近づく平民を見た時には、思わず「ヒロインちゃんっ!」と内心で歓声をあげたものだ。
 このヒロインちゃんを王子とくっつける。
 私の自由のために!



◇◆◇◆◇

 プライドの高い貴族令嬢が集められた学園。
 国でも特別な光属性の魔力を持つため、ヒロインちゃんは特待生として入学を許されていた。
 ただでさえ特別扱いをされている平民への風当たりは強い。
 まして己の立場をわきまえず、王子に近づこうとしているのだ。

「あなた最近調子に乗っているのではなくて?」

 ヒロインちゃんことアメリア・オルコットは、あっという間にいじめの標的となった。

(邪魔しないで。
 ヒロインちゃんは王子様とくっつけるんだから!)

 私は公爵令嬢の地位をフル活用してアメリアを守った。
 嫌がらせを止めるだけでなく、彼女に手を出すものは公爵家を敵に回すことになると容赦なく脅した。

 円満に平民になるために、アメリアには完璧な王妃となってもらう必要がある。
 渋る教育係を説得して、どうにかアメリアに王妃教育を受けさせることにも成功した。
 自由を手に入れるため、私は本気も本気であった。


「あの……? どうしてそこまでしてくださるんですか?」
「夢をつかむためよ」

「夢、ですか?」
「ええ。私には自由になって、冒険者になるって夢があるの」


 熱く語ってしまうが、アメリアの反応は鈍い。

「はあ、冒険者ですか?」


 ポカンと私を見てきた。

「アメリア、あなたの願いは王子様と結ばれることよね?
 覚悟なさい。平民にとって、その夢はとても険しい道のりだわ。
 もしものときが来たら、容赦なく私を蹴落としなさい。
 夢のために手段なんて選ばないことね」

 次期王妃となろう人が、何を間抜けな顔をさらしているのか。
 前途多難である。



「お姉さま、大変です!
 私、聖女の力に目覚めたみたいです」

 ある日の昼下り。
 アメリアがドタドタとやって来て、そんなことをのたまった。

「お、落ち着きなさいアメリア。
 その聖女の力は、国の儀式で認められたってことよね?」
「聖杯に手をかざしたら、ピカって光ったんです!
 私、いまだに信じられなくて……」

 取り乱すアメリアを、私はどうどうとなだめる。

 ――平民のヒロインちゃんに目覚めた聖女の力!
 ――これぞ王道ね!

 そんなことを考えながら。

「聖女の力と立場は、これからのあなたを守ってくれるわ。
 訓練を怠らず大切にしなさい」
「はい、お姉さま!」

 落ちつきを取り戻したアメリアは、元気にそう答える。
 この素直さも本当に彼女の魅力だ。

(馬鹿王子には勿体ないぐらい)

 かくして平民でありながら聖女の力に目覚めた彼女は、より過酷な日々を送ることとなる。
 彼女が立派な王妃となれるよう、私も必死にアメリアを支えるのだった。

 
 結論から言うとアメリアはバケモノであった。
 王子の婚約者の座を手にするため、必死に努力したのだろう。
 アメリアは元平民とは思えぬ勢いで、マナーや知識を吸収してみせた。
 これも王子への愛ゆえか。
 恋心は偉大なのである。



「お姉さま、大変です!」

 そんなある日、またしてもドタドタとアメリアが部屋に駆け込んできた。
 微かな既視感を覚えながら、

「次期王妃ともあろう方が、そんなに慌ててみっともない。
 どうなさいました?」
「お姉さまが私をいじめてるって、噂になっています。
 今の私があるのは、お姉さまのお陰なのに……」

 ふむ、ついに来ましたね。
 考えるように頬に手を当てながらも、内心ではガッツポーズ。

 アメリアの地位は日に日に高まっていた。
 いじめの主犯が、罪を私に押しつけようとしたのだろう。
 断罪されて平民になるには都合が良い。
 私はその噂を否定せず「それが何か?」みたいな顔をしていた。

 そんな私に忠告に来たのがアメリアであった。
 恋敵であろう私にそんな警告をしにくるなんて――ヒロインちゃん本当に良い子!


「敵に塩を送るなんて、私もなめられたものね。
 前にも忠告したはずよ。
 もしものときが来たら、容赦なく私を蹴落としなさいとね」
「でも――そんなことしたらお姉さまが」

「私の夢は知ってるでしょう?」

 私の夢は冒険者になることだと、何度もアメリアには伝えている。
 アメリアは悔しそうにしていたが


「分かりました」

 渋々といった様子で、そう口にした。

 そのようなことがあったからだろう。
 セドリック王子からいじめの件を聞かれたアメリアは、特に否定もしなかった。
 やがては怒り狂ったセドリック王子により、めでたく私は断罪される運びとなったのだ。

 大勢の参加者がいるパーティーの場でなく、関わりのある人物だけを集めて秘密裏に処理しようとしたのは王子なりの良心か。
 大事にせず、内々に収めようという判断か。
 アホ王子も物語よりは賢かったのね、と少しだけ感心したものだ。
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