サプレッション・バレーボール

四国ユキ

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合宿3

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「お、三年生はさすがだね」
 不動さんが嬉しそうにしながら体育館に入ってきた。
 夜七時。夕飯を終え、三年生全員は体育館に再び集まり、真希のアタックを中心に練習をしていた。
「合宿はいいよねえ。こうやって練習時間を確保できて。泊りの最大の理由よねえ」
 不動さんはそう言うと、ネットを挟んで真希と対峙した。
「私ブロック跳ぶから。ぶち抜いてみなよ、真希ちゃん」
 真希の目が少しだけ険しくなったのを私は見逃さなかった。
「真希だったらブロック一枚くらい避けて打てると思うんですけど」
 私は少しだけ不動さんを挑発してみせた。
「どうかなあ。まあやってみようよ」
 不動さんが不敵な笑みを浮かべる。
 この人のペースに乗せられると面倒だと、今日一日を通して学んだ私は黙った。
良子がボールを出し、私がそれをレシーブする。良子はジャンプトスで綺麗にレフト側へ上げる。
 真希がいつもより少しむきになっている。
 不動さんはトスと真希の体の向き、視線を観察してからワンテンポ遅れてブロックに跳んだ。
 真希が綺麗に決めるだけ、と思っていたがそれに反して、真希のアタックはあっさりとブロックされ、コートに向かって真っ逆さまに落ちていった。
「レシーブしなきゃ。ブロックされて終わりじゃないんだよ」
 不動さんは真希のアタックを簡単にブロックしたことには何の感慨も示さず私と良子を睨んだ。
 真希が悔しそうにし、再びアタックを打てるように下がった。
「真希ちゃん、三年になってからほぼ毎日練習してるからか、キレが増してるね」
 不動さんはじっと真希を見つめ、満面の笑みを浮かべた。
「まあでも私には遠く及ばないかな」
 その後何度も真希がアタックを打つも、すべて阻まれ決まることは一度もなかった。
 真希が息を切らし、私がそろそろ休憩にしようかと、言おうとしたところで元気な声が響いた。
「練習してるんですか! 私も混ぜてください!」
 春日さんだった。体力が回復したのか疲労の色は見えない。不動さんは春日さんの姿を認めると、これまた嬉しそうに笑った。
「お、インハイ制覇を堂々と言う人間はさすがだねえ。真希ちゃん交代してあげなよ。奈緒ちゃんも相手してあげるよ」
 今度は私と春日さんが不動さんのブロックの餌食になる番だった。真希の相手をし続けて疲れているだろうし、一度くらいは抜けるだろうと楽観的に考えていたがすぐに力の差を見せつけられてしまった。
 春日さんの顔から余裕がどんどん奪われていき険しい顔になる。
「奈緒ちゃんも陽菜ちゃん、いい線いってるよ。センスあるよ」
 褒めているのか小馬鹿にしているか分からない言葉を聞き、春日さんはさらに力強くアタックを打ち込む。それでもすべて阻まれる。
「ここまでにしようか。あ、陽菜ちゃんは真希ちゃんともうちょっとだけ練習してね」
不動さんがネットをくぐり、右手を私の右肩に置き、ぐっと私を引き寄せた。
「私は今から奈緒ちゃんと良子ちゃんと裸の付き合いをしてくるから」
「は?」
「じゃあ、真希ちゃん後よろしく」
 不動さんは私の素っ頓狂な声を無視し、肩を抱いたまま、良子を手招きした。
 良子は近寄りたくなさそうに顔をしかめた。
「ほらほらおいでよ。緊張しなくていいから」
「ちゃんと着いていきますから」
「つれないなあ。まあいいか。じゃ行こっか」
 不動さんは私の肩から手を離すことなく体育館を出ていこうとした。
「あ! 勝ち逃げじゃないですか」
 春日さんがいろいろ叫んでいたが、不動産は意に介さず、良子がちゃんと着いてきているか確認しながら体育館を後にした。

 私と良子は半ば強制的に銭湯に連れ込まれた。私と良子は肩を並べ、不動さんと向き合う形で浴槽に浸かっている。
「広いお風呂はいいねえ」
 不動さんは手足を広げ、緩み切った表情をしている。
「そんなに緊張しないでさ、力抜きなよ」
 一方私たちは、不動さんの意図を計りかね困惑するばかりだ。風呂の温度の高さと緊張感から額に薄っすらと汗が浮かんでくる。
「二人と話したいことがあってさ。腹を割って話そうよ」
 不動さんが私たちに笑顔を向けた。
 腹を割って話そう、なんて言っているが、こちらが一方的に何かを話さなければならないんでしょと、私は身構えた。
「どうして私たちなんですか。真希じゃなくて」
「真希ちゃん? 真希ちゃんのことはよく分かってるからいいんだよ」
 不動さんは私たちを交互に見て楽しそうにしている。
「君たちに興味があるの」
「お好きにどうぞ」
良子は溜息をつき諦めの表情を浮かべている。
「じゃあズバリ聞くけどさ」
 不動さんはそこで少し間を置き、意地の悪い笑みを浮かべた。
「二人はインハイ制覇っていう目標に対してどう思ってるの」
 私の心臓が飛び跳ねた。さっきまで感じていたお湯の熱さは一瞬で吹き飛び、それどころか冷たくすら感じる。手が少し震え、体の自由が奪われる感覚に捕らわれる。呼吸も浅くなっていく。
 それは私が努めて考えないようにしていたことだった。
 不動さんは意地の悪い笑みを浮かべたまま私たちを見つめてくる。
「どう、っていうのは」
 私は苦し紛れに質問に質問で返した。
「答えにくいかい。じゃあ、はいかいいえで答えられるようにしようか」
 不動さんはよりいっそう意地の悪そうな笑みを浮かべた。
「二人は、インハイ制覇、できると思ってる?」
 私はこの人に何もかも見透かされているような錯覚に陥った。
 自分がずっと、真希がバレーを再開したときから、インハイ制覇を目標に掲げたあの日からずっと目を逸らし続けていたことだ。
 何も返せないでいる私たちを見て不動さんは頷いた。
「沈黙、ってことはそういうことだよね。今日一日練習を見ててそうだろうとは思った」
「真希はやる気ですよ」
 私はせめてもの抵抗とばかりに答えた。
「真希ちゃん? 真希ちゃんはそうだね、言葉にはしないけど、本気でインハイ制覇を目指してる。態度に滲み出ているよねえ。でも今は真希ちゃんのことはいいんだよ。今は君たち二人、特に奈緒ちゃん」
「私、ですか」
「そう。奈緒ちゃん、淡々としてるよね、良くも悪くも」
 それは私の何を見てそう思ったのだろう。
「練習頑張ってるよね、夜もいるし。それは認める。でも私に負け続けてもあんまり表情が変わらないよね。陽菜ちゃんは分かりやすく悔しそうにするし、食らいついてくる。でも奈緒ちゃんからはそういう気概を感じない。一本調子だ」
 私は不動さんの顔を直視できず俯き、水面に映る自分の情けない顔を見つめた。
「真希ちゃんがバレーをまた始めたことで満足しちゃったかい? 真希ちゃんと一緒に楽しくバレーができて満足しちゃった?」
 私はすべてを見透かされていると確信した。この人は人の急所を突くのが上手い。
 真希がバレーから離れてしまったあの日から、真希がまたバレーをすることをずっと願っていた。私の大好きな親友が、大好きなバレーを、楽しそうにプレーするのが見たかった。四月になり、それが叶った。親友を見守る私の役目は終わり、後は短いながらも真希とバレーをする楽しい日々が送ることができれば、それで満足していた。インハイ制覇という目標もどこか遠い国の言葉だと思っていた。自分の中で線を引き、その範疇でしか頑張ってこなかった。
 それをこの人は土足で踏み込んできた。
「それが悪いことだとでも言うんですか」
「いやいや、悪くないよ。楽しいっていうのは大事だからね。ただ、チームがバラバラだと思ってさ」
 不動さんはしばらく黙ったが、私たちから特に反応がないと認めると続けた。
「まあ正直、私のチームじゃないし、四日だけの特別コーチって立場だから、これ以上は首を突っ込む気はないよ。むしろ首を突っ込みすぎちゃったよ」
「そうですよ。四日間適当にやればよかったんですよ。どうしてそこまで」
 私はこれ以上この話題を考えたくなくて、むりやり話題を変えることにした。
「どうして、だって?」
 不動さんが少し声を張り上げた。声が壁に反射し、響く。
 日中の練習だけでなく、夜の自主練習にさえこの人は顔を出した。言葉遣いはともかく、熱心に指導していた。元日本代表キャプテンになるような人が、実績もない高校生たちの面倒などそこまで見る必要はないのだ。私は今さらながら不思議に思ってしまった。
「私はね、真希ちゃんのチームが、真希ちゃんが負けるところを見たくないんだよ」
 真希が負けるところを見たくない? 私は不思議に思い顔を上げ不動さんの言葉の続きを待った。
「二人はさ、真希ちゃんがどれほどの選手か考えたことある?」
「ありますよ。今の高校バレー界で一番強いです」
 私は即答した。
「これは即答できるんだね」
 不動さんはまた意地の悪い笑顔を浮かべたがすぐに真顔に戻った。
「過小評価だよ、奈緒ちゃん」
 過小評価、私はその言葉に耳を疑った。
「高校に入ってから三年間ちゃんと練習していた場合、って注釈は付くけどね、高校バレーが始まって以来、今後二十年以上は真希ちゃんを超える選手は現れないと思っているくらい評価してるんだよ。いや、日本バレー界と言っても過言じゃないかもね」
 私は真希の才能を、実力を信じて疑ったことはなかったが、ここまで言い切れるほどではなかった。元日本代表にそこまで言わせるものなのか。
「真希ちゃんは、フィジカルも、メンタルも、才能も、すべてが揃っているんだよ。私は選手としての真希ちゃんが好きで好きでたまらないんだ。と同時にその才能に嫉妬してる。嫉妬でこっちがどうにかなりそうなくらいね」
 不動さんは段々ヒートアップしていく自分に気がついたのか深呼吸をした。
「それだけ入れ込んでいる真希ちゃんが負けるところを見たくない。二人なら分かるでしょ」
 これには素直に頷いた。真希の才能に嫉妬したことはないが、真希が負けるところなど見たいはずがない。
「でもチームはバラバラだ。真希ちゃんと陽菜ちゃんは本気だね。でも、三年生はチームの目標を即答できないし、一年生も真意はどこにあるのか分からない」
 ここで不動さんが少しだけ悲しそうな表情を浮かべたように私は見えた。
「君たちが羨ましいよ。真希ちゃんとバレーができるんだから。私ももう少し若ければ、もう少し選手生命が長ければ、真希ちゃんとバレーができたのに、真希ちゃんを見ているとそんなことばかり考えてしまう。今真希ちゃんとプレーしている君たちが羨ましい。だからつい熱心に口を出してしまう」
 不動さんはそう言うと立ち上がり、浴槽から出た。
「話しすぎちゃったけど、私が言いたかったのはこれだけ。じゃあね」
 不動さんは背を向け脱衣所へ向かい歩き始めた。
 私と良子はしばらく動けず、少しのぼせそうになってしまった。
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