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教室の床の上。
じかに座り込んで堅い壁に頭を預けると、丁度髪の毛のてっぺんを掠める様にカーテンがはためいた。
開けっ放しの窓から入り込む風がくすんだ白い布を揺らす。
それを見上げながら、足を投げ出して鞄の中からスマホを引っ張り出した。
イヤホンを耳につけてプレイボタンを押すと、放課後の学校を支配する喧騒が遠のいていく。
それと入れ替わるように、脳に響くようなドラムとギターの音。
写真でしか見たことのないアーティストが、まるで想像も付かないけれどどっかのスタジオで演奏して録音されたのであろう音楽に身を委ねる。
自然に降ろした掌に感じる床に、木の温もりを感じながら目を閉じた。
抜けるように高い、どこまでも高い青空。
秋の風が吹き抜けていく、砂利道。
細い道路の向こうは藪で、そのまた向こうに小さな川が流れている。
俺の祖母の家は、とんでもない田舎で、でもその田舎が俺は大好きだった。
お盆を跨ぐようにして約一週間。俺は家族と祖母の家へ遊びに行く。その小旅行に、隣の家に住む、俺の唯一の友達である龍之介が同行するようになったのは、二人が幼稚園に上がった年からだった。
砂利道を、二人で色違いの網の張ってある虫取り網を持って駆け回る。
田舎のお盆はもう秋の気配が色濃く忍び寄っていて、アキアカネが無数に飛び回っていた。
そのアキアカネの綺麗な赤い体に向かって虫取り網を振り回す。
トンボは面白いくらい簡単に網の中に捕まえることが出来た。
アキアカネの綺麗な体に見惚れはするものの、俺は怖くてトンボを捕まえる事が出来ない。網の中へ捕らえたアキアカネは、大声で龍之介を呼ぶと、地面に伏せた網のそばにしゃがみこんでいる俺の元へ、一目散にかけてきた龍之介が捕まえて、虫かごへ入れてくれた。
「ほら、まこちゃん、とんぼとれたよ」
子供独特の舌足らずな龍之介の話し方。
アキアカネの透けるような四枚の羽を、小さな指に掴む龍之介。
俺は虫かごの扉を開く。
そのわずかな隙間から、アキアカネを中へ押し込んで、龍之介はにこっと笑った。
「まこちゃんも、怖くないからとんぼさわってみたら」
でも、俺はどうしても虫が触れなくって…セミも、カブトムシも、クワガタも、バッタも。
それが、近所の苛めっ子達が俺をからかう絶好のネタになると知っていても、どうしても触ることが出来なくて、首を左右に振る。
「ぼくは、いい」
「とんぼ、こわくないよ?」
俺を見て、首をかしげる龍之介の大きな眼がとても澄んでいた事を思い出す。
あの、晩夏の空気みたいに。
「ぼく、いい」
頑固に言い張る俺に、やがて龍之介は仕方が無いな、という風に笑う。俺の兄貴ぶって。その役割を楽しむように。誇らしげに。
「じゃあ、まこちゃんのとんぼは、ぼくが取ってあげるからね」
うん、と頷く俺に、龍之介は満足そうに言った。
「とんぼ、捕まえたらぼくを呼ぶんだよ、おっきい声で呼ぶんだよ」
分かってるよ、りゅうちゃん。
大きい声で呼ばないと、りゅうちゃん、気づかないかもしれないからね。
空はどこまでも広く、8月の夕暮れは遅い。
アキアカネは無数に空を駆け巡り、俺は永遠に夏が続くような気がしていた。
「まーこーとー」
急に、音楽が遠のいて同時にリアルな肉声が鼓膜に響いた。
はっと目を開くと、顔のまん前に龍之介の顔があって、俺はものすごくビックリした。
「……うわっ」
あんまりに近すぎる距離に、反射的に体を引こうとして思いっきり壁に後頭部を打ち付けるハメになってしまった。
「いってー…………」
後頭部を抑えてうめき声を上げる俺の前で、龍之介は涼やかな笑い声を上げる。
「なに自分でぶつけてんの? バカだなー、ホント」
「……うるせえよ」
ちょっとは労われってんだ。
「だいたい、そこどけよお前」
俺の投げ出した両足の上に跨るようにしている龍之介に毒づき、ヤツの頭をぐいと押してやると、龍之介はぷっと脹れっ面を作った。
「まこっちゃん、つめたーい」
「煩い」
美丈夫な龍之介が作る脹れっ面に、実はちょっとだけ見惚れてしまったけれど、それに悟られないようにさっさと立ち上がる。
「お前、部活の後ってすげえ汗臭くてヤダ」
嘘だ。
本当は、龍之介の汗のにおいに、凄くドキドキしている自分がいる。
さっきまで夢中になって聞いていた16ビートにも負けず劣らずな心拍数を、俺はそうやって隠そうとしている。
「真夏よりマシだよ。第一、エイトフォーしたらもっと臭いって怒ったの真琴じゃん」
自分の腕に顔を近付けて、龍之介はくんくんと匂いを嗅ぎながら言った。
「制汗剤と汗のにおいが混じって気持ち悪かったんだよ」
外したイヤホンは鞄のポケットに押し込める。
制汗剤が嫌だと言ったのは、龍之介の汗のにおいを消してしまうから。
本当は。
俺は、龍之介の体からにじむ、全てのものが、全部、とてもいとおしい。
「じゃあ、やっぱり明日から部活終わったらシャワー浴びてくる」
溜め息をついて、 龍之介も床から立ち上がった。
並ぶと龍之介は俺よりも10センチも背が高い。
小学校までは殆ど同じ体型だったのに、肩幅も、腕の太さも、いつのまにか全部龍之介に抜かされてしまった。
それは俺の劣等感を刺激して、同時に誇らしさを産む。
学校中の女の子が龍之介を見てキャーキャー言う。
龍之介は、掛け値なしに、圧倒的に格好いい。
「シャワーなんて浴びてきたら、俺、先に帰るからな」
制服のジャケットを羽織り、鞄をたすきがけにしながら龍之介を睨み上げた。
「そんなに時間かからないよ」
龍之介は困惑顔でズボンの尻を叩き、鞄を肩に掛ける。
「そもそも真琴はいつも夢中で音楽聴いてて時間なんて忘れてるくせに」
「お前が遅いから、音楽聴いて暇つぶししてるんだろうが。お前がもっと早く来れば、俺は家のステレオで音楽が聴けるんだっつーの」
考える前に言葉が次々と口をついて出てくる。
言ったそばから、後悔が押し寄せる。
どうして、こんな憎まれ口ばかり叩いてしまうのだろう。
龍之介は、男にも女にも人気モノで。
俺と一緒にいるのは、幼馴染だからってだけで。
いつ、愛想を尽かされるのか分からないのに。
俺よりもっとイケてて、話の面白いヤツはいっぱいいる。
そういうヤツらが、いつだって龍之介ともっと仲良くしたいって思ってる事を、俺はとってもよく知っているのに。
言ってしまった言葉は取り消しに出来なくて、俺は口をへの字に曲げたまま廊下へと出た。
すぐ後ろを龍之介がついてくる。
龍之介は、如才無くって。
こういう時、いつもすかさずフォローしてくれるのに。
今日のヤツは何もいってくれなかった。
そんな些細な事に、胃のあたりがきゅっと上がるような気がした。
……龍之介、何か、言ってよ。
俺は、子供の頃から何も変わっていない。
ちょっとだけ背が伸びて、声が低くなったくらい。
性格はうんと悪くなった。
いつも、龍之介の後を追いかけて。
何かあるとピーピー泣いた。
龍之介が、いつもどうにかしてくれて、俺はそれに頼っていた。
それは、今も変わらない。
背中に感じる龍之介が溜め息をついているような気がして、うすら寒いものが背筋を這い上がるのを感じる。
制服の下で、鳥肌が立った。
どうしよう。
龍之介に、愛想を付かされたらどうしよう。
お前なんかもういらないって言われたら、どうしよう。
いつも、俺の中にある恐怖がじわじわと這い登ってくる。
それを振り払うように、歩幅を大きくして歩いた。
少し遅れて龍之介がついてくる。
いつもの朝とは逆の光景。
帰りの遅れた女の子が廊下の向こうにいて、龍之介を見つけると元気に龍之介を呼んで手を振った。
「龍之介くーん、バイバーイ。また明日ねーっ!」
「ああ、バイバイ」
龍之介が、いつもの爽やかな、感じのいい声で答える。
そんな事にさえ、俺の胸の奥ははツキリツキリと鋭い痛みを送ってくる。
俺と、龍之介。
幼馴染だってだけで……これほど一緒にいるのが似つかわしくない二人はいない。
そんな、今更な事実がやけにでかく、重たく感じた。
無言のまま廊下を進む。
昇降口に並ぶ下駄箱。
俺と龍之介は並んでそれぞれの箱の扉を開けた。
「……あ」
龍之介が、ふいに零した声。
反射的に俺は龍之介の手元を見る。
龍之介の下駄箱の中に、可愛らしいピンクの包みがあった。
「…………」
こんなこと、これが初めてではない。
龍之介は、モテすぎるくらいに良くもてる。
……なのに。
俺は、本格的に目の裏側がカッと熱くなって、音を立てて扉を閉めた。
スニーカーを投げるようにしてすのこの下に落とし、乱暴に靴を履く。
早く、この場を去らないと情けない醜態を晒しそうだった。
「真琴、待ってよ」
焦ったように龍之介がピンクの包みを鞄の中にしまうと、上履きを脱いだ。
いつもはダラダラ話をしながら靴を履いて、自転車置き場までふざけながら一緒に向かうのだけれど、今日の俺はとても龍之介とそれ以上一緒にいられる気分じゃなくて。
龍之介を置いて、そのまま自転車置き場へと駆け出した。
「待って、真琴!」
龍之介の通る声が後ろから追いかけてきたけれど、俺は龍之介を無視して一目散に自転車置き場へと向かった。
「……」
よくよく考えれば分かる事なんだけど。
家が近所の俺と龍之介は、朝も一緒に自転車で登校する。当然の事ながら、隣同士に自転車を止めるので、自転車置き場で俊足の龍之介に追いつかれるのは当然の流れだった。 追いつかれたら……
その時はその時だ。
制服のポケットに手を突っ込んで自転車の鍵を探す。
「…あれ」
左のポケット。
あるはずのところに、あるはずの金属の塊が無い。
もしかして、落とした?
一瞬にして青ざめる。
マジかよ。
慌ててあたりを見回すが、それらしきものは落ちていない。
という事は…
今日の自分の行動を思い返す。
ジャケットを脱いだ時か着た時に落とした可能性が高いから。…教室か、もしかしたら落し物で職員室か事務室に届いてるかもしれない。
一度教室に戻ろうか。
振り返った時、ザッと背後で足音がした。
龍之介が俺を見下ろして、どこか悲しい顔をしているように見えた。
「真琴、何怒ってるの」
少しだけ疲れたような龍之介の口調に、そんな筋合いも無いのに俺はひどく傷ついた。
「……べつに」
しかし、俺の口からは吐き捨てるような言葉しか出てこなくて。
そんな自分に、心底嫌気が差しながらも、俺は自転車の鍵を探すべく自転車置き場を後にした。
少しだけ、期待したけど。
龍之介は、もう後を追いかけてこなかった。
じかに座り込んで堅い壁に頭を預けると、丁度髪の毛のてっぺんを掠める様にカーテンがはためいた。
開けっ放しの窓から入り込む風がくすんだ白い布を揺らす。
それを見上げながら、足を投げ出して鞄の中からスマホを引っ張り出した。
イヤホンを耳につけてプレイボタンを押すと、放課後の学校を支配する喧騒が遠のいていく。
それと入れ替わるように、脳に響くようなドラムとギターの音。
写真でしか見たことのないアーティストが、まるで想像も付かないけれどどっかのスタジオで演奏して録音されたのであろう音楽に身を委ねる。
自然に降ろした掌に感じる床に、木の温もりを感じながら目を閉じた。
抜けるように高い、どこまでも高い青空。
秋の風が吹き抜けていく、砂利道。
細い道路の向こうは藪で、そのまた向こうに小さな川が流れている。
俺の祖母の家は、とんでもない田舎で、でもその田舎が俺は大好きだった。
お盆を跨ぐようにして約一週間。俺は家族と祖母の家へ遊びに行く。その小旅行に、隣の家に住む、俺の唯一の友達である龍之介が同行するようになったのは、二人が幼稚園に上がった年からだった。
砂利道を、二人で色違いの網の張ってある虫取り網を持って駆け回る。
田舎のお盆はもう秋の気配が色濃く忍び寄っていて、アキアカネが無数に飛び回っていた。
そのアキアカネの綺麗な赤い体に向かって虫取り網を振り回す。
トンボは面白いくらい簡単に網の中に捕まえることが出来た。
アキアカネの綺麗な体に見惚れはするものの、俺は怖くてトンボを捕まえる事が出来ない。網の中へ捕らえたアキアカネは、大声で龍之介を呼ぶと、地面に伏せた網のそばにしゃがみこんでいる俺の元へ、一目散にかけてきた龍之介が捕まえて、虫かごへ入れてくれた。
「ほら、まこちゃん、とんぼとれたよ」
子供独特の舌足らずな龍之介の話し方。
アキアカネの透けるような四枚の羽を、小さな指に掴む龍之介。
俺は虫かごの扉を開く。
そのわずかな隙間から、アキアカネを中へ押し込んで、龍之介はにこっと笑った。
「まこちゃんも、怖くないからとんぼさわってみたら」
でも、俺はどうしても虫が触れなくって…セミも、カブトムシも、クワガタも、バッタも。
それが、近所の苛めっ子達が俺をからかう絶好のネタになると知っていても、どうしても触ることが出来なくて、首を左右に振る。
「ぼくは、いい」
「とんぼ、こわくないよ?」
俺を見て、首をかしげる龍之介の大きな眼がとても澄んでいた事を思い出す。
あの、晩夏の空気みたいに。
「ぼく、いい」
頑固に言い張る俺に、やがて龍之介は仕方が無いな、という風に笑う。俺の兄貴ぶって。その役割を楽しむように。誇らしげに。
「じゃあ、まこちゃんのとんぼは、ぼくが取ってあげるからね」
うん、と頷く俺に、龍之介は満足そうに言った。
「とんぼ、捕まえたらぼくを呼ぶんだよ、おっきい声で呼ぶんだよ」
分かってるよ、りゅうちゃん。
大きい声で呼ばないと、りゅうちゃん、気づかないかもしれないからね。
空はどこまでも広く、8月の夕暮れは遅い。
アキアカネは無数に空を駆け巡り、俺は永遠に夏が続くような気がしていた。
「まーこーとー」
急に、音楽が遠のいて同時にリアルな肉声が鼓膜に響いた。
はっと目を開くと、顔のまん前に龍之介の顔があって、俺はものすごくビックリした。
「……うわっ」
あんまりに近すぎる距離に、反射的に体を引こうとして思いっきり壁に後頭部を打ち付けるハメになってしまった。
「いってー…………」
後頭部を抑えてうめき声を上げる俺の前で、龍之介は涼やかな笑い声を上げる。
「なに自分でぶつけてんの? バカだなー、ホント」
「……うるせえよ」
ちょっとは労われってんだ。
「だいたい、そこどけよお前」
俺の投げ出した両足の上に跨るようにしている龍之介に毒づき、ヤツの頭をぐいと押してやると、龍之介はぷっと脹れっ面を作った。
「まこっちゃん、つめたーい」
「煩い」
美丈夫な龍之介が作る脹れっ面に、実はちょっとだけ見惚れてしまったけれど、それに悟られないようにさっさと立ち上がる。
「お前、部活の後ってすげえ汗臭くてヤダ」
嘘だ。
本当は、龍之介の汗のにおいに、凄くドキドキしている自分がいる。
さっきまで夢中になって聞いていた16ビートにも負けず劣らずな心拍数を、俺はそうやって隠そうとしている。
「真夏よりマシだよ。第一、エイトフォーしたらもっと臭いって怒ったの真琴じゃん」
自分の腕に顔を近付けて、龍之介はくんくんと匂いを嗅ぎながら言った。
「制汗剤と汗のにおいが混じって気持ち悪かったんだよ」
外したイヤホンは鞄のポケットに押し込める。
制汗剤が嫌だと言ったのは、龍之介の汗のにおいを消してしまうから。
本当は。
俺は、龍之介の体からにじむ、全てのものが、全部、とてもいとおしい。
「じゃあ、やっぱり明日から部活終わったらシャワー浴びてくる」
溜め息をついて、 龍之介も床から立ち上がった。
並ぶと龍之介は俺よりも10センチも背が高い。
小学校までは殆ど同じ体型だったのに、肩幅も、腕の太さも、いつのまにか全部龍之介に抜かされてしまった。
それは俺の劣等感を刺激して、同時に誇らしさを産む。
学校中の女の子が龍之介を見てキャーキャー言う。
龍之介は、掛け値なしに、圧倒的に格好いい。
「シャワーなんて浴びてきたら、俺、先に帰るからな」
制服のジャケットを羽織り、鞄をたすきがけにしながら龍之介を睨み上げた。
「そんなに時間かからないよ」
龍之介は困惑顔でズボンの尻を叩き、鞄を肩に掛ける。
「そもそも真琴はいつも夢中で音楽聴いてて時間なんて忘れてるくせに」
「お前が遅いから、音楽聴いて暇つぶししてるんだろうが。お前がもっと早く来れば、俺は家のステレオで音楽が聴けるんだっつーの」
考える前に言葉が次々と口をついて出てくる。
言ったそばから、後悔が押し寄せる。
どうして、こんな憎まれ口ばかり叩いてしまうのだろう。
龍之介は、男にも女にも人気モノで。
俺と一緒にいるのは、幼馴染だからってだけで。
いつ、愛想を尽かされるのか分からないのに。
俺よりもっとイケてて、話の面白いヤツはいっぱいいる。
そういうヤツらが、いつだって龍之介ともっと仲良くしたいって思ってる事を、俺はとってもよく知っているのに。
言ってしまった言葉は取り消しに出来なくて、俺は口をへの字に曲げたまま廊下へと出た。
すぐ後ろを龍之介がついてくる。
龍之介は、如才無くって。
こういう時、いつもすかさずフォローしてくれるのに。
今日のヤツは何もいってくれなかった。
そんな些細な事に、胃のあたりがきゅっと上がるような気がした。
……龍之介、何か、言ってよ。
俺は、子供の頃から何も変わっていない。
ちょっとだけ背が伸びて、声が低くなったくらい。
性格はうんと悪くなった。
いつも、龍之介の後を追いかけて。
何かあるとピーピー泣いた。
龍之介が、いつもどうにかしてくれて、俺はそれに頼っていた。
それは、今も変わらない。
背中に感じる龍之介が溜め息をついているような気がして、うすら寒いものが背筋を這い上がるのを感じる。
制服の下で、鳥肌が立った。
どうしよう。
龍之介に、愛想を付かされたらどうしよう。
お前なんかもういらないって言われたら、どうしよう。
いつも、俺の中にある恐怖がじわじわと這い登ってくる。
それを振り払うように、歩幅を大きくして歩いた。
少し遅れて龍之介がついてくる。
いつもの朝とは逆の光景。
帰りの遅れた女の子が廊下の向こうにいて、龍之介を見つけると元気に龍之介を呼んで手を振った。
「龍之介くーん、バイバーイ。また明日ねーっ!」
「ああ、バイバイ」
龍之介が、いつもの爽やかな、感じのいい声で答える。
そんな事にさえ、俺の胸の奥ははツキリツキリと鋭い痛みを送ってくる。
俺と、龍之介。
幼馴染だってだけで……これほど一緒にいるのが似つかわしくない二人はいない。
そんな、今更な事実がやけにでかく、重たく感じた。
無言のまま廊下を進む。
昇降口に並ぶ下駄箱。
俺と龍之介は並んでそれぞれの箱の扉を開けた。
「……あ」
龍之介が、ふいに零した声。
反射的に俺は龍之介の手元を見る。
龍之介の下駄箱の中に、可愛らしいピンクの包みがあった。
「…………」
こんなこと、これが初めてではない。
龍之介は、モテすぎるくらいに良くもてる。
……なのに。
俺は、本格的に目の裏側がカッと熱くなって、音を立てて扉を閉めた。
スニーカーを投げるようにしてすのこの下に落とし、乱暴に靴を履く。
早く、この場を去らないと情けない醜態を晒しそうだった。
「真琴、待ってよ」
焦ったように龍之介がピンクの包みを鞄の中にしまうと、上履きを脱いだ。
いつもはダラダラ話をしながら靴を履いて、自転車置き場までふざけながら一緒に向かうのだけれど、今日の俺はとても龍之介とそれ以上一緒にいられる気分じゃなくて。
龍之介を置いて、そのまま自転車置き場へと駆け出した。
「待って、真琴!」
龍之介の通る声が後ろから追いかけてきたけれど、俺は龍之介を無視して一目散に自転車置き場へと向かった。
「……」
よくよく考えれば分かる事なんだけど。
家が近所の俺と龍之介は、朝も一緒に自転車で登校する。当然の事ながら、隣同士に自転車を止めるので、自転車置き場で俊足の龍之介に追いつかれるのは当然の流れだった。 追いつかれたら……
その時はその時だ。
制服のポケットに手を突っ込んで自転車の鍵を探す。
「…あれ」
左のポケット。
あるはずのところに、あるはずの金属の塊が無い。
もしかして、落とした?
一瞬にして青ざめる。
マジかよ。
慌ててあたりを見回すが、それらしきものは落ちていない。
という事は…
今日の自分の行動を思い返す。
ジャケットを脱いだ時か着た時に落とした可能性が高いから。…教室か、もしかしたら落し物で職員室か事務室に届いてるかもしれない。
一度教室に戻ろうか。
振り返った時、ザッと背後で足音がした。
龍之介が俺を見下ろして、どこか悲しい顔をしているように見えた。
「真琴、何怒ってるの」
少しだけ疲れたような龍之介の口調に、そんな筋合いも無いのに俺はひどく傷ついた。
「……べつに」
しかし、俺の口からは吐き捨てるような言葉しか出てこなくて。
そんな自分に、心底嫌気が差しながらも、俺は自転車の鍵を探すべく自転車置き場を後にした。
少しだけ、期待したけど。
龍之介は、もう後を追いかけてこなかった。
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