口枷のついたアルファ

ぶんゆ

文字の大きさ
12 / 17

はじめまして?

しおりを挟む
試合終わりのルドゥロの前に立ちふさがったのは随分と恰幅の良い紳士だった。筋肉らしいものは贅肉に隠れて見られないし、もう暑い時期だというのに黒い毛皮を着こんでいる。惜しげもなく鍛えられた肉体をさらしている今のルドゥロと正反対の男とも言えた。

「私はマルタ・サルロと申すものです。一応貴族でしてな、ご存じかもしれませんが、ははっ」
「そうでしたか。試合をご観戦で?」
「ええ。実は連れがぜひ貴方の試合を見たいとずっと言っていましてなあ」

毛の長い毛皮を見せつけるように両腕を広げてぺらぺらと話すマルタという男。剣を立て、彼に相槌を返すルドゥロ。
そこへたまたま通りかかった若い運営員は状況を把握して一瞬で青ざめた。
舞台裏であるここに明らかに観客である人物がいることもそうだが、なによりその人物が「試合後のルドゥロ」に嬉々として話しかけていることに。

試合後のルドゥロは大抵とても気が立っている、というのは有名な話だ。以前試合後に控室の椅子や机を破壊した前科もあることから、周囲から過剰なほど恐れられている。実のところは結局つまらない試合になったというイラつきが原因なのだが周囲は知るわけもなく、取り敢えず近づくべからず、が原則となっている。
だから特例としてわざわざ運営員が控室まで、試合後しばらくした後に、治療にやってくるのだ。

だというのに、おそらく貴賓扱いであろう裕福な見た目の客人が、試合後のルドゥロに、話しかけているではないか。
いつその剣が客人に襲い掛かるかと、顔色を真っ青通り越して真っ白にしかけていた若い運営員は、おそるおそるルドゥロの顔を伺い、はてと首を傾げた。

「俺の試合を見たいとは、嬉しいですね」

マルタに答えるルドゥロは、眩しいばかりの満面の笑みだったのだ。
立派な赤髪も大きな瞳も心持ちつやめきを増しているように見える。
早い話、最近稀に見る機嫌の良さだったわけだ。
思わず運営員は両目を擦った。
さぞ不機嫌さも露わな顔をしているだろうと思っていたのに、なんだこの笑みは。
何度見てもルドゥロはニコニコと、まるで幸せでたまらないとでもいうように笑っている。
運営員は先ほどまでとは違う理由の分からない恐怖に肌を粟立たせて、先輩を呼びに走った。
そんな事情はつゆ知らず。
2名の会話はとんとん拍子で進んでいく。

「年寄りの身で恥ずかしいことですが、あの子が可愛くて可愛くてなあ、何でも彼の願いを聞いてやりたくなるのですよ」
「それはそれは。よほど美しい方なのでしょうね」
「ええ、それはもう。私の自慢ですよ。…ああ、そうそう。まだ紹介していませんでしたね。こちらが連れでございます」

マルタが「ほれ」と背後を振り向いて『連れ』とよぶ人物に促す。
薄暗い通路で影になっていた、ほっそりと背の高い人物がゆうらりと前に出る。
ルドゥロの笑みが深まったが、自慢げに大きな腹を揺らすマルタは気付かない。
マルタの趣味なのか高級そうな黒に染められた薄手の上下にのぞくは艶美な褐色の肌。特徴的な隻眼に、服と合わせてあつらえたかのようにつややかな黒髪が男らしい爽やかさを生む。
ただ、所有物の証のつもりか何なのか、見覚えのあるそれとは違うぎらぎらと光る金のチョーカーだけが目障りだった。


、お会いできて光栄です。…リヴァーダと申します」
「ああ、。ルドゥロだ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

運命じゃない人

万里
BL
旭は、7年間連れ添った相手から突然別れを告げられる。「運命の番に出会ったんだ」と語る彼の言葉は、旭の心を深く傷つけた。積み重ねた日々も未来の約束も、その一言で崩れ去り、番を解消される。残された部屋には彼の痕跡はなく、孤独と喪失感だけが残った。 理解しようと努めるも、涙は止まらず、食事も眠りもままならない。やがて「番に捨てられたΩは死ぬ」という言葉が頭を支配し、旭は絶望の中で自らの手首を切る。意識が遠のき、次に目覚めたのは病院のベッドの上だった。

希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう

水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」 辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。 ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。 「お前のその特異な力を、帝国のために使え」 強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。 しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。 運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。 偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!

「オレの番は、いちばん近くて、いちばん遠いアルファだった」

星井 悠里
BL
大好きだった幼なじみのアルファは、皆の憧れだった。 ベータのオレは、王都に誘ってくれたその手を取れなかった。 番にはなれない未来が、ただ怖かった。隣に立ち続ける自信がなかった。 あれから二年。幼馴染の婚約の噂を聞いて胸が痛むことはあるけれど、 平凡だけどちゃんと働いて、それなりに楽しく生きていた。 そんなオレの体に、ふとした異変が起きはじめた。 ――何でいまさら。オメガだった、なんて。 オメガだったら、これからますます頑張ろうとしていた仕事も出来なくなる。 2年前のあの時だったら。あの手を取れたかもしれないのに。 どうして、いまさら。 すれ違った運命に、急展開で振り回される、Ωのお話。 ハピエン確定です。(全10話) 2025年 07月12日 ~2025年 07月21日 なろうさんで完結してます。

娼館で死んだΩですが、竜帝の溺愛皇妃やってます

めがねあざらし
BL
死に場所は、薄暗い娼館の片隅だった。奪われ、弄ばれ、捨てられた運命の果て。けれど目覚めたのは、まだ“すべてが起きる前”の過去だった。 王国の檻に囚われながらも、静かに抗い続けた日々。その中で出会った“彼”が、冷え切った運命に、初めて温もりを灯す。 運命を塗り替えるために歩み始めた、険しくも孤独な道の先。そこで待っていたのは、金の瞳を持つ竜帝—— 「お前を、誰にも渡すつもりはない」 溺愛、独占、そしてトラヴィスの宮廷に渦巻く陰謀と政敵たち。死に戻ったΩは、今度こそ自分自身を救うため、皇妃として“未来”を手繰り寄せる。 愛され、試され、それでも生き抜くために——第二章、ここに開幕。

あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /チャッピー

鳥籠の夢

hina
BL
広大な帝国の属国になった小国の第七王子は帝国の若き皇帝に輿入れすることになる。

ウサギ獣人を毛嫌いしているオオカミ獣人後輩に、嘘をついたウサギ獣人オレ。大学時代後輩から逃げたのに、大人になって再会するなんて!?

灯璃
BL
ごく普通に大学に通う、宇佐木 寧(ねい)には、ひょんな事から懐いてくれる後輩がいた。 オオカミ獣人でアルファの、狼谷 凛旺(りおう)だ。 ーここは、普通に獣人が現代社会で暮らす世界ー 獣人の中でも、肉食と草食で格差があり、さらに男女以外の第二の性別、アルファ、ベータ、オメガがあった。オメガは男でもアルファの子が産めるのだが、そこそこ差別されていたのでベータだと言った方が楽だった。 そんな中で、肉食のオオカミ獣人の狼谷が、草食オメガのオレに懐いているのは、単にオレたちのオタク趣味が合ったからだった。 だが、こいつは、ウサギ獣人を毛嫌いしていて、よりにもよって、オレはウサギ獣人のオメガだった。 話が合うこいつと話をするのは楽しい。だから、学生生活の間だけ、なんとか隠しとおせば大丈夫だろう。 そんな風に簡単に思っていたからか、突然に発情期を迎えたオレは、自業自得の後悔をする羽目になるーー。 みたいな、大学篇と、その後の社会人編。 BL大賞ポイントいれて頂いた方々!ありがとうございました!! ※本編完結しました!お読みいただきありがとうございました! ※短編1本追加しました。これにて完結です!ありがとうございました! 旧題「ウサギ獣人が嫌いな、オオカミ獣人後輩を騙してしまった。ついでにオメガなのにベータと言ってしまったオレの、後悔」

僕たちの世界は、こんなにも眩しかったんだね

舞々
BL
「お前以外にも番がいるんだ」 Ωである花村蒼汰(はなむらそうた)は、よりにもよって二十歳の誕生日に恋人からそう告げられる。一人になることに強い不安を感じたものの、「αのたった一人の番」になりたいと願う蒼汰は、恋人との別れを決意した。 恋人を失った悲しみから、蒼汰はカーテンを閉め切り、自分の殻へと引き籠ってしまう。そんな彼の前に、ある日突然イケメンのαが押しかけてきた。彼の名前は神木怜音(かみきれお)。 蒼汰と怜音は幼い頃に「お互いが二十歳の誕生日を迎えたら番になろう」と約束をしていたのだった。 そんな怜音に溺愛され、少しずつ失恋から立ち直っていく蒼汰。いつからか、優しくて頼りになる怜音に惹かれていくが、引きこもり生活からはなかなか抜け出せないでいて…。

処理中です...