13 / 18
第1章
13
しおりを挟む
鷹野の家から柴原が下宿しているシェアハウスに戻り共有のキッチンに顔を出すと、シェアメイトでルームメイトの航平がインスタントコーヒーを淹れているところだった。
「ただいま」
「あ、おはよ、柴ちゃん」
大学生の航平は底抜けに明るくて元気で、人懐っこい。いや、航平だけでなく、このシェアハウスで暮らしている住人は皆気さくで人当たりがよかった。
「なんだよ朝帰り? 今日もやってきたん? 気怠げな顔してるー」
航平は「これは言わないほうがいいかな」という気遣いもなく突っ込んでくる。けれどそんなざっくばらんさが気楽だった。
「コーヒー、俺にも淹れて」
コーヒーやお茶はフリーだからそう頼んで、椅子を引き腰かける。さすがに腰が怠くて立っているのが辛かった。
最後は気を失うようにして眠りに落ちた柴原は、翌朝鷹野の腕の中で目覚めた。体はいつの間にか清められていて、鷹野がしてくれたのかと思うと恥ずかしさとくすぐったさの入り混じった感情がわいてくる。柴原に続いて目覚めた鷹野は「モーニングを食べに行こう」と誘ってくれて、鷹野のマンションから近いホテルのレストランで一緒に朝食を取って別れた。別れ際「次はいつ会えるかな」とにこやかに問いかけてくれたことが、柴原の胸を温かくした。ちゃんと付き合える大人の恋人がほしかった。また会いたいと言ってくれているということは、期待してもいい。
「今度はどんな人なん?」
航平は柴原の分のコーヒーも用意しながら訪ねる。
「スーツが似合うカッコいい人。36歳だって」
ここの住民には性嗜好を隠していない。「お前らはみんな俺のタイプじゃないから」と最初に念押ししていることもあり、どの住民もまったく柴原を警戒したり差別的な目で見たりはせず、普通に接してくれている。
「柴ちゃんの彼氏って、いつも同じタイプじゃん。今回はいつもとどう違うん?」
「セックスがうまい。というか、相性がいい」
「うわー……」
正直に答えると、そのあけすけな回答に顔を歪めつつも、淹れたてのコーヒーを柴原の前に置いてくれた。
「それだけ?」
「……それだけでも、ない。なんか……もっと、顔を見たい、みたいな」
「ふうん」
柴原の向かいに腰を下ろして、航平は目を細める。
「じゃあ、いいんじゃね?」
航平は柴原を否定しないが、違うと思った時ははっきりそう言ってくれる。
「今度は長く続くといいね」
ニッと笑ってそう言われて、苦笑いした。
見目がいいからとにかく声はかけられるのだが、長く続いたためしがない。「この人は」と思っても、数回体を重ねると柴原をまるでアクセサリーのように扱う男が多くて、向こうが関係を続けることを望んでも、柴原のボルテージが下がって終わらせることばかりだった。「お前を連れていると気分がいいからな」と面と向かって言われたこともある。どの男も、柴原の見た目にしか興味がないし、なんなら複数の相手がいて、柴原もその一人だったということも珍しくない。男を見る目のない自分にもがっかりするけれど、そろそろまともな人とちゃんと長く付き合いたかった。できれば、一緒に住みたい。
「柴ちゃん、その人と同棲できるといいね」
航平が笑いかけてくるから「そうだな」と返事をしたところで、2階から誰かが降りてくる足音がし、髭面の佐藤が顔を出した。
「うーっす、おはようー」
「おはよ、サトさん」
「おはよう」
「柴、帰ってたのか。おかえり」
「ただいま」
佐藤は2階の個室にいる住人だ。最初柴原は佐藤の隣の個室に入ったが、シェアハウスでも個室に一人というのが耐えきれなくて、すぐ一階のドミトリーに移った。今は航平と二段ベッドの上と下を分け合っている。
柴原はとにかく、家に一人でいるのがダメだった。人の気配がないと落ち着かなくて、座っていることもできない。酷い時は呼吸ができなくなって激しくえずく。下宿先を探すとき、一人にならない場所としてシェアハウスを選んだ。キッチンやリビングには常に人の気配があり安心できる。常に四人から八人が入居している大部屋のドミトリーなら、誰かの声や息が聞こえ、気配があって安心できた。できれば一生このドミトリーにいたいくらい気に入っているが、入居できるのは30歳までという縛りがあった。もともとは学生向けの下宿だった経緯があるので納得はしているが、30歳を過ぎてここを出て行かなくてはならないことを考えると怖くなる。
いつかこのドミトリーを、シェアハウスを出るときのために、一緒に暮らしてくれて、柴原を一人にしない恋人が必要だった。
「柴、首にキスマーク見えてるぞ。それ隠してから仕事行けよ」
顔を洗って戻ってきた佐藤が、牛乳パックを手に柴原の隣に座る。それからちらりと柴原を見てそう言った。
「……ありがと」
気づいていかなかった柴原は思わず両手で首を覆うようにして佐藤に礼を言うと、確認するため洗面所に向かった。
「ただいま」
「あ、おはよ、柴ちゃん」
大学生の航平は底抜けに明るくて元気で、人懐っこい。いや、航平だけでなく、このシェアハウスで暮らしている住人は皆気さくで人当たりがよかった。
「なんだよ朝帰り? 今日もやってきたん? 気怠げな顔してるー」
航平は「これは言わないほうがいいかな」という気遣いもなく突っ込んでくる。けれどそんなざっくばらんさが気楽だった。
「コーヒー、俺にも淹れて」
コーヒーやお茶はフリーだからそう頼んで、椅子を引き腰かける。さすがに腰が怠くて立っているのが辛かった。
最後は気を失うようにして眠りに落ちた柴原は、翌朝鷹野の腕の中で目覚めた。体はいつの間にか清められていて、鷹野がしてくれたのかと思うと恥ずかしさとくすぐったさの入り混じった感情がわいてくる。柴原に続いて目覚めた鷹野は「モーニングを食べに行こう」と誘ってくれて、鷹野のマンションから近いホテルのレストランで一緒に朝食を取って別れた。別れ際「次はいつ会えるかな」とにこやかに問いかけてくれたことが、柴原の胸を温かくした。ちゃんと付き合える大人の恋人がほしかった。また会いたいと言ってくれているということは、期待してもいい。
「今度はどんな人なん?」
航平は柴原の分のコーヒーも用意しながら訪ねる。
「スーツが似合うカッコいい人。36歳だって」
ここの住民には性嗜好を隠していない。「お前らはみんな俺のタイプじゃないから」と最初に念押ししていることもあり、どの住民もまったく柴原を警戒したり差別的な目で見たりはせず、普通に接してくれている。
「柴ちゃんの彼氏って、いつも同じタイプじゃん。今回はいつもとどう違うん?」
「セックスがうまい。というか、相性がいい」
「うわー……」
正直に答えると、そのあけすけな回答に顔を歪めつつも、淹れたてのコーヒーを柴原の前に置いてくれた。
「それだけ?」
「……それだけでも、ない。なんか……もっと、顔を見たい、みたいな」
「ふうん」
柴原の向かいに腰を下ろして、航平は目を細める。
「じゃあ、いいんじゃね?」
航平は柴原を否定しないが、違うと思った時ははっきりそう言ってくれる。
「今度は長く続くといいね」
ニッと笑ってそう言われて、苦笑いした。
見目がいいからとにかく声はかけられるのだが、長く続いたためしがない。「この人は」と思っても、数回体を重ねると柴原をまるでアクセサリーのように扱う男が多くて、向こうが関係を続けることを望んでも、柴原のボルテージが下がって終わらせることばかりだった。「お前を連れていると気分がいいからな」と面と向かって言われたこともある。どの男も、柴原の見た目にしか興味がないし、なんなら複数の相手がいて、柴原もその一人だったということも珍しくない。男を見る目のない自分にもがっかりするけれど、そろそろまともな人とちゃんと長く付き合いたかった。できれば、一緒に住みたい。
「柴ちゃん、その人と同棲できるといいね」
航平が笑いかけてくるから「そうだな」と返事をしたところで、2階から誰かが降りてくる足音がし、髭面の佐藤が顔を出した。
「うーっす、おはようー」
「おはよ、サトさん」
「おはよう」
「柴、帰ってたのか。おかえり」
「ただいま」
佐藤は2階の個室にいる住人だ。最初柴原は佐藤の隣の個室に入ったが、シェアハウスでも個室に一人というのが耐えきれなくて、すぐ一階のドミトリーに移った。今は航平と二段ベッドの上と下を分け合っている。
柴原はとにかく、家に一人でいるのがダメだった。人の気配がないと落ち着かなくて、座っていることもできない。酷い時は呼吸ができなくなって激しくえずく。下宿先を探すとき、一人にならない場所としてシェアハウスを選んだ。キッチンやリビングには常に人の気配があり安心できる。常に四人から八人が入居している大部屋のドミトリーなら、誰かの声や息が聞こえ、気配があって安心できた。できれば一生このドミトリーにいたいくらい気に入っているが、入居できるのは30歳までという縛りがあった。もともとは学生向けの下宿だった経緯があるので納得はしているが、30歳を過ぎてここを出て行かなくてはならないことを考えると怖くなる。
いつかこのドミトリーを、シェアハウスを出るときのために、一緒に暮らしてくれて、柴原を一人にしない恋人が必要だった。
「柴、首にキスマーク見えてるぞ。それ隠してから仕事行けよ」
顔を洗って戻ってきた佐藤が、牛乳パックを手に柴原の隣に座る。それからちらりと柴原を見てそう言った。
「……ありがと」
気づいていかなかった柴原は思わず両手で首を覆うようにして佐藤に礼を言うと、確認するため洗面所に向かった。
0
あなたにおすすめの小説
【8話完結】恋愛を諦めたおじさんは、異世界で運命と出会う。
キノア9g
BL
恋愛を諦め、ただ淡々と日々を過ごしていた笠原透(32)。
しかし、ある日突然異世界へ召喚され、「王の番」だと告げられる。
迎えたのは、美しく気高い王・エルヴェル。
手厚いもてなしと優しさに戸惑いながらも、次第に心を揺さぶられていく透。
これは、愛を遠ざけてきた男が、本当のぬくもりに触れる物語。
──運命なんて、信じていなかった。
けれど、彼の言葉が、ぬくもりが、俺の世界を変えていく。
全8話。
兄弟カフェ 〜僕達の関係は誰にも邪魔できない〜
紅夜チャンプル
BL
ある街にイケメン兄弟が経営するお洒落なカフェ「セプタンブル」がある。真面目で優しい兄の碧人(あおと)、明るく爽やかな弟の健人(けんと)。2人は今日も多くの女性客に素敵なひとときを提供する。
ただし‥‥家に帰った2人の本当の姿はお互いを愛し、甘い時間を過ごす兄弟であった。お店では「兄貴」「健人」と呼び合うのに対し、家では「あお兄」「ケン」と呼んでぎゅっと抱き合って眠りにつく。
そんな2人の前に現れたのは、大学生の幸成(ゆきなり)。純粋そうな彼との出会いにより兄弟の関係は‥‥?
白花の檻(はっかのおり)
AzureHaru
BL
その世界には、生まれながらに祝福を受けた者がいる。その祝福は人ならざるほどの美貌を与えられる。
その祝福によって、交わるはずのなかった2人の運命が交わり狂っていく。
この出会いは祝福か、或いは呪いか。
受け――リュシアン。
祝福を授かりながらも、決して傲慢ではなく、いつも穏やかに笑っている青年。
柔らかな白銀の髪、淡い光を湛えた瞳。人々が息を呑むほどの美しさを持つ。
攻め――アーヴィス。
リュシアンと同じく祝福を授かる。リュシアン以上に人の域を逸脱した容姿。
黒曜石のような瞳、彫刻のように整った顔立ち。
王国に名を轟かせる貴族であり、数々の功績を誇る英雄。
【完結】社畜の俺が一途な犬系イケメン大学生に告白された話
日向汐
BL
「好きです」
「…手離せよ」
「いやだ、」
じっと見つめてくる眼力に気圧される。
ただでさえ16時間勤務の後なんだ。勘弁してくれ──。
・:* ✧.---------・:* ✧.---------˚✧₊.:・:
純真天然イケメン大学生(21)× 気怠げ社畜お兄さん(26)
閉店間際のスーパーでの出会いから始まる、
一途でほんわか甘いラブストーリー🥐☕️💕
・:* ✧.---------・:* ✧.---------˚✧₊.:・:
📚 **全5話/9月20日(土)完結!** ✨
短期でサクッと読める完結作です♡
ぜひぜひ
ゆるりとお楽しみください☻*
・───────────・
🧸更新のお知らせや、2人の“舞台裏”の小話🫧
❥❥❥ https://x.com/ushio_hinata_2?s=21
・───────────・
応援していただけると励みになります💪( ¨̮ 💪)
なにとぞ、よしなに♡
・───────────・
ジャスミン茶は、君のかおり
霧瀬 渓
BL
アルファとオメガにランクのあるオメガバース世界。
大学2年の高位アルファ高遠裕二は、新入生の三ツ橋鷹也を助けた。
裕二の部活後輩となった鷹也は、新歓の数日後、放火でアパートを焼け出されてしまう。
困った鷹也に、裕二が条件付きで同居を申し出てくれた。
その条件は、恋人のフリをして虫除けになることだった。
フローブルー
とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。
高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。
僕の目があなたを遠ざけてしまった
紫野楓
BL
受験に失敗して「一番バカの一高校」に入学した佐藤二葉。
人と目が合わせられず、元来病弱で体調は気持ちに振り回されがち。自分に後ろめたさを感じていて、人付き合いを避けるために前髪で目を覆って過ごしていた。医者になるのが夢で、熱心に勉強しているせいで周囲から「ガリ勉メデューサ」とからかわれ、いじめられている。
しかし、別クラスの同級生の北見耀士に「勉強を教えてほしい」と懇願される。彼は高校球児で、期末考査の成績次第で部活動停止になるという。
二葉は耀士の甲子園に行きたいという熱い夢を知って……?
______
BOOTHにて同人誌を頒布しています。(下記)
https://shinokaede.booth.pm/items/7444815
その後の短編を収録しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる