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食べちゃいたいくらい好き!または、食べちゃ駄目!

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あ、美味しそう!

お母さんの料理の腕前は凄すぎる。

今日、お皿に乗っているのは、懐かしい香りのする肉、肉、肉…。

何故、こんなに郷愁を誘うのだろう?

正直なところ、味はあまり関係無いのだが、いつも美味しく感じてしまうのだ。

頂きまーす!

詩人みたいに言えば、「いつか見た味」という言葉がピッタリな肉の塊を口に運ぼうとすると、急にお母さんは激昂した。

食べちゃ駄目!

いつもはニコニコしながら、私が頬張るのを見ているのに、初めて怒られたのだが、理由はすぐに分かった。

仕事へ行き、帰宅しなかったと思われたお父さんをきっと母は調理したに違いない。

いつだったか、お父さんを食べちゃいたいくらい愛してると言っていたっけ。

それを実現させたのが、お母さんの凄いところだ。

そして、懐かしい香りを感じたのも、お父さんなら当然だ。

しかし、お母さんは肉を全て捨ててしまった。

何故、愛する伴侶の肉を捨ててしまったのか…それは、懐かしい香りとともに、加齢臭とも違う、不快な悪臭がしたからに違いなかった。

それは、お父さんがお母さんや私とともに年輪を重ねてきた中での様々なにおいとは明らかに別物だった。

お母さんはいまいましいという顔をして言った。

お父さん、浮気していたに違いないわ、とお母さんはつぶやくように言った…どうやら、お父さんや私の系統とは違うにおいを感じ取ったお母さんも凄いと思った。

そんな下劣な物を食べさせられないという表情をお母さんは見せたのだ…。



ん、私は目覚まし時計の音で目が覚めた。

おかしな夢を見たものだ。

パジャマのまま、食卓に座ると、お母さんは困った顔をした。

ハンバーグを作ったらしいのだが、肉が腐っていて、悪臭がしたと言うのだ。

まさか、と私は思った。

お父さんは出張でいないとのことだったが、実は何か理由があって、お母さんがとんでもないことをしたのではないか…そして、私に食べさせようとしたが、運悪く、腐敗してしまったのではなかろうか。

私はブルっと身を震わせた。

ただいま!

お父さんの声が聞こえた。

どうやら出張から帰ったようだ。

私はホッとした…何事も無くて。

いけない!行って来ます!

遅刻しそうな時刻だったので、急いで着替えて出掛けようとすると、お母さんはお父さんに言っていた。

「あなた、ハンバーグ作ったんだけど、腐っていたみたいで、捨てちゃった…で、話があるんだけど…」

お父さんは疲れたから、後でなと言うと、テレビをつけ、ニュースを観出した。

「…ラブホテルで女性の惨殺死体が見つかりました。女性には連れがあった模様ですが、行方が分かっておりません」

お母さんはウフフと笑った。

「…全く困ったものよね。誰が殺したか知らないけど、どうせ不倫相手と喧嘩した挙句の出来事じゃないのかしら…だけど、惨殺だなんて穏やかじゃないわね。おおかた、首を絞めて死なせてから、ノコギリか何かで切り刻んだんでしょ…あら、あなた、何、震えてるの?まるで誰かを殺してきたみたいよ…手がブルブルしてるから、首でも絞めたの?…でも、あなた、気が弱いから、切り刻んだりは出来ないわよね…じゃあ、誰かが後でやったのかも知れないわね…バラバラにして、肉を細かくして、その肉、どうしたのかしらね?」

黙って聞いていたお父さんは次の瞬間、トイレに駆け込んだが、出張での疲労から気持ち悪くなったのかと思い、家を出た。



食べちゃ駄目だよ、腐ってるよ!

学校の裏庭で、私の付き合っている彼がお弁当の蓋を開けた途端、変なにおいがしたので、注意した。

彼は私の言葉を受けて、仕方なくお弁当の蓋を閉じた。

そんな彼に私は今日も言う。

食べちゃいたいくらい好き!

いつの日か、私は本当に彼を食べるのだろうか?

でも、あまり歳を取ると、美味しくなくなる気がする。

私は二人だけの甘い時間をずっと過ごしていたい…この瞬間を忘れたくない。

エイ!

用意しておいた金属バットで彼の頭を叩いた。

おかしな音がして、彼が倒れた。

私は清々しい思いでいっぱいだった。

やがて、先生がやって来て、何かわめいたが、私の頭は宙を舞っているようだった。

そして先生は彼の血だらけの体に触ろうとしたので、思わず叫んだ。

食べちゃ駄目!

愛しい人は私だけのもの…。



ハッ、目が覚めた…また夢か…。

横を見ると、彼がぐっすりと寝ていた。

そうか、親が留守だから、泊まったんだっけ。

あーあ、シーツ、汚しちゃって、駄目でしょ!

食べちゃいたいくらい好きな彼を私はどうやら本当に私一人のものにしたくて、お父さんのゴルフクラブで亡き者にしてしまったらしいのだが、次に私が食べちゃいたいくらい好きな人に会うのはいつの日だろう…。

私は横たわる彼に、行って来るねと笑顔で言って、学校では無く、警察署に向かい、何とかたどり着いた。

そして、きっと私みたいな理由で、あの世に誰かしら送った人もいるはずだと思いつつ、口の周りを赤くベットリとさせながら、中に入って行ったのだった。


(*Prologueに投稿したものを加筆修正し、再投稿したものです)
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