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3.行政大学校入学編

9.人間社会で生きていくことのススメ

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 ヘンレさんと情報交換をした数日後、シルフェさんとの一つ目の約束である第三王女殿下へ挨拶のため、シルフェさんと落ち合う。

 寮の俺の部屋に迎えに来られると、シルフェさんは行政大学校の講師で、しかも若い年頃の美人さんなので、あらぬ噂を立てられること間違いなし。そのため、一旦、学校の敷地内の雑木林で待ち合わせをした。

 途中で、シルフェさんが手配してくれた馬車に乗り込み王宮に向かう。

 王宮に到着し、迷路のような宮殿の廊下をシルフェさんが案内してくれる。馬車を降りてから、相当歩いているので、王宮の中でも相当奥まった部屋に向かっているようだ。

 ようやく目的の部屋にたどり着いたようで、シルフェさんが扉をノックをするとともに、名前を名乗る。すると、侍女が扉を開け、部屋へ招き入れた。

 後で聞いた話だが、この部屋は、第三王女のお気に入りのサロンで、テラスからそのまま王宮の庭園へ出られ、第三王女主従はよくこの部屋で、お茶を楽しんでいるとのことだ。

 俺が入室すると、第三王女、護衛騎士と侍女たちがすでに待ち構えていた。

 俺は、膝をつき、頭を上げ、貴族式に挨拶をする。

 「第三王女殿下におかれましては、ご機嫌麗しく恐悦至極に存じます。身共はアルフレッド・プライセンと申します。ご尊顔を拝謁でき、我が無上の慶びでございます。この度は、身共のために、魔法技術研究会への仲介の労を賜り、感謝の言葉もございません」

 まずは、魔技研への紹介の労を取ってくれたことに対して丁重にお礼を言う。

 「丁寧なあいさつに痛み入ります。アルフレッド君。今日は、個人的なお茶会にお誘いしたのです。私の身内同然の者しかおりませんので、そんなに堅くならず、まずはお座りなさいな」

 王女が砕けた口調で、俺にかしこまらないように言い席を奨めてきた。王女の向かいのソファーに恐縮する体で腰を掛ける。すかさず、侍女の2名がよい香りのする紅茶をサーブしてくれた。

 王女は紅茶の香りを確かめた後、紅茶のカップに口をつける。そして、俺に話しかけてくる。

 「シルフェから、あなたのことをよく聞き及んでいます。会えてうれしいわ。それと、パルスキー再建に際しての手腕も耳にしています。大変見事な差配でした」

 第三王女はシルフェさんから、俺の「パン無駄」の地方貴族の三男であることを含め、出自を聞いていること、パルスキーの再建案についても、細部まで俺の立案で、エクリン家の当主と次期当主を説得し、実行までこぎつけたことまでよく調べてあげていた。

 「私は未来のある優秀な若者を取り立てたいと思っています。正直にいうと、あなたの才能と将来性を高く評価しているわ。あなたさえよければ、行政大学校を卒業後は、窮屈な内官ではなく、私の直臣になって腕を振るってもらいたいと思っています。もちろん、手当、待遇も、シルフェや他の者たち同様、できる限りのことをするつもりよ」

 率直に、召し抱えたいと言われ、返答に窮した。

 正直、これから本格化する、第一王子 vs 第二王女&第三王女の政争に身を置くなんて、気苦労し想像できない。

 俺は、佇まいを正す。

 「殿下。誠に光栄でありがたいお話ですが、私は若輩の身で何の実績もありません。まずは自分の力で、周囲に認めてもらい、実績を出していくところから始めたいと考えております」

 第三王女の勧誘への明言を避けて、礼を欠かない程度で、「自分の力で」という言葉を強調し、逃げる選択をした。

 「小役人のススメ」にも、「大決できずば、脱兎の如く逃是あり。時を稼ぐ事これ順当なり」という一説がある。大きな決断が材料不足で決められないときは、まずは時間を稼ぐことが妥当であろう、という意味だ。

 「フフッ。さすがね。確かにシルフェの言っていた通り、その歳で、突然の揺さぶりにも心を乱さず、でも相手への配慮を忘れていない。それに言質を取られないような慎重な返答。ますます気に入ったわ。シルフェ。あなた、なかなかの才能を見出してきたわね」

 俺は、第三王女の賛辞に対しても、無表情を装い、第三王女の「身内」内でのその後のやりとりを「警戒」しながら観察する。

 警戒しているのは、もちろん理由がある。
 第三王女専属護衛騎士が第三王女の申し出を素直に受けなかった際、強い殺気というか敵意をぶつけてきたが、気が付かないふりをしいなした。

 その後、護衛騎士に視線を向けず、万が一、斬りかかられても、とっさに防げるよう、隠し持っているナイフを左手で掴み、騎士に向け投げ牽制し、二の太刀を右手を懐にある小太刀で受けるイメージを頭の中にして備えている。

 『あの小僧が斬りかかろうとも、我の鉄壁の自動防御結界で、余裕で無力化可能じゃ。それでも心配ならば、そのまま、この都市ごと更地にしてやるぞ。主殿よ』

 エクスよ。頼むから人外での戦い方を持ち込まないでくれ。
 俺は人間社会で生きていきたいのだよ。

 第三王女に話をふられたシルフェさんが、王女の問いに答える。

 「はい。殿下。パルスキーの仕置きにおける、情報収集力、作戦立案力、指揮力、作戦遂行力、加えて、再建時の立案力・実行力など、アルフレッド君の応用力の高さは、目を見張るものがあります。ぜひ、今のうちに我が陣営に抱き込むことを強く進言いたします」

 シルフェさん、俺の評価高すぎだよ。

 しかも、このあらかじめ打ち合わせ済みのような主従のやりとりは、俺に聞かせるための演技だな。私たちはあなたのことを評価しているのよって。

 「確かにまだ入学して間もないうちに決めかねるのは理解できます。シルフェ。引き続き時間をかけてアルフレッド君の懐柔を行いなさい。卒業後は私の直臣になるようにしっかり説得しなさい」

 「殿下。かしこまりました。必ずやアルフレッド君を説き伏せてみませます」

 ここまであからさまに勧誘されると、返す言葉もない。
 下手に辞退しすぎると、不敬にあたると責められ、弱みを見せることになる。そして、その弱みをつかれ、そのまま相手の言いなりにさせられる恐れさえある。

 俺は、恐縮した体で床に膝をつき、下を向き、あえて言葉を発せず、なんとかやり過ごした。
 結局、侍女がサーブしてくれた、なんとも香りのよい紅茶にも手をつけられなかった。

 まぁ、護衛騎士を警戒しながら、せっかくの紅茶を飲んでも、味がわかる自信はない。



 帰りはシルフェさんに王宮の門のところまで見送ってもらいその場で別れた。
 学校の寮まで、馬車を手配すると言われたが、寮に王宮の馬車で帰るとどんな噂がたつかわかったものではないので、何度も辞退し、徒歩で帰路につく。
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