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当事者にしか分からないこと
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「いやー、風邪引いちゃってさ、辛い辛い……ヘックション!」
「いやー、腰、痛めちゃってさ……イタタタタ」
という言葉を聞くと、大抵の人間が心配してくれて、たいへんだねと声を掛けてくれるのだが、彼女は違った。
「……すこぶる健康状態にある私が、いくらたいへんねと言っても説得力無いじゃない……たいへんのたの字も分かっていないのに、まるで偽善者よ!だから、悪いけど、何も言えないの……」
僕はハラハラした……まぁ、確かに、相手の痛さの度合いが分かる訳では無いので、本当に理解した上でたいへんだと言っているのか?と問われると難しいし、確かに当事者で無いと真の辛さを知ることは出来ないとは思うのだが、そこまで言わなくてもいいのに、と気持ちがざわついてしまう。
生真面目と言われる僕でも舌を巻く彼女が極端な人間であることは明白であったが、やがて彼女の言葉を痛感する出来事が起こった。
ある日、僕は彼女が引っ越したマンションを訪れようと思ったものの、彼女の部屋は最上階である20階にあったので、高所恐怖症である僕は行くのをためらい、電話でその旨、伝えた。
すると彼女は、そっか、分かったと言ってくれたので、ホッとしたが、今後、どうしよう?と聞くと、黙って切ってしまった。
ん?どうしたんだ……そして、きっと忙しいのだろうと思い、掛け直すことはしなかったのだが、後悔した。
しばらくして電話が掛かって来たので、彼女かと思いきや、警察からだった。
僕の名前を確認すると、彼女がマンションのベランダから落ちたと言うのだ。
慌てた僕は急いで病院に向かうと、彼女は病室のベッドで寝ていたが、僕の訪問を知ると、起き上がり、有難うと笑顔で迎えてくれた。
聞くと、落ちたことは落ちたが、不思議なことに全く無傷だったと言う。
そして、彼女は警察や医師に問題無いと話したそうだが、万一のことを考えて、一日は病院に泊まることになったそうで、身元引受人として、僕の名前を出したらしい。
彼女はケラケラと笑って言った。
「……警察には内緒だけど、きっと神様があなたのために飛び降りたことを知って、守ってくれたのよ」
「えっ!僕のために飛び降りたの?何で?」
彼女は腕組みをして、僕の顔をじっと見た。
「何って、私、高所恐怖症の人の気持ちが分からないから、じゃあ、飛び降りてみたら分かるかも知れないと思って、実行したのよ」
おいおい、いくら僕の気持ちを知りたいからと言って、飛び降りるまでするか、と僕は唖然としてしまい、言葉が出て来なかった。
彼女は僕の気持ちを察したかのように、うつむき加減に言った。
「……ごめんね。私、馬鹿だった。つい、あなたの思いを知りたくて……バンジージャンプにすれば良かったわね……」
彼女の言葉に何と返答しようかと迷っていたが、少なくとも彼女が高所恐怖症では無いことはよく分かった。
僕は無茶しないで、と彼女に言って、夢の中にいる気分で帰宅したが、念のため、一緒にいるべきだったかなと後悔した。
そんな明くる日の日曜日、僕は彼女を見舞おうと家を出ようとすると、チャイムが鳴った。
出ると……そこには、元カノが立っていた!
しかも、鋭いナイフを握っていた。
僕は驚いて、奥に逃げたが、段差につまずいて、倒れてしまった。
すると足早に近付いて来た元カノが僕をにらみつけて、怒鳴った。
「やっと見つけたわ!私を振って、別の女に乗り換えた気分はどう?さぞかし楽しいでしょうね……でも、私は最悪!……何故、私を捨てたの?意味が分からない。あなたは私から逃れることは出来ないのよ。さ、言うことを聞きなさい。あんな女、捨てて、私のところに戻るのよ!さもないと、あなただけじゃなくて、あの女も殺してやるから!」
僕は執念深い元カノなら、引っ越しても僕の居場所を捜し当てるくらい造作無いだろうと思い、尻もちをついたまま、ゆっくりと後退りした。
「おい、やめろよ。危ないじゃないか。それに、僕はおかしな君が怖くなって、逃げ出したんだよ。そして、たまたま今の彼女が現れて、付き合うようになったまでで、君のもとを去ったことに彼女は全く関係無いんだ。それだけは言える。だから彼女にだけは手を出すな……」
そう言い終わると同時に、元カノは僕の胸目掛けて、ナイフを振り下ろしたので、僕は避けようと反射的に背中を向けると、激痛が走った……背中を刺されたのだ。
すると、息を切らしながら、誰かが駆け込んで来た……今の彼女だった!
彼女は血だらけの僕を見ると、血相を変えて、元カノに突進し、突き飛ばすと、元カノは思い切り壁に頭を打ち付け、倒れ込み、どうやら意識を失ってしまったようだった。
僕は酷い痛みを覚えながら、彼女に手をのばした。
「……大丈夫?大丈夫?大丈夫?」
彼女は何度も繰り返し、確認しながら、僕の手を取り、強く握ってくれたのだが、つい僕は言ってしまったのだ。
「……痛いんだ」
彼女は涙ながらに僕を見つめ、頷くと、元カノが使ったナイフを拾い上げ、手を後ろに回し、彼女自身の腰に突き刺した。
「……ごめんね、本当は背中に刺さないとあなたの痛みがはっきりと分からないんだけど、手が届かないので、仕方無く、腰に刺したの。でも、あなたが痛いだろうことはよく分かったわ……」
そう言って、僕の体の上に倒れた。
僕はもうろうとしながら、彼女を見ると、何故か笑みを浮かべていた。
僕も痛みを感じながら笑うと、そのまま意識が遠退き、どうやら彼女も同じで、お互い、床に突っ伏した。
僕は助かったが、彼女は帰らぬ人となった。
ちなみに、元カノは無事だったが、錯乱状態にあると判断され、精神病院へ送られた。
警察は元カノが彼女を刺したと断定し、本来なら彼女は自死になるのだが、僕は否定しなかった。
でもどうして彼女は僕が元カノに襲われることを知ったのだろうか?……何かが彼女を突き動かしたのだろうか?……それは彼女が言っていた神様なのだろうか?
僕はハッとした。
マンションの20階から飛び降りた彼女が無傷で助かるとはやはりおかしい……と言うことは、実際は彼女は死んでしまったものの、僕に危険が迫っていることを死後の世界で知り、僕を助けるために蘇ったのだろうか?
いずれにしても今度こそ彼女は死んでしまったので確かめようは無かった。
それから数日後、彼女のお墓に参っていると、誰かが走って来た。
僕は目を疑った……元カノだった!
寝巻き姿だったこともあり、病院を脱走し、殺しに来たのだと僕は直感した。
思った通り、ギラギラと光った目をした元カノの手にはどこで手に入れたのか、包丁が握られていた。
僕は逃げようとしたが、突然、足を抑えられて、動けなくなっていた。
見ると、死んだはずの彼女が青白い顔で腹這いになり、血だらけの手で僕の足首を強くつかみながら、ぼそぼそと言った。
「……痛いの」
僕は驚いたが、彼女の痛々しい顔を見つめながら、つい言ってしまった。
「……たいへんだ!大丈夫か?」
すると彼女はニコリと笑って、頷き、突っ伏してしまった。
僕は何が何だか分からなかったが、立ち上がろうとしたのも空しく、またもや元カノに背中を思い切り刺され、死んだはずの腹這いになっている彼女の目の前に倒れた。
僕は痛みを覚えながら、またもや意識が遠退く中、笑顔でじっと僕を見つめる彼女が目に映った。
彼女はか細い声で言った。
「……これで、私が痛みながら死んだことをあなたも実感出来たでしょ?」
薄れゆく意識のもと、今度こそ僕は死ぬと確信しながら、元カノが逃げていく姿とともに、血色が良くなり、優しい笑顔を浮かべた彼女の顔をしっかりと見据えていた。
そして、ゆっくりと立ち上がった彼女は僕に向かって手を合わせ、どこかへと消えていった。
「いやー、腰、痛めちゃってさ……イタタタタ」
という言葉を聞くと、大抵の人間が心配してくれて、たいへんだねと声を掛けてくれるのだが、彼女は違った。
「……すこぶる健康状態にある私が、いくらたいへんねと言っても説得力無いじゃない……たいへんのたの字も分かっていないのに、まるで偽善者よ!だから、悪いけど、何も言えないの……」
僕はハラハラした……まぁ、確かに、相手の痛さの度合いが分かる訳では無いので、本当に理解した上でたいへんだと言っているのか?と問われると難しいし、確かに当事者で無いと真の辛さを知ることは出来ないとは思うのだが、そこまで言わなくてもいいのに、と気持ちがざわついてしまう。
生真面目と言われる僕でも舌を巻く彼女が極端な人間であることは明白であったが、やがて彼女の言葉を痛感する出来事が起こった。
ある日、僕は彼女が引っ越したマンションを訪れようと思ったものの、彼女の部屋は最上階である20階にあったので、高所恐怖症である僕は行くのをためらい、電話でその旨、伝えた。
すると彼女は、そっか、分かったと言ってくれたので、ホッとしたが、今後、どうしよう?と聞くと、黙って切ってしまった。
ん?どうしたんだ……そして、きっと忙しいのだろうと思い、掛け直すことはしなかったのだが、後悔した。
しばらくして電話が掛かって来たので、彼女かと思いきや、警察からだった。
僕の名前を確認すると、彼女がマンションのベランダから落ちたと言うのだ。
慌てた僕は急いで病院に向かうと、彼女は病室のベッドで寝ていたが、僕の訪問を知ると、起き上がり、有難うと笑顔で迎えてくれた。
聞くと、落ちたことは落ちたが、不思議なことに全く無傷だったと言う。
そして、彼女は警察や医師に問題無いと話したそうだが、万一のことを考えて、一日は病院に泊まることになったそうで、身元引受人として、僕の名前を出したらしい。
彼女はケラケラと笑って言った。
「……警察には内緒だけど、きっと神様があなたのために飛び降りたことを知って、守ってくれたのよ」
「えっ!僕のために飛び降りたの?何で?」
彼女は腕組みをして、僕の顔をじっと見た。
「何って、私、高所恐怖症の人の気持ちが分からないから、じゃあ、飛び降りてみたら分かるかも知れないと思って、実行したのよ」
おいおい、いくら僕の気持ちを知りたいからと言って、飛び降りるまでするか、と僕は唖然としてしまい、言葉が出て来なかった。
彼女は僕の気持ちを察したかのように、うつむき加減に言った。
「……ごめんね。私、馬鹿だった。つい、あなたの思いを知りたくて……バンジージャンプにすれば良かったわね……」
彼女の言葉に何と返答しようかと迷っていたが、少なくとも彼女が高所恐怖症では無いことはよく分かった。
僕は無茶しないで、と彼女に言って、夢の中にいる気分で帰宅したが、念のため、一緒にいるべきだったかなと後悔した。
そんな明くる日の日曜日、僕は彼女を見舞おうと家を出ようとすると、チャイムが鳴った。
出ると……そこには、元カノが立っていた!
しかも、鋭いナイフを握っていた。
僕は驚いて、奥に逃げたが、段差につまずいて、倒れてしまった。
すると足早に近付いて来た元カノが僕をにらみつけて、怒鳴った。
「やっと見つけたわ!私を振って、別の女に乗り換えた気分はどう?さぞかし楽しいでしょうね……でも、私は最悪!……何故、私を捨てたの?意味が分からない。あなたは私から逃れることは出来ないのよ。さ、言うことを聞きなさい。あんな女、捨てて、私のところに戻るのよ!さもないと、あなただけじゃなくて、あの女も殺してやるから!」
僕は執念深い元カノなら、引っ越しても僕の居場所を捜し当てるくらい造作無いだろうと思い、尻もちをついたまま、ゆっくりと後退りした。
「おい、やめろよ。危ないじゃないか。それに、僕はおかしな君が怖くなって、逃げ出したんだよ。そして、たまたま今の彼女が現れて、付き合うようになったまでで、君のもとを去ったことに彼女は全く関係無いんだ。それだけは言える。だから彼女にだけは手を出すな……」
そう言い終わると同時に、元カノは僕の胸目掛けて、ナイフを振り下ろしたので、僕は避けようと反射的に背中を向けると、激痛が走った……背中を刺されたのだ。
すると、息を切らしながら、誰かが駆け込んで来た……今の彼女だった!
彼女は血だらけの僕を見ると、血相を変えて、元カノに突進し、突き飛ばすと、元カノは思い切り壁に頭を打ち付け、倒れ込み、どうやら意識を失ってしまったようだった。
僕は酷い痛みを覚えながら、彼女に手をのばした。
「……大丈夫?大丈夫?大丈夫?」
彼女は何度も繰り返し、確認しながら、僕の手を取り、強く握ってくれたのだが、つい僕は言ってしまったのだ。
「……痛いんだ」
彼女は涙ながらに僕を見つめ、頷くと、元カノが使ったナイフを拾い上げ、手を後ろに回し、彼女自身の腰に突き刺した。
「……ごめんね、本当は背中に刺さないとあなたの痛みがはっきりと分からないんだけど、手が届かないので、仕方無く、腰に刺したの。でも、あなたが痛いだろうことはよく分かったわ……」
そう言って、僕の体の上に倒れた。
僕はもうろうとしながら、彼女を見ると、何故か笑みを浮かべていた。
僕も痛みを感じながら笑うと、そのまま意識が遠退き、どうやら彼女も同じで、お互い、床に突っ伏した。
僕は助かったが、彼女は帰らぬ人となった。
ちなみに、元カノは無事だったが、錯乱状態にあると判断され、精神病院へ送られた。
警察は元カノが彼女を刺したと断定し、本来なら彼女は自死になるのだが、僕は否定しなかった。
でもどうして彼女は僕が元カノに襲われることを知ったのだろうか?……何かが彼女を突き動かしたのだろうか?……それは彼女が言っていた神様なのだろうか?
僕はハッとした。
マンションの20階から飛び降りた彼女が無傷で助かるとはやはりおかしい……と言うことは、実際は彼女は死んでしまったものの、僕に危険が迫っていることを死後の世界で知り、僕を助けるために蘇ったのだろうか?
いずれにしても今度こそ彼女は死んでしまったので確かめようは無かった。
それから数日後、彼女のお墓に参っていると、誰かが走って来た。
僕は目を疑った……元カノだった!
寝巻き姿だったこともあり、病院を脱走し、殺しに来たのだと僕は直感した。
思った通り、ギラギラと光った目をした元カノの手にはどこで手に入れたのか、包丁が握られていた。
僕は逃げようとしたが、突然、足を抑えられて、動けなくなっていた。
見ると、死んだはずの彼女が青白い顔で腹這いになり、血だらけの手で僕の足首を強くつかみながら、ぼそぼそと言った。
「……痛いの」
僕は驚いたが、彼女の痛々しい顔を見つめながら、つい言ってしまった。
「……たいへんだ!大丈夫か?」
すると彼女はニコリと笑って、頷き、突っ伏してしまった。
僕は何が何だか分からなかったが、立ち上がろうとしたのも空しく、またもや元カノに背中を思い切り刺され、死んだはずの腹這いになっている彼女の目の前に倒れた。
僕は痛みを覚えながら、またもや意識が遠退く中、笑顔でじっと僕を見つめる彼女が目に映った。
彼女はか細い声で言った。
「……これで、私が痛みながら死んだことをあなたも実感出来たでしょ?」
薄れゆく意識のもと、今度こそ僕は死ぬと確信しながら、元カノが逃げていく姿とともに、血色が良くなり、優しい笑顔を浮かべた彼女の顔をしっかりと見据えていた。
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