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③十年越しの涙。そしてまた俺たちは歩き出す。
十年越しの涙。そして俺たちはまた歩き出す。9
しおりを挟む「佐々木さん、行こう」
佐々木さんはなにやら複雑そうな顔をしていたが、今はなにも考えられない。とにかくこの場から離れたかった。琉人から逃げ出したかった。
佐々木さんを促し、非常階段へと向かおうとしたとき、再び琉人が叫んだ。
「待って、蒼汰!! 俺、お前に好きになってもらいたかった……幼馴染じゃなく恋人として……」
「な、な、何言ってんだ! 佐々木さん! 冗談だから!」
佐々木さんの前でなに言ってやがる!! 慌てて佐々木さんに取り繕い、とにかくこの場から逃げ出したくて必死だった。佐々木さんの背をグイグイと押す。
「冗談じゃない!! 俺は……俺は蒼汰が好きなんだよ!!」
「だぁ!! だからぁ!! そういうこと今ここで言うな!! お前が逃げ出したんだろうが!! 俺とはもう友達ですらいられないって言ったんだろうが!! なに勝手なこと言ってやがる!!」
「そ、それは……蒼汰に嫌われたと思ったから……」
「うるせー!! ちゃんと話をしようと思ったのに、話すらしなくなったのはお前だろうが!!」
ヤイヤイ言い合っていると、背後から盛大な溜め息を吐かれた。あ、やべっ、佐々木さんのこと忘れてた……。おそるおそる振り向くと、溜め息を吐きながらジトッとした目でこちらを睨んでいた。
「あー、もう! 私が春野くんに告白するはずだったのに!! 神崎くん、邪魔するなんてズルい!! 神崎くんが相手なんて勝てる訳ないじゃん」
「は? え、いや、待って」
佐々木さんの「俺に告白するはずだった」という俺にとってみたら重要であろう事実が、そのあとの意味不明発言によって打ち消されてしまった……。
意味が分からんと混乱している俺をよそに、佐々木さんは俺を見上げながら苦笑した。
「フフ、春野くん気付いてないでしょ? いつも神崎くんの姿を目で追ってたよ?」
「えっ」
な、なにそれ、俺っていつも琉人のこと目で追ってたの!?
嫌な予感がし、そろりと琉人へ目をやると、驚いた顔で目を見開いていた琉人は、ふにゃりと嬉しそうな顔となった。
「い、いや、ち、違う!! そ、そんなことは……」
焦っていると、佐々木さんにさらに追い打ちをかけられる。
「私もいつも春野くんを見てたから気付くよ。……だから、春野くんが傷付いてるのにも気付いてた……」
佐々木さんは俺に向かい眉を下げながら微笑んだ。そして今度は琉人のほうへ向き、少し睨むように見た。
「神崎くん、あの子とは?」
佐々木さんに問われ、琉人は真面目な顔となった。そして、佐々木さんの隣に立つ俺にも視線を送り、そしてゆっくりと言葉にした。
「断った。やっぱり好きな子がいるからって。どうしてもその子を諦められないからって」
琉人から熱い眼差しを向けられドキリとする。
佐々木さんに問われたはずなのだが、その言葉は俺に向けられて言われた言葉なのだと、琉人のその目が物語っていた。
「そっか」
佐々木さんはそんな琉人の姿を見て、少し寂しそうに笑い呟いた。そして俺を真っ直ぐに見詰める。
「私も春野くんが好きだよ。でも仕方がないから神崎くんに譲ってあげる。きっと今の春野くんの傷は神崎くんにしか治せないから」
「えっ」
涙を浮かべながら佐々木さんは笑った。キャンプファイヤーから届く僅かな灯りが、佐々木さんの顔を照らしていた。涙の浮かぶ目はキラキラと輝いている。
「神崎くん、次に春野くんを傷付けたら今度こそ私が春野くんをもらうからね!」
佐々木さんはビシッと琉人を指差し、睨むように言い、そしてぐりんと俺のほうへと向き直ると笑った。
「春野くん、神崎くんに泣かされたときは私が相談に乗ってあげるからね」
「えっ」
「な、泣かさない!!」
「アハハ」
焦った顔の琉人と訳が分からない俺、そして、佐々木さんは楽しそうに笑い手をヒラヒラとさせた。
「じゃあね、バイバイ」
「え、いや、佐々木さん!」
佐々木さんは俺が呼び止めるのも聞かずに、駆け出し去って行った。去り際に俺だけに聞こえる声で「良かったね」と囁かれ、なんだかそわそわと落ち着かない気分となった。なぜ「良かったね」なのか……佐々木さんの表情は分からないままだった……。
その場に残された俺と琉人。なんとなく気まずくて、沈黙の時間が流れた。非常階段の下からはいまだにキャンプファイヤーを楽しむ声が聞こえる。
そろそろそれも終わりの時間が近付いているはずだ。もうすぐ教師たちが段取りしてくれている打ち上げ花火が始まるはず。
「蒼汰……ごめん。ちゃんと話したい」
琉人は俺に歩み寄り、そして、目の前に立ち尽くすと俺の手を取った。ビクッと身体が震え、強張る。しかし、俺の手を握る琉人の手も酷く冷たいわりには汗ばみ、そして、少し震えていた。
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