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Where do it?
第五話「無知も大罪」
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ハンバーグのタネをかき混ぜる手が止まっていた。
もしこの後の空気を抜く作業で肉をキャッチボールしている途中だったら、危うく食材を無駄にしていたかもしれない。すぐに調理を再開して、慎重に工程を進めていく。
「…はぁ、ふふふ、やるじゃないか少年。
すっかり油断していたよ」
「あ、ありがとうございます…?」
「だが、まだ足りないな。
この際、逆算だろうが馬だろうが構わない。証明さえ出来れば私は満足だ。
さぁ、論理立てて説明をしておくれ」
「はい…えぇっと、つまり」
犯人は両親の借りた住居と恋人が全ての家事をしている浪人生活が、辛いどころか快適だった。
しかしその生活は全て第一志望の大学に合格するための、いわば猶予期間。
本番はまだ先でも模試で結果を残さなければ、両親からの援助は無くなってしまう。
ならば、必死になって勉強に打ち込めばいい。だが、犯人は茨が咲き誇る辛い正道ではなく舗装された楽な邪道に走った。
「それが、カンニングだったわけですね」
「その通りだ、しかしカンニングなんてそう簡単にできるものではないはずだ。
特に近年はチェックが厳しくなっているから、電子機器の持ち込みもおいそれとできないし、イヤホンの装着も事前の許可がなければ中止される。
犯人の第一志望の偏差値は70を超えている。ズルをしたところで、そう簡単に偽れるものじゃない」
「えぇ、でも犯人の第一志望の大学に合格圏内の学力を持つ人ならすぐ近くにいるじゃないですか」
「んふふ、犯人の恋人か」
カンニングといえば代表的なものとして他人の答えの盗み見、あるいは教科書やノートを隠し見ることがあがるが、本来は不正行為全般を指す。
雲隠さんが述べた電子機器の持ち込みは、外部の人間に問題を伝えてリアルタイムで答えを教えてもらうための道具だ。
いずれも解答者は自分以外の物や人に問題を解いてもらうわけだが、もう一つ有名なカンニング方法がある。
それも電子機器などない時代から行われてきた方法だ。最も一般的で最も効果があり、かつ見破るのも実行も難しい方法。
それが、第三者が解答者として問題を解く替え玉受験だ。
「彼女は既に大学に合格しているわけですから、模試でも高得点を取れるはずです。
受験から多少月日が経っていても、勉強する教材は十分にあるわけですし。
そして、本番の受験と違って模試は本人確認が甘い。だから、替え玉受験も容易だった」
「容易、か。
彼女が彼氏に成りすますなんて、とても容易ではないと思うが」
「…彼氏じゃなかったんですよね。
二人は同性カップルだった。だから、性別は同じ。
犯人の両親が娘に『彼女ができた』ことに反対したのも、同性ではなく異性と付き合って欲しかったから。
血の繋がった後継ぎが欲しかったからでしょう?」
雲隠さんは、犯人の性別を明言しなかった。
僕は勝手に男女の恋愛だと思っていたけれど、替え玉をするなら性別は偽れない。
女装や男装も考えたけど、体形や身長を合わせるのは難しい。リスクが高い上に顔写真を見られたら一発OUTだ。
「これは僕の勘ですけど…同性で同い年、それに同じ生活をしていた二人はよく似ていたんだと思います。
バレずにカンニングできる可能性が高いから、かえって手を出しやすかったのだと思います」
模試で本人確認が甘いのは、カンニングするメリットがないからだ。模試は受験に向けて自分の実力を測るもので、偽っても自分のためにならない。
だがら両親は、模試の成績さえ良ければ娘の受験勉強は順調だと思い込む。
「その通りだ」
「そういえば、犯人は3浪中でしたね」
そう考えれば、定期的に遊びに行っていたというのも納得だ。受験生だって息抜きはする。
でも、それが一年や二年に渡っていたらどうか。
浪人生の貴重な一日を遊びに使うくらいには余裕があった?
とんでもない、犯人は元より勉強をする気はなかった。受験勉強が3年続いて諦めてしまったのか、それとも絶好の替え玉相手がいる環境にあったから魔が差したのか。
だが驚くべきは、恋人がそれに協力したことだ。
「被害者の名誉のために言っておくと、替え玉受験をしたのは7月の模試だけだったそうだよ。
その日犯人は体調を崩してしまいどうしても会場まで行けず、かといって模試の結果を出さなければ援助が打ち切られてしまうからと恋人に頼んでしまったらしい。
まぁ、本当に体調を崩していたかは不明だがね」
「7月だけ、ですか?」
「そうだ。高校生の君ならわかるだろうが、実力を測るには模試の回数が少なすぎるね。
そして次の模試、11月の直前模試では、犯人自ら受けている」
「結果は、結果はどうだったんですか?」
「C判定だ、合格圏内ではあるが追い込みが必要なことに変わりはない。」
「…第二希望の大学では、ダメだったんでしょうか。それも、ご両親や恋人が許してくれなかったんでしょうか」
「いや、両親はあと1,2年だったら浪人しても良いと思っていたそうだ。
恋人も犯罪の片棒を担いだくらいだから、愛想をつかしていたとは思えないのだがね」
「そんな…じゃあ、何で…」
「何でも何も、成績が下がっていたからじゃないかね」
「…どういうことですか?
あと2年勉強すれば、きっと受かって恋人とも…あ、」
そのころには、恋人は大学を卒業をしている。
「でも、それならやっぱり他の大学に入って、恋人とは一緒に生活をして」
「ここに来て答えがわからないということは、やっぱり君には難しかったかもしれないね」
「どういうことでしょう…?」
「いや、揶揄っているわけじゃないよ。
ただ、だから、無知も大罪に入れるべきなんだと思ってね。
犯人はね、自分の成績が落ちたことを知られたくなかったんだよ。
放任主義の親はいい、だが長年自分を信じて応援してきた恋人だけには絶対に。
被害者は、犯人の哀れな虚栄心によって殺されたんだ」
虚栄あるいは尊大は、現代では傲慢と翻訳されている。
犯人は自分の成績が下がっていること、あるいは上がっていないことを恋人に知られたくなかった。
家事全般で生活を支えてもらい、さらには替え玉受験までしてもらって、今年も駄目かもしれないなんて言えなかったのだ。
だが模試の成績は隠せても、受験の合否は偽りようがない。
浪人生活を続けても現状の生活が変わらない保証はなく、恋人は就活に忙しくなるだろう。
「変化を拒み現状維持を続けようとしたという意味では、怠惰ともいえる。
カンニングしかり、今回の事件しかり、適正な労力をかけることを避け楽して得をしようとした結果がこれだ。
……おや、少年。手が止まっているようだね」
「え?あっ、あぁ~~!」
雲隠さんに注意を受けるまで、僕は右手にフライ返しを左手にフライパンの取っ手を掴んだまま呆けていた。
慌ててハンバーグをひっくり返すが、裏面はベリー・ウェルダンを通り越して真黒な焦げ跡がついていた。焦げ臭い匂いが充満し出し、隣の鍋ではスープが沸騰していた。
ハウスキーパーをして以来の大失敗に、情けない声が喉から出る。
雲隠さんはキッチンまで来て僕の失態を目に焼き付けると、冷蔵庫から缶ビールを取り出した。
「うわぁっ、あちっ、あちちっ」
「んふふ、これはたまらないな」
缶のプルタブが押し倒されて、炭酸が抜ける音がする。
雲隠さんは僕の醜態を肴に美味そうにビールを飲み干した。笑い涙を指で拭って壁に背を預ける姿は、いつもの彼女だ。
昨日の時点で薄々わかっていたけれど、やっぱり僕を揺さぶって反応を楽しんでいる。
「それにしても、まさか君がここまで辿り着くとは。素晴らしい結果だ。
ヒントを与えても回答率は5%、つまりは有意水準と同じかそこらだと思っていたんだがね」
有意水準は数学の世界で「絶対にないと言い切れるだけの低い確率」の指標となっており、慣例的に5%となることが多いそうだ。
つまり彼女は僕が謎を解けないと確信した上で、どこまで答えに近づくことが出来るかを観察していた。
そして僕が解けない理由は、僕がハウスキーパーの仕事をしていて二重の意味で絶対にしないこと。仕事をサボったことがないことからだった。
「少年の事情は君の上司から聞いているが、この頭だからね。
一を聞いて十を知るというように、大体全部わかっているつもりだ」
高校生の僕は学生であり未成年であり、本来はこんな破格の待遇で働けるはずがない。
それでもこうしてこの仕事で働けているのは、僕が所属している家事代行サービスの上司である粟原さんの心遣いと雷堂会長の寛容なお心あってのことだ。
彼らの恩義に報いるため、そしてハウスキーパーへの誇りにかけて、僕は仕事で手を抜かないし抜けない。
彼女は、そのことに誰に問われるまでもなく辿り着いたのだ。
「…凄いですね」
「んふふ、やはり君はそう言ってくれると思ったよ。そして、正解おめでとう。
だが残念ながらこれは君が自らの手で掴み取った勝利ではなく、私の失態によるものが大きい。
約束通り次回作のネタバレは止すが、賞品の黒毛和牛は…」
「わかっています、またの機会にでもお願いします」
「…察しが良くて助かるよ」
そして、謎は解決した。
犯人の動機は共感できるものではなかったけれど、否定しきれるものでもない。
だが胃の中に残ったわだかまりは腹の中で渦を巻いて、度々仕事中に僕の気を散らした。
人間はそんな理由で人を殺せてしまうほど愚かな生物だなのか。被害者は本当にそんな理由で殺されてしまったのか。
僕は納得できなかった。
昨日は謎を解かないと下巻の謎を解く楽しみが無くなってしまうからと必死に解く必要があったが、もうその必要もない。
なのに、僕はどこかに別解はないかと頭を働かせていた。
まだこの話を、この謎をここで終わらせたくない。
仕事を始めてから初めて、僕は依頼人である雲隠さんのプライバシーを侵害した。
もしこの後の空気を抜く作業で肉をキャッチボールしている途中だったら、危うく食材を無駄にしていたかもしれない。すぐに調理を再開して、慎重に工程を進めていく。
「…はぁ、ふふふ、やるじゃないか少年。
すっかり油断していたよ」
「あ、ありがとうございます…?」
「だが、まだ足りないな。
この際、逆算だろうが馬だろうが構わない。証明さえ出来れば私は満足だ。
さぁ、論理立てて説明をしておくれ」
「はい…えぇっと、つまり」
犯人は両親の借りた住居と恋人が全ての家事をしている浪人生活が、辛いどころか快適だった。
しかしその生活は全て第一志望の大学に合格するための、いわば猶予期間。
本番はまだ先でも模試で結果を残さなければ、両親からの援助は無くなってしまう。
ならば、必死になって勉強に打ち込めばいい。だが、犯人は茨が咲き誇る辛い正道ではなく舗装された楽な邪道に走った。
「それが、カンニングだったわけですね」
「その通りだ、しかしカンニングなんてそう簡単にできるものではないはずだ。
特に近年はチェックが厳しくなっているから、電子機器の持ち込みもおいそれとできないし、イヤホンの装着も事前の許可がなければ中止される。
犯人の第一志望の偏差値は70を超えている。ズルをしたところで、そう簡単に偽れるものじゃない」
「えぇ、でも犯人の第一志望の大学に合格圏内の学力を持つ人ならすぐ近くにいるじゃないですか」
「んふふ、犯人の恋人か」
カンニングといえば代表的なものとして他人の答えの盗み見、あるいは教科書やノートを隠し見ることがあがるが、本来は不正行為全般を指す。
雲隠さんが述べた電子機器の持ち込みは、外部の人間に問題を伝えてリアルタイムで答えを教えてもらうための道具だ。
いずれも解答者は自分以外の物や人に問題を解いてもらうわけだが、もう一つ有名なカンニング方法がある。
それも電子機器などない時代から行われてきた方法だ。最も一般的で最も効果があり、かつ見破るのも実行も難しい方法。
それが、第三者が解答者として問題を解く替え玉受験だ。
「彼女は既に大学に合格しているわけですから、模試でも高得点を取れるはずです。
受験から多少月日が経っていても、勉強する教材は十分にあるわけですし。
そして、本番の受験と違って模試は本人確認が甘い。だから、替え玉受験も容易だった」
「容易、か。
彼女が彼氏に成りすますなんて、とても容易ではないと思うが」
「…彼氏じゃなかったんですよね。
二人は同性カップルだった。だから、性別は同じ。
犯人の両親が娘に『彼女ができた』ことに反対したのも、同性ではなく異性と付き合って欲しかったから。
血の繋がった後継ぎが欲しかったからでしょう?」
雲隠さんは、犯人の性別を明言しなかった。
僕は勝手に男女の恋愛だと思っていたけれど、替え玉をするなら性別は偽れない。
女装や男装も考えたけど、体形や身長を合わせるのは難しい。リスクが高い上に顔写真を見られたら一発OUTだ。
「これは僕の勘ですけど…同性で同い年、それに同じ生活をしていた二人はよく似ていたんだと思います。
バレずにカンニングできる可能性が高いから、かえって手を出しやすかったのだと思います」
模試で本人確認が甘いのは、カンニングするメリットがないからだ。模試は受験に向けて自分の実力を測るもので、偽っても自分のためにならない。
だがら両親は、模試の成績さえ良ければ娘の受験勉強は順調だと思い込む。
「その通りだ」
「そういえば、犯人は3浪中でしたね」
そう考えれば、定期的に遊びに行っていたというのも納得だ。受験生だって息抜きはする。
でも、それが一年や二年に渡っていたらどうか。
浪人生の貴重な一日を遊びに使うくらいには余裕があった?
とんでもない、犯人は元より勉強をする気はなかった。受験勉強が3年続いて諦めてしまったのか、それとも絶好の替え玉相手がいる環境にあったから魔が差したのか。
だが驚くべきは、恋人がそれに協力したことだ。
「被害者の名誉のために言っておくと、替え玉受験をしたのは7月の模試だけだったそうだよ。
その日犯人は体調を崩してしまいどうしても会場まで行けず、かといって模試の結果を出さなければ援助が打ち切られてしまうからと恋人に頼んでしまったらしい。
まぁ、本当に体調を崩していたかは不明だがね」
「7月だけ、ですか?」
「そうだ。高校生の君ならわかるだろうが、実力を測るには模試の回数が少なすぎるね。
そして次の模試、11月の直前模試では、犯人自ら受けている」
「結果は、結果はどうだったんですか?」
「C判定だ、合格圏内ではあるが追い込みが必要なことに変わりはない。」
「…第二希望の大学では、ダメだったんでしょうか。それも、ご両親や恋人が許してくれなかったんでしょうか」
「いや、両親はあと1,2年だったら浪人しても良いと思っていたそうだ。
恋人も犯罪の片棒を担いだくらいだから、愛想をつかしていたとは思えないのだがね」
「そんな…じゃあ、何で…」
「何でも何も、成績が下がっていたからじゃないかね」
「…どういうことですか?
あと2年勉強すれば、きっと受かって恋人とも…あ、」
そのころには、恋人は大学を卒業をしている。
「でも、それならやっぱり他の大学に入って、恋人とは一緒に生活をして」
「ここに来て答えがわからないということは、やっぱり君には難しかったかもしれないね」
「どういうことでしょう…?」
「いや、揶揄っているわけじゃないよ。
ただ、だから、無知も大罪に入れるべきなんだと思ってね。
犯人はね、自分の成績が落ちたことを知られたくなかったんだよ。
放任主義の親はいい、だが長年自分を信じて応援してきた恋人だけには絶対に。
被害者は、犯人の哀れな虚栄心によって殺されたんだ」
虚栄あるいは尊大は、現代では傲慢と翻訳されている。
犯人は自分の成績が下がっていること、あるいは上がっていないことを恋人に知られたくなかった。
家事全般で生活を支えてもらい、さらには替え玉受験までしてもらって、今年も駄目かもしれないなんて言えなかったのだ。
だが模試の成績は隠せても、受験の合否は偽りようがない。
浪人生活を続けても現状の生活が変わらない保証はなく、恋人は就活に忙しくなるだろう。
「変化を拒み現状維持を続けようとしたという意味では、怠惰ともいえる。
カンニングしかり、今回の事件しかり、適正な労力をかけることを避け楽して得をしようとした結果がこれだ。
……おや、少年。手が止まっているようだね」
「え?あっ、あぁ~~!」
雲隠さんに注意を受けるまで、僕は右手にフライ返しを左手にフライパンの取っ手を掴んだまま呆けていた。
慌ててハンバーグをひっくり返すが、裏面はベリー・ウェルダンを通り越して真黒な焦げ跡がついていた。焦げ臭い匂いが充満し出し、隣の鍋ではスープが沸騰していた。
ハウスキーパーをして以来の大失敗に、情けない声が喉から出る。
雲隠さんはキッチンまで来て僕の失態を目に焼き付けると、冷蔵庫から缶ビールを取り出した。
「うわぁっ、あちっ、あちちっ」
「んふふ、これはたまらないな」
缶のプルタブが押し倒されて、炭酸が抜ける音がする。
雲隠さんは僕の醜態を肴に美味そうにビールを飲み干した。笑い涙を指で拭って壁に背を預ける姿は、いつもの彼女だ。
昨日の時点で薄々わかっていたけれど、やっぱり僕を揺さぶって反応を楽しんでいる。
「それにしても、まさか君がここまで辿り着くとは。素晴らしい結果だ。
ヒントを与えても回答率は5%、つまりは有意水準と同じかそこらだと思っていたんだがね」
有意水準は数学の世界で「絶対にないと言い切れるだけの低い確率」の指標となっており、慣例的に5%となることが多いそうだ。
つまり彼女は僕が謎を解けないと確信した上で、どこまで答えに近づくことが出来るかを観察していた。
そして僕が解けない理由は、僕がハウスキーパーの仕事をしていて二重の意味で絶対にしないこと。仕事をサボったことがないことからだった。
「少年の事情は君の上司から聞いているが、この頭だからね。
一を聞いて十を知るというように、大体全部わかっているつもりだ」
高校生の僕は学生であり未成年であり、本来はこんな破格の待遇で働けるはずがない。
それでもこうしてこの仕事で働けているのは、僕が所属している家事代行サービスの上司である粟原さんの心遣いと雷堂会長の寛容なお心あってのことだ。
彼らの恩義に報いるため、そしてハウスキーパーへの誇りにかけて、僕は仕事で手を抜かないし抜けない。
彼女は、そのことに誰に問われるまでもなく辿り着いたのだ。
「…凄いですね」
「んふふ、やはり君はそう言ってくれると思ったよ。そして、正解おめでとう。
だが残念ながらこれは君が自らの手で掴み取った勝利ではなく、私の失態によるものが大きい。
約束通り次回作のネタバレは止すが、賞品の黒毛和牛は…」
「わかっています、またの機会にでもお願いします」
「…察しが良くて助かるよ」
そして、謎は解決した。
犯人の動機は共感できるものではなかったけれど、否定しきれるものでもない。
だが胃の中に残ったわだかまりは腹の中で渦を巻いて、度々仕事中に僕の気を散らした。
人間はそんな理由で人を殺せてしまうほど愚かな生物だなのか。被害者は本当にそんな理由で殺されてしまったのか。
僕は納得できなかった。
昨日は謎を解かないと下巻の謎を解く楽しみが無くなってしまうからと必死に解く必要があったが、もうその必要もない。
なのに、僕はどこかに別解はないかと頭を働かせていた。
まだこの話を、この謎をここで終わらせたくない。
仕事を始めてから初めて、僕は依頼人である雲隠さんのプライバシーを侵害した。
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