サプレッション・バレーボール

四国ユキ

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中学最後の決意2

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 休み明けの月曜日、進路希望調査票なるものが全員に配られた。
 私は土曜に思い切り泣いて吹っ切れていた。私は私の道を進む。真希と莉菜がバレーでどこまで登りつめるのか、近くで見ていたい気もするが、それは叶わない。私には二人ほどの才能を持ち合わせていないから。
 たとえそれぞれの進路が違っていても、しばらく疎遠になってしまっても、何年後かに久しぶりに会ったときには今日の続きみたいに、また仲良く話せる。そう確信していた。
 進路のことについてはまだ真希にも莉菜にも話したことはない。真希と莉菜はきっと、三人でずっと一緒にいられると思っている。自分の進路のことを、バレーのために進学するつもりはないことを話したら、二人はどんな顔をするだろうか。いままでずっと一緒にいるのが当たり前だった。それが初めてそうでなくなってしまう。
 真希と莉菜にはどう話そうかと思っていたところに、話したいことがあると、真希に呼び出された。
 放課後の教室には真希と莉菜と私しかいない。
「話って?」
 私が真希の左隣の席に、莉菜が真希と机を挟んで正面に座った。
「二人は高校決めた?」
 真希が私と莉菜の顔を交互に見て少し楽しそうにしている。
 私は真希に呼び出された段階で、予想はついていた。話すならこのタイミングかと、私が口を開いたところで莉菜が先に口を開いた。
「決めてるよ」
「やっぱり、白峯?」
 真希が県内の全国レベルのバレー強豪校の名前を挙げた。やっぱりということは、真希はもう進路を決めているのようだ。
「いや、たぶん違う」
 私と真希は莉菜の不思議な言い回しに、思わず莉菜の顔を見つめた。
「たぶん、ってどういうこと」
 真希が首をかしげながら尋ねた。
「真希は白峯?」
 莉菜は質問に答えず、真希の目を見つめて聞いた。
「うん、そのつもり」
「そっか」
 莉菜は少しだけ寂しそうに目を伏せてから、すぐに真希の目を見つめなおした。今度はその目には固い決意が宿っていた。十年以上の付き合いだからこそ分かる。莉菜の目には怒り、苛立ち、でも憎みきれない複雑な光を宿している。それは真希にも分かるはずだ。
「じゃあ私は白峯には行かない」
 その言葉に真希と私は固まってしまった。莉菜が何を言っているのか、意味は理解できるのに、真意が理解できない。
「莉菜、どうしたの」
 数分沈黙が続き、私はその一言を絞り出すので精一杯だった。
 真希は口が半開きのまま莉菜の顔を見つめている。
「真希とは同じ高校には行かない、それだけだよ」
 莉菜は真希から目を逸らさず言葉に力を込め、真希を強く睨みつける。
 それだけって、私は何から言えばいいのか分からず困惑してしまう。莉菜の中で何がどうしてそうなったのか。私はやはり言葉が出てこずに黙り込んでしまった。
「私、何かした? 莉菜を怒らせた?」
 真希がようやく口を開いた。その声は震えている。
 莉菜に真希と同じ高校には行かないと、言わせるほどの何かが二人の間にあったとは到底思えない。ついこの間まで一緒にバレーをし、今日だって楽しく過ごしていたのに。
真希も思い当たる節がないのか、見ると少し涙目になっていた。
「教えて。私のせいで、私と同じ高校に行かないの?」
「そうだな。私は真希が気に食わないんだ」
 莉菜は真希を見つめたまま黙る。真希と私は続きがあるのかと思い黙っていたが、莉菜が口を開く様子はない。私は痺れを切らし、口を開いた。
「ちゃんと説明して。莉菜が何を考えているか分からない」
 莉菜は深呼吸した。
「私は右原莉菜だ。女王の右腕じゃない」
 真希が「え」と一言発したが、莉菜は構わず続ける。
「私は女王・王木真希の右腕じゃない。右原莉菜という一人の選手で、一人の人間だ。決して真希のためにバレーをやっているわけじゃない。そして、王木真希の格下じゃない」
 莉菜は喋るにつれ、声を荒らげていった。
「いろんな人に真希と私は認められている。でも必ず真希とセットだ、必ず真希が一番で私は二番手の扱いだ。私はだれにも負けたくない、だれだろうと、真希だろうと。私は真希より強い、それを証明するためにも、真希と同じ高校には行かない」
 莉菜はそれだけ言うと、立ち上がり帰り支度を始めた。
「仮に高校に入ってから真希がいたら、私が転校する。だから真希は好きなように進路を決めて大丈夫。じゃあ今日は帰るよ」
 莉菜はこちらを振り向くこともなく、そのまま教室を出ていってしまった。
「莉菜!」
 私は追いかけようとして立ち上がったが、呆然としている真希が心配で追いかけることができなかった。
「真希」
 私は声をかけたが、真希は何も言わず虚空を見つめたまま固まっている。
 莉菜がそんなふうに思っていたなんて知らなかった。私はずっと一緒にいた友達のことならなんでも分かると思っていた。それが大きな間違いだと今気がついた。
 女王とその右腕、という呼び方をされているのを私たちは知っている。私にとって、真希にとってもその呼び方は好きではなかったが、外野の言うことなどいちいち取り合わなかった。
 私たち三人はそんな下らない呼び方でひとくくりにされる安い関係じゃない、私も真希もそう思っていた。
 莉菜は違った、どうしてそれに気がつかなかった、私は悔しく拳を握りしめた。
「莉菜は……、莉菜は」
 真希がうわごとのように何度も莉菜の名前を呟いている。
「真希、大丈夫?」
 私はもう一度座って真希の顔を覗き込んだ。そこには涙を流し、ぐちゃぐちゃになった真希がいた。
「知らなかった。莉菜があんなこと思ってたなんて」
 真希は私に抱き着き、胸に顔をうずめた。
「全然知らなかった。ずっと友達だった。これからもずっと一緒だと思ってた。でも、でも」
 真希はさらに力を込め、私を抱きしめた。
「莉菜のこと何も分からなかった。何も知らなかった」
 真希はいつまでも泣き続けた。

 それからの真希の憔悴振りを私は見ていられなかった。普段から一緒にいることが多かったが、私は努めて真希の傍にい続けた。
 莉菜はあの日以降、私には普通に話しかけてくるが、真希とは口をきいていない。
 真希が帰った後、私は莉菜をだれもいない教室に呼び出した。
「莉菜、座って」
 私は自分の席に座りながら、机を挟んだ正面の席を指さした。
 莉菜は素直に座った。
「話って」
 莉菜は少し面倒そうな表情を浮かべている。そんな莉菜の態度に苛立ちが募る。
「分かってるでしょ。真希のことだよ」
「真希? あれから落ち込んでるね」
 莉菜が他人事のように言うものだから、私は思わず机を叩いてから怒鳴りちらかしていた。
「莉菜のせいでしょ! 何でそんなに平然としてられるの!」
 莉菜は驚いたそぶりすら見せない。
「まあそうだけどさ。私は本音を話しただけ。それだけだよ」
「ふざけないで! その本音とやらが真希を傷つけた、真希はずっと落ち込んでる!」
 私は今にも莉菜に飛びかかりそうになるのを必死に抑えた。
「もっと他に言い方はなかったの!」
「なかったよ。私だっていろいろ伝え方を考えて、悩んだ。それでもやっぱりああいうふうにしか言えなかった。そうでもしないと真希は納得しないだろうから」
 私は絶句した。納得? 真希は納得するどころか、廃人一歩手前まで来ているのに。私にとって莉菜のその言葉は到底許せるものではなかった。
「スポーツで競う人間である以上、絶対に負けたくないっていう思いはだれでも持っているはずなんだ。年上、年下、仲のいい友人、たとえだれが相手でも。平凡な選手の奈緒に、私の気持ちは分からないだろうけど」
 私は気がついたら莉菜の頬を叩いていた。だれもいない教室に乾いた音が響き、莉菜は叩かれた頬をさすった。
「優秀な選手の気持ちは分からない。それでも友達の気持ちは分かる! 真希の気持ちなら分かる!」
 自分でも気がつかないうちに涙を流していた。チームを背負い戦うことも、女王などと勝手に騒がれていた真希の気持ちは確かに推し量れない。それでも今莉菜の言葉に傷つき落ち込んでいる真希の気持ちはだれよりも分かる。
「友達の気持ちが分かるなら、私の気持ちも分かってよ」
「分からないんだよ!」
 私は身を乗り出し、机越しに莉菜の肩を掴み、顔を近づけ目を見つめた。
「莉菜の気持ちが全然分からない! ずっと一緒にいたのに、ずっと仲良くやってきたのに。真希と莉菜のことなら何でも分かると思ってたのに! ここ数日で莉菜のことが何も分からなくなった!」
 莉菜は座ったまま私を抱きしめた。
「奈緒には悪いことをしたと思っている。こんなことになっても私は奈緒とはずっと友達でいたいと思ってる。これは本当。でも真希とはもう友達ではいられないな」
 身勝手だ。自分で私たち三人の仲を壊しておきながら。だからといって莉菜を嫌いにはなれない。そんな単純な話じゃない。
真希と莉菜、どっちも大事な友達だ。でも、真希と莉菜の間には埋まらない溝ができていた。自分も真希も知らないところで。私はさらに涙を流した。
「駄目だったの?」
「え」
「私も真希も、莉菜が真希の右腕で真希より格下だなんて一度も思ったことない。それだけじゃ駄目だったの?」
 莉菜は私を抱きしめていた腕を解いた。
「それは分かってる。でも、私の中では納得できなかった。私は真希とは違う高校に行って、女王の右腕でないことを証明する。真希より強いことを証明する。だれにも負けたくない、そんな想いばかりが大きくなってた。女王だの右腕だのと騒がれ始めたときからずっと」
 莉菜の決心は固い、私は悟った。もう何を言っても莉菜は信念を曲げない。真希と莉菜、三人で仲良くしている未来はもうどこにも見えない。
 私は力なく座り直した。
「試合中の莉菜は楽しそうだった。真希と一緒に戦う莉菜は楽しそうだった。あれは嘘だったの」
「嘘じゃないよ。楽しかった。でも私たちが勝ち続け、私たちが注目されればされるほど、私の中で真希への対抗心だけが大きくなっていった。複雑な気持ちだったよ」
 それきり私たちは黙り込み、静かな教室には私の鼻をすする音しか聞こえなくなっていた。
 私が落ち着いてから莉菜は立ち上がった。
「帰るね。じゃあまた」
 私には何となく、これが莉菜とする最後の会話な気がして寂しくなった。
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