15 / 17
銀座の焼肉
第二話「水平思考」
しおりを挟む
「どうしてそう思われたんですか?」
「君のところの雑誌の発売日が近いにも関わらず、呑気に食事をしているのが気になってな。しかし打合せが終わっても料理を楽しんでいる辺り、緊急性が高い問題でも仕事に関わることではない。
となったら、言いにくい話か君個人のプライベート報告かとも思ったが。
それにしては、浮かない顔をしているじゃないか」
「や、やだなぁ、別に目的だなんてありませんよ~。
私はただ、先生と美味しいご飯を食べたかっただけです」
口角が、不自然に痙攣していた。
雲隠は、人間が生理的に腹を空かせるように、当たり前に食事をするように嘘をつく、編集者という生き物に冷え切った視線を向ける。作家が作品のためなら他の全ての時間を犠牲にして創作に勤しむように、編集者は作品のためなら他の全ての時間を犠牲にして作家に作品を作らせて得ようとする。
プライベートな報告ではないと言い切ったのは、こんな時間でも平然と打合せをする編集者にプライベートな時間などないとわかっていたからだろう。おまけに十年間一度もその手の話をしなかった上に、身なりも打ち合わせ時間も変化していない。恋人や子供が出来たとすれば違和感がある。
実際、文鎮はこの後一度出版社に戻って業務作業に取り掛からなくてはいけない。
「君ほどの編集者が、私が不当に時間を拘束されるのを嫌っていることを知らないはずがない。それとも、私の見込み違いだったかな」
「…やっぱり、先生には敵いませんね」
自分のミスがきっかけで担当作家に見捨てられる。それは、文鎮が三番目に恐れることだ。もう少し料理を味わいたかったのだが、そこまで言われては仕方がない。
「先生は、フィクシマ空港機墜落事故をご存知ですか?」
「唐突だね。フィクシマ空港機墜落事故か、数年前にアジアのとある国で起きた墜落事故のことだ」
「えぇ、死傷者200名以上を出した世界的に見ても最悪と言われる空港事故です。
日本人も何人か搭乗していたので、しばらくメディアでも事故の映像が流れていましたね」
「あぁ、そうだったね」
「先生、わが社は様々な出版物を刊行しています。
ファッション誌、ビジネス誌、新聞、文芸小説、漫画、そして情報週刊誌も」
「いわゆるパパラッチがいるような、芸能雑誌か」
雲隠の表情は、依然として変わらない。
「ただ、同期の一人が今その雑誌の記者をしていましてね。
偶然耳にしたんです。フィクシマ空港機墜落事故、その唯一の生存者がいると」
「なるほど」
「おまけにその生存者は若い日本人男性だとか」
「ふぅん」
「生存者の名前は、比良直流。
先生、この名前に聞き覚えがありますよね?」
雲隠の表情は、依然として変わらない。
文鎮はこれでも10年間、決して短くない期間、人を相手にする仕事をしてきた。中には締切りになっても作品ができていないことを言い出せず逃げだすような作家や、他人の作品を自分の作品だと偽ってきた嘘つきも、上手く作品が作れない焦燥に任せて罵倒してくる愚者もいた。
そういう人たちの真意を探る技術も、甘言や譫言に心を動かされない忍耐力も身に着けて、文鎮は自分私人の他人の気持ちを探る技術が向上したと自覚している。
同時に、嘘をつく技術や相手を操る技術も向上した。
なのに、雲隠の表情からは動揺も不安も驚きも感じ取れない。彼女は、私が身に着けている仮面を、道化のメイクでも眺めるような瞳で見下ろしてくる。
「もちろん、彼は私のハウスキーパーだからね」
「…庇ったりしないんですか?」
「庇う?」
「情報誌の記者は、芸能だろうと政治だろうと、スクープがある場所にはどこにでも出没する奴らです。
ゴシップ誌出身の私が言うのも何ですが、彼らは話のネタのためにはどこまでも純粋なんです。素直すぎて純粋なくらいに、人の不幸や感情よりも公益性と読者を追い求めてくる。
とても悪質な連中です。彼がそうした人間に追われることを、恐れたりしないんですか」
「んふふ、まるで庇って欲しいような言い草だ」
「かわいそうじゃないですか」
「そうだね」
「…なら、」
「でも、心配はしていない」
雲隠は、いつでも自信に満ちている。
「君は、どうしてこの話を持ってきたんだい?」
「…担当作家に関わることですから、編集者として尋ねるべきだと判断しました」
「んふふ、関わることね。
じゃあ、尋ねてそれでどうするつもりだったんだい?」
「……」
「いいよ?どうせ私以外は誰も聞いていないんだ。
気兼ねせず、自由に述べたまえ」
雲隠らしくない的外れな発言だった。文鎮は雲隠に聞かれるから嫌なのであって、雲隠に嫌われるかもしれないから怖いのである。もしくは、そんな感情には気づいてもいないというアピールか。
「先生、先生は比良という少年とどういうご関係なんですか?」
「どういうも何も、ただの雇用関係だよ」
「嘘です」
「嘘?」
「先生が理由なく執筆の時間を他人に当てるはずがない。どうせ平凡な男子高校生の考える凡庸な答えしか返ってこないのが予想できて、それでも彼に謎解きをさせたのは何故ですか?」
「平凡に凡庸か、ひどい言い草だ」
「…まさかとは思いますけど、先生は未成年に恋心を抱いているのでは?」
「んふふっ、何だねそれは」
「先生、私は本気で聞いているんです」
「どうやら、そのようだね」
「私は作品のためなら、命をかけることができます。
たとえ、それが自分の命ではなくても」
「少年に手を出すことは許さない、そんなことをしたら私は君の出版社とは二度と仕事をしない」
雲隠は子供を叱る親のように、毅然とした態度で否定する。文鎮は、今日だけはミステリーの神様である雲隠が、一人の生身の人間に見えて仕方がない。神経を逆撫でされているような感覚に鳥肌が立つ。
初めて作家を、それも憧れの人を睨みつけた。
「…先生、どうしてそんなことを言うんですか。そんなことを言われたら、私は余計に諦められなくなります」
「諦められなかったらどうするんだい?」
「一先ずは彼の身辺調査をします。家族構成から血液型、身長、体重、運動歴といったものから、収入源に支出の用途などの経済状況まで、そして家族と交友関係と恋愛関係を重点的に調べつくします」
「ゴシップ誌にいる人間を批判しておいて、しっかり君もジャーナリストじゃないか」
「使えるものは何でも使います。当時得た技術も縁故も。彼の弱点がわかった後は、手を打つだけです。
先生、あなたが少年を守りたいなら弁解をして欲しいんです。彼との関係が良好であることを、彼を雇った理由にやましいものがないことを、その身の潔白を、証明して欲しいのです」
「担当作家を、他者を意のままにしたいというのかね?傲慢な言葉だ」
「……」
私が意のままにしたいのは担当作家ではなくあなただけにです、という言葉を文鎮は飲み込む。しかし彼女がどれだけ雲隠という作家の才能に惚れているのかを全て伝えたら、雲隠は文鎮を担当から外す気がしてならなかった。
文鎮の編集者としての10年間の勘がそう告げている。
「困ったね、私は君に自分のプライベートをあれこれ話す気はない。
だが、君は私が良からぬことをしていることを確信しなければプライベートを侵害してくる」
「はい、わかったら…」
「わかった、ではゲームをしよう」
「はい?ゲーム?」
「そうだよ、何だね。もう耳が遠くなったのかね」
「失礼、もう少し説明をしていただけますか?」
聞き間違えではなかったようだ。やっとの思いで握った主導権が、気づけば手の中にない。だが、気づいた時には遅ぎた。
意図を注意深く観察しようとしても、依然として雲隠の笑みは崩れない。全て想定内と言わんばかりの涼しい表情だ。
「水平思考ゲームをしよう、それでもしも君が勝ったら私は君の質問に洗いざらい答える」
「水平思考ゲームって…あぁ、聞いたことはあります。たしか、一見矛盾した話やミステリーの真実を出題者への質問だけで推測するゲーム…でしたか?」
「50個だ、今から私は君の質問に50個だけ素直に答える。
ただし、答え方はイエスかノーだけだ。それで回答の代わりとしよう。
もし君がそこから私と少年の関係を言い当てるもよし。仮に言い当てられなくても、聞きたいことは聞けるんだ。
ゴシップ記者などやめて編集者に専念したまえ」
水平思考ゲームとは、一種の謎解きゲームだ。
出題者が用意した謎や不審な点を、回答者が予想して当てる。回答者は出題者に対してイエスかノーで答えられる質問を行うことができ、出題者はそれに対してイエスかノーで答える。
ゲームによっては出題者が他にも「関係ありません」や「どちらでもない」と述べることができ、回答者は出題者への質問だけで謎解きをしなければならない。
「それが一体先生にどんなメリットがあるんです?」
「なぜそんなまどろっこしい真似を?」
「大前提として、私は君の懸念するような事態にはないし、少年は危険人物ではない。けれど、それを教えるために全てを話すのも癪だ。
50も質問すれば君のストーカーじみた知識欲は満たされ、私は平穏な生活を得る。数字は適当に述べただけさ。
ただし、これ以降金輪際私のハウスキーパーについて触れるな。探ることもするな」
「ふふふ。
あるいは、私がその50個の質問で真実に辿り着くかもしれないですよ~」
「ははは、無理だよ」
「……」
文鎮の眉がピクリと痙攣する。肉と野菜を交互に焼いていく手つきは落ち着いているが、空気の端々にピリピリと静電気が走った。
雲隠は会話の間も、箸を動かす手を止めない。タン塩が皿から無くなる前に、文鎮は追加注文をする。
「…さぁ、どうする?
やるのかね、それともやらないのかね」
「もちろん、やりましょう~」
「そうか、じゃあ早速始めようか」
それでもこのゲーム、文鎮のメリットの方が大きい。
雲隠にとって少年がどのような存在であるかは、探偵や自分の足で稼いだ情報からではわからない。文鎮が最も知りたいのは、雲隠が少年を特別だとしている心理的な要因だ。
それは、本人からしか知り得ない情報だ。
探偵だって、動機だけは推理で当てられない。必ず最後には本人の口から聞くしかないのだ。
ミステリーの神様と、ミステリーの神様の担当編集者にして重度のファンによる知恵比べが始まった。
「君のところの雑誌の発売日が近いにも関わらず、呑気に食事をしているのが気になってな。しかし打合せが終わっても料理を楽しんでいる辺り、緊急性が高い問題でも仕事に関わることではない。
となったら、言いにくい話か君個人のプライベート報告かとも思ったが。
それにしては、浮かない顔をしているじゃないか」
「や、やだなぁ、別に目的だなんてありませんよ~。
私はただ、先生と美味しいご飯を食べたかっただけです」
口角が、不自然に痙攣していた。
雲隠は、人間が生理的に腹を空かせるように、当たり前に食事をするように嘘をつく、編集者という生き物に冷え切った視線を向ける。作家が作品のためなら他の全ての時間を犠牲にして創作に勤しむように、編集者は作品のためなら他の全ての時間を犠牲にして作家に作品を作らせて得ようとする。
プライベートな報告ではないと言い切ったのは、こんな時間でも平然と打合せをする編集者にプライベートな時間などないとわかっていたからだろう。おまけに十年間一度もその手の話をしなかった上に、身なりも打ち合わせ時間も変化していない。恋人や子供が出来たとすれば違和感がある。
実際、文鎮はこの後一度出版社に戻って業務作業に取り掛からなくてはいけない。
「君ほどの編集者が、私が不当に時間を拘束されるのを嫌っていることを知らないはずがない。それとも、私の見込み違いだったかな」
「…やっぱり、先生には敵いませんね」
自分のミスがきっかけで担当作家に見捨てられる。それは、文鎮が三番目に恐れることだ。もう少し料理を味わいたかったのだが、そこまで言われては仕方がない。
「先生は、フィクシマ空港機墜落事故をご存知ですか?」
「唐突だね。フィクシマ空港機墜落事故か、数年前にアジアのとある国で起きた墜落事故のことだ」
「えぇ、死傷者200名以上を出した世界的に見ても最悪と言われる空港事故です。
日本人も何人か搭乗していたので、しばらくメディアでも事故の映像が流れていましたね」
「あぁ、そうだったね」
「先生、わが社は様々な出版物を刊行しています。
ファッション誌、ビジネス誌、新聞、文芸小説、漫画、そして情報週刊誌も」
「いわゆるパパラッチがいるような、芸能雑誌か」
雲隠の表情は、依然として変わらない。
「ただ、同期の一人が今その雑誌の記者をしていましてね。
偶然耳にしたんです。フィクシマ空港機墜落事故、その唯一の生存者がいると」
「なるほど」
「おまけにその生存者は若い日本人男性だとか」
「ふぅん」
「生存者の名前は、比良直流。
先生、この名前に聞き覚えがありますよね?」
雲隠の表情は、依然として変わらない。
文鎮はこれでも10年間、決して短くない期間、人を相手にする仕事をしてきた。中には締切りになっても作品ができていないことを言い出せず逃げだすような作家や、他人の作品を自分の作品だと偽ってきた嘘つきも、上手く作品が作れない焦燥に任せて罵倒してくる愚者もいた。
そういう人たちの真意を探る技術も、甘言や譫言に心を動かされない忍耐力も身に着けて、文鎮は自分私人の他人の気持ちを探る技術が向上したと自覚している。
同時に、嘘をつく技術や相手を操る技術も向上した。
なのに、雲隠の表情からは動揺も不安も驚きも感じ取れない。彼女は、私が身に着けている仮面を、道化のメイクでも眺めるような瞳で見下ろしてくる。
「もちろん、彼は私のハウスキーパーだからね」
「…庇ったりしないんですか?」
「庇う?」
「情報誌の記者は、芸能だろうと政治だろうと、スクープがある場所にはどこにでも出没する奴らです。
ゴシップ誌出身の私が言うのも何ですが、彼らは話のネタのためにはどこまでも純粋なんです。素直すぎて純粋なくらいに、人の不幸や感情よりも公益性と読者を追い求めてくる。
とても悪質な連中です。彼がそうした人間に追われることを、恐れたりしないんですか」
「んふふ、まるで庇って欲しいような言い草だ」
「かわいそうじゃないですか」
「そうだね」
「…なら、」
「でも、心配はしていない」
雲隠は、いつでも自信に満ちている。
「君は、どうしてこの話を持ってきたんだい?」
「…担当作家に関わることですから、編集者として尋ねるべきだと判断しました」
「んふふ、関わることね。
じゃあ、尋ねてそれでどうするつもりだったんだい?」
「……」
「いいよ?どうせ私以外は誰も聞いていないんだ。
気兼ねせず、自由に述べたまえ」
雲隠らしくない的外れな発言だった。文鎮は雲隠に聞かれるから嫌なのであって、雲隠に嫌われるかもしれないから怖いのである。もしくは、そんな感情には気づいてもいないというアピールか。
「先生、先生は比良という少年とどういうご関係なんですか?」
「どういうも何も、ただの雇用関係だよ」
「嘘です」
「嘘?」
「先生が理由なく執筆の時間を他人に当てるはずがない。どうせ平凡な男子高校生の考える凡庸な答えしか返ってこないのが予想できて、それでも彼に謎解きをさせたのは何故ですか?」
「平凡に凡庸か、ひどい言い草だ」
「…まさかとは思いますけど、先生は未成年に恋心を抱いているのでは?」
「んふふっ、何だねそれは」
「先生、私は本気で聞いているんです」
「どうやら、そのようだね」
「私は作品のためなら、命をかけることができます。
たとえ、それが自分の命ではなくても」
「少年に手を出すことは許さない、そんなことをしたら私は君の出版社とは二度と仕事をしない」
雲隠は子供を叱る親のように、毅然とした態度で否定する。文鎮は、今日だけはミステリーの神様である雲隠が、一人の生身の人間に見えて仕方がない。神経を逆撫でされているような感覚に鳥肌が立つ。
初めて作家を、それも憧れの人を睨みつけた。
「…先生、どうしてそんなことを言うんですか。そんなことを言われたら、私は余計に諦められなくなります」
「諦められなかったらどうするんだい?」
「一先ずは彼の身辺調査をします。家族構成から血液型、身長、体重、運動歴といったものから、収入源に支出の用途などの経済状況まで、そして家族と交友関係と恋愛関係を重点的に調べつくします」
「ゴシップ誌にいる人間を批判しておいて、しっかり君もジャーナリストじゃないか」
「使えるものは何でも使います。当時得た技術も縁故も。彼の弱点がわかった後は、手を打つだけです。
先生、あなたが少年を守りたいなら弁解をして欲しいんです。彼との関係が良好であることを、彼を雇った理由にやましいものがないことを、その身の潔白を、証明して欲しいのです」
「担当作家を、他者を意のままにしたいというのかね?傲慢な言葉だ」
「……」
私が意のままにしたいのは担当作家ではなくあなただけにです、という言葉を文鎮は飲み込む。しかし彼女がどれだけ雲隠という作家の才能に惚れているのかを全て伝えたら、雲隠は文鎮を担当から外す気がしてならなかった。
文鎮の編集者としての10年間の勘がそう告げている。
「困ったね、私は君に自分のプライベートをあれこれ話す気はない。
だが、君は私が良からぬことをしていることを確信しなければプライベートを侵害してくる」
「はい、わかったら…」
「わかった、ではゲームをしよう」
「はい?ゲーム?」
「そうだよ、何だね。もう耳が遠くなったのかね」
「失礼、もう少し説明をしていただけますか?」
聞き間違えではなかったようだ。やっとの思いで握った主導権が、気づけば手の中にない。だが、気づいた時には遅ぎた。
意図を注意深く観察しようとしても、依然として雲隠の笑みは崩れない。全て想定内と言わんばかりの涼しい表情だ。
「水平思考ゲームをしよう、それでもしも君が勝ったら私は君の質問に洗いざらい答える」
「水平思考ゲームって…あぁ、聞いたことはあります。たしか、一見矛盾した話やミステリーの真実を出題者への質問だけで推測するゲーム…でしたか?」
「50個だ、今から私は君の質問に50個だけ素直に答える。
ただし、答え方はイエスかノーだけだ。それで回答の代わりとしよう。
もし君がそこから私と少年の関係を言い当てるもよし。仮に言い当てられなくても、聞きたいことは聞けるんだ。
ゴシップ記者などやめて編集者に専念したまえ」
水平思考ゲームとは、一種の謎解きゲームだ。
出題者が用意した謎や不審な点を、回答者が予想して当てる。回答者は出題者に対してイエスかノーで答えられる質問を行うことができ、出題者はそれに対してイエスかノーで答える。
ゲームによっては出題者が他にも「関係ありません」や「どちらでもない」と述べることができ、回答者は出題者への質問だけで謎解きをしなければならない。
「それが一体先生にどんなメリットがあるんです?」
「なぜそんなまどろっこしい真似を?」
「大前提として、私は君の懸念するような事態にはないし、少年は危険人物ではない。けれど、それを教えるために全てを話すのも癪だ。
50も質問すれば君のストーカーじみた知識欲は満たされ、私は平穏な生活を得る。数字は適当に述べただけさ。
ただし、これ以降金輪際私のハウスキーパーについて触れるな。探ることもするな」
「ふふふ。
あるいは、私がその50個の質問で真実に辿り着くかもしれないですよ~」
「ははは、無理だよ」
「……」
文鎮の眉がピクリと痙攣する。肉と野菜を交互に焼いていく手つきは落ち着いているが、空気の端々にピリピリと静電気が走った。
雲隠は会話の間も、箸を動かす手を止めない。タン塩が皿から無くなる前に、文鎮は追加注文をする。
「…さぁ、どうする?
やるのかね、それともやらないのかね」
「もちろん、やりましょう~」
「そうか、じゃあ早速始めようか」
それでもこのゲーム、文鎮のメリットの方が大きい。
雲隠にとって少年がどのような存在であるかは、探偵や自分の足で稼いだ情報からではわからない。文鎮が最も知りたいのは、雲隠が少年を特別だとしている心理的な要因だ。
それは、本人からしか知り得ない情報だ。
探偵だって、動機だけは推理で当てられない。必ず最後には本人の口から聞くしかないのだ。
ミステリーの神様と、ミステリーの神様の担当編集者にして重度のファンによる知恵比べが始まった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
7
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる