消えた婚約者

キタさん

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恋愛とは迷宮である

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「イヤーッ!」

悦子はまるで痴漢に襲われたような奇声を上げて、泣きじゃくった。

「どうして、どうして、どうして、どうし…」

婚約…それは男女が結婚を前提に誓う厳かな儀式だ。

しかし、その儀式を経たとしても、必ずしも身を結ぶとは限らない。

何故なら、結婚というゴールにたどり着く前に何かが変化するかも知れないからだ。

さて、変化と呼んでいいのか分からないが、悦子の場合、婚約者が突然失踪してしまったのである。

悦子は失意のどん底にいた…彼はどこへ行ってしまったの?

しかし、ただ時間は過ぎていくだけで、彼は現れなかった。

やがて悦子は何もかも忘れるため、旅に出ることにした。

体というより心を癒すためであったが、まさかの事態が悦子を待っていようとは誰が予想し得ただろうか。

悦子は駅へ向かっていたのだが、途中、住宅街に入り込み、迷子になってしまった。

「あら、えっと…このお家はさっき見たような…あ!」

焦る悦子に光明が見えたのは、少し先にスーツ姿の男性の姿が見えたからだ。

悦子は足早に男性に近寄り、申し訳なさそうに尋ねた。

「あの、恥ずかしい話ですが、駅に行こうと思って歩いていると、迷ってしまいまして…駅に行くにはどうすればいいか、分か、あ!」

悦子は再び叫んだ。

そこに立っていたのは、婚約者の彼だった。

悦子は何も言えなかった。

すると、彼の方から口を開いた。

「…ああ、君か、済まないが、婚約を解消してくれ」

さらに悦子は唖然として、全く言葉が出て来なかった。

すると、彼から意外な話を聞くことになった。

「…僕は君の家に行く途中、この住宅街に入り込んでしまったんだが、どうしても抜け出せず、行ったり来たり…時計は止まるし、携帯電話も動かない。不思議なことに全ての家の、いや、全てかは確実ではないけど、チャイムを鳴らしたが、一向に出て来る気配がないし、物音一つしない。ほら、今も何も聞こえないだろう?僕は頭がおかしくなりそうになったよ。ただ、空き地があってね、不思議なことにその空き地には小屋が建っていて、中に入ると、冷蔵庫も洗濯機もテレビも置いてあって、冷蔵庫の中には食料も入ってて…まるで、あらかじめ住むのに困らないようになっていたみたいで…で、一人、昼は歩き続けて、一人、夜は寝るという生活を送っていたら、何だか一人に慣れてしまい、結婚はどうでもよくなって…君のことは好きだけど、結婚はやめることに決めたんだ」

悦子は彼の話を聞いているうちに涙があふれてきた。

そして彼が話し終わると、反射的に抱き付いてしまった。

初め、彼は振りほどこうとしたが、悦子の抱擁が強く、断念した。

すると、彼にも変化が現れて、無性に悦子が愛おしくなり、悦子の力よりさらに強く抱きしめた。

いつの間にか二人は抱き合いながらキスを交わしていたが、やがて離れると、真顔で彼は言った。

「きっとさ、僕らが結婚生活を死ぬまで続けられるか、誰かが試してるんじゃないか?だから、この迷宮から出られることが出来れば、問題ないと思うんだけど…」

悦子も真剣な眼差しだった。

「出られなければ、結婚出来ないってことね…」

彼は頷き、悦子も彼に習った。

ここから出られれば結婚、出られなければ婚約解消…二人は身を引き締めた。



とりあえずは、彼が住む小屋に行くことにした。

しかし、またもや試練が彼らを襲った。

空き地が全く現れないのである。

「どこまで追い詰めるんだ…」

誰に対してか分からないが、つい彼の口から出る愚痴。

よく見ると、彼はだいぶやつれていた。

ただ、本当に小屋には何でも揃っているとみえて、服は綺麗だし、頭や体も洗っているようだし、ヒゲも生えていないといったように、清潔感は漂っていた。

そんな彼の姿から悦子が目を離すと、いつの間にか辺りは暗くなっていた。 

悦子は彼に尋ねた。

「ねぇ、ライターある?」

彼はタバコを吸うので、持っていると思ったのだが、案の定、ズボンのポケットから取り出してみせて、カチッとつけると、明るい炎が現れた。

彼同様、悦子の携帯電話も使えなくなっていたので、懐中電灯のアプリも起動出来ず、ライターの火に頼らざるを得なかった。

すると、悦子はある考えが浮かんだ。

「そうだわ、ねえ、何か燃えそうな物、持ってない?…あ、それは?」

彼は少し不思議そうな顔をしながら、悦子が指差した背広のポケットを見ると、たまたま入れてあったスポーツ新聞を手に取った。

「あった!競馬の記事を読みたくて、駅の売店で買ったんだけど、ずっとポケットに入れていたのを忘れていたよ。はみ出していたはずなのに、何故か気にならなかった…で、何をするの?」

「うん、ものは試しよ…」

すると、悦子はライターとともに受け取った新聞に火をつけた。

彼は少し慌てたが、紙を燃やせば、周りがよく見えると思い、納得した。

「確かに、ライターの火より明るいね。でも、そのうち消えちゃうよ」

「そうなの、だから急ぐわよ」

悦子は彼と腕を組み、燃えている新聞をオリンピックの聖火リレーのトーチのように上にかかげると、次第に火が揺れ始め、やがて、ハッキリと一方向へと煙が流れた。

悦子は目を輝かせた。

「やっぱり!ほんの少し風を感じた気がしていたんだけど、思った通りだわ!」

彼も悦子の考えていることが分かり、手を叩いた。

「そうか!風の流れる方向へ行けば、出られるかも知れないということだね?」

悦子は笑みを浮かべながら頷くと、やはりニッコリ笑う彼とともに、小走りを始めた。

明らかに煙は動いていた…先には道が続いている。

だが、しばらく進んだが、行けども闇だった。

やがて、新聞は大きな炎の塊と化し、悦子は手放さざるを得なくなろうとしたが、その時…。

「あ!」

そこに現れたのは、何と教会だった。

それほど大きくはないが、間違いなく白壁の教会が建っていて、鐘の姿も見え、しかも中からは明かりがもれていた。

悦子は新聞を道に捨てると、彼とともに教会に駆け込んだ。

すると、祭壇があり、その横に上に昇る階段があった。

さらに祭壇の前の机の上には火のついたロウソクが立っている燭台が置いてあった。

「さぁ、行こう!」

今度は燭台を持った彼に腕を組まれた悦子は、彼とともに階段を駆け上がり、鐘を目指した。

鐘を鳴らさなくては…何故か、二人は同じことを考えていた。

だが、行けども行けども、鐘にたどり着かない…そんなはずはないのだが。

階段は螺旋状になっていて、ずっとグルグル回り続けるだけだった。

すると、ロウソクの火が消えそうになり、一か八かに彼は賭けた。

手を上げて、鐘を照らすと、鐘目掛けて、思い切り燭台を投げた。

直後、辺りは真っ暗になったが、燭台は何かにぶつかり、その何かは音を鳴らした。

まさしく鐘だ、鐘の音だ!

二人は飛び上がって喜んだが、足を滑らせて、今度は階段をグルグルと転げ落ちていった。

二人の意識は遠退いた。



目を覚ました二人は横たわっていた場所から起き上がると、目の前には都会の喧騒の中に建つ教会がそびえ立っていて、そこは教会前の道路端だった。

するといつの間にか、悦子はウェディングドレスを、彼はタキシードを着ていた。

道行く人たちは二人の姿に驚きの様子だったが、やがて祝福の拍手を贈った。

「これで婚約は無しだな、つまり、結婚てこと!」

「うん!」

二人はニッコリと笑い合い、腕を組みながら、教会に入って行った。



見事、迷宮から抜け出した二人は、この先の様々な山も谷も、協力して乗り越えて行くことだろう。





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